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黄金が降る  作者: 毎路
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15 履修科目数

 大学生以上ではそれまでの学生時代とは異なり、卒業要件の単位を自分たちで計算して授業を選択し、時間割を作る。授業には定員があり、人気の授業は定員を超えると、受けられないこともある。この時間割を作ることを、履修登録という。登録期間と修正期間があるのが普通だ。登録期間は、受けたい講義を登録する期間で、修正期間中にやめたいと思う科目を削除をする。この判断は重要なもので、もし自分の身の丈に合わないと感じたり、興味がないと分かった講義は速やかに削除する必要がある。この修正期間中に削除したものは、成績に反映されないからだ。つまり、この修正期間を過ぎると、途中で評価が悪くなると肌感で分かったとしても成績に反映されるのを避けられない。


 朝のランニング後のシャワーを終え、休日の日課として裏庭で本を読もうと、戸口を開けると先人に声を掛けられた。 


「――や、久しぶり」


 赤茶色の髪を一本の三つ編みにした女学生エミだ。

 向かいの席を示されたので、座らせてもらう。


「リグナムバイタでの生活はどう? 慣れた?」

「ぼちぼちですかね。あっという間で」


 改めて振り返ると、怒涛のように過ぎて言った印象だ。

 慣れというより、追いつくのに必死だった。


「わかるなあ、アタシも覚えてないもん、最初の頃のこと」


 通常、誰かと全く同じ履修科目になることはないが、ネムはルヴィのお目付け役なので、履修科目は全く同じものになる。ルヴィの履修登録にネムが完全に合わせる、という風に。その結果は以下の通りだ。


日…休

月…午前【専門】ザイガー教授/午後なし

火…午前【教養】ジェンキンス教授/午後なし

水…休

木…午前【専門】ジェンキンス教授/午後【選択必修】レフェルト教授

金…午前【教養】ザイガー教授/午後【専門】メールリ教授

土…休


 計6コマ。

 単位数でいうと12単位。


「詰め込み過ぎじゃない?」

「………教授たちにも大丈夫かと言われました」


 大学院生になったのはもちろんはじめてのことだ。だから大学生とは異なり、アクイレギアの大学院生は週4コマが一般的だというところを知らなかった。


「知らなかった、ね。...........アタシ、大学生だけど、大学院生のTAの仕事もやってんの。それで言うけど」


 裏庭で光を遮ってくれるパラソルが風にきしむ。


「イクシオリリオンの大学とこことじゃ難易度が段違いだよ。まず言語が違う、成績の評価基準が違う、課題の多さ、積極性を求められる、なんてなかったことでしょ」


 初対面の時の、おおらかな印象とは打って変わって、厳しさを感じた。

 ルヴィの言動が、彼女の気分を害したらしい。

 

「アタシが所属してるゼミの大学院生がいるんだけど」


 エミは広げていた紙媒体の記録を叩いた。

 数値が書かれている。

 それを目の前のノートパソコンに入力しているようだ。


 脇には終わったのであろう山と、未処理の山が同じだけあった。

 ふと、顔を改めてみると、疲れが滲んでいるのが見て取れた。


「……もともとその人がこういうTAの仕事をするはずだった。でも学務課から、教養の単位取得を忘れてる連絡が来て、急きょプラスで1コマ教養科目増やしてた。合計で6コマね。それで慌ただしくって、とてもTAなんてできないっていうんで、こうして代わりにやってる」


 大学院での6コマの大変さを、大学生であるエミがわかるわけだ。

 ゼミに所属するその大学院生の穴を埋めているのだから。


「教授もアタシが一年社会人経験してるからって、頼んでくんだよね……時給くれるからいんだけど」


 大学院生も教養科目が必要だとは思わなかったとエミは苦笑いする。

 実は教養科目のほかに外国語の単位も必要で、意外と面倒だ。

 ちなみにルヴィたちは春学期に外国語の単位を取る予定だ。


「エミさんは環境科学を専門としている教授のゼミにいるって言われてましたけど、教授って何て名前ですか?」


「エルズワース・フリーマン」


 あまりありふれた名前ではない。


「エルズワース……?」


 少なくとも、ルヴィは教科書や文献でしか見かけたことがない。


「彼を知ってる?」

「いえ……ただ、その名前、今から百四十年ほど前に、地質学と経済地理学を専門としていた人なんです。それで浪漫を感じたっていうか」


 エミがため息を吐いた。


「ルヴィの顔、採取した土壌の成分分析の結果を待つ彼の顔とおんなじ。……そう、浪漫を感じてる顔ってわけね」

「土? どこのですか?」


 ルヴィは食いついた。


 エミの専攻する環境化学(environmental chemistry)は、自然界で発生する、化学的または生化学的な現象を研究分野とする化学だ。


 水圏化学(aquatic chemistry)、土壌化学(soil chemistry)などはその一分野にあり、最初にルヴィが見た限り、このどちらかを専門としているのではないかと思っていた。


