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第5話 そして小鳥を捕まえる

 意外な展開だった。あっと言う間の出来事で、彼自身もまだ当惑困惑している。


 天下のウィルバートン財閥総裁であるアーネスト・ウィルバートンが、異国の見知らぬ街の一角で、見知らぬ女性をナンパして車に連れ込んだとしか思えない行動に、彼は大笑いしたい気分だった。


 いやまてよ?見方や彼女の主張の仕方によっては自分は誘拐犯になるな。


 彼は不味いなと顔を顰めた。これは誘拐ではなく、彼女を護るためにした善行なのだと言う事を認識し認めて貰おうと、彼は彼女の方をちらりと見た。


 まともに彼女と眼があった。無防備な彼女は真っ直ぐに自分を見つめている。

 

 真っ直ぐに。

 なんの心に曇りも疑いも猜疑心も無く

 穴があくほどまじまじと見てくる。


 なんだか気恥しい気分になった。

 ティーンエイジか?私は?


「私の顔に何か着いていますか?」


 おかしそうに言う彼の言葉に、彼女も優しく微笑んだ。暖かい笑顔だ。いい笑顔だ。

 彼はその無心な笑顔に満足げに微笑んだ。


「失礼いたしました。少し驚いてしまって・・・。それより助けていただいてありがとうございます。助かりました。」


「お役にたててよかったです」


「ところで…あの…。木暮雅人さん?ですよね?失礼ながら、どこでお会いしたのは度忘れしてしまって…」」


 一瞬、奇妙な間が車の中に流れた。


 次の瞬間に、ブッ!!と、彼は可笑しそうに口元を歪めて慌てて左手で笑いを堪えた。


 何を言っているんだこの女性は!?自分が置かれている現状を認識していないのか?できないのか?


 彼女はなぜ彼が笑うのか理解できないのか、さらに怪訝な顔で聞く。

「私、何か変な事を言いました?」


 再び彼はおかしそうにげらげら笑い出すと、また左手で瞼をおかしそうにこすって涙をぬぐった。


 先程まで自分が心配し彼女の動向を予測計算していたのが馬鹿馬鹿しい程に、清々しいほどに彼女は自分を疑っていないし、この現状に危機感を抱いていない。


 何と言う世間知らずの女性か、もしくはバカなんじゃないか?彼女は!


 爆笑したいのを必死で押さえながら、彼はハンドルを握り続けた。まあナンパのセオリー通りにまずは名を名乗るべきか。


「ああ!!失礼!失礼!ハハハハ…いや、その…ユカリさん、私達は初対面ですよ」

「は?え?でも…私の名前を…」


 は?と、言う顔をして、彼は彼女の方をちらりと見た。彼女は二人の間に置かれている名刺ケースから見えるカードに視線を落とした。


 ははあ、成程。木暮氏が放置していた名刺で勘違いしいているな。


 木暮雅人は後部座席のキャリーケースを後ろ向きに指さした。

「ユカリさん、貴女はあのキャリーケースで海外旅行に行かれた事がおありですね? 

 貴女のフルネームが、航空会社のタグにデカデカと書かれていますよ?

 ユカリ・ヒラノさん?」


 彼女の顔色が一瞬変わった気がした。


「私はO市の友人宅を尋ねた後、都心に戻る道を間違え、たまたまあの駅前のロータリーに入り込んでいただけなのです。ナビ通りに走ったのですが…どこかで間違えたらしい。この国の道は入り組んでいて難しいですね。

 で、位置確認と休憩であのロータリーで降りたところ、ユカリさんとあの女性がバックを掴んで対峙して困っている様子でしたので、お声を掛けさせていただきました。

 とても貴女が敵う相手ではなさそうでしたので、知人の振りを致しました。その非礼は…」


「降ろして」

「へ?」


 今度は彼が思わず間抜けな声をあげ、瞬間彼女の次の行動を予測した。


 ガッ!とドアのロックに手を掛ける由華里の動きより早く、アーネストは由華里の腕を掴んでシートに抑え込んだ。

 同時に配後に追随していたアニカが激しく危険を知らせるラクションを激しく鳴らす!同時に警護の車が周囲に割り込み、衝突しそうになる車両を強引に押しのけた。


 アーネストは取られたハンドルを立てなおし、カーブに派手なタイヤ音を軋ませ車体が車道からずれる。アニカがまた警告音のクラクションを激しく慣らす。


 わかっているさ!!


