59 素行不良
腕を組んで、図書館のカフェテリアの天井を見上げた。
天井は吹き抜けとなっていて高い。
そこから、オレンジの照明が木の実のようにつり下がっている。
リグナムバイタの先進的なデザインだった。
設計したのはこのカレッジの卒業生だとだけ聞いた。
「その新薬って、やっぱり中毒性はあるんだよな?」
「ほとんどないと言って勧めて来るらしいけど、事実ではないだろうね」
パトリックが、スコーンに手を付けた。
ルヴィはあんな迷惑なやつのことに関心など持ちたくないけれども、対策を練るためには知らなければならない。
「じゃあ、アンドリューは今も、その新薬を入手してるってことだよな?」
「十中八九そうだろう。薬のおかげで外に出てこられているというけれど、切らした薬を手に入れるために外に出ているんじゃないかとも僕は思うよ」
アンドリューに新薬を振る舞ったのが、アマンダだという情報。
依存性があるとして、その新薬を定期的に入手するのなら……。
「今もアンドリューに薬を渡してるのはアマンダってことにならねえ?」
「確かに、ね」
パトリックは、新薬の成分について意識が割かれてしまっていたのだろう。
サングラスの奥で目を瞬いていた。
「アマンダから、薬を受け取っているアンドリュー。この二人を両方逮捕してもらうとか」
「……少なくとも、今回バーナードの件で薬を警察に渡したから、程なくして取り締まり対象にはなるだろうね」
バーナードというのがパトリックのルームメイトの名前なのだろう。
「でも逮捕は解決にはならないと思うよ。保釈金を支払えば外に出てきてしまうし。それこそ、薬やってたくらいで捕まえるようじゃ、リグナムバイタの人口の4分の1は刑務所に行くんじゃないかな」
「もーなんなんだ、この国。薬の使用を認めたりするから、こんな危険性を抱えたまま学生生活送らにゃならねえじゃねえか。本国じゃ、一発退学だぞ」
小声で叫び、頭を抱える。
「退学、の方面で考えるのはいいかもしれない」
ルヴィは言われて思い出した。
アンドリューはいくつかの傷害事件を抱えていて、賠償金を請求されているという。
「大学に、傷害事件のことを伝えて、素行不良で退学にしてもらうってことか!」
「うーん……それだと、その事件の被害者に許可を得てカレッジに伝えないといけないかな。警察からの証明も必要だし」
よし、と立ち上がりかけた時、我に返った。
「いや、逆に、何で今まで退学にならなかったんだ?」
「…………それは被害者側が表に出したがらなかったからだよ」
きな臭くなってきた。
ルヴィは傷害事件、としか頭になかったことに気づいた。
いや、そもそもパトリックははじめ、アンドリューをアマンダ以上の厄介な人物と称していた。その理由としてはセレブな親が事件をもみ消しているとか、あとは……。
「僕が、特に悪質な噂について話したのは覚えてるかい?」
「女の子を襲ったってやつか……?」
どうやら事実らしい、とパトリックが耳打ちしてきた。
……最悪だ。思った以上に、最悪だった。
「特に、東洋人の女性を――ってあれ?」
ふいにパトリックが言葉を切った。
額を両手で押さえていたルヴィはどうしたとその状態で尋ねた。
「いや、どっかで最近同じようなこと聞いた気が……」
「アンドリューの噂が噂じゃなかったって聞いた時じゃねえ?」
ルヴィは両手のひらから顔を上げた。
パトリックは納得いかない顔をしながらもルヴィの言葉に頷いた。
「そう、かもね。……まあ。だから余計厳しいって話かな。それに、もみ消す際に、相当な金をばら撒いたらしくて、それを知られたくない被害者もいるだろうから。今まで噂ばかりが出てたけど、その域を出なかったのはそういうことかなって」
「なる……」
ではなぜパトリックが退学を手段として言い出したのかが気になった。
鼻に皺を寄せてパトリックがこっそりという。
「これも聞いた話で本当かは分からないけれど、アンドリューは裏口入学じゃないかって噂だよ」
