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黄金が降る  作者: 毎路
79/95

78 ルール

 充電したてのタブレットで気もそぞろに新しい文献を探しながら、意識の大半が割かれているのは同じようにタブレットを見下ろしてため息を吐く幼馴染に、だ。


「…………ネムさんや」

「何かしら」


 学会誌のサイトを開いていたタブレットを閉じて、テーブルに置く。

 しかしネムは顔もあげず、生返事だ。


「オレはさ、自信を無くすよ」


 情けない声を出すと、ネムが顔を上げた。

 外へと視線を向けて見せると、ああという顔をする。


「天候が悪いわね。雪が降っているけれど、線路は地熱を利用して、雪が解けるようになっているのですって」

「そりゃすごい……じゃなくてさ、オレは自信を無くすんだ」


 しょんぼりして見せて繰り返す。

 すると、声音を変えて、ネムが顔を覗き込んできた。


「なあに。どうしたの?」

「オレはさ、本国じゃ、晴れ男だったわけよ」

「…………そういえば、ルヴと一緒だと、晴れの日が多かった気がするわね」


 なあんだ、とネムが上半身を戻した。

 その膝には変わらず伏せられてはいるものの、手にしたタブレットがある。


「なんだよーこの国に嫌われてんのかなってオレ悩んでんのに」

「雨が重なることもあるのではないかしら。今は雪だけれど。……それか、わたしが雨女なのかもしれないわ」

「古代じゃ、可憐な巫女さんになれるな」


 可笑しかったのかネムは噴き出すが、その笑顔もどこか翳っている。

 笑わせようと思ったのだが、これは何かルヴィの預かり知らぬ問題が発生しているのかもしれない。


「なんかあった、ネム?」

「――え?」


 こちらを振り向くのがぎこちなかったような気がする。

 無理をしてそうな気配――言っては何だが、ネムの苦手分野と言えば人間関係が絡んだほとんどの物事だ。思い当たることを口にしてみる。


「もしかしてまた直前で予定を追加したから、調整するの疲れてんじゃないかと」

「……ああ、ヒーカンのこと? 大丈夫よ。それは。直ぐに返事をくれたから。ジャカランダに着いたら駅の前で迎えに来てくれるというし」


「え、そうなん?」


 ついさっき口にしたことのような……予定を組むのがプロ並みに上手い。

 スケジュール帳を埋めることにおいて、ネムの隣に出る者はいないにちがいない。


「ヒーカンのことじゃなかった? ……ああ、ノリス教授のフィールドワークの見学も大丈夫よ。他の予約を前後にずらしておいたわ。予定よりも旅行が長引きそうだから、着替えは洗濯が必要だけれど、そこの抜かりないから安心して」

「ぐう有能……」


 すると再び疑問が堂々巡りになってしまう――何がネムを悩ませているのか。


 時折、タブレットの右上らへんをみて憂鬱そうな顔になるのは間違いないのだ。

 そこに何があるかと言えば、大体が通知だ。

 となると、人がかかわる通知と言えば、連絡の着信だろう。


 ネムが気にする連絡の主といえば――


「なあ、ネム。爺さんへの報告、旅行の間なしにしてもらわん?」


 思い浮かぶとしたら、ネムがここまで付いてきてくれている理由——お目付け役の仕事だ。毎晩、ネムはルヴィの日常を報告している。ルヴィがネムの目から隠れて行動した時などは、しっかりとネムが絞られていたらしく、あまりにきつく言われたために、上の兄からルヴィに直接窘められたほどだ。


 ネムの顔を見ると、戸惑ったようなものだった。


 外れっぽい…………?


 成績はふたりで仲良く――多少の気になる点(・・・・・)はあっても――うまくパスしたのですっかり気がかりも消え、あとはひと月ほどもある冬季休みを楽しむだけだと思うのだが……。


「ルヴは一日でも目を離せば、何が起こるか分からないというのがご意見だもの。毎日の報告はルヴの留学の条件でもあるのよ? 勝手にはやめられないわ」


 手を口に当てたネムが目の前で欠伸をする。

 目をこすり、化粧が剥がれて下の隈が露わになる。


「む、むむ……けどさ」

「大丈夫よ。それは。わたしは楽しいわ。ルヴが毎日何をしているのか記録するの。目を通してくれる人もいるのだもの。どんな顔をして読むのか想像すると愉快でしょ?」


「それはまた屈折した感想だな……」


 ネムはにっこりと笑い、口を割らないので、それ以上突っ込むことはできなかった。外の景色が楽しめないため、娯楽もないので、各々タブレットを手にアパートにいる時のように時間を過ごす。