 そう叫びたいのを押しこんで、彼は助手席の由華里が真っ青になり小さな悲鳴をその両手のなかで押し殺すのを感じながら、更にスピードを上げて流れに乗った。


 安堵感と同時に激しい怒りが湧き起こり、アーネストは少し怒気を含んだ声で叱責をした。こんな憤りは初めてだ。初めて…自分以外の誰かに危害が加わる恐怖を覚えた。


 なのに彼女は最初は反省し謝っていたのが、また怒り出す。どうやら叱責が的を得ていたようで頭にきたようだ。


 わかりやすいな。

 なので、少し砕けたように笑いかけると、彼女は耳まで真っ赤になる。


 ?何かまた変な事を言ったか?

 言っていない筈だが?

 なのに彼女は真っ赤になったまま「バカ」と言う。

 バカはないだろう、バカは。


 だが不愉快ではない。


 パパパパパー!と背後からクラクションが聞こえ、由華里は思わず振り返る。アニカが親指立てて笑っている。


 やれやれ楽しんでいるな。


「怒っているのかしら…当り前よね?どうしましょう…」


「怒ってはいないと思いますよ。あなたの顔を観たかったのでしょう」


「は?何を変な事言うの?それとも、バカな事をしでかした者の顔を観たかったといいたいの?」


「違います。純粋に貴女の顔を観たかったのでしょう。なにせ、」


 彼はなんだか楽しくなり、おかしそうに笑う。


「こんな魅力的な女性は見かけませんからね」

「…」


 褒めたつもりが、ドン引きした顔をしている由華里に、アーネストは首を傾げた。また何か変な事でも言ったのかと。


 だがその後も色々話をして、笑い、戸惑い、喧嘩をまたし、家族の事をさりげなく聞き出せば驚くことに、自分のグループの傘下だった。


 しかも父親とは面識があった。

 あのシーラカンスみたいな石頭の男の娘だったとは!驚いた!


 恐らくマイク越しにアニカ達が聞いていて直ぐに彼女の事を調べるのだろう。

 話しの成り行きで、食事を取る約束をした。彼女との食事はきっと楽しいだろう。

 

 アーネストはなんだかわくわくしてきた。そんな気分になるのも初めてだ。


 彼女は直ぐに予約を取ろうとする動きが、秘書課にいたと思わせる早い行動だった。ただのぼーっとした女性ではないんだなと、アーネストは感心した。


 予約はこちらでしよう。


 どこがいいのか?わくわく考えいると、由華里は何故か彼を真っすぐにみると、少し悲しそうな顔をして承諾してきた。


 どうしたんだろうか?


 そこから先は彼女は窓の外に視線を向けたま喋らなくなった。


 車窓はいつの間にか高速を降りた街中の風景に変わっていた。ああ、もう新宿なのかとアーネストは少しつまらなく思った。


 この楽しいドライブも、木暮雅人氏流にいうと、このナンパももう直ぐ終わる。

 

 シンデレラリバティの様に。

 現実に戻り、彼女はこの東京の街の中に消えていく。

 そして自分もいつものアーネスト・ウィルバートンに戻る。


 いつもと同じ日常に…


 車はゆっくりとFホテルのエントランスロータリーに入り、停車した。


 ドアマンが直ぐに側に来て助手席のドアを開ける。降り立つ由華里の腕を自然に取り、アーネストはキーをドアマンに預けるとホテルの中に入った。


 そのまま真っ直ぐにフロントに向かわず、当たり前の様にエレベーターホールへ行く。その動作があまりに自然なので、由華里はそのまま彼に着いてロビーを抜けた。


 既に先に到着していた護衛の者達が立ちあがり、先にエレベーターに行き、ドアを開けて待つ。

 そのエレベーターに彼は当然の様に由華里を伴い乗り込んだ。


 ドアが閉まる寸前で、由華里はハッと気づいて閉まるドアに手を掛けて開けると外に出た。


「由華里さん?」


 驚き腕を掴むアーネストに、由華里も驚いて振り返る。


「どうされましたか?」

「え?だって…私はここまで送っていただくだけでしたでしょう?」

「え?」

「え?」


 ああ!と、今度はアーネストが今気づいたように額を叩いた。


「そうでした!」

 由華里はニッコリ笑う。いい笑顔だ。

「そうですよ?」

 彼もそれににっこりと返す。いい感じだ。

「じゃあ、お部屋でお茶でも飲んで行って下さい」


 由華里はポカンとした。その驚きぶりがまた愛おしいと彼は感じて微笑む。


「は??」


 ぽかんと言う由華里に吹き出しそうになるのを押え、オウム返しに聞く。


「は?」

「なぜ?」


 更におうむ返しにする由華里に、ああ…とアーネストは考え込む。


 確かにホテルのエントランスに入るまでは、彼女とはそこまでだと思っていたが、普段通りに車を降りたら自然に彼女の腕を取りここまで来てしまった。


 当たり前の様に。それが自然だと彼の本能が感じたからだ。


 そうだ、彼女はこうして自分の側にいるのがいい。そのほうがいい。何も彼女の言葉通りにあそこで別れる必要はないのだ。


 彼はニッコリ笑うと、由華里の腕を掴んで強引にエレベーターに引き込むとほぼ同時にドアが閉まった。一瞬事態が分からず茫然とする由華里に、彼は腕時計で時間を確認しながら言う。


