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第4話 出会い

 どれくらい走ったのだろうか?そしてどこでどう道を間違えたのだろうか?


 広い高速道路を走っていた筈が、気付けば何時の間にか細い路地やひしめく車などの一般道を走っている事に彼は気付いた。


 不味いな…。


 考えると先程の高速道路で前を走る低速車を避けようとしたが、その先の渋滞が解らず(日本は渋滞が多すぎる)そのままその路線に拘束され、気付いたら今の道を走っていた。どうも出口路線の方に気付かないうちに押し出されたようだ。


 なんだか間抜けな話だとアーネストは苦笑し、そして周囲を確認すると、護衛の車もアニカの車もぴったりとついてきている。

 恐らく彼の気まぐれで高速道路を降りたのだろくらいにしか考えていないのだろうな。


 アーネストはナビに従い、高速道路に戻る努力を始めた。このせせこましい道ではいちいち画面を確認するのが億劫だ。

 が、直ぐに彼はナビの音声を切った。

 余りにも細かく繁雑にしつこく五月蠅くナビが右折、左折に間違いを指摘し過ぎるからだった。

 ナビが言う道を曲がるときは既に曲がるタイミングを逸し、曲がろうと待っていても後続車から邪魔だとパッシングされて渋々移動せざるを得ず、気付けばまた迷路の様な公道で右往左往してしまう。


 なんだかこんなゲームをどこかで見た様な気がするな…。


 彼はまるで何かのTVゲームに取り込まれたかのような錯覚に陥る自分に苦笑した。


 まあいいさ、レセプションには間に合わないかもしれないが、特段行かなくてはならないようなパーティーでは無い。彼はこの珍しく混乱した状態を楽しむ事にした。


 それにしてもまるで罠に掛る様に、どんどん袋小路のような路に追い込まれている気がする。そう思った瞬間、本当に袋小路のようなロータリーに出た。


 彼は唖然とし周囲を見回した。


 どうやらどこかの駅前のロータリーの様だ。迷路のように細い道がリボンの様に駅前のバスターミナルらしきスペースに巻き込まれるようにあつまり、そして四方に散って行く。


 そのシステムとルールがいまいち飲みこめない。なんだか息苦しくイライラとした気分になり、彼は眉根を寄せて車を車道の際に寄せた。

 そこが駐車OKなのかどうかも解らないが、数台駐車している車がいるのでいいのだろう。


 護衛の車達が数台、駐車できずに通り過ぎ、また来ると言う合図を窓越しに残して走り去った。アニカは強引に数台後ろに停車している。流石、アイス・ブルーのワルキューレ。


 彼は苦笑した。そのアニカの後ろに護衛の車が一台停車する。


 やれやれ。


 さて?ここはどこなのだ?と、ナビげーションで確認をしようとした時、前方の駅前の建物の巨大な鏡と化してるウィンドウ前に立つ女性に眼が行った。


 なんだ?なんだか鏡越しにこちらを見ている気がする。


 真っ直ぐに。

 黒曜石のような黒い目。

 まじろぎもせずにみている。


 だが、その目にはありありと彼に対する反感が感じられる。


 ほほうと彼は不敵な笑みを浮かべた。この私に対してああいう目を向ける者はここ数年存在しない。これは面白い。

 私が誰だか知らずにああいう目を向けるのか?

 まあこんな場所で私を知る者などあり得ないだろう。


 急に彼は長い事忘れていた好奇心といたずら心を湧き起こらせ、これもゲームの余興の一つとばかりにドアを開けて降り立った。途端に冷たい冷気が雑多な街の匂いと共に押し寄せてくる。


 背後の護衛の者達も同時に数人車から降りた。アニカは車内で待機をして成り行きを見えているようだ。彼は苦笑しその女性の方を見た。


 ごく普通のスタイルの女性。

 取り立てて美人と言う訳でもない。

 ただ羽織っているコートや靴、持ち物、そして立ち居ふるまいからなんとなく自分と同じ階級の匂いを感じだ。


 どこぞの令嬢が気分転換に街に出て、自分と同じ臭いのする男を胡散臭げに見つけたのか?

 それとも?まさか自分を知っているのだろうか?


 遠目にも名前が解るタグをでかでかとハンドキャリーにつけっぱなしの所が無防備と言うか、馬鹿と言うか。彼は苦笑した。

 

 そして不意に彼女とガラス越しに眼があった。

 黒い瞳。

 黒曜石のような不思議な輝きのある引きつけられる瞳。


  よく見れば長い髪の毛を綺麗に結い上げ小さな頭に巻きあげている。なんだかあんな感じの貴夫人の肖像画をどこかの城で見掛けた様な気がする。

 小さな頭に黒い髪を結い上げ、細い腰、白い肌、バラ色の頬に優しい微笑み。その肖像画のような女性がみている。


 自分を。

 真っ直ぐに。

 その瞳が不意に微笑んだ気がした。


 何かがいきなり、胸に深く明るく射し込んできた。


 優しい光。

 暖かな手が差し伸べられ…暗闇に灯りが広がる。

 体の中に長いこと広がっていた闇が…


 一瞬にして消え去る。その笑みに。


 なんだ?


