77 連結
学生の本分は、勉強。
その集大成が結実する時は今――
「いっくぞー、せーの!」
******
『お昼のニュースをお届けします。首都アックスで明日から二日間にわたって連邦公開市場委員会が行われます。当日に向け、開催地周辺には軍による厳戒な警備が敷かれています。………現在プリケアナ州の広域にわたって大雨が降り続けています。我らが風の都市ウェンディシティでは200㎜を超える降水量を観測しており、市街の至る所で冠水が起きています。ウェストブロックの道路は30%が水没していて、救助隊が出動しています。ユニオン駅ではすべての路線で2時間から3時間の遅延が発生しており、列車を待つ乗客たちがホールに溢れ、座り込んでいます。デール・オレガノ市長はこの状況を重く見て非常事態を宣言。路上が危険な状態となり、市内の各地で深刻な洪水の被害が予想される歴史的な事態であることを強調しています。………16日から多発している飲食店を襲った連続強盗犯のグループですが、監視カメラの製造からAIが再現した顔画像が警察から発表されました。特徴は……』
******
このユニオン駅に発着する全ての列車で遅延が相次いでいる。
乗客たちは駅内で立ち往生で、誰もが大幅な遅延の対策に走っているのか。窓口は大声で職員とやり取りをしていたり、電話越しに怒鳴ったりと、ホーム内は喧騒の嵐だ。耳を半分手で押さえながら、ルヴィは駅員に運行状況を聞き出した。
「良い時間を」
「どうも」
通りがかりの駅員と別れ、ラウンジに戻る。
寝台車の予約者のみが利用できるので、喧騒から遠ざかることができる。
ラウンジはホテルのエントランスそのものの様相で、違っているのは利用者に無料で提供されるフードコーナーがあることくらいだろう。ソフトドリンクサーバーと軽食用のヴィッフェ、酒類を提供するバーがある。待合席との線引きに、観葉植物が植わっているスペースが良い目隠しになっている。
適度に皿に盛りつけて、両手でトレーを支える。
本国で大学生の時分に飲食店で働いていた経験が活きた。
「へい、よっと。お待たせー」
背もたれに斜めに肩を持たせて俯いていた幼馴染に野菜多めの方を置く。
むくりと顔を上げた荷物番は、なんとも頼りない眠気眼をこすって礼を言う。
「変な人は来なかったかー?」
遠目で時々確認していたけれども、ネムが誰かと話していたのが見えた気がした。
「――ああ。今朝の鉄道ファンの人達のこと? そこに通りがかった時、話しかけられたの。ここよりもっと奥にいったわ。ほらあそこ」
ネムが目線で示した方向には、確かにいた。
大の大人二人、肩を丸めてひそひそと話し込んでいる。
「オレたちと同じ寝台利用者だからこのラウンジに来るのも一緒なんだな」
肩をすくめて周囲を見回す。
比率で言うと、圧倒的に男性が多い。
可憐なネムが浮いている。
――心配になって来た。
「ちなみに、あの人らになんて話しかけられたんだ?」
「大したことないことよ」
信じたいけども……。いつもだったら頼もしい台詞だが、こういう時のネムの言葉は信用ならなかったりする。
「気になるじゃん」
敢えて突っ込むと、ネムが不思議そうに瞬いて答えた。
「ただ……教えてくれただけよ。プラットホームに行けば面白いものが見られるって」
彼らが言うには、今朝降りた列車に、鉄道ファンたちの間では幻と言われる貴人車両が連結されたのだとか。
「臙脂色とゴールドの車体だからすぐにわかるそうよ?」
「へえ……マジでマニアなんだな」
怪しいと思ったのだが、普通に列車事情にも詳しいオタクだったようだ。
肩透かしを食らった気分で、オレンジジュースを飲み、一息つく。
すると違った目で周囲が見える。
「なんか体格がいいのが多くないか?」
「人種の差かしら。ルヴも背は負けてないわ」
