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黄金が降る  作者: 毎路
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66 アップロード

「その方はまだご健在なのですか」


 デイビッドは、兄が所属しているのが、どういう類の機関か分かっておいて、ぐいぐい切り込んで来るんだよなあ……?とルヴィは肝を冷やした。兄は冷ややかな顔をしている。


『さあ、お互いの管轄は不可侵なので。それで、中和剤投与の経過は?』

「効果覿面です。相棒が専門家と共に情報を引き出し、対策を練っていますよ」


 兄は今にも耳を塞ごうかしていた。

 しかし間に合わず聞いてしまったので嫌な顔をしていた。

 このデイビッドという捜査官は見かけによらずぐいぐいくる。


『捜査の内容は言う必要があったか? 所定の口座へ残りの金額をそちらの現地時間でいいから本日中に振り込んでもらったら終了だ。この通信回路は切断し破壊しておくので、今後一切使えなくなる』


 兄は画面越しにデイビッドをひと睨みして手を伸ばした。

 その直前で、デイビッドが言葉をつないだ。


「その前にあなたの弟が睡眠薬投与された件について見解をお伺いしたい」


 デイビッドの隣でそれを聞きながら、嫌な言い方だなと思う。

 長兄は顔色一つ変えずにぴしゃりと常套句らしい一言を叩きつける。


『するなら、FBIからの正規のルートでの依頼を』

「では――放置されると?」


 にべもない兄の言葉に対し、デイビッドは挑発する口調だ。

 思わず横を見たが、表面上は非常ににこやかだった。


 対する兄は非常に嫌そうな顔を晒した。


『ルヴィ、こいつと手を組むくらいなら、あの要領の悪い馬鹿のがましだぞ』

「ヒーカンなー……」


 忠告してくる兄に、ルヴィは金髪の捜査官の顔を思い出す。

 ちゃんと寝ているだろうか。

 ルヴィは不健康に寝過ぎだったが、その余剰の睡眠をあげたいくらいだった。


「ヒーカンは、ここにいるルヴィに睡眠薬を盛った医師を追おうとしていたんですよ。あいつが追っている事件は、それとは全く関連がないのに」


 やっぱりかと思いつつ、恩着せがましい話しぶりだなと思う。

 兄は画面越しからデイビッドを睥睨した。


 ルヴィは悪い空気を何とかしたくて頭を働かせる。


 そして、今回の病院で起きた医療事故ともみえるような、同じ事象を思い返す。これは事故ではなく故意だった。となると目的があるはずだ。同じことを繰り返す目的が。そしてそれはひとりの実行犯が消えても繰り返された。単独犯ではなく、組織的なものだ。


 ルヴィは口を開いた。


「兄貴、前にさ。技術には何種類かあるって言ってたじゃん? ……正確には実験だったっけ」


 デイビッドの視線が、初めて画面からルヴィに移った。


「商業目的、基礎研究、軍事目的って言ってたろ?」


 顎に手をやった。

 ルヴィは自分の知る二つの混入事件について共通点と相違点を挙げてみた。


「………同じ病院で、オレとバーナードは年も同じくらい。体型と人種は違う。デイビッドさん、他の人は?」


 デイビッドはリストに目を通して顔を上げた。

 ルヴィに渡してくれる。


「男性で、20代前半なのは変わらない。……これって軍事目的だったりする?」

「まさか、新兵の基準か……!」


 アクイレギアで士官学校に通った場合、卒業の段階では22歳から25歳までがほとんどだ。このリグナムバイタには郊外にはなるが、陸軍士官学校が存在している。しかし兄は首を振った。


『……いや、商業目的と考えた方が当たり(・・・)がいいだろう』


 妙な言いぶりだが、ルヴィの予想は外れたようだ。

 兄は画面の下の方を見ながら、トントンと机を指で叩いていた。


『最近開発された没入型ゲームで新技術が用いられたらしい』

「ってことは、ゲーム自体は完成してるんだ一応」

『ああ。だが、その使用時間の限度がまだ分かっていないことから近々人体実験をするという噂を聞いた。使用している間は、夢を見る状態に違いという……』

「どんなゲーム?」

『戦闘ゲームだったか?』


 成人にしか、没入型のゲームは許されていないので、ジャンルからしてまさに20代前半の男性がメインターゲットと言ったところ。


 兄によると、するとしたら安全性を確かめる実験なので、深刻な度合いまではいかないだろうが、最終的にどのような状態になるか知りたい研究者がいて周りがそれを容認すれば、昏睡状態で目が覚めない段階まで実験したかもしれないという。


