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黄金が降る  作者: 毎路
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02 還都

 国際空港の第二ターミナルは天井がドーム型になっていて光が燦々と降り注いでいる。広く開放的な空港の天井はとても高く、晩夏の青空をそのまま透過している。夏休みを終える子どものような気分で見上げていると、癖のある薄青の髪をした美少女が同色の瞳を浮かなそうに瞬かせて戻って来るところに気づいた。


 ため息が零れるような美少女――その物憂げな様子に、すれ違い様の疲れた顔の旅行客たちが軒並み足を止め振り返る。衆目を集めながらもまったく気にした素振りも見せない年下の幼馴染は生まれてからこの方、この手の視線には慣れているか、もしくは全く気づいていないかのどちらかだ。しかし、美少女が目の保養になるというのはどこの世界でも共通する認識のようで感嘆の表情が相次ぐ。


「――はい。本当にこんな体に悪いものでいいの?」


 自分のものより一回り以上小さな手が持つのはエナジードリンクの缶ジュースだ。喜び勇んで礼を言い、片手で受け取ると、幼馴染の手では半回りしか届かなかったのが、ルヴィの手の中では親指と人差し指が一回りして余裕で届く。


「これがいいんだ」


 早速、プルタブを開けると、炭酸の弾ける音がした。

 ネムが隣に腰掛ける。


 空港には、3時間前には着いた。ところがそこは第一ターミナルだったので、ルヴィたちの乗る飛行機が発着する第二ターミナルまで移動が必要だった。10分間隔でやって来る無料のシャトルバスで移動した後は、昨日のうちにオンラインチェックインを済ませていたので、チェックインカウンターをスルーして手荷物預かり機に受託荷物を預け、そのまま保安検査を通り、セットで出国手続きを済ませた今は、搭乗口付近で時間を潰している最中だ。


 朝食も食べず、ここまでの時間を移動に費やした。

 ところが初めて長距離の飛行機に乗る緊張感に、空腹感も感じない。


「そんな時に頼りになるのが、エナジードリンクってわけ」

「それは、効くものなの?」


 いいとこ育ちの美少女幼馴染はそんなことを訊ねてきた。


()持ち(・・)ようってやつ」


 不思議そうに透明な光を湛える瞳を瞬かせて考え込むと、すぐに呆れたように目を半分伏せた。


「気持ちということね」

「左様ですぜ」


 買ってきてもらった炭酸飲料を一気に飲んでいると、目の前をピオニー人旅行客の集団が通り過ぎていった。黒い瞳と髪を持つ。特に女性は、長くてまっすぐの黒髪を靡かせている。


「教科書で見た、昔の人がタイムスリップしたみたいだな」


 キャップを閉めて、口を拭う。


「きれいね」


 極東の島国であるイクシオリリオンで混血が進んだ。

 黒髪黒目という古典的な特徴は今や昔のものとなっている。


 ところが、美的感覚というのは、やっかいだ。

 それは目に見えずとも連綿と続く文化という側面を持つ。


 長くてまっすぐな黒髪に、潤んだような黒々とした瞳、象牙色の肌というのは、自分たち(イクシオリリオン人)が持つ要素とはかけ離れてしっても、ただ時代が下っても、美の一基準として変わらない。遠ざかるピオニー女性の後姿を眺めながら、感慨深くなった。


「なんで大陸のピオニーより、こんな端っこの島国の方が混血が進んでるんだろ」


 地政学的に見ても、解明されていない事象だ。


「陸続きなのにね。………遷都時代はみんな黒髪だったの、信じられないわ」


 この言葉に羨望の色がこもっていた。

 その証拠に、幼馴染が薄青色のショートカットの髪を指で摘まんだ。


 黒髪かそれ以外というのが、本国での価値観だ。

 つまり、それ以外の色だが。

 その髪と瞳の色も美しいとルヴィは思うのだ。


「遷都時代なー」


 イクシオリリオンは、東に都を遷した時代があった。

 それは今から60年前のことで本国ではよく『ひと昔前』と言い表す。


 それに対して西に都が還った後を還都時代と呼んだ。

 外つ国からの血が入り、外見が多様になり、曖昧になったアイデンティティを取り戻すため、という指針のもとで、年号も改められた。効果のほどは定かではない。








『ハロー、ハロー、ここはどこなんでしょう?』


 絶賛、異国の地アクイレギアで迷子である。

 13時間のフライトを終え、眉間の皺はツアーツカ山脈並みに寄せた険しい入国審査官からの詰問から解放され、幼馴染が空港前に呼んでくれたタクシーでホテルに倒れ込んだのが昨日のことだ。


 そして今、ルヴィは、その頼もしい幼馴染とはぐれてしまっている。

 きっかけは、眠気眼の幼馴染の手を放してしまったこと。


 いや……半分以上寝ぼけた幼馴染にうんと言わせ、早朝にホテルをチェックアウトして、カレッジを一目見ようとルヴィがごり押ししたことが直接の原因だろう。


「ネム、朝に弱かったもんな」


 冷静になると、さっきまでの自分の行動があまりにも浮ついていたことを自覚する。


「一人になると実感する心細さってやつ? 情けね……」

 

 自分が蒔いた種だ。

 自力でなんとかすべき。まずは、文明の利器、携帯で専属エージェントたる幼馴染に連絡を――


「バッテリーがない、だと……?」


 唖然としたが、よくよく思い出すと昨日は時差ボケで二人とも疲労困憊していて、細々としたことに気を回せていなかった。


「ネムには……カレッジに行こうって誘って出てきたんだし、来てくれるよな?」


 問題は、そこまでどうやって辿り着くか、だ。


「携帯も使えないんじゃ、人をとっ捕まえて聞くしかないよな」

 

 すると早速、向かいから通行人が歩いているのが見えた。

 レインボー色の髪をしているが、恰好からして警察官だ。


 正直、入国審査での時のことが脳裏によみがえり気が滅入るのだが、気持ちを切り替えた。だからなんだ、最初は何でも躓くもんだ!


