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黄金が降る  作者: 毎路
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24 人脈

 マグワートの高級ブランドが並ぶのは通称『五番街』と呼ばれる買い物通りだ。世の富豪、勝ち組たちがこぞって訪れる。特に49丁目から60丁目が目玉だ。今回はそこへ悠々と『知人』を連れて赴く。自らの財力を見せつけるため、その数あるブティックの一つで立ち止まる。ふらふらと着いてきていた長身のアクイレギアンが体を縮こまらせる。颯爽と風を肩で切る勢いだった女が見る影もなく、小さく委縮している事実が心地よい。おどおどと挙動不審な仕草で看板を見上げた後、尋ねてくる。


「本当にいいの……?」

「勿論。私たちが手を組んだ記念にプレゼントするわよ」


 鷹揚に頷いていると、横から小娘が飛び跳ねた。


「やったー! ありがとうリーリン姐さん」

「アマ、あんたこんな時は便乗して……」


 妙に人懐っこいのでため息をつく。

 今回は目的があってショッピングに来たというのに。


「いいじゃん! あたしの彼氏のおかげで儲けてるでしょ?」

「まったく……」


 腰に手を当てて中へ入るように示す。

 満面の笑みでドアを潜るのを横目に、おどおどとした金髪女を振りえる。


「でも………話はありがたいけど」

「深く考えないで。私はあなたを救いたいのよ。気狂い女に苦労してるのは私も同じだもの」


 現地の学生と親しくなるには、ショッピングに連れて行くのがちょうどいい。

 ブランドの看板を引っ提げた店内に入ると、支配人がすっ飛んでくる。


「いらっしゃいませ、リーリン様。本日は何をご所望でしょうか?」

「ジャン支配人、先日振りね。今日は新しい友人にふさわしい服をプレゼントしたいの。おすすめはあるかしら?」


 カラーリングされた金髪が特徴的な、そこそこのアクイレギア美人であるエヴェリンの背中を押し出す。すると、青い瞳ですっと一瞥した支配人がにこやかに頷いた。アマンダはスキップしながら店内を一人で見て回っている。ふうとため息をつく。


「もちろんです。今日入荷したばかりの、リーリン様におすすめの新作もございますよ。ご紹介しますので、どうぞ奥へ」


 腕を差し出したブルネットの巻き毛を品よく整えた支配人は、気配りも顔立ちもセンスもいいのでお気に入りだ。容姿でいうと、金髪ではないのがマイナスなことくらい。しかし卒のないエスコートに気分は良くなる。


「楽しみだわ! 行きましょ――エヴェリン」


 振り返ると、エヴェリンは色あせたブロンドで俯いた顔が隠れている。

 どうしたのかと顔をしかめると、エヴェリンは顔を上げた。


「やっぱり――」




*****





 ザイガー教授との会話で、今後の研究の方針についていくつか光明がみえてきた。やはり、専門講義での質疑応答は教養の時とは違った充実感があった。


 幼馴染も、先週のマリエのおかげで立ち直ることができた。

 次回のレフェルト教授のグループワークまで解放された。

 気懸りが消え、再び純粋に勉学に打ち込める日々を噛み締める。


 軽い足取りで戻ると、待たせていた幼馴染は、こちらに背を向けていた。

 ちょうど後ろの席に座っていた社会人の女性と話していた。


 オルガ・クイーニー。

 女性に年齢を尋ねることはタブーなので、外見と経歴から推測すると30代半ばから後半ほど。彼女は正規の学生ではない。


 彼女は大手農薬メーカーに勤めるキャリアウーマンだ。

 担当地区の農園主を顧客にする営業職を五年勤めているという。

 より専門性を高めるため、農地の土壌分析を行う研究を志して、大学院の選別を行っている。


「秋学期も中盤だけれど、オルガはどのカレッジにするか決めたの?」


 オルガの研究では、土壌の成分分析を行う予定だ。


「このカレッジでは地理学の教授は5人いるけれど、博士課程を指導できる教授はジェンキンス教授、ザイガー教授、メールリ教授の3人だけ。でも、オルガはザイガー教授のしか顔を出してはいないわよね?」


 成分分析の方法を扱うのは、地理学の教授の中では二人。

 地質に焦点を当てるザイガー教授と植生に特化したメールリ教授だ。 


「聴講する前に、事前に内容を確認した結果ね」


 メールリ教授は、その地の土壌を分析するというより、自然形態での植物の分布などを調べるため、ザイガー教授の講義を受けるのは妥当な線だ。しかし、それもオルガの目的に合致するかと言えば、何とも言い難い。


