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黄金が降る  作者: 毎路
32/95

31 絶交

 どうしたんだ――と聞くのも白々しいか。見当はついている。先日の別れ際の会話はそれほど不自然なところで途切れてしまっていたし、こうしてルヴィが一人になるところを見計らって声をかけて来た。パトリックは戸口から見える講義室を確認している、と。


「アマンダに気をつけろって?」


 正直、関りはほとんどない。

 グループワークを終えて既にしばらくたっている。


 日々は忙しく、講義と課題の連続のなかで、くすぶっていた苛立ちも埋没していくだろう……というのは希望的観測だろうか。


「…………僕が思っていた以上に、彼女との関係は希薄なようだね」


 ルヴィの表情から察したらしい。

 考えを少し改めたようだが、こちらはそうもいかない。


「どんな噂なんだ?」

「その前に、確認しておきたいんだけど」


 アマンダといわれても、顔もぼんやりとおぼろげだ。

 すると、意外な角度から別の名前を言われた。


「アンドリュー・ワンって知っている?」

「知ってる。……………急に不安になって来た」


 ある種、噂の実態についていくつかの方向性が思い浮かんだ。

 ところが逆にパトリックは不思議そうな顔をしたのが気になった。









「なるほどな。……アンドリューがネムと両想いだって噂か」


 荒唐無稽な話で思わず、腕組みする。

 これをアマンダが流したというのだ。


「僕の言い方、そんなにマイルドな表現だったかな? ネム嬢が付きまとっているという話になっているんだよ?」


 どちらかというと逆転している。

 アンドリューがネムに付きまとおうとしているが、ルヴィが毎回阻止している。


「ネムに好意がないってアマンダは知ってるはずだけどな」


 ネムの行動はかなりあからさまだ。

 ジェシカへの矢印は見えても、その他への無関心だった。

 ………だから、無視されたと思ったアマンダから攻撃されるんだろうなとも思う。いわんけど。


「アマンダが何考えてるのか探りたいけど、被ってるのマジで1コマしかないんだよな」


 接点なんてそもそもほとんどないのだ。


「もしかしたら、だけど」

「聞かせてくれ!」


 なんでもあのアンドリューとは同じクラスで、アマンダはパトリックのクラスに入りびたりなのだという。そして女学生たちからの相談に乗り、日ごろから人間観察しているような節があるパトリックの意見は価値がある。そしてその端正な口元から出て来た言葉は、やはりルヴィの頭では及びもつかないものだった。


「アマンダは兄のように慕うアンドリューの恋路を応援しているだけな気がする」

「どういう……?」


 前回のネムのグループワークのメンバーで、アンドリューとアマンダはいつも意見が一致していたのは確かだ。マイクは日和見主義でどっちつかず。ジェシカは控えめ。しかしネムを敵視していた節のあるアマンダはジェシカに頻繁に声を掛けていたので、浮いていたのはネムだった。


「仲がいいと言えるかもしれないけどさ」


 兄とまでは言えるだろうか?

 するとあっさり言われる。


「アンドリューとアマンダ、二人ともピオニー系だから」

「ピオニー系……?」


 自分がいえることではないが、名前がそう聞こえない。


「アマンダ・ヘイ・リー。この秋学期から編入してきたんだ」


 元はアクイレギア西海岸のジャカランダ出身だという。

 妙に間延びした口調が、ネムを揶揄しているのかと思った。

 ジャカランダではあれが通常らしい。


 逆にリグナムバイタは他の州と比べても早口らしい。

 ネムが嘆くわけだ。



「――そろそろ戻ろう。ネム嬢がこちらに気づく前に」

「そうだな」


 揃って講義室内を見ると、そこにはネムがいなかった。

 ザイガー教授の姿もない。


「え、いつの間に!?」

「パットが確認してくれてたんでは!?」

「僕は背を向けているから、当然ルヴィが見ているものと」


 わっと慌てていると、


「いや! 来ないで!」


 上の階からまるで殺されそうな女性の叫びが響き渡る。

 ついで、聞き知った幼馴染の微かな悲鳴も。


「上だ! アマンダじゃないだろうな」

「分からない、急ごう」


 お互い弾かれたように階段を駆け上がった。

 





 パトリックを追い抜かして上の階に出ると、手すりに金髪の女学生がぶつかるところだった。背後から荒い息遣いが聞こえる。


「な、なんだい?」

「わ、わからん」


 胸を押さえて呼吸を整えるパトリックの問いに、ルヴィも現状をよく呑み込めないでいた。金髪の女学生は後ろ手に手すりを掴み直すと、正面へ怯えとも嫌悪ともつかない顔を向ける。そこには赤髪の女学生が反対の壁に背中をぶつけたらしく体を折っている。そして首を振り、長い赤髪を片手で後ろにやって顔を上げる。瞳は黒く見えた。


