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黄金が降る  作者: 毎路
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02 還都

 搭乗開始しているフライトの乗客を呼び出すアナウンスが流れる。

 その便で、誰か時間内に来ていない人がいるらしい。


 ベンチに座り搭乗を待つ身で、手に持った旅券を眺めた。

 この渡航のために初めて作成したものだ。


 赤い表紙には金色の彼岸花が描かれ、金色の文字で国名が二通り書かれている。一つはイクシオリリオンの古字、もう一つは世界公用語。この仕様になったのは、今から約六十年前、多くのことが一新された時代からだ。その中でも最大の変化、東に遷していた都を、西に還したことを『還都』と名付け、それ以前を遷都時代、以降を還都時代とし、歴史的な節目として口にされるようになった。


 表紙をめくると、見開き一ページ目に、個人情報と、去年撮った自分の顔が載っている。


『Passport type P

Given name Luvias

Surname Kingusari

Date of birth 3 Tevet 2062

Chromosome XY

Registered Domicile ASHIYA

Nationality IXIOLIRION

Signature of bearer ルヴィアス・キングサリ』


 明るい髪色と同色の瞳は、性格と合わせて柴犬のよう、と言われることもある。男兄弟で育ったなかで、人懐っこさは一番だと自覚している。認めるのは癪だが、ちょっと童顔気味かもしれない。来月に二十四歳になる。男にしてはシャープさに欠ける輪郭が、幼さを醸すのかもしれないが、180cmを超す長身なので、実際に会えば子どもとは思われない……はずだ。


「……初めて外の国に行くからわからんけど」

 

 飛行機の音が聞こえて顔を上げると、人工の美しい景色が目に入って来た。天井はドーム型になっていて光が燦々と降り注いでいる。広く開放的な空港の天井はとても高く、晩夏の青空をそのまま透過している。まさに夏休みを終える子どものような気分で白い機体が大きくなるのを見守っていると、買い出しに言ってくれていた幼馴染が戻って来るところに気づいた。手を挙げる。


「――ルヴ」


 コンビニのビニール袋を片手に提げて戻って来るだけの幼馴染に、通りがかりの旅行客たちが足を止め振り返る。癖のある柔らかそうな薄青の短い髪が、涼しげに揺れるのを耳の後ろに掛けてから、ルヴィの目の前に立つと、真っ白な腕をビニール袋の中へ突っ込んで、ミネラルウォーターと軽食を差し出してくる。


「あんがと。今日初の固形物だな」

「朝から大移動だったものね」


 幼馴染は隣に座った。

 両足を投げ出すルヴィとは違い、綺麗な所作だ。

 軽食を食べ終えると、待っていたように薬を渡された。


「これで気分がましになるといいのだけれど」


 水で酔い止め薬を流し込んで頷いた。

 ルヴィは本国製の乗り物酔い止めの薬効を信じている。


「これで万事オッケー!」

「……プラセボ効果の提唱者も驚きでしょうね。顔色もよくなったわ」


 飲んだのは小麦粉の塊でもないのに、不思議なことを言う。







 ――ここはリグナムバイタの街路。

 お目付け役のネムはいない。


 見える景色は壮観だ。建物は巨大で武骨で、見慣れない。視覚だけではなく、異国に来た証左は五感から突き刺ささっていた。建物の近くから酷い匂いのする蒸気が立ち上り、マンホールからは異臭が、回収される前のごみ山からは腐敗臭が混ざり合う、強烈な悪臭だった。そして、今。


『ハロー、ハロー、ここはどこなんでしょう?』


 絶賛、異国の地アクイレギアで迷子である。







 十三時間の長距離フライトは無事に運行し、ホテルで一泊した翌日のこと。目覚めてすぐだった。突如堪えがたい欲求にかられ、寝ぼけ眼の幼馴染を起こし、早朝のリグナムバイタに繰り出した。目的は――一目、入学予定のカレッジをこの目にするため。ところが、この時勢い余って、幼馴染の手を放してしまう。


「ネム……朝に弱かったもんな」


 気が付けば異国の寝静まった街にたった一人だ。冷静になると、さっきまでの自分の行動があまりにも浮ついていたことを自覚する。あれを買ってこれを買ってと母親に強請る子どもじゃあるまいし……。それに。


「一人になると実感する心細さってやつ? 情けね……」

 

 薄暗い異国の高層ビル群はルヴィを拒むように静まり返っている。

 人に聞こうとも、まず人通りもない。

 建物も人も、まだ寝静まっている時間帯。


「こう見ると、人類滅亡後の世界に見えるな」


 ただ道路の信号が無人の道を規則的に点滅しているだけだ。

 夜明けが近いせいか、街灯も弱弱しい光しか放たない。


「ネムと合流しなきゃだな」


 離れている相手とも連絡できる文明の利器の出番だ。

 携帯を取り出し、専属エージェントたる幼馴染に連絡を――


「バッテリーがない、だと……?」


 唖然としたが、よくよく思い出すと昨日は時差ボケで二人とも疲労困憊していて、細々としたことに気を回せていなかった。


「カレッジに行こうって出て来たんだし、来てくれるよな?」


 問題は、どうやってそこまで辿り着くか、だ。


「携帯も使えないんじゃ、人をとっ捕まえて聞くしかないよな」

 

 人通りはほとんどないといっても、まったくいないわけではない。

 青色の街を目を凝らしてみる。


 すると早速、向かいから通行人が歩いているのが見えた。

 レインボー色の髪をしているが、恰好からして警察官だ。


 ……入国審査での時のことが脳裏によみがえって気が滅入るのだが、気持ちを切り替えた。だからなんだ、最初は何でも躓くもんだ!


