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黄金が降る  作者: 毎路
30/95

29 使い道

 ルヴィは部屋に上がって調べ物をしようとリビングでパソコンを開いた。すると、おびただしい数の通知が――


「――やっべ」


 上の兄からの連絡だった。

 通知の数は三桁に差し掛かろうとしている。


 慌てふためいてパソコンを抱えた。

 左右をバッと見回す。ここはだめだ。






 慌てて窓のない私室に戻り、携帯でとある無音の音楽という矛盾した曲を流し、これまた特製のとあるソフトで仲介してから映像と音声をつなげた。コール音が響いたのもつかの間のこと、すぐにくたびれた長兄が画面越しに現れる。 


『………ルヴィ、お前な』

「ごめんなさい!」


 声音で怒り具合を測ってから即座に謝る。

 両手を合わせて頭を下げるが、その間相手の反応が見えないのでちらっと見上げると、ため息をつかれるところだった。思ったより……いけそうだ。


 しかし油断はならない。

 神妙な顔をしておく。


『俺は待ったぞ。異国で学生として生活するならはじめは忙しないだろうとな。だが、今はどうだ?』


 青白い光に照らし出された無精ひげの長兄は、疲れた顔だ。

 画面の端に転がっているのは、ルヴィがお遊びに飲んでいるエナジードリンクの殻で、栄養補給食の殻で、タブレットの殻だった。相変わらずブラックな職場だ。


「ひ……ひと月とちょっとってところですかね」


 放任といってしまってもいいのか不明なほどの両親を持つルヴィ。そのルヴィにとって最も恐ろしく、最も頼りがいがあっても、最も頭が上がらない身内は長兄だ。


 叱られると葉物に塩を振りかけたようにしおしおとなる。

 腕組みした長兄が淡々と問いを突きつける。


『その間、お前からは?』

「一回も連絡差し上げておりません……」


 首を竦めていても、画面越しにかぶりを振るのが分かった。


『サフィもお前も、俺から連絡しないとまったく音沙汰がないじゃないか』

「い、忙しくて」


 次兄の名が出てくるが、これは良くない流れだ。

 話の通じない浮世離れした次兄の分までルヴィが起こられる羽目になるのがしばしばある。


『ネムちゃんから定期的に報告してもらってるからいいものの』


 それで思ったほどの怒りではないわけだ。

 ありがとう、ネムさん。

 心の中で拝んでいると、じろりと灰色を帯びた目を向けられる。


「ごめんて」

『だが、そんなところは今は置いておく』


 えっと顔を上げる。

 兄は画面の前で両手を顔の前で組んでいる。


『………ルヴィ、金だ』


 この流れはいつものパターン……。


「えっと、いつまで?」

『今月中で』

「…………いくら?」

『80万ドル』


「ちょっと待ってくれよ?」


 1USDが120円としてざっと――


「………960万円?」

『あ、ちなみにネムちゃんも同額振り込んどいたから、頼んだ』


 かける2だと――

 しかも行動済み……。


「えっと」


 ぐるぐると計算してとんでもないことになる。

 その時だ。玄関の扉が開く。


「――ただいま、ルヴ」

「来た、救いの天使!」


 ルヴィは速攻で立ち上がって部屋を出て幼馴染を迎えに出ると、そのままの状態のネムを部屋に連れ込んだ。


「兄貴、話はネムによろしく頼む」

『ネムちゃん、よろしく頼みたい』


「…………えっと、何のお話でしょう」


 ネムは籐編みのバスケットを抱えたまま小首をかしげた。

 黒いリボン型のイヤリングがとても似合っている。


『ネムちゃん久しぶりに見ると目が覚める気がするよ、ところで新しい服を買わないかい?』

「やめてくれ兄貴それはアウトだって」


 三十路のおじさんが美少女風のネムに言うと犯罪の香りがしかねない。








「なるほど」


 ネムが話を聞き終えて頷く。ついでに隣でルヴィも頷いた。


