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黄金が降る  作者: 毎路
68/95

67 課題

 ――学生の本分は勉強だ。


 これはまったく軽々しい話ではない。

 非日常が多少交わったとしても、俯瞰してみるといつもの日常はそこにある。

 休み明けの各講義からはいよいよいつも通りの課題が積まれていった。


「あぁ、わたし……もうだめだわ」


 幼馴染は頭を抱えて自習室の机に突っ伏している。

 金曜の午後のメールリ教授の講義後に、自習室を予約していた。


「課題が出そろったって感じだな」

「うぅ……」


 ぽんぽんとネムの頭に手を乗せる。

 少し髪が伸びている。ルヴィも同じく襟足が伸びている。

 まさに、髪を切りにも行けないほどの時間の無さ。


 今週の課題として、リーディングが課される時は一コマ当たり、30ページほど。今週で言うと5つの講義で課されたので150ページだ。ライティングは2つの講義で課され、それぞれ2000語と5000語。発表として割り当てられた論文は2本で要約したレジュメ作成が必要だが、他の学生が割り当てられた発表の論文について、質問を用意するためにあらかた目を通す必要があるのが6本だ。そして、残りはグループワークの打ち合わせで期末試験の週に発表する。今回は読むべき書籍がないことが幸いだ。重なる時は15冊から25冊ほどは読む必要が出て来る。これが来週までの課題なので、他のことをする暇がまったくない。考える暇すらも、だ。


「容赦ねぇなー……再来週には試験があるってのに」


 ルヴィもため息をついた、

 学生に平等に課せられ、自分でやるしかないのが現実だ。


「試験週間には課題は出ないのは本国と一緒だな」

「試験の代わりにレポートが課されている講義はその対象外じゃない? 普通にその負担もあるのよ?」


 ネムは泣き言を漏らした。


「そうだなあ」

「それにグループワークも試験代わりに普通にあるじゃない?」


 グループワークの課題は今回は約10日間の準備期間がある。

 それを丸々使う学生はいないだろう。

 さっさと終わらせて、他の試験勉強に時間を回さなければならない。


「そっちは速攻で終わらすってのがいいと思うぜ」


 来週はグループワークを完成させることに注力した方がいいだろう。

 他の課題や試験対策は家でもできる。

 顔を上げて鼻を赤くしたネムは頷いた。


「来週は受講後は別行動が増えるだろな。最近は本当に暗くなるのが早いから、遅くなる時はタクシーを使うんだぞ? ネムに教えてもらったツールで呼んだら、ぼったくりもないし安全だったぜ。もし、怖かったら迎えに行くから」

「うん。……そう、するわ」


 憂鬱そうな顔だ。

 ルヴィも初めてのアクイレギアの大学院での試験だ。

 不安な思いは当然ある。


 しかし妹分の前で、そんなことを面に出すわけにはいかない。

 ……出したところでどうなるというわけでもないし。


「やるぜ、ネム」

「うん……」


 ネムはため息をついたが、顔を上げて自習室の机に広げていた鞄の中身から、携帯を出した。そしてスケジュールのツールを開くと、グループワークのメンバーに連絡を取るようだった。


「あれ? ネム、時計止まってね?」

「え?」


 ネムの手首の腕時計が示す、時刻に違和感があった。

 そしてよく見ると秒針が止まっていた。


「……あの時は大丈夫だったのに……」

「あの時?」


 どの時だ、と首をひねった。

 ここのところ、別行動をとっていたことが多くて把握できていない。


「ちょっと……雪に足を滑らせてこけちゃって」

「ええ、ネムさんが? 珍しいな」


 しばらくは前の腕時計を使うと言っていた。

 確かに直しに行く時間も取れないだろう。


「………転ぶこともあるわ」

「ま、天狗の飛び損ないとも言うしなー」


 ネムが気まずげに目をそらすのを見て、ルヴィは肩をすくめた。そしてタブレットをつけ、いくつかピックアップしていた最新の文献に目を通すことにした。








 最近気になっているのが、地質調査結果の内容だ。ルヴィたちの通うメールリ教授が植生の研究をしているのだが、珍しく地質調査報告の雑誌にも名前があったので気になったのだ。その雑誌は、ザイガー教授がこれまで幾度か投稿していたが、メールリ教授の名前は初めて見たのだ。気になって遡ってみると、過去15年以内に3回ほど出しているのは見つけることができた。


 今回の地質データの報告は、そのフィールドに植物がほとんど一種類しか繁茂していなかったことによるようだ。


「高濃度のセレンが測定された……」


 植物の一部には重金属を体内に取り込む性質があるという。これは、汚染された環境を浄化するあるいは土に流れた資源を回収するための研究で注目されているという。メールリ教授のデータ報告では、アブラナ科の一種に、土壌汚染物質の原因のひとつでもあるセレンの含量が通常の500倍であることを確認したという。


