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黄金が降る  作者: 毎路
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02 還都

 搭乗を待つ身で、この渡航のために作った旅券を眺める。


 金色で彼岸花が描かれ、二種類の文字で国名が書かれている。一つはイクシオリリオンの古字、もう一つは世界公用語だ。表紙をめくると、見開き一ページ目に、個人情報と、去年撮った自分の顔が載っている。


『Passport type P

Given name Luvias

Surname Kingusari

Date of birth 3 Tevet 2062

Chromosome XY

Registered Domicile ASHIYA

Nationality IXIOLIRION

Signature of bearer ルヴィアス・キングサリ』


 明るい髪色と同色の瞳は、性格と合わせて柴犬のよう、と言われることもある。男兄弟で育ったなかで、人懐っこさは一番だと自覚している。認めるのは癪だが、ちょっと童顔気味かもしれない。来月に二十四歳になる。男にしてはシャープさに欠ける輪郭が、幼さを醸すのかもしれないが、180cmを超す長身なので、実際に会えば子どもとは思われない……はずだ。


「……初めて外の国に行くからわからんけど」

 

 飛行機の音が聞こえて顔を上げると、人工の美しい景色が目に入って来た。天井はドーム型になっていて光が燦々と降り注いでいる。広く開放的な空港の天井はとても高く、晩夏の青空をそのまま透過している。季節は八月の終わり。まさに夏休みを終える子どものような気分で白い機体が大きくなるのを見守っていると、買い出しに言ってくれていた幼馴染が戻って来るところに気づいた。手を挙げる。


「――ルヴ」


 コンビニのビニール袋を片手に提げて戻って来るだけの幼馴染に、通りがかりの旅行客たちが足を止め振り返る。癖のある柔らかそうな薄青の短い髪が、涼しげに揺れるのを耳の後ろに掛けてから、ルヴィの目の前に立つと、真っ白な腕をビニール袋の中へ突っ込んで、ミネラルウォーターと軽食を差し出してくる。


「あんがと。今日初の固形物だな」

「朝から大移動だったものね」


 幼馴染は隣に座った。

 両足を投げ出すルヴィとは違い、綺麗な所作だ。

 キャップを外して水を飲むと気が抜けた。


「オレはもう疲れちゃったよ……新幹線からさらに電車で乗り継いで、さらに空港の第一ターミナルから第二ターミナルまでバスで移動するなんて思わなかったぜ……」


 空港に第一ターミナルと第二ターミナルが存在することはいい。

 予想外だったのは、これらのターミナルがかなり離れていたこと。


 十分ごとに行き来する無料のシャトルバスが旅客たちを運ぶ。新幹線から電車に乗り換え、到着した駅で終わりだと思っていたのだが、いつの間にかエスカレーターを降りた先に止まっていたシャトルバスに乗り込む幼馴染に続きながらも、脳内では疑問符が浮かんでいた。


「ひと昔前の東に遷都していた時代では、リグナムバイタ直行便は旧首都の国際空港からしか発着していなかったわ」


 となると、どうなるかというと、地方民はその空港に向かうために、新幹線やバスでそこまで向かうか、地方空港でその空港へ向かう国内線に乗って移動するしかなかったのだという。


「遷都時代かあ」


 今から約60年前に、東に遷都していた首都を、元に戻す還都が行われた。

 新たな時代の幕開けとして、記念硬貨も発行された。


 都還りというが、実際は、急速に進んだ外国人との混血に、イクシオリリオンのルーツを確固たるものにしようという狙いからだとされている。ルヴィもネムも、古典的な純イクシオリリオン人のような黒髪黒目という特徴は見られない。さりとて、帰化した外国人の血筋でもなく、自然と混じっていった結果だ。ただ顔立ちは古典的な特徴を持っているので、その時代のイクシオリリオン人の写真を見ても、自分たちと同じ血を引き、同じ風土を有している国民なのだという意識はある。

 いろいろな意図があって行われた還都だろうが、その目的が果たされているかどうかはルヴィたちには分からない。


「都を西に戻したおかげで、わたしたちはその恩恵にあずかれているということね」

「なるほどなあ」


 歴史の教科書で習うのと、実際に体験するのとでは実感が違う。

 相槌を打ちながらサンドイッチを食べ終えると、待っていたように薬を渡された。


「これで気分がましになるといいのだけれど」


 水で酔い止め薬を流し込んで頷いた。

 ルヴィは本国製の乗り物酔い止めの薬効を信じている。


「これで万事オッケー!」

「……プラセボ効果の提唱者も驚きでしょうね。顔色もよくなったわ」


 飲んだのは小麦粉の塊でもないのに、不思議なことを言う。





 フライトは特に事故もトラブルもなく順調に進んだので割愛する。一晩を平穏に退屈に過ごした後、体感としては翌日の昼、現地時刻としては昨日の日付、つまり同日の昼に到着した。疲労した体に鞭打つような、冷酷で厳しい入国審査官の尋問を乗り越え、ふらふらになりながらホテルのベッドに倒れこみ、次の日の早朝だ。






 ――ここはリグナムバイタの街路。

 お目付け役のネムはいない。


 見える景色は壮観だ。建物は巨大で武骨で、見慣れない。視覚だけではなく、異国に来た証左は五感から突き刺ささっていた。建物の近くから酷い匂いのする蒸気が立ち上り、マンホールからは異臭が、回収される前のごみ山からは腐敗臭が混ざり合う、強烈な悪臭だった。……悪いと思うけど、決していい匂いじゃない。そして、今。


『ハロー、ハロー、ここはどこなんでしょう?』


 絶賛、異国の地アクイレギアで迷子である。

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