『大企業だから実験には多額の資金が出ているだろう』

「借金があったり、奨学金のローンがあったりする医師なら、協力するとか?」

『よく覚えてるな。………まあ、最終的には軍事利用だろうが』


 後半はうまく聞き取れなかった。

 しかし、実験に協力する病院にや関係者には多額の金が出ることは記憶に残っていた。


 金の力だな、と兄が言っていたのが印象に残っていたからだ。


 実験に協力してしまうパターンは幾つか聞いている。

 ……医師というのはなるのが難しく、なるまでに多額の費用が掛かるという。

 奨学金の返済はかなりの負担だという。


「ご協力に感謝を」

『俺は弟と話してるんだ。それを盗み聞きしただけだろう』


 ルヴィへと顔を向けた兄は、ルヴィ向けの怖い顔を作った。

 その内容はルヴィを震え上がらせた。


『ルヴィ。お前、お目付け役をどうやってか撒いてきたな。爺さんにこのことを報告するから覚悟しとけ』


 そう言い捨てるなり、接続は切られる。

 ルヴィは怒られるだろう自分の未来の姿が想像できて頭が痛かった。

 ……ネムも怒られるのだろう。


 恨めしくデイビッドを睨んだ。

 何が感謝だ。ルヴィをダシに使っただけじゃないか。


「これは実験か。ならば観測するためにやって来た者を当たればいいか」

「や、そんなことしなくても」


 ルヴィは思いついたことをそのまま口に出した。

 兄と通信している時であればまた違っていたかもしれない。




 デイビッドはルヴィの言葉に目を瞠ったあとにこりと笑った。

 そしてルヴィの肩をがしりと掴み、離してくれなかった。


「その仮説――証拠がなければな?」

「………んえ?」







 最先端の病院であるこのベイステイツ総合病院の各病室にはAIナースと接続されている。ルヴィはバーナードの病室でもそれを見て、思いついたのだ。


 調べてみると、AIナースは記録をとあるデータベースにアップロードしていた。

 正規とは別に、対象の患者の情報だけ。


 病室にはそもそも患者の生体情報を常時測定してくれる機器があるのだ。

 実験はデータを取るためにする。

 ならば、データを測定してくれるAIナースというツールを使わない手はない。



 関係者のあぶり出しには、AIナースのデータの経路を辿ればいい。

 ルヴィはそう口にしたのだ。






 つんつんと指を胸の前で突き合わせる。

 ちらりと正座したルヴィは幼馴染を見上げた。


「ネムと別れたあと、パットと話をしたついでに、入院してるパットのルームメイトの見舞いに行ったら、そこにデイビッドがいてさ? ……睡眠薬の故意の投薬もとい、人体実験のデータ収集について、オレが口を滑らせてからはもう、FBIのエージェントのハッカーと? そのアップロード先、アクセスした機器、アカウント、時間とかを割り出したわけ。でも、そこにやって来るのがだれかっていうのを特定するために、その部屋にカメラを設置して、録画して、やっと今日、実行犯の一人を炙り出したんだ。その間、オレは誰にも接触してこの情報を漏らさないように監視されてたん……」


「睡眠薬の混入の捜査の協力をしたということね? ……どこから突っ込めばいいのかしら」


「いや、ホントだよな」


 なぜ、FBIがそこに気づかないのか。

 謎だ、と顎に手をやり首をひねる。


「AIナースなんて、データベースで直接アクセスしやすいもの絶対に目をつけどころだと思うんだけどな」


 ちなみにまだ、新薬のことは言えていない。

 アンドリューとアマンダのことも。


 ネムはため息をついた。


「……まあ、いいわ。情報漏れを危ぶまれて監視されていたということは、少なくとも安全ではあったということよね?」


 年下の幼馴染であるネムはそこを気にしてくれていた。

 じん、ときた。

 気づかわしげな視線を受けて、ルヴィは再び回想し、遠い眼をした。








 ルヴィはその時も、自分の口の迂闊さに軟禁されるようになってしまった状況を悔やんでいた。しかし、そもそも、この状況に至った元凶に思い至ると、ナースステーション裏からとってきたアイスのプラスチックスプーンを齧りながら、警察官ビルの監視付きのバーナードの病室で悪態をついた。