「……それはどう、だろな?」
今度はルヴィが微妙な顔をした。
どうして、という顔をするパトリックに話し出す。
「アンドリューと同じ経営学専攻のやつから聞いたんだけど、同国人の教授とは、ピオニー語でよく話していたっていうから、少なくともそのくらいには勉強熱心で、話についていけるくらいには知識もあったんじゃねえかな……?」
ネムとのグループワークの際にも、進行の邪魔にはなっていて、代替案も提示しないようなやつだったが、積極的に発言して参加していたという点だけは、ルヴィも認めるところだった。
「今の話だけど、僕が疑問を持った点を言ってもいいかな」
仰々しいな、と苦笑いしながら、ルヴィは頷く。
すると、スコーンをすべて平らげ、手についたものを払ってから発言した。
「そもそも、このカレッジに入学するには、ある水準以上の語学力が求められるのに、わざわざ母国語で話すのは不自然じゃないか? そして、ピオニー語で話していたのが、学業だと思っているのは、見かけに似合わず真面目なルヴィならではのバイアスだと思うよ」
「納得しかけたのに……オレどっから突っ込めばいい? 見かけって酷くない? バイアスってのも言いがかりじゃん?」
前半以外は納得がいかない。
抗議するも、肩をすくめられる。
「ポジティブで軽薄な感じに見えるだろう、君」
「なんだって」
「でも、実際は、すごく勉強に熱心で、真面目な努力家だよね」
「なんだよ」
怒り心頭、高々と振り上げた拳の、下ろす先が見当たらない。
パトリックは飄々とした態度でエスプレッソを流し込んだ。
その時だった、携帯が鳴った。
「おっと、ちょっと失礼」
「おうよ」
パトリックが席を外して、カフェテリアを出たところで電話に出る。
ガラス張りなのでその様子がよく見えた。
風が吹きつけていて、寒そうだ。
ルヴィはその間に、支払いをカウンターで済ませて戻った。
振り返ると、パトリックは何を言われたのか顔をしかめたが、頷いて電話を切り、肩を小さくしてまた店内に戻ってきた。
「どうした?」
「警察から。ルームメイトの緊急連絡先は僕にしてるんだ。それでルームメイトの件で話を聞きたいけど、まだ起きないのかって。病院からは連絡がないからまだだと思うって返事を。念のため、警察が病室に来るそうだから、僕も行くことにしたんだ」
「二日前だっけ。警察も早くけりをつけたいよな……よし」
ルヴィもチョコレートとカプチーノを食べ終えて、立ち上がった。
「オレもついでに見舞いに行かせてくれよ。起きてたら御の字だし、目が覚めていなかったとしても、警察がアマンダのことを知らなければ、そこでこっちが証言すればいい。そうしたら、捜査を進めてくれて、アンドリューとアマンダ両方を、とりあえず見張っててもらうこともできるんじゃねえかな?」
「そううまくいくといいけど、でもそうだね」
パトリックは苦笑する口許をマスクで隠して席を立った。
「あと、ごちそうさま」
「どういたしまして」
気づかれてたなと舌を出した。そしてコートをカフェテリアを出た。正門から出ると、どこか騒然としていた。パトカーが止まっており、警備員が二人出ていて、来ている警察と話をしている。カレッジ内で何か事故か何かがあったらしい。
「警察がいるところを見ると、治安がやばいなって思うんだが……」
「また、新薬でおかしくなってる学生じゃなきゃいいけど」
「……雪だから誰か滑って怪我したのかもな」
パトリックが何とも言えない顔を向けて来る。
ルヴィはニッと笑っておいた。
「ルヴィは転び過ぎだよ。でも、警察も大変だな。今朝は車の事故で、今度はカレッジにも出動するのだからね」
「……大忙しだな。寒い中、頭が下がるぜ」
ルヴィたちは顔をしかめながらその脇を通った。
最寄りの地下鉄に降りて、大学付属の病院へと向かう。
何かと縁ができた病院だが、そこでとある人物と再会することになる。




