12 集団
あー……前回、単位を落としたばかりに。裕福な実家が大枚はたいて一人息子を外に出す。それは息子の能力を信じたからだ。見込みがないなら、ピオニー最高峰のカレッジで賄賂を掴ませて替え玉受験でもして受からせただろう。元同級生たちにも何人かそういった手を使ったと人伝に聞いた。父母は大事な息子の、たいていの失敗に目くじらを立てることはないが、こと学業に関しては別だ。前学期の成績を見た母は涙ながらに電話を掛けてきて一時間も付き合う羽目になった。後ろで父が母を叱らなければどこまで続いていたか考えるのも気が滅入る。昨晩は、自慢の息子なのだからうまくやれると何度も訴えるので当然だと頷いてやっと解放された。ため息が止まらないとはこのことだ。
『あ、ウェイ兄、見てよあの子』
兄と呼ばれるが、血はつながっていない。
近しい年長者に向けて使う。そういうものだ。
同族同士で行動は自然と固まる。
大学院二回生であるので最高学年だ。
必然、周りは年下ばかりとなる。
ここは良い点と言える――目上は目下に飲食を奢るもの。
それを期待して集まっている者も中に入るだろう。
つまり自分におもねる者ばかりが周囲を固めるのだ。幸いなことに、自分は裕福な家の生まれで下に置かない扱いを受けて来たのだ、群がる同胞に毎回飯を奢るくらい何でもない。その代わり同胞たちには自分の顔を立てさせる。素晴らしきかな、資本主義、ギブ&テイクは明快でいい。
なにより、数は力だ。数より質だとする声もあるが、それは数の力を身をもって体感してから口にするのが賢明だろう。
『なんだ?』
取り巻きの同胞が関心を引こうとどこかを指さす。
可愛いものだ。こちらの粗を探そうと意地の悪い目で虎視眈々と見てくる年配者とは違って。
『あそこの、宝石髪の』
『……ほおー』
世界の容姿に対するランク付けは存在する。人種や造形、持ちうる色彩など、表では否定するが、その最上位が自分のような、黒髪黒目ということはないと分かっている。考察するに、後から出て来たものがより美しい。
黄種など、700万年前から存在するのだから美の頂点とは言えない。
………国によっては、違うところもあるが。
少なくとも世界のスタンダードは欧州基準だ。
髪色に関しては実に明快――最低が赤毛、最高が金髪。しかしこの価値基準に、急激な変容がもたらされた。わずかここ数百年のことだ。
最低が赤毛なのは変わらないが、最高が淡色のブルー系である宝石髪、次点で金髪だ。……花でもいえることだ。青い薔薇は昔、不可能とされていた。それが可能になってからも青系統の薔薇は高値で取引される。希少であるだけではなく、純粋に美しい。その付属と言わんばかりの特典も申し分ない。
『――顔も美人だな』
『ですね』
宝石髪を持つ人々は須らく整った造作だと噂に聞く。
眉唾物と思っていたが。
なるほど、自分にふさわしい。
まずは隣に座る男との関係性を探るとしよう。
『行くぞ』
一言口にするだけでいい。
ちょこまかと周囲で駄弁っていた同胞たちがわらわらと着いてくる。
『お、行くんですね。さっすがウェイ兄だ!』
『あーあ、兄貴の女好きの女ったらし!』
『ここで盛らないでくださいよ?』
『約束はできないな』
どっと笑いだす。
まったく……専攻のクラスと違って愉快な奴らだ。
*****
講義室は基本的に自由席だ。どこへ座ってもよいが、後方に座るのは積極性に欠けると判断されるので注意が必要だ。いつもであれば、前の方に座るのだが、今回は話が別。
「オレたちの専門のやつじゃないし、な」
専門じゃないどころか全くの畑違いの領域――医学系の講義だ。
理由は至極簡単。
「履修登録の抽選に失敗したばかりに……!」
「ふたりで落ちたのは……お揃いで気が楽になったわ」
ルヴィに引っ付いてこなければならないネムとしては緊張の連続だったらしい。大丈夫だ、この選択必修の講義は定員割れしているので余裕で二人とも滑り込めた。ただし、まったくの門外漢だ。
「大人しく後ろの方に座っとくか……」
「……他の人達の様子も見れそうだし、そうしましょうか」
ネムが考えて頷いた。
講義室の後ろの方、窓際の席に座る。
外には整備された芝生と配置された木々が美しく紅葉しているのが見えた。
空は灰色の分厚い雲がゆっくりと動いている。
学生たちがそこかしこを移動しているのが見え、しばらくそれを見送る。
10分前になって段々と増えていく学生に、ネムとタブレットなどを机の上に出していると、残り5分というところで、急に異国の言葉が耳に入って来た。講義室の入り口から、黒髪黒目の学生たちが異国の言葉で口々に話しながら入って来る。アクイレギアの学生も喋る声は大きいが、それを上回る騒がしさだった。喧嘩をしているのかと思って見守っていると、そのうちの一人と目が合った。
「**! ****?」
短く黒髪を刈り込んだ学生が、周りの学生へと首を捻って話しかける。
すると、どっと笑いが起きる。そしてそのままルヴィたちのいる窓際の席の周りを囲うように座って行った。
「**? ***、***!」
「******!」
何か面白いやり取りがあったのか、笑い出す。
『なあんか何言われてるか分かるんだけど』
『わたしもよ。ピオニーの人たちね……』
微妙に腹が立ち、ネムと母国語で話す。
縮こまっていたが、このままでは講義を受けるどころではない。
立ち上がって、別の席に移動した。
