12 メンター
最寄りのカフェテリアは現在、改装中とのことだった。ならば学食にでも行ってみようとカレッジの敷地内の地図を見ながら辿り着いた先は、古めかしいたたずまいの建物だった。中に入っていく学生を捕まえて入り方を教えてもらい、作り立てほやほやの学生証をかざすと中に入ることができた。入って数歩でルヴィとネムはただ立ちすくむしかなかった。
天井からはシャンデリアがいくつも下がっており、長テーブルを照らしている。ステンドグラスからは美しい色のついた光が差し込んできて、学食というには美しすぎる内装だった。まるであの有名なエルムの幻想小説に出てくる魔法学校の食堂のようだ。食事はヴィッフェスタイルになっていて、山盛りに並んでいる料理は国境を越えて様々なものが並んでいた。
あまりにも内装がきれいすぎるので、ルヴィたちは端に寄り、ネムがここが本当に食堂なのか調べてくれている。
「……あ、食堂に間違いないけれど、ここ1年生とサマースクールの学生だけだって」
「大学院生もいいんかな?」
ふたりで小さな携帯の画面を覗き込んでいると、
「キング=サリ?」
妙なイントネーションで、話しかけられてびくっとした。振り返ると、最初のメンターのジェフがいた。先日ぶりだ。ジェフは意外そうな顔をして首をかしげている。
「食堂を利用しに来たの?」
「え、ええと、カフェテリアが改装中でこっちに来てみたんだけど、大学院生でもいいのかなって」
ジェフは小脇に抱えるタブレットを見せながら、頷いた。
「大丈夫だよ。僕は3年だけど、サマースクールの合間に来てるんだ。せっかくだし一緒に食べない? 一緒の、ええと」
「ネムです」
「僕はジェフリー。ジェフって呼んで。良ければ、一緒に利用の仕方を教えるよ」
最初にネムを見た者はだいたい、美しいとか綺麗だとか、可愛いだとかの形容詞を使って褒め称えるのだが、ジェフはそんな素振りはなく、昨日と同じく落ち着いた物腰だった。
「た、助かる。お願いします。あと、オレのことはルヴィでいい」
ジェフはにっこり笑った。灰色がかった薄茶の髪が上品に揺れる。
「あの時のファミリーネームが印象に残ってたんだ。……じゃあ、ルヴィにネム。我らがカレッジ自慢の食堂を案内するよ」
図らずして、ルヴィの当初のメンターに面倒を看てもらうことになった。教わった通りにトレイを取り、皿を乗せ、好きな料理を好きなだけ取り分けて、シャンデリアが輝く長机に腰掛けた。ルヴィとネムの向かいにジェフが腰かけている。ジェフはくくっと笑いだした。何事かとジェフを見つめると、
「君たちの反応、とってもいいね」
「や、凄すぎて……」
「びっくりして」
口々に言う。ルヴィもネムも、魔法学校の情景を意識してしまい、山盛りのマフィンとカップケーキを積み上げてしまった。写真を撮ってもいいかネムが尋ね、ジェフがいい筈だよというので写真を何枚か取っていた。あまりにも浮かれっぷりが面白かったのか、ジェフがこの上なく優しい眼差しで写真を撮ろうと申し出てくれてルヴィとネムの写真、そしてルヴィとネムとジェフの写真を撮った。
「それにしても、ここに入るのには銀行と連携した学生証がいるはずだけど、もう作れたんだね?」
「あ、はい。ついさっき」
「口座を作る付き添いは結構時間がかかるはずなのに、キャロラインはよくやってくれてるんだな。僕なんて、付き添いのスケジュールは来週がほとんどさ」
ルヴィとネムは顔を見合わせた。
「実は、口座を作るのを、寮の管理人が手伝ってくれたんです。で、在留届もネットでこの子がやってくれて。キャロラインとの約束は来週の水曜日なんですけど、学生証もこの通りさっき作り終えたので、予約をキャンセルする連絡をしなきゃなって話していたところなんです」
「管理人が? 親切なところもあるんだね。そういうことなら、僕からキャロラインに言っておくよ。グループトークで進行状況を連絡しあってるから」
「あ、でも、オレからもキャロラインにお詫びと感謝のメッセージを伝えたいから、こっちもメールで連絡するよ」
「オーケー。実はキャロラインのところは、人数が多くて大丈夫か心配してたんだ。実際には、東洋人って君たちみたいに一緒に来てることも多いから、そこを一組として一緒に回るとスムーズにいくんだけどね」
確かに、ジェフが担当していた集団は最初にルヴィもいたが、ひとりひとり個別で来ている印象だった。出身国もばらばらだった。果ては来ていない学生もいたようだった。