『すみません、道をおたずねしたいのですが!』


 朝一番の大きな声で、婦警に近づいて行った。


『すみません。ここを進んだら五番通りって聞いたんですけど』

『私が何をしているのか見えないのかね!?』

『見えます。………何をしているんですか?』


 全身タイツの上から顔まで灰色に塗って道の真ん中で立っている男性を見つけた。


『青銅の像になっているのだよ』

『お上手ですね』

『なら、金を払いたまえ』


 すごくいかつい商売だ。

 しかし周囲に息をしている人間が彼しかいなかったので仕方ない。

 チップ用にネムが換金してくれていた10ドルを三枚渡す。


『どうぞ。あと、ここって』

『八番通りだよ』

『あー』


 不思議だ。

 婦警から道を教わって曲がり角を曲がっただけなのに、どこで間違ったのか。


『あ、すみません、そこのお姉さん! ここは五番通りですよね?』

『朝から面白いこと言うのね、坊や。親御さんはどこ?』


 七番通りらしい。

 防護服を着て道端の清掃をしていた女性が近道を教えてくれた。


 子どもはこの先は進んではいけないらしい。なんでか分からないが子どもが行ってはいけない場所はだいたい大人が行ってもろくなことにはならない。ルヴィが子どもだというのはしっかりと否定すると怖い顔で窘められたので、がっくりしながら言われた方向に進む。


「八番通りから七番通りか。……徐々に近づいてきたな」


 調子に乗ったのが悪かったのだろうか。

 リグナムバイタは大都市と聞いていたのに、人通りは滅多にない。

 通行人を見つけるたびに、必ず声を掛けて尋ねた。


『あの、すみません!』

『…………』


 足早に通るサラリーマン男性を見かけて、声を掛けたが、ちらっと視線を向けられただけで無視される。しかし、これで諦めるわけにはいかない。


『待ってください! マジでお願いします、オレの命が掛かってるんです』

『これ以上、通行の邪魔をするなら訴えるぞ』

『マジであんたしかいないんです、助けてください!』


 必死で頼み込むと、唾を足元に吐きかけられてそのまま去って行ってしまった。


「………はっ 呆然として見送っちまった!」


 意外とまともそうに見える人ほど、親切からは程遠いのかもしれない。

 その後も、何とか人を見つけては声を掛けて道を聞き、人通りが増えてきたところで、再会した――最初に道を聞いた、七色に髪を染めた婦警に。


『はい、ここからあの門が見えるでしょう? あそこよ』


 写真でも見た煤けた赤銅色のアーチが見えた。

 黄色い花が咲くの足元で咲いている。


 涙が出てきそうだった。


『あ、ありがとうござます、でもあのオレ……』

『いいのよ、一時間も迷ってたなんて、こんな子どもがね……』


 自分の子どもと同じくらいだから放って置けなかったとにっこりとほほ笑む。


『………ありがとうございました』


 違う意味で泣きそうだった。

 ここからは警察は入れないと言われて見守られるので、お辞儀をして門へと向かった。

 気分が高揚するのを感じた。


『やっとだ……』


 一人で道を聞き続ける一時間を過ごすといった荒療治の為か、完全に口から出る独り言もエルム語になった。


 さあ、いざ中へ、と見本のように先に進んだ黒髪の長い青年の後ろをついて行くと、ひらけたカレッジの敷地が広がり――


『ストップ』


 体の前に太い棍棒に毛が生えたような腕が通せんぼした。


『え? 何?』

『どうしてこんなところに子どもが一人でいる? 迷ったのか?』


 苦笑いした。

 さっきの親切な婦警には言えなかったことを言う。


『オレ、大人です。ここの学生です』

『飛び級か? 見たことがない顔だが。送り迎えの親は? IDは?』

『どうみても十三歳くらいだがな』


 十も年下に見られたことへの衝撃で、取り繕っていたものが吹っ飛んだ。


 年甲斐もなく大騒ぎしたのは新たな黒歴史になったが、ルヴィの美点は諦めないことだ。ポリスマンに迷子扱いされても、カードマンに不審者扱いされても――子ども扱いでは断じてない――くじけなかった。救いの手はいつだって困難の時に差し伸べられたからだ。


 ルヴィがそこまでして行ってみたかった場所で、差し伸べられた最後の救いの手を思い出す。


「いけ好かないやつだったけど」


 正門前の警備員の駐在所の前を通ると、そこは先ほどのどこか怠惰な様子とは打って変わり騒然としていた。トランシーバーからは大音量の音声が漏れ聞こえており、ルヴィはその内容が、今しがた考えていた助けてくれたいけ好かない青年を中心としたひと悶着だと、察した。……さすがにこの名門カレッジでキャットファイトの殺傷沙汰とかは起こらないと信じたい。そそくさと逃げたことが今更ながらに気まずくなる。


「聞いているの、ルヴ」


 慌てて開いてしまった距離を詰める。

 ルヴィの大冒険はいったん終了。


 次の行先は、アクイレギアで居住する民間の学生寮レジデンスだ。

ルヴィアス・キングサリ・・・明るい茶色の髪と瞳をした二十三歳児、三兄弟の末っ子。

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