26 メンバーリスト
「よろしくー」
「はい僕のこれ、メアド教えて」
「まともなメンバーで助かるぅ」
第一弾の関門が終われば、次の関門に向けて新たなグループが発表される。
炭酸の気泡よりも軽いノリに、ネムは呆然としている。
「よ、よろしく、ネムです」
「ルヴィ。………お前ら、名前くらい名乗れよ」
レフェルト教授には前回メールで連絡した通り、グループワークの場合はネムと特定の二人とは同じグループにはならないようにお願いし、承諾の返事をもらったので、そこまで警戒せず臨むことができた。
結果――レフェルト教授からの配慮が最大限うかがい知れるようだが――ネムと同じグループになったが、そのほかは前回と重複するメンバーはいなかった。前回は、3回分の講義が準備期間になっていたが、今回はそれよりも短く2回分が準備に当てられる。つまり、グループワーク2回目の発表は3週間後だ。
同じグループになったメンバーとは軽く自己紹介して、連絡先を交換する。
「前のグループワークで要領分かったし、自分らでテーマを適当に調べて、自習室で持ち寄ってどれにするか決めるってのでどぉ?」
俺、めっちゃ忙しいんだよね、スケジュール的に、と携帯で時間割を見せて来るメンバーにいいぞと頷く。他の面々も同じく、だ。ネムだけ呆然としていた。返事がないのを見て、尋ねて来る。
「ネムもいーぃ、これで?」
確認されて、慌てて頷く。
順調に打ち合わせが終わり、レフェルト教授の講義の後も、ルヴィはネムと行動しつつ、グループメンバーとさっくり課題の日程と大まかな内容を決めた。講義時間が終わったと同時に解散する。その姿を座ったまま見送り、一言。
「スムーズね……」
「課題の期限が短いってのもあるけど、こんなもんだぞ」
散々だった前グループと比べてネムが呆然としている。可哀想だがあれは本当に、メンバーがついてなかった。実際、今回の課題の難易度は前回とほとんど変わらないのだ。難易度設定を期間ごとに変えられるようなら、教授としてベテランと言えるのかもしれない。少なくともジェンキンス教授やメールリ教授はその辺の調整が出来ていた。教える側としての経験が足りていない印象があった。ただ、今回ルヴィの要望を通す姿勢をはっきりと見せるところは誠実さと柔軟性を感じた。良い教授だと思う。
足を組んで何かを記入しているレフェルト教授を眺めていると、隣にいるネムがじっと教壇を見ているのに気付いた。
「どうかしたか?」
ネムの視線をたどって表示されているグループ分けの名簿を見る。
最大の懸念材料であるアンドリューの名前が別のグループにあるのを確認する。
問題は、ないはずだ。
「…………ジェシカの名前が、メンバーリストから消えてる」
確かめると、確かにそうだった。
どこにもない。
前回は六人グループが1つあったが、今回は均等に五人グループが作られている。
「どうしたのかしら」
「……完全に消えてるってことは、ドロップしたってことなんだろうけど」
それは最初のグループ発表を無断で欠席したことを踏まえても、不自然だった。
「他を専攻しているオレらがドロップするならまだしも、医学専攻のジェシカが、ってなると妙だよな」
念のため、前のネムのメンバーを見ていくと、ほかは全員いた。
すべからくほかの三名は別のグループにいる。
「レフェルト教授がリストから外してるんだ、なんか事情があったんだろ」
「――もしかして発表の時に連絡がつかなかったのも?」
ネムが顔を上げてこちらを見た。
「そうかもな」
あの生真面目なジェシカらしからぬ行動だった。
あれから連絡はつかないらしい。
「でも、ジェシカは自分の役割を果たさなかった。その事実は変わらない」
俯くネムの手を引いて、携帯のメッセージツールを指で示す。
「新しいグループメンバーのことを考えようぜ」
「――ええ」
幼馴染のいいところは、気持ちの切り替えが早いところだ。
しっかりと目を見てネムは微笑んだ。
図書館の自習室を予約できたので、学生証を使って入室し、複数の医学雑誌を抱えて妙案を絞り出す。グループワークの内容は、やはり医学系なので難しい。しかし、無難なテーマでクオリティを追求すれば、レフェルト教授の選択必修の講義の評価点は取ることができる。いかに高水準のものが作れるかはテーマ選びにかかっている。
「ルヴ、できた?」
「骨組みは」
「わたしもよ」
肩をすくめて顔を見合わせる。
なんだかんだ一月を過ぎてみると、アクイレギアでの学生生活に慣れてきた節がある。
