第6話 捕獲した小鳥
捕獲された小鳥は目を白黒させて、キーキー憤慨して何かをさえずるが、彼の耳には心地よい小鳥の声程度にしか聞こえていなかった。
アーネスト・ウィルバートンはこの数年の中で、いやもしかしたら今までの人生の中で最大限に気分がよく機嫌が良かった。なので、平野・由華里のキーキー声などなんとも感じ無かった。
この部屋から出してほしいと喚く由華里を言いくるめて(それに言いくるめられる由華里も愛らしい)、アーネストは自室に戻るとスタッフ達と共に手早くpartyに出席する支度をした。
ドアの向こうのさらに向こうの共有リビングから、アニカと由華里の丁々発止の会話と様子がモニター越しに確認できていた。
モニターの由華里はすっかりむくれ、ヴァシュロン・コンスタンタンの腕時計で何度も時刻を確認している。そしてちらちらとアニカと互いに視線を交わし合っている。
そのアニカは捉えた獲物を確認するかのごとく嬉しそうに由華里を隅々まで確認しようとじろじろと見ていた。
実際アニカはうきうきしていた。ここ最近生彩を欠いていた日常が真逆に反転したかのように、急に色彩を帯びキラキラ輝いている気分だった。
眼の前にむくれている少女のような面立ちの女性を頭の天辺から足先まで、もっと彼女の情報を引きだそうとすべくサーチする。
その視線が不快だったらしく、由華里は一気にアールグレイを飲み干すと、マイセンのカップをキチンと揃えて置いて立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
そしてにっこりと微笑んだ。
まあなんて素敵な笑顔。アニカはうきうきした。
「お茶もいただいたので、これで失礼します。木暮さんには宜しくお伝えください」
コグレ?
アニカは首を傾げた時に、彼女は踵を返してスタスタとエレベーターの方に向かうおうとする。
おっといけない!
慌てて立ちあがるよりも先に、突然現れたアーネスト・ウィルバートンが、がしっと由華里の腕を掴む。
途端に最大限の嫌な顔で由華里が振り返る。そのむくれ顔がまた愛おしく見えて2人は吹き出しそうになった。彼はにこやかに笑って由華里を引き戻すと自然にソファーに座らせた。
「お待たせいたしました」
なんだか自分の姿に面食らっているようだなと思いながら、にこにこするアーネストに由華里は不機嫌な顔で叫ぶ。心地よい声で。
「待ってません!私をここから出してください!」
立ちあがる由華里を難なくまた座らせる。細いし柔らかい腕だなと思いながら、歯ぎしりしている由華里をまた抱きしめたい衝動を押し殺した。
ダメだダメだ。こういう小動物は性急なアプローチは禁物だ。
「由華里さんのお荷物が手違いで、こちらに向かっています。ですのでもう少しこちらでお待ちください」
見え透いた嘘をすらすら言うのも楽しい。
「荷物はもういいです!後で取りに来ますから、フロントに預けてください。私はこれで失礼します!!」
ガタンと立ち上がる由華里の腕を掴んでまた座らせる。
「いいのですか?確か…ご友人のお祝いの品が入っているとおっしゃっていましたよね?プレゼントなのに、後でいいのですか?」
途端に由華里の顔色が変わった。怒りの目でみる由華里の手を掴んだまま、そしてもう一度さり気なく左手を確認する。
過去にも現在も左手の薬指には契約の指輪が嵌められていた形跡はない。
日本人はこんな子供の様な顔立ちをしていて、意外と歳をくっていることがあるから油断は禁物だ。
自分は修羅場を演じる気も、他人の者に手を出す趣味も無い。
大丈夫。
彼女はフリーだ。
アーネストはにこやかに満足げに笑う。途端にキーキー声が叫んで手を振り払う。
―アーネスト様、そろそろお時間ですが?
後ろに控えていた警護の者が耳打ちする。彼は暫く考え、また悪戯っぽい瞳で由華里を見ると彼に耳打ちした。
―彼女を逃がすな。
彼はにこりと笑い、yes sirと頷いた。
「由華里さん、私はそろそろ会場にむかわないといけません。ないので、続きは戻ってからにいたしましょう。挨拶を済ませたらなるべく早く戻りますので、ここでお待ちください。
それにお約束を忘れていませんよね?」
「約束?!」
「忘れていますね。今日の私の行動への謝礼に、ディナーをご一緒する話です」
「あ!そうだった!」
思い出した由華里の前席から、アニカが立ち上がり彼に一礼をする。木暮雅人は軽く手を上げると、エレベーターに乗り込んだ。
「まっ!待ってください木暮さん!!私も行きますから」
慌ててエレベーターに乗り込もうとする由華里を、反射的にアーネストは軽く抱きしめると、当たり前の様にその頬にキスをした。
あ、しまったと思った時には、既に由華里は短い悲鳴を挙げて頬を抑えて後ろにぴょん!と下がる。
うさぎみたいだなあと思っていると、ドアが閉まりだし、彼はにこやかに「またあとで」手を挙げた。
閉じたエレベーターのドアの向こうで、由華里が罵声を挙げるのが中まで聞こえた。
アーネストは同行する護衛の者達が愕然とするほど、お腹を抱えて爆笑した。