「……ふんだ。どうせオレはひょろひょろですよ」
不貞腐れたふりをしてフライドチキンにフォークを突き刺すと、ネムが忍び笑った。――よかった。少しは血色が良くなったようだった。とはいえ、朝、化粧をしていないネムの顔を知っている身としては、目の下に隠れた濃い隈が依然として気になっていたりする。
「列車はどのような状況なの?」
「相変わらず遅延時間が追加されてどんどん延びてる。んでも、さっき駅員のおっちゃんに聞いてさ、一時間後には発車できるだろうって」
運んできたコーヒーを一口飲んだネムは鷹揚に頷いた。
この画角を切り取ると、そのまま国宝級の絵になりそうだ。
「そう。よかったわ」
物憂げな顔でネムが口許に手をやった。
「でも、こんなに遅延するなんて、何かあったのかしら?」
「なんでも、外が記録的豪雨らしいぞ。この駅も、地上へ出るゲートの三分の二が冠水してるんだと」
ネムが眉をひそめるので、引っかかったであろう単語を推測して口に出していくとネムは納得したように頷いた。
「旅行先の天気予報を確認するってこと、学んだわ。……今頃、次の列車に乗っているはずだったのに」
「全便、遅延でまだよかったじゃん。それに、遅延の原因が暴動とか事件が起きたんじゃなかったこともさ。この調子だと、ピザ屋に寄ろうってのは土台無理な話だったわけだ。逆にさっぱり未練なく諦められるってもんよ」
「ローレルさんの話ね? そういえば、まっすぐリグナムバイタまで行けと言っていたわね。ここは軍の基地もあって、比較的治安はいいそうだけれど、ここ数日飲食店への強盗もあったらしいし、気を引き締めないといけないわね」
「だな。………うっうっ……本場のウェンディシティのピザ……」
高い背もたれを持つ一人掛けの椅子に腰かけて天井を見上げる。
それで地上のピザ屋が見えるわけでもないけども……。
ネムが向かいでくすくすと笑う。
「なあに。そんなにも忘れられないの? ヒーカンと夜食に食べた味が」
「オレとしてはあのチーズの盛り具合はちょっと行きすぎ」
高い天井は細かいアーチがいくつもつながっているようなデザインだ。
ここが地下であるとは思えないほどに造り。
そもそも――地上にあった建物を地下に移したからだが。
地上の雷雨はここまでは届かない。
「――ヒーカン、どうしてっかな」
自然と口から洩れた。
ピザへの未練からか、連想された人物がぽろりと。
意識せずに出た言葉に、数拍置いて、向かいから応えがあった。
「じゃあ、会いに行く? 彼、今はホームグラウンドのジャカランダに戻っているのでしょ」
ネムがそう告げた時、ルヴィとネムの携帯の通知が鳴った。
送信元はカレッジの学務だ。
視線を見交わす。
「ようやくだな」
乗車する列車は、さらに地下へ降りたプラットフォームに停車している。雨に濡れた、ピーコックグリーン、オレンジ、シルバーの三色で彩られた車体は、最後尾だけ前面ガラス張りの展望車があり、水滴が一つもついていなかった。いや、よく見ると車体の下には水が滴っている。
「後ろだけ周りが乾いてんね」
ネムが横から顔をのぞかせ、思いついたように頷く。
「ここのプラットフォームで新しく連結させたんじゃないかしら?」
聞きながら、ネムの分のスーツケースも引き受ける。
二人分の荷物を引きながら、先を促すとネムが軽やかに話し出す。
うきうきとした足取りだ。
「このハミングバード号はJCーWIN間を行き来するのだけれど、予約する際に、JC行にしか展望車がなかったの」
「ふうん。……あれ、じゃあ、こっちに戻って来る時は、展望車両はジャカランダにおいて来てるってことか?」
「あ、そうね……」
ネムは目をぱちぱちさせて恥ずかしそうに顔を伏せた。
控え目に言って可愛い。
唇に指を掛け、悩ましそうな顔になる。
