34 茶園
「さあ、お茶をどうぞ」
応接室にあるテーブルは大きく、その中心に鳥籠を象ったティースタンドがあり、各種三個ずつ多様なサンドイッチ、デザート類が配置され、白いテーブルクロスの上には小さなブーケとその合間を縫うように花弁が散っている。
紅茶はネムの持ち込みで、カップ&ソーサーはマリエの私物、バックソングはルヴィの選曲だ。
老貴婦人と美少女を前にするティータイムは格別だ。
ハンドルを指で摘まんだマリエが、カップを傾ける。
「………グレンバーン茶園のファーストフラッシュね。素晴らしい香りだわ」
疑問符が頭の上に浮かぶ。
茶葉を持参したのはネムだが、反応が鈍い。
「えっと……」
「ふふ。ごめんなさい。思わず感動して。昔の癖が出てしまったわ」
昔の癖とな。不思議に思っていると、マリエが教えてくれるには、マリエの若いころにはワインのテイスティングのように茶葉の産地を当てる『闘茶』という遊びがあったのだという。………これまた優雅な遊びがあったものだ。
静かにマリエの教養の高さに気づいて舌を巻いていると、マリエがネムの持参した茶葉について解説してくれた。
「グレンバーンは、歴史があるタマリンドの茶園ね。標高の高い山地で、プラカシュ家によって営まれているわ。ちょうど、今年で230周年になるんだったかしら」
茶葉は、タマリンド、ピオニーが産地として有名だ。グレンバーン茶園は、1856年に入植者であるシスル人によって設立され、その後、プラカシュ家に引き継がれたという。
同じ茶葉でも、摘まれた時期によって呼ばれ方が違うという。
ファーストフラッシュは、春摘みの茶葉で、爽やかな香りと風味が特徴だとか。
「ファーストということは、セカンドも?」
「セカンドフラッシュは、夏摘みの茶葉よ。マスカテルフレーバーが特徴ね」
当たったとガッツポーズしていると、ネムが負けじとマリエに話しかける。
「では秋はサードというのですか?」
「惜しいわ。秋摘みはオータムナムというの」
ダージリンの秋摘みの茶葉は、最も甘味を感じ、バランスが良いのだという。
「お、オータム……ナ、ナム?」
「それじゃオータムナナムな」
愕然としたネムの顔が面白くて忍び笑っていると、睨まれた。肩を竦める。しかし、良い傾向だ。少しは神経もほぐれたようだ。
「むずかしいのだもの」
横を向いて、拗ねてしまった。
横文字の長い名前は本国出身からすると覚えにくいのだ。
特にネムは苦手な節がある。
ティーカップを持ち上げるネムが目を輝かせた。
「マザーのティーカップ、本当に素敵ですね」
「このフォルムはお気に入りなの」
「分かります」
女性たちは年齢の垣根を超えて楽しそうだ。
背もたれに体を預けて、ゆっくりと紅茶の香りを嗅いだ。
強めの香りが残っていて、これが高級品と市販の既製品との差かとも思う。ネムとマリエが会話する声を聴きながら、紅茶を飲んでいると、視界の端で植物の葉が一枚大きく揺れた。窓の外の裏庭へ目を向けると、ふたたび別の葉に、ぽつりと水滴が落ちた。
「……雨が降ってきたみたいだ」
すると会話をやめた二人も窓の外に目を向ける。
ふと気になってマリエに目を向ける。
「マザーマリエ、ガレージは大丈夫ですか?」
「今日はね。小雨らしいから」
ネムが不思議そうに首をかしげるとマリエがネムに微笑みかけた。
「雨漏りをしているのよ。話を進めていた業者とは連絡が取れなくなってしまったから、新たに修理と塗装をしてくれる業者を探しているのだけれど、なかなか見つからなくて。若ければ私がするんだけれどね……」
その時、玄関からチャイムが鳴った。
「あら? どなたかしら?」
予定にない訪問者らしい。
マリエが席を立った。