「特別手当を税金対策で消費したいということですね」

『話が早い助かる』

「また稼いだなー兄貴」


 頼りになる幼馴染がいるのですっかり安心してベッドの上で胡坐をかく。

 ネムには椅子に腰かけてもらっている。


 机に置いてもらったバスケットにはギンガムチェックの覆いがされている。

 軽食をマリエに頼んでおいたものだろう。


「ちょうどいい機会があります」

「といいますと?」


『何か宛てが?』


 長兄も復活して画面の中で顔が大きくなっている。

 前のめりになりすぎだ。


「ちょうど今月、秋季休暇があるんです。シラバスのスケジュールによって四日から六日ほどの幅はあるそうですけれど、わたしたちは五日間になります」

「確かにあったな」

『ぜひ豪遊をしてほしい』


 ネムは首を振った。


「お気持ちはありがたいのですが、税金対策で控除されるのは医療費や教育費などです」

『この際、税金を気にせずにただ遣ってくれるだけでもいいんだが』


「それ本末転倒じゃね?」

『俺のモチベーションだが?』


 ネムが生暖かい目で見てくる、

 おほんと咳払いして先を続ける。


「渡航先での旅行は、本国へのレポートを提出することで、教育と見なされる項目があるんです。スケジュールやかかった費用、受けたサービスの内容、どこの店に行ったか、どういう人と会ったのかをすべて事後報告することが条件ですけれど」


 へえと頷いて聞くルヴィの耳に兄の不穏な言葉が耳に入る。


『………あのスパイ養成みたいな法案通ったのか』


 だが無視だ。

 

「報告書と同じようなことをレポートにして送るだけだからルヴに負担はないわ」


 ありがてえ。

 ただ不安はある。


「五日間ぜんぶかけたところで1800万円を使い切れるか?」

「ルヴは、旅行で最もお金がかかるのはどこだと思う?」


「……宿泊費とか?」


 ネムは頷いた。


「宿泊費も高いところはあるわね。でも、最もかかけられるのは移動費ね。例えば――ここリグナムバイタからレッドロックキャニオンのあるポトスまでは片道900万円かかるとか」

「それで」

『さすが』


 ぴったしだ。

 同時に指を鳴らしネムへと向ける。

 するとネムは微笑み、視線を膝に落とした。


 それで南極や北極ときたらいったいどのくらいかかるだろうか。


「細かいところはまた後で詰めます」

『なんてできた子なんだ、部下に欲しいくらいだ』


 オーバーワークの兄の下で働いたら、ネムの玉の肌がボロボロになってしまうだろう……。






 早めの入浴を済ませて、軽い食事を摘まみながらタブレットで文献を読み漁っているルヴィの前に、パソコンを抱えたネムがやって来たのはそれからすぐのこと。


「秋季休暇の計画を練り終わったから、伝えようと思って」

「マジ? 早っ!? 聞きたい!」


 ネムがパソコンの画面を見せてくれる。

 数字とグラフ、まるでプレゼンテーションのようだ。


「ルヴのお兄さんからの入金額を見てみると、おそらく振込手数料や現地の税金をとられているようで、目減りしていたわ。切よく900万円としましょう」


 それでもいつもの生活費の三十倍だ。


 ルヴィたちのアクイレギアでの生活費は、一人当たり30万円だ。家賃は15万、自炊は3万、学食1万、外食(チップ込み)4万、交通費2万、通信費5000、その他光熱費と水道代を2で割り、2万。そして教材費や試験代、趣味や交友費に3万ほどになる。


「そんな大金使い切るなんて、オレだったら宝石を買うくらいしか思いつかないね」

「ただ高級品を買うだけなら控除に含まれないわ」


 その場所へ行ったときに受けたサービスの内容、どんな人物が働いているか、来ているほかの客はどんな人か、かかった費用、掛けた時間など、詳細なレポート報告を作成してこそ、だ。


 なるほど、観光しつつ気軽にスパイ活動ができるわけだ。

 本国は一体どこへ向かおうとしているのだろう?


