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黄金が降る  作者: 毎路
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33 音信不通

『判決を言い渡す。本件について被告人を犯人とするのは複数の匿名の通報によるもので、状況証拠も不十分、犯行時の被告の行動を証明する証人の発言により、無罪とする』


 大枚叩いて雇った弁護士に促され席を立つ。

 これは、当然の結果だ。

 事実、無罪なのだから。


 しかしだからこそ、疑問が残る。

 この状況に陥れた、複数の匿名の通報は一体何だったのか。




*****



 ソファに座り、テレビをつけてニュースを流す。最近、リグナムバイタで薬物の乱用者が関わる事件が急増していることにより、矯正施設を新たに敷設したことが取り上げられている。真面目にカレッジで勉学に励むルヴィたちには遠い世界の出来事のように感じられる。それより、今日の講義でのことのほうが関心事といえる。


 栄えあるアクイレギアの名門カレッジで、大学院生が講義を欠席した。

 それも二人も――なんだか不気味だ。


「レフェルト教授もなんにもいわないし」


 欠席者が所属していたグループメンバーたちは怒り心頭だった。いても困るが、勝手にいなくなられると腹が立つという。そりゃその通りなのだが、そこでの痛烈な悪態には意味が分からないながら、ネムの耳を塞ぎたいほどだった。


「やっぱり無断、なんかな……だとしたら」


 レフェルト教授の講義で、無断欠席をしたのが三名に上ることに。

 他の講義では見られない状況だ。


「つなげたくはないけど……」


 選択必修の講義の中でレフェルト教授のだけ定員割れしていた。

 そのことが妙に気にかかった。ただの偶然だと思うけれども。


 流し聞いていたテレビを消す。

 テレビが置かれている壁の向こう側はネムの私室になっている。


 ネムは気疲れのせいか、自室に引っ込んでしまっていた。元メンバーが欠席していることにも気付いているのかいないのか。


「つつくと可哀そうだしな」


 こういってしまうと何だが、ネムの元グループメンバーは呪いでもかかっているのか、ひとり、ふたり……とだんだん欠けていっているような感じがする。……それくらい、大学院の講義を欠席するというのは重たい。


「オレが悩んでても仕方ないよな。……夕食、マリエに頼んで軽食を作ってもらお」


 勉強以外にも気を配らなければならない。

 正直得意ではない。


 しかしこれもかわいい妹分のため……!


 パトリックからの要注意人物を告げられた。

 その行動背景も。しかし、しっくりこない。

 

 もう少し、詳細に知れば納得できると思うのだが。

 それに、気がかりは他にもある。


 レフェルト教授の講義を欠席しているの何も、アマンダだけではない。


「………単位を落とすようなマネはしなさそうだけどな」


 アンドリューはそこまで愚かではない気がしている。

 アマンダの方はそこまでいえないが。


「ってか、なんでオレがあいつらのことここまで考えてんだ!?」


 自分で頭をはたきながら階段を降りると、管理人室のある一階まであっという間だ。窓口の席に腰かけるマリエに話しかけようとしたが、振りむくと片側に受話器を当てていた。暗褐色の瞳が瞬き、すぐに受話器を置いてしまった。


「こんにちは、ルヴィ。どうしたの?」

「すみません、お忙しいところ。実は、軽食をお願いしたくて」


 にこりとマリエは微笑む。


「もちろんいいわ。何がいいかしら」

「バーガーが食べたいです」


 話しながら、マリエが置いてしまった受話器を見てしまう。


「それじゃ、三十分後にまた来てもらえる?」

「わかりました。――あの、マザーマリエ、最近よく電話されてますね?」


 マリエは受付台に左手を上にして、薄く笑んだ。


「ルヴィはよく気が付くわね。ええ、馴染みの業者にかけているのだけど、連絡がつかなくてね」


 業者、と口の中で呟く。


「なんの業者と聞きたそうね?」

「え!? あ……はい」


 テレパシーかと息をのんだが、笑みを深めたマリエがすべて顔に出ているわよ、と言うので両手で顔を押さえた。


「その、ここで何か不具合とか、故障が?」


 見透かされて、揶揄われた。

 恥ずかしさを堪えて、自分で質問する。

 