「って、だめじゃん!」

「どうしたの?」


 夕食の時間になったので食堂車でディナーを前に、叫ぶ。

 がやがやと他の乗客の話し声で騒がしいのでそれほど目立たない。


 三時間遅れのため、昼食はなしになり、その代わりに夕食が豪華になったのだ。


 それはいい。

 問題は、夕食に呼ばれるまでのルヴィたちの過ごし方だ。


「オレたち旅行に来てるのに、やってるのは何だよ?」

「学会誌読んでいたのでしょ? 有意義じゃない」

「そうだけどそうじゃない! 旅行なんて、有意義さを求めてないんだ!」


 フォークとナイフを握りしめて力説すると、ネムは不思議そうだ。


「ネムは何してた?」

「わたし? ――わたしは日程の調整とかかしら。方々に連絡を」


 思わず唸る。

 それはルヴィが原因だ。

 しかしまずいのは、大して日常と変わらない行動をしているということだ。


 非日常を体験するため、旅行に来ているというのに……!


「よし! ネム。オレたち決めようぜ」


 ネムは目の前の料理を見てから、戸惑ったように頷き、持っていたカトラリーを脇に置いた。





 旅行においてのルールは二つ。


 その一、電子機器の電源を切る。ルヴィの毎朝の文献漁りもネムの夜間の報告書作成も禁止。これはルヴィから先方に連絡して了承をもらい済みだ。……ちなみに、ジャカランダに着いたら、ヒーカンに会うのに連絡を取り合う必要があるので、この列車に乗っている間だけになる。


 その二、同じ時間に寝起きする。朝型人間のルヴィと夜型人間のネムの間を取って、ルヴィは夜更かし遅起き、ネムは早寝早起きだ。これはその一で電子機器を禁止したので、ネムも起きていても夜空を見るくらいしかできず、早寝に頷いた次第だろう。


 シンプルだが、このルールさえ守ればしっかりと旅行を楽しめると踏んだ。


「今日からな!」


 勢いつけてごり押しした。

 ネムは何か思案気な顔を見せたが、ふと何か思いついたように頷いた。


「いいわ。じゃあ、今からね。数日連絡取れないことを伝えるからちょっと待ってて」

「え、え、今……?」


 自分の言動を棚に上げて、展開の早さに面食らう。

 だってあまりにも早すぎん……?


「報告については、その期間不要と言われたのでしょ。ならいいわ。終点の三日後のことはヒーカンと話はついているから問題ないでしょう。……ほかに、誰かから何か連絡が来たとしても、わたしたちは旅先だもの、何もできないわ。カレッジも私たちの研究科の学務は明日からは休業だから平気よ」

「さ、さよか……」


 ネムはあっという間に携帯を操作してから画面をこちらに向け、ルヴィの目の前で電源を落として見せた。遅れて、慌ててルヴィも兄たちと友人たちに連絡取れないことを一言メールで送信してから、既読も確認せずにネムへと電源を落とすのを確認してもらった。


「これから文明の利器を使えなくなるのか………」

「ルヴが言い出したことじゃない……」


 ネムは可笑しそうに忍び笑った。

 その顔色は随分と明るくなっていた。


 明らかに、ルヴィの提案の後からなのだが、正直何が原因だったのかはつかめない。


「――ま、いっか」


 すっかりと柔らかい表情を浮かべるようになったネムは、目線をテーブルに移した。


「いただきましょう? ちょっと冷めてしまったわね」




******



 報告ご苦労。

 

 相変わらず詳細なデータだ。

 この記録は計画に役に立つだろう。

 

 直接会えず済まないな。

 想定より相手方の陸軍の警備が厳しかった。


 報酬と共にロッカーに入れておいたピザはどうだった?

 いつかのように麻酔薬が盛られていることはないから安心していい。


 こう言うと、逆に食べ辛いか。

 

 では、我々は予定通り計画を決行する。

 今年最後の仕事をこなすとしよう。


 それではお前たち。

 よい大薪(ユールログ)の復活祭を。


 追伸 彼女に似ている少女がいたということだが、より詳しい情報を追加で送ってもらいたい。これは個人的な頼みだ。知っている限りでいい。報酬はお前の好きなリースリングだ。前払いでホテルに送りつけておいた。嫌なら断ってもいいが、既にボトルは開けた頃か? ではよろしく頼む。



******



「信号が途絶えた――? 感づかれたか?」


 画面では、ピンの位置が定まらなくなったことを表す矢印が円を描き続けている。電源が切れると、信号が届かなくなってしまう。特に一方には盗聴機能を搭載している。そのために電気消耗が激しいせいで一時的に切れているだけかもしれない。


 遅れて、通知音が手元で鳴った。

 見ると――

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