*****
固く閉ざされた扉に取り付けられた、フラワーリースのデザインのドアノッカーを打ち付ける。しばらくして家主が現れる。すっかり無精ひげが生えている顔はビルを見ると、安堵したように僅かにこわばりが緩む。その人の良さが表れた顔を見ていると、こちらを嘲笑うような怪しい目撃情報や匿名の通報によって踊らされている警察の現状が身に染みる。
「ああビル、来てくれて助かります」
「外回りで連絡に気づくのが遅れてしまいましたが、どうしました」
迎え入れてくれるターナーはすぐに玄関扉を閉じた。
被害者家族は、時としてまるで犯罪者に向けられるのに似た視線にさらされることがある。
日々真面目に暮らしてきたリグナムバイタの一市民がこのような目に遭うのは無念でならない。
「それが……」
黒縁の眼鏡の奥で視線をさまよわせ、何を言ったものか迷っている顔だ。すると、階段から声が降ってきた。
「――なるほどな」
若い男の、聞き覚えのない声だ。
「………ごめんなさい、あなた」
ターナーの妻がばたばたと遅れてやって来る。
しかし長い脚が階段を二段飛ばしにして降りるので追いつけないでいる。
「失礼だが、あなたは? 彼ら家族にいったい何の用なのか、私が代わりに聞こう」
被害者家族への嫌がらせは存在する。
危害を加えられるだけの素地があったのだろうと。
家の中まで上がり込むまではいかず、ほとんどが自分たちの鬱憤を晴らすための捌け口として、家の外観を汚したり張り紙をポストに入れたり無視をしたりというものがほとんどだが。
追いすがるターナーの妻をものともせず、廊下の真ん中で若い男は立ち止った。金髪のすらりとした体格の良い男は、黒いスーツを身にまとっている。
目を細めてターナーの前に出る。ターナーの妻が金髪の男の横を通って、ビルの後ろでターナーと合流するのを視界の端にとらえながら、油断なく見据える。
「彼らを不安にさせたようだ。俺はこういうものだ」
見せられた身分証に、眉間を指で抓り、目をぐっと閉じた。
「つまりなんだ? この件は州の外にまたがっていると?」
「正確にはこれら一連の件には、だな」
目を開けると、白い手を差し出される。
「あなたは彼ら夫婦から信頼されているようだ」
「信頼に値する結果を出せてはいない」
不確かな情報に踊らされ、捜査は難航している状態だ。
「彼らの娘の命の恩人だと聞いたが?」
「経験則だ」
出された手を握らず、短く話をずらす。
しかし白い手は下ろされない。
「なら、あなたのその経験を頼りにしたい。………協力してもらえないだろうか、ビル」
頑として譲らない。
「ビル、お願い。犯人を捕まえてほしいの」
「マデリン……」
ターナーがたしなめるが、ターナーの妻は引かなかった。
「あなた、このまま犯人が野放しになっていたら、何とか助かった私たちの娘が、またこれまでのように生活していける余地があると思う?」
ターナーの妻が涙ながらに夫に訴える。
心痛からますますやつれていく被害者家族ら。
彼らがいる前では言えない話がある。
「………協力しよう」
顔で外を示す。
「署まで同行願おうか」
「リグナムバイタ流のジョークか? ついて行って本当に逮捕するつもりじゃないだろうな」
それこそジョークだ。
扉の前で振り返る。
「FBIのエリートが何を言ってる」
*****
戻ってきたマリエが、セールスだったと肩を竦めた。
「今日はお帰りいただいたわ」
そうは言うものの、楽しいお茶会に水が差された感は否めない。
ふむ、とルヴィは目の前のカップを呷り、中身を空にした。
ニッと笑い、マリエにねだった。
「オレ、マザーマリエが淹れてくれた美味しいお茶を飲みたいです」
すると暗褐色の瞳が瞬き、口元が綻んだ。
「とっておきの茶葉があるの。待っていて」
席を立って茶葉を取りに再び出たマリエを見送る。
ネムからの視線を感じ、首を傾げた。
「なんだ?」
「……猫のことを思い出したわ。雌は気まぐれだけれど、雄は甘え上手って」
「にゃんとな」
幼馴染は声をたてて笑った。