「ガレージに雨漏りが見つかったのでその修理もしてもらう話をしていたのだけど、急に連絡がつかなくなったの。来週には来てもらうことになっていたのに……」

「え、無断キャンセルですか?」


 だいぶ怪しい流れだ。


「……ちなみに代金は払っているんですか?」

「いいえ、後払いよ」


 それなら不幸中の幸いかもしれない。


「でも、本当にどうしたのかしら」


 マリエからは、いい加減な業者に対する怒りや負の感情というものが不思議なほど感じられなかった。


「ふふ。また不思議そうな顔ね。この地域はみんな彼の塗装業者に世話になっているの。ここはねとても狭いところだから」


 まるで片田舎のようだ。しかしわからないでもない。ここは閑静な住宅街の真っただ中であるのに、個人商店などがちらほらあり、なんとなくここ一帯で生活が完結できる要素が揃っているのだ。


 にしても、落ち込む。


「………オレ、そんなに分かり易いですか?」

「分かり易い子は好きよ。そうでない子も好きだけれど」


 ネムのことだろうか。


「それじゃ、用意をしてくるからここを空けるわね」

「お願いします」


 腕時計を見て、三十分後を確認して頷いた。

 管理人室から出て微笑み、厨房に向かうマリエから、線香の香りがした。




 

 階段をのぼりながら、ふと振り返る。

 一階の厨房からは水音が聞こえてくる。


「線香ってアシュバッター教のやつじゃなかったけ?」


 しかしマリエとのランチでは食前の祈りを捧げていた。

 これはゲフェン教の信仰がうかがえる。


「どっちも? いや、イクシオリリオンじゃともかく」


 一神教が強い、外つ国でそれが通用するかは分からない。


 まあ、いいのだろう。

 祈れる対象がたくさんあるのはいいことだ。

 そう思うのは――特に意識していないが――多神教だから、なのかもしれないけれど。



*****



 法廷へ向かうのですら時期が揃うとは気が合うものだと互いの両親はこんな時であるのに嬉しそうに連絡してくる。気を利かせたつもりか、娘のついでに裁判所へ送ろうと迎えを寄越された時にはさすがのアンドリューもわらえたかどうかわからない。そちらの娘は、自分が原告のサポートとして向かうだけで、被告人として呼び出されたアンドリューとは事情が違うとこちらへ論ってきた。そんなことは百も承知なうえに、この件はアンドリューとは無関係だという言い分もある。とはいえ大金を支払ったのに、機嫌のいい両親の神経を逆なでにするなど愚の骨頂だ。


「最悪だな」


 ソファへ乱暴に体を投げ出し、ネクタイを緩めた。今日の講義はすべて欠席することになった。一つは前学期でも落とした選択必修だ。落とすわけにはいかないというのに。


「くそっ」


 罪に問うのならば、せめて身に覚えのあるものにしてもらいたいものだ。対策の取りようもあるが、そうでないときのアリバイなど、覚えているはずもない。今回は借りたくもない手を――



「あんた、私に一生頭が上がらないわね?」


 無粋に扉が大きく開かれる。

 腰かけたため目線の低いアンドリューを見下ろし、耳障りな哄笑が鳴り響く。


「たのしそうだな」

「そりゃあね。あんたに貸しを一つ作ってやったもの。斡旋してあげた子に、事件のあった時間帯の、あんたのアリバイを証言させたんだから」


 体の線も露わになるタイトなスーツのスカートは丈が短すぎて歩くたびに尻の形までわかるほどで、この格好をした女が法廷に入ったかと思うと気が滅入る。


 人間の足くらい、貫通しそうなほどのヒールを高らかに鳴らしながら近づいてきたかと思うと、腰に当て怪訝な顔でのぞき込まれる。


「でも……ほんとにあんたがやったんじゃないでしょうね?」


 はっと嗤い、顔を背ける。

 親同士は縁付きたがっているが、こんな疑り深い女と結婚するなど悪夢以外の何物でもない。


「すると思うか?」

「有り得なくはないと思うわ?」


 真紅の口角をにぃと上げる顔は美しいが醜悪だ。


「なら話は簡単だ。偽証をそそのかしたことによる罪はお前のものだ」

「ちょっと聞いてみただけじゃない。それで?」


 膝に頬杖を突き、見上げる。


「興味があるように見えるか?」

「あんたの趣味じゃなさそうだけどね」


 婚約の話が何度か出ている相手だ。

 アンドリューの私生活は自然と耳に入っているだろう。

 リーリンの話がアンドリューにも知らされるように。


「でも、アマから聞いたわよ? あんたが追っかけてるイクシオリリオン女はあんたが梃子摺るほど性悪らしいじゃない? わざと別の女に手を出して嫉妬を誘った――なんていうのは、クレバーなあんたらしい策じゃない?」


