25 ヴィレッジ
ジェンキンス教授の専門講義は自国の古い集落の形態研究に移っていた。
集落、あるいは村落についての分類は多い。その中でも、本国独自の見解は、アクイレギアという異国の地にあって関心を引けるテーマだ。ネムが直前まで目を通していたレジュメは両端がよれていた。すっと息を吸い込むのを固唾をのんで見守った。
階段状になった席で立ちあがるのは発言者一人だ。薄青の短い髪を耳にかけ、長い睫毛を震わせ、淡い唇を割った。
「イクシオリリオンの集落、あるいは村落についての分類はいくつかあります。集村、疎塊村、小村、散村です。その中でも村落のおよそ70%は集村になります」
ネムの澄んだ声が、ルヴィにしかわからない程度の緊張をにじませて、昨晩一緒に予習した内容を紡ぐ。それを受けてジェンキンス教授の穏やかな声が応えた。
「残りの三割が、疎塊村、小村、散村なんだね」
「はい。集村は、数十軒の家屋が、村落内の特定の場所に集中する形態を言います」
家と家が近く、農業用水をどのように分けるかという仕組みである『分水』と、水がないときにどうするかという仕組みである『番水』といった水利慣行、『結』と呼ばれる共同作業が維持しやすく、共同体の維持には好都合だった。土地条件や水利条件を均質化するため、分散交錯圃形態をとったがその結果、農業の効率が低くなったという側面もある。
「散村は、家屋が一定の距離を置いて分散する村落形態です」
こちらは、家と家とが離れており、社会生活が不便だが、家屋を中心として同一所有者の耕地が集積・団地化するので、効率的な営農が可能だった。本国で言うところの、トナミ平野やヒカワ平野が典型的な地域とされる。
「そして、十数戸からなる小集落の疎塊村あるいは疎集村があります」
疎塊村は、集村と散村の中間形態にあたる。
「さらに数戸単位の家屋群を指す小村があります」
集積度は、集村、疎塊村、小村、散村の順だ。
「路村は、道路や用水路に面して家屋が立ち並ぶ形態です」
村落共同体を維持しやすい集村、効率的な営農を追記しやすい散村、双方の長所を生かした折衷型と言える。均整に形成された新田集落や、北部の開拓集落がこれにあたる。
「村における特徴をこれほど詳細に分類したものははじめて知ったよ」
ジェンキンス教授は興味深そうに相槌を打つ。
ネムは顎を引き、レジュメを一枚めくり、顔に落ちかけていた色素の薄い髪を耳の後ろに掛けた。
「農村の空間構造としては、フクダが1982年に、研究対象とした地方に多く分布する集村から着想を得てモデル化したものがあります――ムラ、ノラ、ヤマあるいはハラです。ムラは集落であり、ノラは耕地であり、ヤマあるいはハラは里山です」
ネムがあえて省いたところがある。
ムラは、集落であり、定住地としての領域で、氏神または鎮守による守護。
ノラは、耕地であり、生産地としての領域で、野神による守護。
ヤマあるいはハラは、里山であり、採取地としての領域で、山の神による守護。
ただし、ヤマあるいはハラに関しては、農民が利用しない、できない山林や山岳は含めないが、里山の木は立派に育てて金銭に変え、子どもの結婚資金などにされることもあり、炭山や柴山という活用方法の異なるものもあった――というのも大事なところだ。
「これらを、即物的かつ観念的な三重構造を農村の基本形とみなしました」
しかし、これらを省略したため、余計な質疑を避けることに成功した。
「集村にもさまざまな種類があるのだね」
ちなみに、このモデルは、本来は集村にのみ当てはまるが、シンプルで説得力が強いため、一般化されて多方面でも活用されもするので注意が必要だ。
イクシオリリオンの集落の研究は昔から進められているため、表面をさらうだけでも十分な情報量があり、それ以上突っ込まれることはなかった。
「ありがとうネム。興味深い所見だったよ、では次にルヴィ」
ほっとした様子を取り繕ったネムがそろっと席に腰を下ろす。
反対にルヴィは机に手をついて立ち上がった。
周囲を見渡す。
「伝統的な農村の運営方法についていくつか紹介します。はじめにエイタロウ・スズキの自然村理論です」
内容は簡単にするとこうだ。
「集団主義のイクシオリリオン社会――これは農村のことをいう――の独特の生活原理を探求した理論についてです。イクシオリリオンの農村は、第一社会地区として組や小字、第二社会地区として大字、第三社会地区として行政村に区分されます」
「生活原理か」
面白そうにジェンキンス教授の瞳が眼鏡の奥で光った。
「農村の諸機能は、このいずれかの社会地区に配分されるとしました」
最も自主性・自律性が高いのは、第二社会地区で、これをいわゆるムラとした。
「ムラは、村の精神性という規範意識によって秩序付けられ、運営される自然発生的な村落とし、これを自然村であるとしました。このほかに、キザエモン・アルガの家連合論があります」
「続けて」
「日々の生活を維持するために、家連合が形成されました」