「先日も言ったけれど、かけどころは移動費ね」


 例えば、飛行機ならエコノミクラスーからファーストクラスにするだけで値段は跳ね上がるという。参考価格として、アクイレギアからエルムまでファーストクラスだと片道80万円だそうだ。


「ただ、エコノミークラスからファーストクラスにしたとしても飛行機の運航は変わらないわ。優先して搭乗できたり、その道中をリッチに過ごしたりするくらいしかメリットはないわ」


 遠ければ遠いほど、料金はかかるが、時間もかかる。

 今回は移動に金をかけることはできるが、時間は五日間と短い。


「なるほど! だからジェット機を個人でレンタルするのか!」


 指を鳴らすとネムがうなずく。

 個人でチャーターした場合、その運航は自由が利く。


「ジェット機は各航空会社でチャーターすることができるわ。でも注意が必要よ。たとえば、わたしたちが本国からアクイレギアに来るときの飛行機代は片道20万円だったわ。ファーストクラスにすると300万円ね。そしてジェット機にすると3000万円で、予算を軽くオーバーしてしまうわ」


 桁が一つずつ増えていく……。

 たかだか移動時間の快適さだけでそれだけ差がつくのか。


「それって誰が使うんだ?」

「ビジネスで使われることがあるらしいわ」


 往復で6000万円になるではないか。

 目が回りそうだ。少なくとも、本国の市場ではありえないだろう。


「予算内で考えようか………いや考えてくれてんだっけ?」

「ええ、四つ考えたの。興味があるものだけ詳しく話すわね」


 まず、寝台列車とジェット機チャーターで大きく2か所をめぐるアクイレギア国内旅行。二つ目は、往復ジェット機チャーターとツアー代金を掛ける、南極大陸の旅。三つめは、行きはジェット機チャーターと帰りは飛行機乗り継ぎでレシュノルティア大陸を満喫する大陸横断鉄道の旅。四つ目は、往復ジェット機チャーターで行く欧州大陸横断の豪華列車の旅だ。


「――ぜんぶ!!」


 全部聞きたい! 思わず椅子から腰を浮かす。

 ネムが画面に触れて、表示を替えた。


「ではまず最初に、大陸横断鉄道の旅ね。リグナムバイタからシャイタウンまでが一泊二日、19時間よ。そしてシャイタウンから最終到着地のフリスコまでが53時間。合わせて、三泊四日。ここまでが通常料金で12万」


 通常料金ということはその上の客室料金があるはずだ。

 ルヴィは唾を飲み込んで尋ねた。


「ぐ、グレードアップすると?」

「ベッドルームの個室だと一番上のランクで今の時期だと20万くらいね。フリスコからジェット機をチャーターして、5日目にリグナムバイタに戻って来る。空港からタクシーのお金もあるけどざっくり、ここでジェット機だけで800万だけど便宜上一人当たりに換算して400万ね」

「は、ほぼほぼジェット機代……」


 人間がいかに移動費に金をかけているのかがわかる。


「宿泊費と移動費をセットにしても一人当たり420万よ。列車に乗っている間、三食無料の食事つきだから、食費には使えないわね。ただ、途中停車が1時間ほどある駅もあるから降りて少し見て回ることもできるわ」

「5日間マックスで使って、まだ半額にもならんか……」


 乗っている間はひたすら外の景色を眺めるだけという、ともすれば暇になるかもしれないデメリットがある。


「次に、南極大陸の旅行ね。リグナムバイタからサイプレスまでをジェット機をチャーターすると600万で、一人当たり300万。そしてサイプレスのプンタアレナスからジェット機で片道約4時間30分で、ユニオン・グレーシャー・ベースキャンプ北区のブルーアイス滑走路に着陸。ここから南極点間の航空は、ツイン・オッタ―機というスキー装着型双発機で、途中給油休憩を挟んで約6時間で南極点に到着するわ。テントは定員2人までで、460万ね。帰りもジェット機でチャーターしてしまえば、プラス300万で計算すると、一人当たり、960万」

「の、脳がバグって来たぜ……予算で賄えんじゃん!」


 900万の端数と残高を合わせればぴったりだった。ルヴィは一番心惹かれた提案だ。こんな時でもないとなかなか行けない。本音を言うと、20日間ほどじっくり南極を見てみたい。


「テントには、簡易ベッド2台あって、マットレス、枕、理念、タオル、洗面器が付いているけれど、シャワーは勿論ないわ。食事込み、南極内のフライト代込みよ。そして海外旅行保険の加入が必須なの」

