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第8話 愛しい小鳥

 彼がホテルに戻った時には既にVIPフロアはしんと静まり返っていた。アニカ達が上機嫌でリビングで軽くカクテルを飲み交わしている。そして立ち上がりにこやかに笑いながらそばに来た。


「上機嫌だな?アニカ?私以上に楽しんでいないか?日本滞在を?」


 彼の嫌味などスルーしてアニカは廊下を歩いていく。


「はい!上機嫌ですわ。今夜は由華里様と楽しいディナーを取らせていただきました。」

「彼女は?」


 アニカは彼の部屋の一つ前で立ち止まりドアを軽く見た。


「寝ていらっしゃいます。」

「まだ10時だが?」


「相当怒って興奮していらっしゃいましたからねえ。お疲れになったのでしょう?そして鍵をがっちり掛けらていますよ。」


 やれやれと彼は苦笑した。メイドのクラリサが合い鍵でドアを開けると中に入り、そっとベットのそばに行きベットに眠る由華里を確認した後、アーネストに振り向き大仰に一礼する。


 なんだ?


「アーネスト様は紳士だと理解していますが、一応、由華里様のご名誉の為に私達も同室させていただきます。」


 アーネストはほほうと、まるで母親か古風な乳母のような顔をしているアニカとクラリサを見回した。


「手引きして部屋に引き入れておきながらか?」


 おかしそうに笑うアーネストにアニカが肩を竦める。


「私は由華里様に嫌われたくございませんので。」

「私より彼女のご機嫌を優先かね?」


「はい。由華里様はご機嫌を損ねましたら、とっととここから逃げてしまいますわ。それではつまらないので。」

「ハハハハ。彼女の事がよほど気に入ったのだな。」 


 そう苦笑しながらベットで眠る由華里を見下ろし、アーネストは妙な安堵を覚えた。


 良かった。ここにいる。ちゃんといる。


 その寝顔を見下ろしながら、アーネストは屈み込んで頬にキスをした。途端に由華里はむっとした顔で口をへの字にした。


「なんで変な顔になるんだ?」

 さあ?とアニカはおかしそうに笑う。


「今日のアーネスト様の強引さに、かなーーーーーーーり!ご立腹でしたからねえ?怒っているんですよ。」


「何故怒る?彼女は家を飛び出し、宿を探していたのだろう?それを提供したのに何が不服なんだ?」


「強引に臨時秘書にされたとか?お父上の平野氏を嵌めてまで。」


 ああ、と彼は苦笑した。


「人聞きの悪いことを言うな。ちゃんと父親の許可をとったのだ。ここにいてもいいという。」


「違いますでしょう?彼が許可したのは。」


「勘違いしたなら、それは確認を怠った平野氏のミスだな。」


「まあ!お怖い事で。それで?由華里様をどうされますか?」


「どうもこうもない。日本滞在の間はそばにいてもらう。」


 アニカはにっこり笑い、畏まりましたと一礼してクラリサと共に部屋をでた。


 おいおいと彼はドアの方を見て苦笑した。見張っているのではなかったのか?


 そして顔に手を当ててむすっと眠る無防備な由華里の顔に掛かる髪をどかしながら、彼は幸せそうに微笑んだ。


 彼女がこうしてここにいるだけで、何故こんなに幸せな気分になれるのかと不可思議に思いながら。


 そうだ。これでいい。

 これで彼女は余計な詮索からも嫉妬や懐疑的な眼からも解放され、好きなだけ自分のそばにいる事ができるだろう。


 何の問題も無く。


 彼は今までのキャリアの中であり得ない程の楽観的判断を下した。

 だが、その愚か者故の正確な判断を鈍らせた判断の為に、その直後に彼は信じられない程の痛手を追う事になる。



 そして彼は痛感するのだ。


 彼が今までの人生にない思いがあったことを。存在を。忘れていた

 その護るべき大切な花の梢の存在を。


 彼の壮絶な人生の戦いは今、始まったばかりだった。

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