家連合は、二種類に分類される。
「ひとつに、同族団で、生活上ひとつの家に他の家が依存する関係。本末の系譜関係の認識に基づいて、上下に結合する家々の関係のことです」
「本末の系譜?」
「『本家―分家』関係です」
そう言いかえると、ピンと来たらしい。
「そちらの方がなじみが深いね」
そうだろう。
多くの国でも共通する概念だ。
「ふたつに、組で、上下関係がなく、平等な関係による家連合です」
これら二つの形態は、歴史的には相互に転換することがあり、地域的な偏りはないとされる。
細々と少数の文化は生き残っていたとは思うが。
「このアルガの議論を継承した人物に、タダシ・フクタケが村落類型論があります。本国の農村を次の二種類に区分しました」
本国独自の概念をうまく説明できないのなら、独自の分類の基準でもって想像してもらうことにした。
「ひとつに、同族結合の村で、地主たる本家とそれに従属する小作階級たる血縁非血縁の分家からなります」
従属的な縦の結合を特徴都市だ。
氏神=本家の祖先となる。
「ふたつに、講組結合の村で、ほぼ同等の家によって構成される横の結合を特徴とします」
ムラの運営は合議制をとる。
氏神=どの家にも属さない共同の神となる。
こちらは輪番制で祀った。
「同族結合の村は本国の東北、講組結合の村は西南で卓越しました」
この理由としては、西南部の方が一般的に農業生産性が高いからとされている。
「同族結合が後進地域で、講組結合が先進地域となります。このアルガやフクタケの議論をベースに、さらに各方面で村落類型論は展開されています」
一呼吸おいて続ける。
「例えば、マサオ・オカは人類学者ですが、東北地方において、父系的系譜関係から凝集する同族制村落があるとし、そこから西南にかけては同年代集団を中心に構成・運営される年齢階梯制村落があるとしました」
人類学はジェンキンス教授の専攻の一つでもある。
この説は、うまく興味を引くことに成功したようだった。
「ほかにも、アジオ・フクダは民俗学者で、旧首都があった地方に、家を単位とし、当番で村落を運営する『番』が、今の首都がある地方に、個人を単位とし、衆議で村落を運営する『衆』があるとしました」
民俗学の見分も鋭いものがある。
歴史学・地理学・人類学という三つの領域で博士を持つジェンキンス教授は珍しいが、こうした領域をかじっている教授は多い。
「東北の方が血縁を大事にしていて、西南の方は効率を重視したということかな」
「そうなったのには歴史的・地理的な背景があるはずだと考えます」
こうした村落の個々の文化には特有のものがあって、それを探求したいのだ。
「農村という見方はイクシオリリオンにおいて重要です。かつてのイクシオリリオンの農村の大半は、水田稲作を基礎として歴史的に発展しました」
主要作物の栽培面積はかつて、2012年の時点では、水稲163万ha、牧草76万ha、小麦21万ha、大豆14万ha、青刈りとうもろこし9万haとなっていた。
「米はイクシオリリオンで最も重要な食糧であり商品作物です。しかし、イクシオリリオンでの稲作は自然発生的なものではありません」
古代では、狩猟採集が主だった。
それが外から来た存在により、稲作がもたらされた。
つまり、稲作はイクシオリリオンの地に最適な植物ではなかった。
「稲作はもともと熱帯向きの作物であり、イクシオリリオン列島は稲作にもいている土地ではありませんでした。しかし、すべての社会的価値を米に換算する政治・経済体制の確立・存続されてきました。これを近世石高制といいます」
「現在で言う、通貨の役割を、穀物である米が担っていたというんだね」
顎を引いて、続けた。
「農村の形成は、小麓部から始まり、農業・土木技術の発達に従って、平野部、海岸部へと展開されました。2000年におけるイクシオリリオンの農業集落は、約13万5000でした」
農業集落は、農村の数と言い換えても良い。
平地と山間ではその立地の割合にやや偏りがある。
「農業集落の立地割合は、都市的地域・平地農業地域が50.3%、中間農業地域・山間農業地域が49.7%でした」
平均的な農業集落の規模は、総戸数では10から29戸。
農家戸数では10から19戸だ。
「都市部ほど農業集落の総戸数は多く、農家戸数に変化はないという状態でした。ここから、十数年後に食料自給率を低下させる法律が通ったことにより、外国への輸入に頼る状況が発生するようになりました」
「ここからは近代の変化の流れで、世界的に共通するものだね。――では、これ以上は我が国の悪名高い政策に触れてしまうので、ここまでとしよう。次回の発表者と課題についてメールを送るので確認しておくように。では解散」
ジェンキンス教授の講義が終わると、学生たちが動き出す。
隣でネムが深く息を吐き出す――憂鬱そうだ。
今日、また新たなグループワークのメンバーが発表されることとなる。