「まじでオレの体に何してくれてんの」


 無断で人体実験されて、挙句に高額な医療請求まで。マジふざけんな。

 するとすぐ脇から同意の言葉が矢のように飛んでくる。


「本当にひどいねああ眠っている間にいったい何回の食事を食べ損ねたか……」


 もしゃもしゃ音が聞こえなくなったと思ったら、息継ぎなしの早口だ。

 品のいいパトリックが流れるように返す。


「バーナード、お前は眠っていたおかげで、ダイエットできただろう。5kgやせたじゃないか」

「そのくらいは誤差だよ」


 ふたりはエルムから来たという。

 エルム語にも、地域差があるのかもしれない。

 それか、個人の差か。


 発想は明らかに、後者だろうが。


「5㎏が誤差って……」


 微妙な顔になる。バーナードが目が覚めて最初に口にした言葉は『お腹が空いた』だった。


 アイスのカップをナースステーションの裏から、ルヴィとパトリックはお互いに10個ずつ持ってきた。それを一人で食べたバーナードに追加で同じ数を持ってきた。パトリックは慣れた様子だったが、ルヴィはまるで無限に燃え続ける焼却炉に延々とちり紙を持っていくような心地がして、ぞっとした。


「もう眠ってた間の食事は取り戻したんじゃね……?」


 ぼそりと言うと、パトリックは呆れたように耳を塞いだ。

 慣れた様子だ。

 息継ぎもなくバーナードは舌を回した。


「そんなことないよ一日基本の5食と5回の間食があるんだから10食分が食べられないんだそれが二日もとなれば20食だよこんなに食べ損ねたと考えたら人生の酷い損失になると思わないかい?」

「………いや、一日基本3食だろ? 間食って間に食うんだから、多くて2回じゃね? 二日だったらせいぜい6食だろ」


 間食を食事にカウントしても10食だ。

 何故その2倍になるのか。


 はあ、と重々しいため息が吐かれる。

 肉に埋もれたつぶらだがとても澄んだ目がルヴィを憐れむように見下ろした。


「食の喜びを知らないのか……なんて不憫なんだ。ボクのアイスを分けて上げよう、一個だけだよ?」

「オレとパットが持ってきたし、もう食べてるし……一個だけって」

「言い返さないのが一番楽だよ、ルヴィ」


 パトリックが耳を塞ぐのを辞めて、紅茶を口に運んだ。


 ――その時デイビッドからの電話が鳴ったのだ。









「………胃袋の次元の違いを感じたっていうか」

「何のお話?」


 ネムが子リスのように愛くるしく首を傾げた。かわいい。

 二度とあのむさい男ばかりの病室には戻りたくない。


 ルヴィは胸を押さえて心の底から思った。


 最初は……たしかに修学旅行みたいだと思ったが、一晩中バーナードが何かをもしゃもしゃと咀嚼する音が聞こえてきて、耐え難い時間だった。さすがのルームメイトであるパトリックは眠れているのかと思いきや、目に下に隈を作っていた。アパートではプライベートルームは互いに完全に分かれているからだろう。



「睡眠薬の事件は解決したということね」

「うん。……あ、あと、アンドリューが退学になったの知ってるか?」

「………そうなの?」


 知らなかったと答えるネムは硬い表情だ。

 あの馬鹿はネムに要らぬ爪痕を残したようだった。


「あいつ、薬物やってたらしい」


 ネムは思わず、と言ったように息を飲んだ。

 一時でも同じ講義室で机を並べた知り合いの行動に驚いたのだろう。

 しかし努めて冷静に華奢な顎を引く。


「そう……でもカンナビスなら合法なんでしょう?」

「じゃなくて、もっとヤバいやつ」


 ネムは今度こそ顔を歪めた。

 なんなの、と口の中で小さく毒づくのがルヴィの耳に届いた。


「でも今は、それで退学になって、矯正プログラムの施設に入ってるってさ。これがまた厳しいところで脱走はまずないだろうっていうセキュリティらしい。パットが言ってた」

「そう……」


 これはまだ軽いジャブだ。


「で、薬なんだけど配ってたのが、アマンダっていう証拠が出てきて、ほら覚えてるか? グループワークで一緒だった」

「――アマンダ・ヘイリー?」


 薄青色の瞳が丸くなったかと思えば、ぐっと眉間に皺が寄る。

 ほっそりとした指を顎にやり、思案気だ。


「アマンダの方は、罰金で済んでるけど、退学だって」

「そう……なの」


 考え込んでいたようだが、ネムは顔を上げた。


「リックは……アンドリューのことを知っていたかしら?」

「……あ……」


 ルヴィは口を滑らせたのだ。ルヴィとパトリックは、ルームメイトの新薬による被害から例の二人を結び付けて、監視してもらおうと思ったことを洗いざらい話した。


「……で、パットと意気込んだはいいものの、実はアンドリューは既に退学処分になってて、矯正プログラムの施設に入ることが決まってた。完全に、オレとパットの、空回りになってさ」

