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黄金が降る  作者: 毎路
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16 グループメンバー

 リビングに立って、後ろに手を回しエプロンの紐を蝶々結びにする。

 四つ口コンロに火を点けて、フライパンに油をひいた。


「おはよー、ネム」


 レタスとミニトマトとリコッタチーズ、エビとアボカドで作ったサラダと目玉焼きにベーコンを乗せる。ワンプレート料理、シンプルなスタイルがアクイレギアを体現する。席の前に用意していると、寝起きのネムが現れる。……ひどい顔色だった。


「おはよう……朝ごはん、ありがとう」

「――どういたしまして。昨日の晩はまた難航したみたいだな?」


 笑いながら首を指さすと、ネムが自分の首に手を当てる。

 引っ掛けたままのヘッドフォンに気付いた。


 のろのろと外してテーブルに置き、そのままぐったりと食卓に着いた。

 食卓の上に、淹れたてのコーヒーとオレンジジュースを置けば完成だ。


「朝まで外し忘れてたってことは、寝落ちか?」

「チャットを切ったのまでは覚えているわ……」


 両手で顔を覆っている。

 …………こうなると、エミからもらったフルーツケーキの効力に期待したいところだ。


「何が一番問題なんだ、ネムんとこのグループは」


 目下の悩みは、レフェルト教授の講義で課されたグループワークだ。

 扱われるのはルヴィたちにとって畑違いの医療論文なのでそもそも題材が難しい。

 ひと月が経過して、第一の関門がやって来た。


 秋学期に計2回の実施が伝えられたが、今回はその一回目に当たる。


 グループはレフェルト教授により任意に割り当てられる。

 スムーズに行くメンバーになれば御の字だが、そうでない場合もある。


 残念なことに、ネムのグループはなかなか厄介なメンバーが揃っていた。


「やっぱり、クソデカ声の俺様主人公アンドリューか?」


 アンドリュー・ワン。

 経営学(MBA)専攻のピオニー留学生。初回概要の講義の前にちょっかいを掛けて来たピオニーの集団――そのリーダー的な存在である黒髪を角刈りにした男と一緒になってしまったのだ。ネムに気があるのが傍から見てバレバレなのだが、アプローチの仕方がとにかく幼稚に尽きる。ネムの話には逐一横やりを入れ、からかい、グループワークの進行を中断させているのが目につく。おそらく筋肉を崇拝していて、サイズの小さいTシャツで上半身を誇示しているのだが、肝心のネムに響いているのかは……微妙と、控え目に言っておこう。初対面から悪印象だったのが、悪化の一途をたどり、どこまで落ちるかは未知数だ。問題児その一。


「それとも、気難し屋のジェシカ?」


 ジェシカ・グレイス・ターナー。

 医学専攻のアクイレギア学生。両親が歯科医師だというお嬢様。ブラウンの波打つ髪に重たげな黒縁の眼鏡、そばかすの浮いた頬は、真面目で大人し気な見た目だ。ネムが友達になりたそうにしているがいつももう一人いる女学生とばかり話をしている。

 これにはどうしようもない事情があって、彼女は自国民のアクイレギア人なので、留学生枠ではなく実力で試験をパスして、カレッジに入学した才媛なのだが、何をトチ狂ってしまったのか、同じグループになったアンドリューにほの字なのだ。どこをを言えば……外見はまあ、整っていなくもないが、ノーコメント。絶賛恋の三角関係を形成している。意図せず恋敵に位置するネムには……悲しいかな、彼女と友人になるのは現状、相当厳しいと言わざるを得ない。恋煩いの人。


「でなければ、いつも誰かの取り巻きアマンダ?」


 アマンダ・ヘイリー。

 ジャカランダ訛りのエルム語を話すのが印象に残っている。彼女ははじめ、ピオニーの集団にはなかったのだが、どうやら両親のどちらかがピオニー系らしく、それが判明してからよくアンドリューらとつるんでいるようだった。毎週末パーティーに呼ばれて遊んでいるという派手な生活について、同性のジェシカによく話して聞かせている。パーティーを開いているのではなく、呼ばれて参加しているというのがみそらしい。人気者だといういうことに誇りを持っているが、なぜかそういった者に参加していない勤勉真面目なネムに対し、対抗意識を持っていて、グループワーク中もずっとジェシカに話しかけ、ネムを女子の輪から孤立させている。意見を求められるとネムの意見には反対するが、アンドリューに対してもずけずけと否定する。どうすればいいかという意見は全く聞かない。問題児その二。