「でも、ザイガー教授のところと決めてもいないのね?」

「正直言うとね。決めかねている状況よ」


 真っ白な額を押さえ、ため息を吐く。


「私の研究テーマは自然科学系の視点で、その土地特有の成分が何かというのをメインにしたいから、調査の手法は重なる部分が多いけれど、方向性がまったく違うの。まだ、ライムライト大学の方が近いんだけど……」


 ため息を吐いて、大きな黒い鞄を押さえる。

 初めは数々のカレッジのパンフレットが入っていたが、今は二校だけだ。

 付箋がびっしりとはられている。


「迷ってるわ。確かにもう一つのカレッジの方が私に必要な内容にぴったりなのはなんだけど。………最近、教授に問題が発覚したの。近々起訴される予定よ。だから、見直し中ね」


 穏やかならぬ話だ。


 教授の問題と聞くと、素行不良や研究の盗用といったことが思い浮かぶ。

 とはいえ、オルガの主観なので鵜呑みにはできない。


「地理学の教授? ルヴも知っている人かしら?」

「人物百科事典じゃないぞ……」


 幼馴染が買いかぶりすぎる。


「ルヴは毎朝、地理学の研究をタブレットで見ているじゃない?」

「そりゃそうだけど、完全に趣味なんだよな」

「それはなんとも勤勉で高尚な趣味ですこと」


 呆れたように肩を竦めれらる。


「使わなきゃ損じゃん? カレッジに掛けられている予算を学生がしっかり活用しなきゃだろ」


 カレッジのアカウントから入ると、有償で開示される研究が見放題になる。

 そのため、ランニングとセットで学術論文漁りが日課の増えていた。


 やいのやいの話していると、オルガが顎を押さえて思案気にする。


「分野は地理学ではなかったのよね。調べたのは最初期だから。そうそう……」


 オルガは鞄から黄色を基調としたパンフレットを取り出す。

 表紙にはライムライト大学と書かれている。

 名門大学だ。アパートの住人であるエミも通っている。


「あったわ、環境学の教授よ。……名前は一応、伏せさせてもらうけれど」


 大学生でいうところの環境化学も内包する分野だ。

 となると、エミが知っている教授かもしれない。


「まあ、ここも私の研究の趣旨とは違うんだけど」

「農薬なら、大学で言うところの農学部になるのだろうけど、そう言うことでもないのよね」


 ネムが思案気だ。

 研究手法だけが決まっている。

 手段のためには目的を選ばないという状態だ。


 確かにその分析方法をマスターしたならば、仕事でも応用が利くだろうが。


「やりたいことが明確に決まり過ぎても、カレッジ選びが難しくなるんだな」

「その代わり、完璧にマッチしたところを見つけられれば、これ以上のことはないんだけど」


 妥協する線も考えているという。

 ……やりたいことが膨大で、漠然として絞り切れていないルヴィとは真逆の悩み。

 それなのに、行き着くところは似たようなものになる。


 それが不思議でならない。


「農薬っていうのは人工だから、あるがままの自然の土壌を分析する地質学は嚙み合わないんだと思う。人間の手によって変化した、農地の分析をするなら、環境学が近いといえる、か?」


 考えながら口にしてみると、それがしっくりくるような気がした。

 するとオルガが浮かない顔で唸った。


「そうなるのね……」


 よっぽど嫌と見える。

 教授の問題とは、能力的な問題ではなさそうだ。


「なら、ザイガー教授に聞いてみたらいいんじゃないか? いろいろ教えてくれると思う」

「ザイガー教授の知り合いなら、間違いないわね。ありがと、ルヴィ」


 オルガがすっきりとした様子で立ち上がった。


「それじゃあね、ネム。ルヴィ」


 目鼻立ちのはっきりとした横顔が出口を見据えた。

 濃いめのメイクは、見るからに仕事ができる女性といった風貌だ。


 退室したザイガー教授を追いかけるため身を翻す。

 まさに肩で風を切るように颯爽と。


 手を振り返すネムがそれを見送る。

 ネムとも相性が悪くないようで、よく話をしている。

 年が離れているせいかもしれない。


 それだけでもないようだが。


「……ネムのことお気に入りだよな」


 耽美主義というのだろうか。美しいもの、愛らしいものが特別好ましく感じるようで、ネムを見る時の目がまるで美術品を愛でるようなのだ。


 そしてネムは割とそういった視線に慣れている。

 居心地悪そうな様子もなく普通にあしらっている。


「ねえ、ルヴ。ザイガー教授のいきなりの問いかけによく答えられたわね。わたしひやっとしたんだから。……本国の地質分布や鉱物の種類なんて把握していないもの……当たらなくてよかった」