「こういう植物が、『ハイパーアキュミレーター』っていうのか」


 調べてみると、本国でも排水処理において、ショウタンゴケを用いているという。ヒョウタンゴケには金や鉛を取り込む性質があるという。


 セレンや鉛、金のほかにも、ヒ素やカドミウムなどの土壌を汚染する重金属を吸収する植物は他にもあるようだ。環境浄化という点で有用な面があるが、食物として高濃度に含まれた重金属を口にしてしまったことで、人体に影響がある可能性もある。本国では四大公害病にも挙げられていた。


「植物から土壌汚染に気づいた……」


 ただ、ここまでならばルヴィも普通の報告書だと思う。

 メールリ教授の凄いと思うところは、その人脈だ。

 この地質調査の雑誌は、メールリ教授の報告を取り下げていたのだ。

 これに気づいたのは、ルヴィが毎朝ランニングのあとに論文や調査報告書を追いかけていたからだ。


「人口分析の雑誌や医学雑誌にも取り上げられてんだもんな、このデータ」


 それらの学術面から、児童の健康被害が明らかに多く報告され、死亡率も高いこと、出産における流産と死産の異常値が見られることが報告され、それを土壌汚染と関連付けている。工場や廃棄物処理場などは見当たらないが、今回の事例はその公害と似ている――というところまで考察が一致している。


 これらの領域の報告が広く取り上げられ、メールリ教授の、地質調査雑誌でいったん取り下げられて消えていたデータが復活していた。他の雑誌でも、他の数名の地質学の研究者も同様のデータを報告し出したのだ。


「なんか、賢いよな。メールリ教授って」


 一旦消されたために、先駆者として名前が挙がっている研究者の一人は、ザイガー教授が紹介したエリフエール大学のゴードン教授だった。それまで真逆のデータを報告していたり、メールリ教授の報告を批判している研究者が沈黙するに至っている。


 期末試験では試験ではなくレポートを課す講義もあった。ザイガー教授の教養の講義がそれにあたる。ルヴィはメールリ教授が報告したその土地に、昔何があったのか調べて、期末試験のレポートにする予定だ。ただ、ひと昔前に改名されているようでなかなか情報が出てこなかった。


「グループワークの合間にでも探すかな」


 ぐっと伸びをすると、アラームが鳴った。

 腕時計を見ると、自習室を出る時間になっていた。


「ネム、時間だぞ」


 AIに論文を音読させたものをイヤフォンで聞きながら、別のスケジュールを管理していたネムが顔を上げた。イヤフォンを取り、携帯で時間を確認する。こうして思うのだが、ながら作業なのにうまく物事を並行できる能力は凄いと思う。


「………あら、一瞬ね」

「きっちり2時間だ。行くぞ―次が詰まってる」


 ネムはため息をついて立ち上がった。


「これからの期末試験が終わるまでの期間は、わたしの人生じゃないわ」

「勉強だな」


 やりたいことは何もできないということだろうか。

 ルヴィは苦笑した。


「……ルヴ、何かあった?」

「え、いや……別に」


 自分の顔を触った。……嫌なものを見つけてしまったからかもしれない。


「根詰めすぎたか……」


 メールリ教授の地質調査データの報告において、反発していた研究者。

 名門エリフエール大学で環境科学の教鞭をとる人物だ。


「そうね。甘いものでも食べましょう? ルヴの好きなドーナツを買って帰るの。今の時間ならなんとか閉店に間に合うんじゃないかしら?」

「冬は閉まるの早いもんな。行くか!」


 ネムと共に部屋を退出していく。

 薄暗い外を歩きながら、先ほどの名前を思い返す。


 ――エルズワース・フリーマン。

 それは、エミが所属する研究室の担当教員の名だった。


「意見が違うって対立することはあるだろうけど、データが間違ってるっていうのは……」


 批判は、自分でデータを取り直して根拠を挙げてというより、ただその地形と環境から考えてそのデータはおかしいというコメントばかりが目についた。おかしいデータだからこそ、問題提起の為に報告されたものだろうに、だ。エリフエール大学については、オルガから聞いたモラルの欠片もない教授の話もあるが、あまりいい印象を持てなかった。偏った情報ばかりを目にしたせいだろう。


 カレッジの敷地を出て割とすぐのところに、ドーナツ専門店がある。

 ちょうど焼き立てのドーナツが追加されたところで、チョコレートとシュガーとメイプルとホイップを頼み、ルヴィはご機嫌になる。


「甘いもん補給して、課題もやっつけなきゃだな!」


 その姿をみて、年下の幼馴染はほほ笑んでいた。

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