「はたまた、空前絶後の日和見主義者マイク?」


 マイク・ザピエート。

 最たる罪状はネムにカンナビスパーティーの招待状を渡してきたことだろう。単体ならば可もなく不可もなくという存在なのだが、長いものには巻かれるモットーにはブレがなく、上記の積極的な問題児二名のいるグループ内では一番厄介な動きをする。声が大きいアンドリューには逆らわず、くっちゃべってばかりのアマンダには関わらずにいるのだが、意見を求められると、求めてきた側に賛同する。ネムに賛同したかと思えば、次の機会にはアンドリューに賛同することも多々ある。問題児その三。


「ルヴがいうと、面白いわね」


 ネムは少しだけ笑い、俯いた。


「わたしのグループメンバーをよく把握しているし。……わたしにはさっぱりよ。もう誰が何を考えているのか分からないわ」


 枯れた声が両手の隙間から漏れ出る。

 その手を取って、フォークを握らせる。

 まずは食事だ。体が資本なのは、学生も一緒だ。


「ルヴのところはどんな感じ?」


 コーンスープを口にして、人心地ついたのか、ネムの方から話題を振って来た。


「そうだな……みんな個人主義だけど、だからこそ割り当てられた分の役割はしっかりこなすってメンバーが揃ってる感じかな。講義中に取られたワークの時間以外ではほとんど連絡も取りあってないし」


「いいわね……」


 ネムはため息を吐いた。


「昨晩は、いったい何が進んだのか、正直3時間も接続していたわたしにだってわからないわ」

「マジか……」


 重症だ。


「メンバー同士、相性が悪くたって、単位のためならやることやるものだと思ってたけどな」

「やっている………つもりなのだと思うわ。ただ、最初の議題から何一つ進んでいないだけで」


「そりゃ……」


 言葉を失う。

 一番辛いのはネムなのだ。

 この留学について来てくれたネムはルヴィの専属としてしっかりと役割を果たしてきてくれている。ネムの目的はルヴィに付き添ってくれること。ところが、ここに来てつまずきそうになっている。


「この単位、ルヴは落とさないから、わたしも……絶対落とせないのに……」


 グループワークとはかくも翻弄してくるものなのだ。

 こんなことはネムには言えないが、ザイガー教授が投げやりになり、パトリックが苦言を呈していた、質の違う学生たちというのが、ネムのいるグループ内を荒らしているようなのだ。


「ジェシカが上手いことやってくれたらいいんだけど」


 期待できないことを口にした。

 普段はそうでもないのに、グループワーク中のまともな意見はあまりない。

 何か言えば、リーダーシップを取りたいアンドリューに否定されるのだ。

 恋する乙女としては、好きな相手に否定されるのは避けたいと考えるらしく発言すらほとんどない。


「恥ずかしがり屋なの、彼女。だから、せめてわたしがなんとかしないと」


 マイクは頭数にも入れられない。


 ちなみにネムは目の前の恋模様に全く気付かない。

 鈍感さで言えば、アンドリューもそうだ。

 ジェシカからの矢印に気づいていない。


 それをいうと、ジェシカも、ネムの友だちになりたい気持ちに気づかない………と言いたいところだがネムのは関係図的に分かりにくいので仕方ない上に、アマンダが四六時中話しかけて来るので相槌とアンドリューを覗うので精一杯だろう。


「生粋のアクイレギアンだろ? 引っ込み思案とはものが違うかもしれないぞ」


 仲良くできそうかもという淡い期待を抱いているだろうネムに、やんわりと水を差す。

 先ほど彼女を才媛と持ち上げたが、申し訳ない。

 学問の場で、色恋沙汰を持ちだされたのでは、困る。

 こっちは、遊びじゃないもんで。


「――次、わたし、たぶん……みんなから嫌われることをするかもしれないわ」


 ネムは何か心に決めたようで、両手を組んだ。

 その白くなった関節の上に、手を乗せた。


 瞬く、薄青の瞳に笑いかける。


「オレだって、いつもネムの味方だからな!」


 ありがとう、と震える声で、瞳が揺れる。


 景気づけに今朝がたもらったフルーツがどっさり入ったロールケーキを切り分けた。

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