「先ほども説明しましたが、時間がありません。なので、先に部屋に行きます。そこでお待ちください。紅茶?コーヒー?スイーツでもなんでもありますから遠慮なさらずに」


 由華里はぽかんとした顔をしている。

 その顔も愛しいと思い、彼はすこしこそばゆい気持ちに生まれて初めてなった。


 VIPフロア直行のエレベーター内で、由華里は何かを感じ取ったらしく逃げ出そうと四苦八苦している。


 チンと鳴ってドアが開く。予測通りに由華里は瞬時にドアの外に飛び出した。だが、外に出たと時に、フロアにまるで勝利を確信した戦姫の様に輝くアニカが、満面の笑みで両腕を広げて待ち構え、由華里をがっしり抱きしめて叫んだ。


「Yes!!」


と、彼女はガッツポーズをして嬉しそうに高らかに笑いだした。ほらねと笑うアーネストと、してやったりと得意満面のアニカは、おかしそうに互いの功績を労うかのように頷きあう。


―アニカ?何時の間に戻っていたのかね?


 ホホホホと高らかに笑うアニカはにっこりと微笑んで言う。


―それはもう!先回りする為にカーチェイスをしてまいりましたわ!


―あの高速道路でか?


―ええ!スリリングで楽しかったですわ!おかげさまで、こうしてお出迎え出来まして恐悦至極、ア…。


 ゴホンと咳払いし、アーネストはアニカの言葉の先を封じる様にウィンクした。アニカは何かに気づき、くすっと笑う。二人の会話にポカンとしている由華里を受け取り、彼は優しく言った。


―ユカリさん、ご紹介いたします。私のブレーンの一人のアニカ・オーウエンです。アニカ、ありがとう。


 茫然とする由華里に、アニカはにこやかにほほ笑んで手を差し出す、その手を条件反射で握り返し


―ユカリ・ヒラノです。


 と、彼女は自然に流暢なキングス・イングリッシュで上品に自己紹介をした。

 アニカの眼が光る。ほほうとその英語にアーネストも微笑む。


 2人はまた意味ありげに視線を交わし、アニカは頷いた。そして直ぐ様、部屋の隅にいるスタッフに振り返る。彼女達も承知したとばかりに満面の笑みを浮かべ一礼して下がる。


 そんな状況下も解らずぽかんと部屋を見回している由華里の腕を取り、アーネストは壁一面の窓に向かって広がる巨大なソファーの一つに座らせた。


 優しい黒曜石の瞳で。

 暖かな瞳。

 柔らかな心地よい花の香り。

 小さな頭に細い腰に細い腕。

 華奢な体なのに。

 発するオーラは自分でも圧倒されそうなくらい強い。

 その自分の存在の強さを彼女は認識していない。


 今までこんな女性がどこに隠れていたのか?隠されていたのか?

 彼の心の奥の底の誰かが歓喜の声を挙げる。


 見つけた!

 何を?

 彼女を?

 それとも…?


 初対面の自分の全く疑いもせずに無心の心で見上げる由華里。その柔らかい手を取り彼は微笑む。さっき会ったばかりの女性なのに。


 今まで自分のそばには全くいないタイプ、言い換えれば自分とは真逆の彼女。

 なのにこの確信はなんなのだ?


 数時間しか話していない。ほんの少しだけ。

 だのに…この確信!


 そうだ…私は捕まえた!

 違う!


 アーネストは笑いだし、さらにぽかんと見上げる由華里の黒曜石の瞳を優しく見下ろしながら、彼はこれまでにない幸せな気持ちを驚きと共に感じていた。この私がこんな気持ちを抱くなど!


 その優しい手を握りしめながら。彼は確信した。


 私は見つけたんだ!

 彼女を!


 どこか遠くの大宮の空の下で、してやったりと高笑いしてる木暮雅人の笑い声が響く。

 でもそんなことはどうでもいい。

 彼は人生始まって以来の幸福感に浸っていた。

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