 彼は言葉に詰まるように驚愕した。

 どこかに記憶しているのか?彼女に覚えがあるのか?どこか懐かしい感じのする笑みに彼は暫し見とれていた。

 だが直ぐにその瞳は他へと向けられた。

 

 見知らぬ如何にも胡散臭げな女性が善人面を顔一面に張って彼女に近づいていく。

 まるであれは無防備な子ヒツジに近づくハイエナの様ではないか。

 陳腐なドラマか映画の一コマのような展開に彼は思わず失笑した。


 あーあ、あれではあの令嬢はかのハイエナに相当な金品を巻き上げられると言う訳か。

 善意という悪意の餌食に掛って。


 彼女がどうなろうがさして彼の興味を引かれる事は一切なかった。だが、そのハイエナと彼女が幾つか言葉を交わし、ハイエナが彼女のかばんを強引に掴んで押し問答になった時、ハイエナが彼女の腕に体に触れたのが酷く不快に感じた。


 なんだあの女は?彼女にべたべたと触りまくっているが?それも執拗に。


 むかむかと湧きあがる不快な感情に、気付いたら足を進めていた。

 背後で警備の者達が、あっと身構えるのを感じていたが、どうでもよかった。彼は最大限の笑顔を造りにこやかに声を掛けた。


「ユカリ!何をしているんだい!?」


 突然、自分の名前を呼ばれ、ギクリと彼女は彼の方に振り返った。その瞳を見て彼は微笑む。


 ああやはり懐かしい暖かい色合いの黒曜石の瞳だ。


 だが彼女はきょとんとしている。彼は苦笑した。


 彼はさも知人であるかのように装い手を挙げて挨拶をすると、軽々とガードレールを飛び越えてきた。そして当然の様に彼女のキャリーバックの持ち手を掴み、ハイエナににこやかな笑顔を向けて質問をした。


「失礼ですが、ユカリのお知り合いですか?」


 大の大人が三人でバックを掴む異様な光景に、無関心な通行人達も流石に足を止めだした。


 ハイエナが気まずそうに、ぱっ!と手を離したすきに、彼はバックを車の後部座席に放り込み、馬鹿みたいにきょとんとしている彼女の肩を掴んだ。


 不意に彼女が彼を見上げ、そして互いの眼があった。


 一瞬、彼女が微笑んだ。

 その瞬間、彼女から柔らかい心地よい花の香りがすることに彼は気付いた。


 なんだろう?

 この香り?


 覚えがある。


 不意に木暮雅人氏の邸宅で見た、時期外れの早咲きの桜の花が眼の前いっぱいに広がった。

 柔らかな光を湛えた、春色の薄いピンクの色を忍ばせた可憐な花。


 冬の冷たい寒気の中でも凛としてその美しさを輝かせていた…

 花…

 あの美しい花の梢が彼の胸の中で優しく揺れた。


 アーネストも彼女に笑みを返した。が、急に彼女はむすっとした顔をする。


 どこか心の中で不味い、急げと言う声が響き、気付いたら急いで彼女の肩を強く押して助手席に放り込んでドアを閉めていた。


 彼は自分の行動に驚愕しながらもおくびにも出さずにハイエナに振り返った。

 威圧感を込めて。


「申し訳ないのですが、私も彼女も急ぎます。後でご連絡を取らせましょうか?それとも?」


 それとも?と、言う言葉に力を込めると、ハイエナ慌てて人ごみの中に消えて行った。

 他愛のない。ふんと彼は吐き捨てるように言うと、警護の者達に大丈夫だと合図を送り運転席に乗り込んだ。


 後ろに駐車していたアニカが、BMWの中でバカみたいな大口を開けて驚愕しているのがおかしかった。


 ああそうだ、自分もおかしいと思うよとアニカに心の中で、彼女の驚愕と同じ驚愕を感じている自分を認めていた。

 これではまるで木暮雅人に推奨されたナンパではないかと思いながら。


「行ってしまいましたね」


 アーネストは運転席に乗り込むと、おかしそうに笑いながら言い、車をスタートさせ、緩やかに車の流れに乗った。


 遠ざかるU駅を後ろに見ながら、彼女は助手席でホッとしたような、茫然としたような気が抜けた感じで、革張りのシートにへたりと凭れこんだ。


 なんだかウサギか何かの小動物みたいだなと、彼は苦笑した。


「それで?どちらに行かれる予定だったのですか?行先を教えていただければお送りしますよ?実は私はこの近辺の道に疎いのでナビに従い運転せざるを得ませんので。

 ええと…どうも高速道路の入り口に着くらしい。高速道路にのりますが…宜しいですか?」


 そういう言葉がスラスラ日本語で出る自分に驚きながら、どこかでgood job!と親指を立てている木暮雅人を感じで彼は苦笑した。

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