すると待っていたかのように笑いながら、前に座っていた学生たちがルヴィたちのいた席へと移動した。そしてルヴィと目が合った黒髪の角刈りの学生が両手挙げて仲間たちに何事か話した――つまるところ、ピオニー人は偉大だ、こうやって集団で周りを固めるだけでイクシオリリオン人を追い出すことができる、とかいうニュアンスだろう。
「治安わる……」
「ひゃ」
ネムが小さく悲鳴を上げる。
何だと目を向けると、机の上に、紙を丸めたものが転がっている。
笑い声が聞こえてネムと斜め後ろを振り返る――つまり先ほどルヴィたちが座っていたところだが――と例の黒髪の男がニタニタと笑っている。しかし目が合わない。誰を見ているのかは、すぐにわかった。ネムが袖をつかんでくる。講義室へ教授がやって来る。ルヴィは、白衣を着たレフェルト教授が教壇に立つまでの間に、通路側に座っていたネムと席を交換した。
壁際に座るネムは肘をルヴィの方に立てて、向こう側から顔を隠した。
向こう側でいくら笑いが起きようと、ネムは完全に無視を決め込む。
何か言おうと思ったが、とうとう白衣の長身が教壇の上に立ち、口を噤んだ。
条件反射のような行動だ。
その次の瞬間だ。
「――私語を慎め」
脇に抱えていた、資料を教台の上に一枚一枚広げる。
その様子から、外見から受ける以上の神経質さを感じ取った。
医学を専門とする教授、ラファエロ・レフェルト。
当然のことながら、医師免許を持っている。
カレッジに教職員として籍を置いているが、研究室は受け持っていないのだという。
「ここはアカデミック・ライティングの必修となっている。科学的あるいは学術的な書き方には各分野である程度の決まりが存在している。他分野からの受講生もいるようだが、医学系の学術論文の書き方を説明するので、気を付けるように」
選択必修は、学術的文章の基本的な書き方についてを学ぶものだ。
卒業するために絶対に必要な単位だが、学生たちは気が緩んでいるようだった。
周囲あるいは隣り合う学生たちと会話に花を咲かせている。
レフェルト教授の声がまるで聞こえていないかのようだ。
アクイレギアの学生は教授の言うことも聞かないのかと呆然としたが、そんな学生たちのさらに上を言いうのが教授だった。
「この講義の趣旨から、研究の進め方、研究論文の書き方、そして発表までを課題とする。研究はひとりでするものもあるが、共同研究が多い。そのため、このフォール・セメスターでは計2回のグループワークを課す」
負担の大きい課題が初っ端に投げられた。
内心で舌を巻く――と同時に、お喋りに興じていた学生たちが成績評価の説明とあって慌ててメモを取り出した。
「レポート課題は毎回提出を求める。最低2本の資料を引用することを条件とする」
そこへ口角をだらしなく緩めて手を挙げて質問する学生がいた。
今回はその学生に見覚えがあった――黒い短髪のピオニー集団の学生だ。
「引用文献が2本でも評価は下がらない。この理解で問題ありませんか?」
「減点することはない。形式をきちんと踏まえていて、内容も充実したレポートであれば、だが」
神経質そうな細面をわずかに歪ませる。
「レポートは感想文ではないことを強調しておく。ある種の雛形通りに構成し、作成したものでなければならない。………雛形とは、各分野の学術論文を見れば分かる。タイトル、研究者の名前、所属を記載し、本文へ序論、方法、結果、考察、引用文献というフレームを用いるのは他分野でも共通するだろう」
途中で一旦切ったはずの言葉を付け足す。
それは質問者の学生へ向けてのようだった。
「分かりました」
お前は一体何者だ!?
ピオニーらしき学生はまるで社長が部下の働きを認めるかのような、堂々とした態度で鷹揚と頷く。 もし書き方を知らない学生がいたなら、この説明を引き出せたこの男に感謝するだろうけども……。
それらしき学生たちが、レフェルト教授の言葉をメモする仕草を見せた。
ネムも念のためか、タブレットに入力していたが、その表情は微妙なものだった。
「まあ、確認できて有難いけど……」
「意外と、真面目なんかな」
国民性でそういう部分がありつつも、学生としてはそう悪いところはないのかもしれない。
そう、印象を多少修正していると、教授のほうがすごい発言をした。
「所詮、他分野からの寄せ集めの講義だ」
担当の教授自身が言っていい台詞なのだろうか。
耳を疑うが、レフェルト教授は我関せず、手元の資料を机の上で揃えつつ、講義を締めくくろうとしていた。印象の下方修正をしそうになる。
「自己紹介は不要。グループワークの際に各自やればいい」
そういうなり、質疑応答の時間も取らず、さっさと退室してしまった。
「これが………個人主義?」
「どう、かしら。……どちらかというと、放任主義?」
初回の講義だということもあり、簡単なシラバスの説明だけで早めに終わった。
だから、だろう。
「今日はこれで終わりだな。なんとか、終わってよかったぜ」
「選択必修で定員割れしていた原因は医学系だから敷居が高い、以外にもありそうね」
ネムの肩に軽く手を置いて叩く。
「受講できるだけラッキーと思おうぜ。ほら、ネム。明日の講義に顔を出した後は週末休みだ」
ずっと片腕を曲げて顔を隠していたネムがそろっと顔を見せた。
そして集団がいなくなったのを確認して、立ち上がる。
「午前の専門講義は好きになる気がするわ」
「オレも。まだ自己紹介しかしてないけど、人柄がな」
連れ立って帰路につく。
講義はいずれも、触り程度にしか触れていない。
異国で受ける最高学府がどういったものなのか知らずに。
「週末、楽しみだな。どっか遊びに行けるかも」
無邪気に幼馴染に笑いかけた。
異国での洗礼を受けるのはそれからすぐのことだった。