それに対し、ネムがいた集団は、何人かがそれぞれまとまって話していて、ネムと他ふたりくらいが誰とも話していない程度だった。
「彼が担当しているのは合計で8人いるんだけど、出身の国や大学をみれば、一緒に来ているのが何組かいて、実際には4回付き添えばいいって辺りはつけてた。そのグループを担当してもらったんだけど、今はいっぱいいっぱいになってるみたいで」
ジェフは困ったような顔をしていた。ジェフが取り分けたカルボナーラのパスタが、かすかな湯気が立っていたのがなくなっていく。まだ、一口も手を付けていない状態だ。
「既にアドバイスはしたんだけど、グループの中に似た名前があって付き添いの約束が重複してしまって大変だったみたいなんだ。今日は2組、4人の銀行の手続きを連続でして、何とかこなしたらしいけどね。スケジュールを組みなさなきゃって今は混乱してる。おまけに他大学のサマースクールを入れちゃってたらしくて、それも身が入らなくて単位が危ないらしい。……君たちには手伝えなくて申し訳ないけど、おかげで彼は楽になると思うよ」
「いえ。あの、わたし、今からキャロラインに連絡します」
「ありがとう。僕もそうするよ」
メンターリーダーも大変だなと思う。
「でも、ジェフだって大変だ。担当している留学生のほかに、他のメンターのことも気にかけてる」
「リーダーだからね。……ここだけの話、他のメンターはやる気ない奴も実は結構いるんだ」
ジェフは、心持ち俯いて、炭酸のグレープジュースをストローでかき混ぜた。
「キャロラインは不器用で要領が悪いけど、やる気にあふれてて取り組んでくれる。……嬉しくってさ。あることをする際に、自分と同じ熱量で取り組んでくれる人がいることは当たり前のことじゃない。でもそんな人がいれば励みになるんだ。だから、空回りしてしまって、気落ちしているキャロラインが僕は余計に心配なんだな」
「ジェフ……」
ジェフが顔を上げると、そこには明るく切り替わった笑顔があった。
「変な話しちゃったね」
映画俳優のような完璧な笑顔だったから、ジェフの人となりを少しも知らなければ、顔面のまま受け取っただろうが、少しのかかわりの中でもルヴィにはそれが取り繕ったものだと分かった。人種が違うから、同じ人間として見ていなかった部分があると自覚した。何も言えないでいると、メールでメッセージを打っていたネムが口を開いた。
「――わたし、キャロラインに声を掛けてもらって嬉しかったわ」
ネムが手に取ったマフィンを山の上に戻して呟くように言う。
「ルヴと離れて、誰ともしゃべれなくて、ひとりでいたのを気遣って話しかけてくれたの。どこの国から来たのって。少し話ができてほっとしたの。わたしはキャロラインがメンターでよかったわ」
盛り過ぎた昼食を何とか食べ終わり、食堂の前でジェフと別れて、ルヴィとネムは帰路に就く。キャロラインからの返信は、『君たちの手続きがうまくいって良かった。何か困ったことがあったら、いつでも連絡してほしい』とあった。
「キャロラインも、ジェフも、いい人だわ」
「悪い人なんて、滅多にいないんじゃないか」
ルヴィが夜のパーティー用に買ったピザやらコーラやらを両手に下げて角を曲がると、黄色い街路樹通りに差し掛かる。日は陰っていた。
「どうかしら。今回はわたしたちにとって都合がいい人だったから、『いい人』だったわ」
「急に厳しいじゃん!? ……でもさ、悪い人かもって、疑ってばかりも疲れんか?」
ネムがしばらく沈黙したのちに重々しく言った。
「………ルヴが騙されてひどい目に遭うのをみたくないわ」
「じゃ、ネムが傍で監視してたら解決だな。そんで騙されたら、何とかしてくれよ!」
両手の荷物を振って、くるりと回転して後ろ歩きでネムを見た。
ネムは逆光を眩しそうに目を細めながら、顔を顰めた。
「性格が悪い役をさせるのね」
「だって、ネムはオレの専属エージェントだろ?」
ネムの恨み言は歯牙にもかけず、ルヴィは嘯いて走り出す。
「ネム、かけっこだ!」
「もうゴールについているけれど」
ネムは立ち止まってフライドチキンが入った箱を抱える手で右手を指さした。夕日の中で、芝生に水やりをするマリエの姿があった。ルヴィは走って戻り、ネムの手を取ってマリエのもとへ駆けていく。
「ただいまー! マザーマリエ!」
「お帰りなさい。ルヴィ、ネム」
柳が揺れて、冷たい風が吹いた。
水やりを終えたマリエが、自宅に戻る時間だった。