「ああ、オレたちが留学する前に入ったやつか」


 1年ごとの更新で、ひとり20万円ほど掛かった。手続きはほぼネムに手配してもらったので、内容までは覚えていない。いつものように『いいように』してくれた。


「南極旅行では、人が住んでいない区域に当たるから、万が一病気やけがで緊急に治療が必要になった場合は、医療設備の整った病院へ搬送するために飛行機のチャーター代などの莫大な費用が掛かるの。だから、5000万円以上の傷害死亡、傷害後遺障害、治療・救援費用などを含む加入が参加条件よ。わたしたちはこれをクリアしているわ。南極では、必要な服装があるの。必需品として、極地用防寒パルカ、極地用防寒ズボン、極地用ゴム長靴、極地用寝袋ね。これらは全部有料でレンタルできるわ」

「いいじゃん! じゃあ、何にもいらない?」


 ホットケーキを口に運ぶのを忘れてネムのプレゼンに聞き入った。素晴らしい内容だが、ネムは冷静な顔をしている。それに内心では首をかしげたが、ルヴィは目を輝かせて待ちの姿勢に入る。


「レンタルできないものもあるわ。ベースキャンプの周辺やダイニングテントで着用する、計量のハイキングブーツかハイキング用のシューズ、踝までの厚手の靴下、厚手のフリース性のズボン、厚手の基本防寒衣服、厚手のフリースなどね。他にも必要なものがこれだけ」

「け、結構あるな。………え、携帯トイレ?」

「女子には厳しいわ」

「男の子にだって厳しいぜ……」


 シャワーを5日間我慢するのはまだいいだろう。それは厳しい。行きたい気持ちがしゅんとしぼむ。


「次はレシュノルティアを横断する長距離列車の旅ね。インディアン・パシフィック号だと、三泊四日掛けて、4352㎞を走るわ。途中でブルーマウンテンやナラボー平原も見れるわ。寝台列車で、バスルーム付きの客室があって、ゴールドツインが一泊あたり7万だから、三日で21万ね。ガン号だと、二泊三日掛けて、2979㎞を走り、アリススプリングやキャサリンとかの都市に停車して、オプションツアーに参加できるわ。一泊当たり10万だから、二日で20万よ。これが温かい国での旅行で、日数も期間内になる。行きだけ、ジェット機をチャーターして1600万を二人で割って一人800万。でも帰りはジェット機だとオーバーしてしまうから、飛行機で、乗り継ぎありのエコノミーで残っていたのが30万だったわ。フライト14時間ね。一人当たり、850万ね」


 二つの寝台列車の金額差は、もはや誤差として扱われている……。


「お、おお。やっぱりジェット機で稼ぐのか」

「稼いでるんじゃないわ。使っているのよ」


 ネムが呆れた顔をする。そうだった。ルヴィの兄がいるので、時々、金銭感覚が変になってしまうのだ。


「んーでも、フライトの14時間がもったいないよな……」


 時間を短縮したくて高い金額を払うのだ。5日間しかない休みのうちの14時間だと考えると、不釣り合いに思えた。


「そうね。では最後に、わたしの本命よ。世界でもっとも有名な欧州の豪華列車ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレスよ。エルムからマロニエ、シラーキュス、オウクを経由するの。ツインキャビン、一泊二日で48万ね。1750㎞を行くわ。余った時間は特急列車を使って美術館巡りをしてもいいし。普通のフライトはもう席が埋まってしまっていたから、ジェット機で行き帰りが必要なの。リグナムバイタからエルム行が700万を割って350万、オウクからリグナムバイタの帰りの便が900万を割って450万。これでジェット機代800万ね。850万で、プラス現地で遊ぶと考える、かしら」

「ネムの本命? じゃそれにしよ。値段もいいとこだし」


 予算に近い金額でもある。

 決まりだ決まりと手を叩く。


「こうして考えると、ジェット機代じゃん」

「比較すると小さく見えるかもしれないけれど、一日で48万が消えるのよ?」

「お、オレたちの生活費一か月以上が消えちゃうじゃん……」


 ルヴィははっと我に返って震えた。


「どれにする?」

「うーん………」


 秋休みの5日間は豪華、欧州の列車横断の旅に決まった。

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