 ネムはザイガー教授の専門講義ではいつも緊張している。

 名指しされるルヴィの横で肩をびくつかせるのだ。


「案外、ザイガー教授は学生を見てるから、わからん人には当てないと思うぞ」


 ネムは目を瞠ったかと思うと、むっと頬を膨らませた。

 思わず指を刺そうとすると、すぐに手を捕まれた。

 反射神経……。


「もう………ルヴ、いつのまにかザイガー教授のお気に入りにまでなっているのだから」

「そりゃどうだろうなー」


 拗ねたネムの肩を叩いて、立ち上がる。








 窓の外から見える、カレッジの敷地にあった樹木はすっかり裸だ。

 秋空はどこまでも高く、晴れ渡っていた。


 季節の一番いい時期は秋に尽きるだろう。

 春は物事の始まりで忙しすぎるので。


 課題の本を借りようと図書館の前を横切る時だ。

 思わず足を止めた。


「ちょおっと待った、ネム……!」


 腕を横にして幼馴染を通せんぼする。運動神経がいいので、腕にぶつからず立ち止まるネム。不思議そうな顔だ。そこへ何度も唾を飲み込み、言葉を絞り出す。


「あそこ……女子に囲まれてる……パットが」


 震える指で前方を示す。

 すると、我らが友人パトリックがいた。


 金髪碧眼、貴公子然としているのはいつも通りだ。

 穏やかな口もとには微笑が乗っている。

 太めの眉はやや困ったように、彼女たちを見下ろす。


「んー状況からすると、がっちり周りを囲まれて足止めされているってところか?」

「図書館の帰りかしら?」


「あれはモテてるってことだよな?」


 以前すれ違った、男を囲む女学生たちほどの人数ではないが、互いに押し合いへし合いしていて同じぐらいの鬼気迫りっぷりだ。羨ましいというより空恐ろしさを感じる。


「……リック、わたしたち以外に、あんなに他の友人がいるのね」


 ネムは違うことにショックを受けたようだ。

 口を手で覆って、わなわなと震えている。


「そんな様子ちっともみせなかったのに……!」

「パットはパットで、別の専攻だからなー。そっちのつながりがあるんだろ」


 華奢な背中を撫でて慰めておく。

 あんなに迫るくらいだ。

 パトリックの専攻である経営学科の知り合いだろう。


 経営学科在籍というと、それだけで一種のステータスになる。

 博士を取得すれば、経済の専門家だ。


 経済大国であるアクイレギアでは一目置かれる存在へ。


「にしてもただごとじゃないな」


 胸につかみかからんばかりの形相の女学生たちは五、六人いる。

 実際には、そんな勢いで、掴みかかっているわけではないのだが。

 ネムはこと対人関係については目が節穴なので、友人ということでも。


「……ないな」


 一見すると、パトリックだけを見た時、全体の雰囲気は和気あいあいとして見えるトリック。それはひとえに、パトリックのにこやかな笑みのおかげなのだが、個別に女学生たちを見ると、鬼気迫って縋りつきそうな表情だが、身体的な距離は取られている。


「パットに怒ってるわけじゃなさそう」


 よくよく見ると、両手を体の前にあげている。

 さりげなく彼女らと距離をとろうと図っているようだ。


 なんとささやかな抵抗だろう。


「あれじゃ力の弱い女子だって押し返せなくね?」

「…………そうね」


 ネムも押さえていた胸から手を外して眺めた。

 にこやかな表情の下でなかなかの攻防を強いられているようだ。

 

「品があるというか、いい家柄の育ちそうなのが分かるわね」

「な! パットがリアル貴族の令息でもオレあ驚かないね」


 ネムに同意を求めて視線をやる。

 薄青の瞳が観察するようにパトリックを見ていた。


「リックってやっぱり……」

「ん?」


 考えがそのまま口を突いて出ただけらしく、ネムははっとして口を閉じた。

 なんでもないわ、とネムは首を横に振る。

 

「せっかく見かけたけど、あの女子たちを押しのけて声かけるのもなあ」


 もしかすると、この状況を楽しんでいるかもしれない。

 微小な可能性で。


「彼女たちに恨まれてしまうかもしれないものね」


 昔から女性の恨みは恐ろしいという。


「遠回りして行くか」

「こちらに気づいたなら、手を振ってみる?」


 ネムの言葉に手を打つ。


「いいな、それ。オレたちに気づいたらどんな顔するだろな?」


 冷やかしを込めて笑顔で振ってやろう。

 もう一度、前方に目を向ける。


 完璧な笑みでひっきりなしに口を開く女学生たちの話に相槌を打っている。

 ネムが一見して友好的と見間違えたのも、わからなくはない。


「社交的な人間ってパットみたいな人のことを言うんだろうな」


 最も社交的なのが、経営学科だというのは耳にしたことがある。

 その話は本当らしい。


 さて、ちょうど図書館へ向かう進行方向だ。迂回するのに、左手の樹木を周る――結果としては、パトリックは女学生の相手でこちらにまったく気づかず、手を振る機会はなかった。残念!

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