『すみません、道をおたずねしたいのですが!』


 朝一番の大きな声で、婦警に近づいて行った。


『すみません。ここを進んだら5番通りって聞いたんですけど』

『私が何をしているのか見えないのかね!?』

『見えます。………何をしているんですか?』


 全身タイツの上から顔まで灰色に塗って道の真ん中で立っている男性を見つけた。


『青銅の像になっているのだよ』

『お上手ですね』

『なら、金を払いたまえ』


 すごい商売だ。

 しかし周囲に息をしている人間が彼しかいなかったので仕方ない。

 チップ用にネムが換金してくれていた100ドルを三枚渡す。


『どうぞ。あと、ここって』

『8番通りだよ』

『あー』


 不思議だ。

 婦警から道を教わって曲がり角を曲がっただけなのに、どこで間違ったのか。


『あ、すみません、そこのお姉さん! ちょっと知りたくて、ここは5番通りですよね?』

『朝から面白いこと言うのね、坊や。笑わせてもらったわ。親御さんはどこ?』


 7番通りらしい。

 防護服を着て道端の清掃をしていた女性が近道を教えてくれた。


 子どもはこの先は進んではいけないらしい。なんでか分からないが子どもが行ってはいけない場所はだいたい大人が行ってもろくなことにはならない。ルヴィが子どもだというのはしっかりと否定すると怖い顔で窘められたので、がっくりしながら言われた方向に進む。


「8番通りから7番通りか。……徐々に近づいてきたな」


 調子に乗ったのが悪かったのだろうか。

 リグナムバイタは大都市と聞いていたのに、人通りは滅多にない。

 通行人を見つけるたびに、必ず声を掛けて尋ねた。


『あの、すみません!』

『…………』


 足早に通るサラリーマン男性を見かけて、声を掛けたが、ちらっと視線を向けられただけで無視される。しかし、これで諦めるわけにはいかない。


『待ってください! マジでお願いします、オレの命が掛かってるんです』

『これ以上、通行の邪魔をするなら訴えるぞ』

『マジであんたしかいないんです、助けてください!』


 必死で頼み込むと、唾を足元に吐きかけられてそのまま去って行ってしまった。


「………はっ 呆然として見送っちまった!」


 意外とまともそうに見える人ほど、親切からは程遠いのかもしれない。

 その後も、何とか人を見つけては声を掛けて道を聞き、人通りが増えてきたところで、再会した――最初に道を聞いた、七色に髪を染めた婦警に。


『はい、ここからあの門が見えるでしょう? あそこよ』


 写真でも見た煤けた赤銅色のアーチが見えた。

 黄色い花が咲くの足元で咲いている。


 涙が出てきそうだった。


『あ、ありがとうござます、でもあのオレ……』

『いいのよ、1時間も迷ってたなんて、こんな子どもがね……』


 自分の子どもと同じくらいだから放って置けなかったとにっこりとほほ笑む。


『………ありがとうございました』


 違う意味で泣きそうだった。

 ここからは警察は入れないと言われて見守られるので、お辞儀をして門へと向かった。

 気分が高揚するのを感じた。


『やっとだ……』


 一人で道を聞き続ける1時間を過ごすといった荒療治の為か、完全に口から出る独り言もエルム語になった。


 さあ、いざ中へ、と見本のように先に進んだ黒髪の長い青年の後ろをついて行くと、ひらけたカレッジの敷地が広がり――


『ストップ』


 体の前に太い棍棒に毛が生えたような腕が通せんぼした。


『え? 何?』

『どうしてこんなところに子どもが一人でいる? 迷ったのか?』


 苦笑いした。

 さっきの親切な婦警には言えなかったことを言う。


『オレ、大人です。ここの学生です』

『飛び級か? 見たことがない顔だが。送り迎えの親は? IDは?』


 大人と言ったところを無視された。


『あの、オレは大人です』


 すると、中年の門衛が笑いながら、同僚に話しかけた。


『大人ですだって』

『どうみても13歳くらいだな』


 奇しくも、それは婦警の息子と同じ年だった。

 もう目と鼻の先だというのに、それ以上に十も年下に見られたことへの衝撃で、取り繕っていたものが吹っ飛んだ。


『はあ!? 13歳!? ふざけやがって、23歳だ! こちとら、れっきとした成人男性!』


 年甲斐もなく大騒ぎしたのは新たな黒歴史になった。


 しかし、ルヴィの美点は諦めないことだ。ポリスマンに迷子扱いされても、カードマンに不審者扱いされても――子ども扱いでは断じてない――くじけなかった。救いの手はいつだって困難の時に差し伸べられたからだ。


 ルヴィがそこまでして行ってみたかった場所で、差し伸べられた最後の救いの手を思い出す。それは、いけ好かない青年だったけれども。


「聞いているの、ルヴ?」


 幼馴染に腕を掴まれて連行される。

 眉をひそめられる。


「聞いてる! 見つけてくれてありがとな」

「………どうか、わたしがしっかりしている時に相談してちょうだいね」


 ため息を吐かれた。

 そうして、ルヴィの大冒険はいったん終了した。


 行き先は、このアクイレギアで居住する民間の学生寮(レジデンス)だ。


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