 エミの口ぶりから、担当の教授は土壌化学を専門としている可能性がある。


「その食いつきぶりもそっくりだわ……だから気にしちゃうのかも」


 エミは上向きながら尻すぼみに呟く。

 最後の方は聞き取れなかった。


 怪訝な顔になっているのが見えたのだろうに、エミは首を振って何でもないという。……女性は秘密が多い方がミステリアスってか? 教えてくれよ!


 ぎりぃとなっていると、ふと思った。


「あー、エミさんって、理系というより、文系な感じがしますね?」


 大きな口の端を歪ませて、苦々しい顔になる。


「アタシも間違えたかなーって思うとこつかないで。理系の方が就職に有利って思ったから何も考えず、そのまんまここに来ちゃってびっくりよ。曖昧表現、言葉の裏側ってもんを何一つ汲み取ってくれないんだもん。そりゃ文化的な面はあるだろうけどさ」


 きいぃと頭を掻きむしる姿に、乾いた笑いで見守る。


 そもそも理系文系というのは本国でよく言う括りだ。

 理系的な人、文系的な人という見方は偏見と誹られるが、何となく当てはめて理解しやすいのだ。


 エミがちらっと口にした、土壌分析は地理学でも行う。

 エミの所属する環境化学もルヴィの所属する地理学も、関心事は非常に近い。

 しかし、ルヴィは文系で、エミは理系に分類される。

 

 ちなみに、似て非なるもので、環境科学(environmental science)がある。

 こちらは環境に関する科学であり、物理学、化学、生物学、地球科学の諸々の分野を横断する学際的な学術領域だ。


 この環境科学に似たものに、社会学に焦点を当てた、環境学(environmental studies)、光学的鷹揚に焦点を当てた環境工学(environmental engineering)もある。


 ようは、細かく見ていけばキリがないということだけれども。


「それで、どこの土壌なんですか?」


 ルヴィの前のめりの問いかけに、エミは曖昧な表情で首を振る。


「研究は公表前だから、詳しくは言えない。誰にも知られずに進めたいんだって。だから人手に困っても、アタシみたいに絶対に口外しないような、都合のいい人間にさせるってわけなんだけど」


 エミは秋空にため息を吐く。

 ルヴィも見上げると、パラソルの空気穴の隙間から空が見えた。


「アタシも暇じゃないんだけどね」

「厳しいなら断った方がいいんじゃ……?」


 エミはそれが言えないような人物に見えなかったが、一応そう提案する。


「楽しいからやってるよ、これでも。大変なことはあるけどさ」

「エミさんが大変というと、本当にそうなんだろなって思いますね」


 見るからにパワフルなのだ。

 苦労自慢をするわけじゃないけど、とエミは指折り挙げていく。


「舗装されてない道路を車で五時間ずつ交代で運転したり、砂埃が入って来るようなテントに何日も寝袋で寝起きしたりって普通じゃできない体験だからね。シャワーすら一週間も入れないのもざらだったなあ」

「それはマジで大変ですね……」


 ルヴィだって耐えられるだろうか。

 そして女性であるエミにとってはもっと耐え難い状況だろう。


「……彼、新発見だって、大はしゃぎするから」


 エミは複雑な顔をしていたが、口許には微笑が浮かんでいた。


「へえ………」


 その笑みを見て、何か見てはいけないものを見てしまった気がした。

 そろそろ上に戻ろうとすると、エミが引き留めて、紙袋を差し出した。


「フルーツケーキ。前に助けてもらったお礼」

「え? いえいえ! 大したことしてません」


 もらえないと断ると、性分だからと言われてしまい、受け取る。


「あたしも、そろそろ部屋に戻ってから続きをするわ。ルヴィが土曜の朝はここにいるってマリエに聞いたから、待ち構えてただけだから」


 義理堅い人なのか。

 廊下の土塊は無くなっていたが、この調子だとエミが自分で掃除したのだろう。


 手早くテーブルの上のものを片付け始めたエミに思わずつぶやく。


「忙しいんですね」

「本国の大学とは違ってね」


 どちらも経験しているエミは肩を竦めた。

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