「ふうん……わたしの目を盗んで?」

「………うん……」


 ネムの薄青色の瞳に見下ろされて、居心地が悪くなる。

 じっと耐えていると、ふうと息を吐かれた。


「ルヴは、アンドリューのことで、わたしを気遣ってくれたのよね?」

「えっ……………いや、その」


 ルヴィは見透かされたことに、慌てふためいた。

 しかしアンドリューの件は片付いているのだ。

 隠す必要もないことを思い出す。


「……何とかできればなって思ってさ」

「――ありがとう」


 ネムはほほ笑んだ。

 そして組んでいた腕を解いて、下を向いた。


「今度は、一緒にいて」


 片腕を掴む手の関節が白くなっていた。

 ルヴィは内心で物凄く反省して、表面上では殊更優しい声を心掛けた。


「おん。心配かけたよな……無理言って振り回してごめん」

「振り回すのはいいのよ。無理を言うのも構わないわ。ただ、わたしだけだと判断できないことがいろいろあるもの」

「何かあったん?」


 ネムは口許をしばらく押さえていたが、やがて顔を上げた。

 何度か口を開きかけては閉じるを繰り返す。

 

「いえる範囲でいいんだぜ?」


 パトリックが言っていた『開示性』というのがこれに当たるのかもしれない。

 互いに言わない部分はあるけれども、大事なことは今まで共有してきた。


「………うん」


 ネムは淡く微笑した。


「……それじゃ、ルヴに判断してほしいのだけれど、実は2階のエミさんが部屋の前に来ていたの。ルヴに用があったようなのだけれど、わたしが代わりに尋ねたら『構わないで』と言われたの。でも、そうね……わたしはこうしてルヴに話したわ」


 様子がどこかおかしく、ピリピリしているように感じたという。

 ルヴィは前回会った時のことを思い出した。

 そこでも何かの拍子に機嫌が悪くなっているような節があった。


 そこまで親しいわけでもなく、原因は分からない。


「ふーん? じゃあ、なんか用があったら言ってくるだろ」


 一見して性格がきつく見えるような見かけだが、気が弱くて優しい幼馴染のことだ。気に病んでいるネムに軽く返しながらも、話の中のエミの態度については素直に感じが悪いと思った。


「そう……よね。あの、わたしがルヴに話したことは」

「内緒にしとくんだろ? 任せろー。それよりさ、新しくできた友達とはどうなったんだ? ショッピングに行ったんだろ?」


 ネムは思い出したように、苦笑する。

 顎の先にかかる髪を指でいじりながら、言い辛そうにした。


「ちょっと、趣味が合わないことを思い出して、服はひとりで買いに行ったわ。その後、食事をして、映画鑑賞に行ったりしたわね」

「いいじゃん! 話とかもしたんだろ?」


 アクイレギアの人間はファッションにこだわりがなさそうな服装なので、ネムのお眼鏡には適わなかったようだ。用事にショッピングが抜けただけで、なんかデートみてえ、と思ったが、そこは胸に秘めた。


「そうね。経営の話が面白かったわ。今お父さんの会社のCFOをやっているのですって」

「なんだそれ?」

「役職のようだわ。専門的な知識が必要だから、常に勉強しているのだとか」

「すげえ……」


 一般企業に全く関心を抱けないルヴィは、それとなく視線をそらした。

 そして視線を戻し、ニッと笑った。


「なにはともあれ、無事に戻れてよかったぜ」

「そうね。わたし、怒られたのよ? ルヴから目を離すなんてって」

「オレが悪いって言っとく」


 ネムは首を振った。


「………ルヴと性別が一緒だったら、ついて行けたのかしらって思ったわ」


 女の子というのは本当に思っていることは口には出さない。

 その代わり、遠回りの遠回りで本当に思っていることの一端を伝えて来る。

 それで、すべてを伝えたと思っているのだ。


 ルヴィはネムの言いたいことを察した。

 これは、付き合いの長さからわかっただけのことだ。


「オレはネムでよかったと思ってるぜ」

「……そう」


 ネムは笑って、体を横に反らした。

 道を空けると、部屋の奥からいい匂いが漂ってくることに気づいた。


「夕飯作ってあるの」

「やったね」



 数日後、ベイステイツ総合病院へ、テレンス・マードックの辞職願が人知れず提出されていた。その行方は、誰も知らない。噂では、事故で亡くなったとも、行方不明になったとも、あるいは真偽のほども定かではない政府主導の研究機関に引き抜かれたとも聞く。次期院長にはウォルト・ドリスコルが指名され、対立していた医師は失脚した。

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