「野蛮女! 法廷以外でもあなたの顔を見なきゃいけないの!?」


 うんざりよ、と階段の手すりにぶつかった金髪の女学生の方が先に口を開いた。思えば、先ほどの叫びのこの女学生の声だった気がする。となると、ネムもどこかにいるはずだが。


「うんざりですって? それはこっちの台詞よ、この泥棒猫!」


 なんか聞いたことのあるフレーズ……。

 かたり、と音がして渡り廊下の方を見ると、入り口のところでネムが口を押えて立ちすくんでいた。こちらに気づいたらしく、手を振ると小さく振り返してきた。


「よかった、ネム嬢は無事か」


 ほっと胸をなでおろすパトリックの横で、ルヴィはげんなりする。


「でもこっちに来れないで困ってるな」


 野蛮女、と言った方が逃げようとして赤髪の女学生に掴みかかられる。

 そのままどしんともんどりうって廊下に転がり、髪のつかみ合いになる。


「あ、おい、ちょっと」


 止めに入ろうとしたルヴィは横から伸びた腕に制される。


「パット?」

「間に入らないで。彼女たちのこれは結構あるんだ。今、しかるべきところに連絡するから」


 パトリックは携帯を取り出しどこかへ電話を掛ける。

 その間もゴロゴロと転がり、上になったり下になったりする。

 空いたスペースを見計らってネムがこちらまで小走りにやって来た。


「どうしてこんなとこに?」

「ザイガー教授の忘れ物を届けに戻ってきたら、あの人が襲われてて」


 しっかり相手もやり返しているが。

 爪が当たったのか、悲鳴と怒号が響き渡る。


「止め、止めようにも」

「パットが通報してくれてる、と思う」


 思い出すのは正門の駐在所の警備員だ。

 あそこから急行するのは時間がかかるだろう。

 この棟のどこかに別の控室もあるだろうが。 


「――終わったよ。じきに警備員が来る。ルヴィ、ネム嬢、下に降りよう」


 やや強引に手首をそれぞれ捕られ、階段を降りる。

 その最中も壮絶なやり取りが後ろをついてくる。


「メリア! あなたなんて言われてるか周りを見たほうがいいわ! 嫉妬に駆られてレギーと関係のあった子と次々に問題を起こして! 私に当たるのは、控訴する財力がないと思っているからでしょ!?」


 唾を吐いた音がした。

 誰が掃除をすると思っているのだろう……。


「お生憎様! あなたを控訴するなら支援するっていう人はいるんだから!」

「――裏切ったのはあんたじゃない!」


 階段付近なので会話も物音も筒抜けだ。


「な、なあ、パット。オレたち止めなくてよかったんかな? 警備員、間に合わなくね?」」


 パトリックが冷静に首を横に振る。


「あの二人は大丈夫だよ。それに、ああいうのに割って入るのは愚策だよ。こっちが訴えられるのがオチだから辞めておくことをお勧めする。こうやって警備員に任せないとね。ルヴィたちの国じゃこういうことはあんまり起きないのかな」


「………あんまり見たことないな。勉強した」

「お役に立てたようで何より。この場に僕が居合わせてよかったよ」


 こちらも心強かったけれども。


「間に割って入る選択肢が君たちにあると知って、肝が冷えた」


 よっぽど危険なことだったらしい。

 忙しなく腕時計を確認し、すまなそうな顔になった。


「僕は次の講義に行かないと」


 講義室に戻って荷物を取って来る。

 今時、監視カメラが設置されているので外つ国でも盗まれることはない。


「いいかい――くれぐれも、上の子たちに自分から関わらないように」


 まるで子どもへ向けるような念押しだが、大人しく頷く。

 するとやっとほほ笑んだ。


「二人とも、明日会えることを楽しみにしてるよ」

「ああ、またな!」

「駆けつけてくれてありがとう、リック」


 友人のいつもどおりの振る舞いに、ルヴィもまるで日常の中に戻ったかのようにその背を見送った。しかし頭上では、ガンガンと頭の中をこだまするような甲高い声が響く。究極的に言えば、このふたりの言い合いが聞こえる限りは、ふたりとも生きているわけだ……。


「…………行くか」


 絶え間ない激しい口論と音に、ルヴィだって平気ではないが、ネムは顔面蒼白だ。ぬくぬくのぬるま湯につかったイクシオリリオン人はことさら暴力の気配に弱いのだ、外つ国の人が想像する以上に。

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