「……あいつはいったい何を吹聴してるんだ」


 あまりの馬鹿馬鹿しい話に白ける。


 アンドリューのいないところでこそこそ動いているのは知っている。互いに大人なのだ。詮索してまで知ろうとも思わない。アマンダはまるで親鳥を見つけた雛のように懐いてくるのはいいが、思い出したかのようにとんでもないことをやらかす。


 元グループメンバーのマイクと付き合った、というのはその最たるものだろう。


「そうじゃないならいいわ。あーあ、安心した」


 ソファに寄りかかると、スカートの裾がずり上がる。

 この恰好で別の訴訟にも出たというのだから恐ろしい話だ。

 男の争奪戦から脱落させるためなら、もっと常識の範囲を気にするべきだろう。


「信用がないな?」


 互いに好みじゃなかっただけで、既に情は交わした仲だ。

 数回でどちらからともなく敬遠したが。


 それは兎も角、互いのことはある程度は知っている。

 そんなヘマをしないことだって知っているはずだ。


 しかし気位よりも理想のほうが高い女は、顔をしかめた。


「………だってあんた最近おかしいわよ」


 飲み物に手を付けようとしたのを止める。

 いつもの馬鹿にしたりこき下ろしたり、揶揄したりという色がない。


「最近? アマンダが来てからか?」


 特に気にかけている自覚はある。

 年齢より幼い精神を持っているような異性に甘いというのは最近知った。

 最も、アマンダはその対象ではないが。


「そりゃ、あんたが子分の男たち以外を甲斐甲斐しく面倒見てるのなんてはじめてみたけど、そうじゃなくて」


 化粧で有り得ないほど長く、そして太くなった睫毛をカーテンのようにばたつかせて瞬かせる。


「アマンダが来てからなのはそうだけど」

「歯切れが悪いな」


 事実を言ったまでなのに、睨んでくる。

 まったくヒステリックな女と話すと不当な扱いばかり受ける。


「うっさい。あんたが違うこと言うからよ! 話がずれたわ。時期じゃなくて、どうおかしいかを聞きなさいよ」


「で? どうおかしいんだ?」


 するとまた言いづらそうにする。

 ゆっくりと口にするので、まるで真面目に考えているかのようだ。


「気が荒くなってる。そうだわ……あの子、アマもそうよ。最初のころと違って、なんだか厚かましくなってきてる」


 アマンダは同性では特にリーリンに懐いているからだろう。

 気が荒いといわれ、それもそうかとも思う。



 気に掛けた女はこちらを振り向きもせず、どうとも思っていなかった女の家族からは思いもよらぬ罪を問われ、刑事訴訟の壇上に立たされた。両親に頼んで弁護士費用を工面してもらったが、アンドリューの面子は丸潰れだ。意図せず荒れていても仕方ないだろう。



「度が過ぎてるってか?」


 炭酸水をグラスに注ぎ、懐を探ったが見つからない。


「おい、“あれ”を持っていないか?」

「あれ? ああ――」


 鞄の中から小さな巾着を出し、その中から白い粉の入った袋を取り出す。


「はい、これね? アマからあんたがほしがったらあげるように言われて預かったけど、ほんとに平気なの、これ」


 すぐには渡さず、袋を掲げて中身を観察する。

 瞬間的に噴出した怒りに任せて拳を机にたたきつける。


「早く寄こせ、バカ女」



 持ち上げた拳を持ち上げると、机に罅が入っていた。


「ちょ、ちょっと、何よこれ!」

「うるせえ!」

「あんたは黙ってな!  もう何よこれ、ただ事じゃないじゃない!」


 リーリンが口を押えて後ずさる。

 拳を解くと、ぱらぱらと木片が膝に落ちる。


「アマ、あの子いった何をあんたに渡してるわけ!?」


 ――違う。


 ヒステリックな喚き声を無視して考える。アマンダのはずはない。頭が悪く、思慮の浅いアマンダができることは高が知れている。だとしたら、誰が?――いやそれよりも今はまず。


「はやく寄越せ! まだまともな内にな!」


 あれがないと思考がまとまらない。あれがないと耐え難い。あれがあれば耐えられる。あれがあれば頭がすっきりする。


「じょ、冗談じゃないわよ! 馬鹿なこと言わないで!」


 立ち上がって捕まえようとしたが、足元がおぼつかない。

 その間に部屋の外に出た女の声が響き渡った。


「ちょっと誰か来て! 早く来ないと承知しないわよ!」

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