「そこなプロフェッショナルに聞いてみるのはど?」
薄青の視線が上向くので、目の前に迫って来た列車の入り口に佇む駅員を肩で示す。
すると、顔をこわばらせて、身を固くしたネムが意を決したように向かう。
その背を見守りながら、改めて安心する。
「無事に進級できそうで良かったな」
通知音は、カレッジからの成績が到着したことを伝えるものだった。
ルヴィもネムも、大学院生としては多めのコマ数を取ってしまっていたが、なんとか及第点を取ることができた。憂鬱そうにしていたネムはこれでゆっくりと眠れるだろう。
話していたネムが手招きするので行くと、そのまま予約していた列車のコンパートメントに案内される。広々とした空間だが、前の列車よりは見劣りする。シンプルな作りだ。グレードで言うと、きれい目のビジネスホテルくらいだ。
「ま、列車でこのレベルなのは、十分贅沢だよな」
「このハミングバード号では三泊するわ。内装はニュームーン号よりも簡素だけれど、景観がすごくいいの。評判の展望車はもうプラットフォームで確認した通りよ」
つまり、全面ガラス張りというわけだ。
それも外の放射線に耐えうる特殊強化ガラスを使用している。
「危険地帯の生の情景をこの目で見られるんだよな。楽しみだぜ! ……っと。さっきからどうしたんだ、ネム」
ネムは物思いに沈んで俯いていた。
しかし、ルヴィが聞くと、面白そうな光を宿した目を向けて来た。
「ね、ルヴ。さっきの話、不思議だと思わない?」
「っていうと?」
必要なものを広げるのにルヴィは忙しくする。
毎朝の日課である文献を見るためのタブレットを充電。携帯はラウンジで待っている間に充電していたので要らないと思ったのだが、一応確認すると、何故かもう60%に減っていた。最後に替えてから一年くらい経っているが、もうバッテリーが劣化しているのか。
悩んでいると、ネムが拗ねた顔をしたので、慌てて聞く体勢を取る。
気を取り直してネムが話し出す。
先ほど、プロフェッショナルな職員に聞いた話だ。
「WIN行には貨物車両で、JC行には外装を外して展望車にする――って言っていたわよね?」
「ってたな」
ネムが浅く顎を引くと、襟足が頬にかかる。
片肘を抱え、白い指先で唇に触れる。
「ということは、ジャカランダへは持って行くものは何もなくて、ウェンディシティには何か隠して持って行くものがある――といえるのではないかしら?」
ネムは美しい姿勢で佇んだまま推論を語ってくれた。
ルヴィはシートに座ってネムを見上げ、疑問を投げかけた。
「えー、たとえば何を? どこに持ってくんだ?」
「たとえば、兵器を、軍の基地とかに?」
そして自信満々に胸を反らす――可愛すぎんか?
「昨日夕食でバルドから聞いた噂話が本当なら、ウェンディシティの地下にはたくさんの軍事基地があるというじゃない? なら、それぞれの軍事基地とは地下の鉄道がつないでいるっていうのはどうかしら?」
同意を求める目が輝いている。
しみじみとその姿を視界に納め、浅く頷いてみた。
「あのな、ネム」
「ええ」
迷ったが、この手の話に関心を持てば直ぐに手に入る情報だ。
「そこまでが都市伝説の定説なんだ」
「――やだ、恥ずかしい。いまの忘れて」
ひらひらと手を振る。大筋を当てているのは相当すごいと思うぞ、とルヴィは生暖かい目を向け、内心では舌を巻く。ウェンディシティ、風の都市は、ピザだけではなく、軍の施設としても色々と噂される土地なのだ。
「あ、ネム。外を見てみろよ」
地下から顔を出した列車は、大粒の雨が降り注ぐ暗黒の大地の向こうに幾つかの光の線を放つ一画が見えた。
「まあ。高い塀に囲まれているのね」
まるで城塞みたい。
遠ざかる都市に幼馴染が呟く。
雨はまだ止みそうにない。