「課題の見通しが立ったから心配事が減ったな」
「明日のお出かけも心置きなく楽しめそうだわ」
明日は、唯一といっていい友人パトリックと標本館へ赴く予定だ。
ふと思い当たる。
「――何気に、はじめてのお出かけだな?」
「ふふ、その施設はカレッジ内にあるのに出かけといえるかしら?」
言えないかも。
しかしほかにもあるのだ。
「じゃ明後日こそ、ネムにとっての本物のお出かけだな?」
「ええ、マザーとお出かけするの!」
マリエは、アパートの管理人であり寮母だ。
ルヴィがマリエにネムのSOSをしたのがきっかけで頓に仲良くなっている。
頬杖をついて、最近出かけることに積極的になった幼馴染を見守る。
「楽しんで来いな」
「楽しむところではないかもしれないけれど、そうね。失礼のないようにしたいわ」
洋服をどうしようかと悩んでいる姿を見ると微笑ましい。
「……ルヴもくればいいのに」
そう唇を尖らせつつ、ネムは嬉しそうだ。
「朝はランニングしなきゃだからな」
嘘だ。確かに習慣になっているが、一日くらい辞められる。
今回のマリエとのお出かけは、ルヴィが念のためお願いしたのだ。
すっかりトラウマになっているらしいグループワークの時間で、ひどいメンバーに当たった時のために、メンタルケアとして。
「今回のメンバーだと、不要な世話だったな」
それでも嬉しそうにするネムを見ていると、やっぱりよかったと思うのだ。
*****
巨大都市リグナムバイタでは過密した人口で、あらゆる人間が混在している坩堝だ。善人もいれば悪人もいる。善人同士が隣人となり暮らし、悪人同士が傷つけあうだけならいい。しかし、現実は悪人は善人を傷つけ、善人の隣人は善人ばかりではない。
担当となった事件は胸糞悪いものだった。
被害者は名門のカレッジに通う品行方正な女学生。
その両親は一人娘の身に起きた惨事にすっかり憔悴している。
「ねえ刑事さん、本当にどうなってしまうんでしょう」
「大丈夫です。娘さんを傷つけた犯人は必ず突き止めます」
「でも、でも……」
ブラウンのひっつめ髪を振り乱して母親が嘆く。
黒縁の大きな眼鏡をした父親がその肩を抱く。
「刑事、お願いです。どうにかして、どうにかして見つけてください……」
泣き崩れる妻を支える夫がきつく目を閉じてから、見上げた。
灰緑の瞳には涙がにじんでいた。
ぐっと食いしばった歯の軋みすら聞こえてきそうだ。
「このままではやり切れません。私たちはこれまで職務に身を捧げ、多くの苦しむ人々を救ってきました。それなのにどうして私たちの娘がこんな目に遭ってしまったんでしょうか。神は私たちの娘をどうして守ってくれなかったのでしょうか」
膝の上で握りしめた拳には欠陥が浮いていた。
顔を覆った母親が泣き叫ぶ。
「あの子はまじめなとてもいい子なんです! なのに……」
悲嘆にくれる夫婦は視線を天井に送ると、悔し気に悲し気に俯く。
頽れる二人の前にビルは膝をついた。
「必ず我々が犯人を見つけます。ですから、どうか気を強く持って。娘さんのために、あなた方も健康でなければならない。娘さんを支えるあなたがたが倒れてしまっては誰が彼女を支えるのですか」
するとはっとしたように夫婦は顔を上げた。
反応が返ってくるのを確認してしっかりと頷く。
「この卑劣な犯人を見つけ、二度と同じことができないようにさせます」
そう被害者家族に誓った時だった。
二階から窓があく音がした。
弾かれたように母親が、次いで父親が視線を向ける。
部屋を出て階段を駆け上がったのは母親が先だった。続いて父親が。
「やめて、やめてちょうだい!」
「お願いだ、早まらないでくれ!」
ビルは部屋を出て二人とは違うところへ駆け出した。
ドアを激しく叩く音が聞こえる。常にない、けれどこのところよく耳にする母の取り乱した声が聞こえてくると痛みを感じなくなった胸が再び苦しくなるような気がした。体に巻き付けていたカーテンから手を放し、開け放った窓枠に立つと、足がすくむ。ふっと気が遠くなった。体が軽くなる。つま先で空をひっかき、両腕を広げて風を受ける――鳥にはなれなかった。
大きな何かに受け止められ、衝撃が緩んだかと思うと、落ちた。
さりさりとした葉が顔に触れ、大きな影が下から上に降りかかる。
音が遠く聞こえない。大きな影が何かを言うが、半分赤く染まった視界では分からない。
「ご……めんなざい」
もう辞めたいと思った、人のままだった。




