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第38話 策謀と婚姻届


由華里とアーネストの前にそれぞれ膨大な数の書類が説明と共に並べられると同時に、由華里の顔から血の気が失せた。だが直ぐにきゅっと唇を噛みしめて背筋を伸ばした。

 前に坐った一人目の弁護士がにこやかに書類の説明を始めた。


 由華里は説明をよく聞いて理解しようと努め、時々アーネストに確認するように質問を簡単にし、そして彼やウィル達の説明を聞きいてからサインを黙々と続けた。

 あまりにも膨大で種類の多さに疲弊しながら、由華里が頑張る姿にアーネストは更に愛おしさが増していく気がした。


 そして、アーネスト達にとっては一番のメインの書類を持った役人が前にたった。

 

 正式な婚姻届けだ。


 そう。今までの手続きは全てこの為の前座に過ぎない。

 これを彼女に何の疑念無くサインをさせるのが最大の目的なのだ。


 婚約直後にも関わらず、由嘉里に言い寄る者が後を絶たない為、早急に彼女をウィルバートンの人間してしまった方がいいと言うのは、ここにいる由華里以外全員の一致した意見だった。


 その現象の原因は不明だが、過去の由華里に某国の王族お抱えの占い師による「幸運の女神」説が大きく関わっているる可能性が今の所高い。

 もちろん彼女自身の無自覚な魅力の振り撒きも原因だが…。

 もしくは()()()呪いの一つなのかもしれない。


これ以上の混乱騒動の増加に、正式に婚姻異議申し立てをする者が出ても不愉快極まりない事態を避ける為に、彼女の為にも早急にこの手続は進めないといけない。

 

 だが、中心の由華里はその危機感が全くなく、しかも母親の華代に刷り込まれたシーラカンス価値観により、正式な結婚式の後に婚姻届けを出すと言う固定観念に凝り固まっていた。

 その暗示はかなり強固で(あのクソ婆!!)幾ら説明をしたところで、笑って取り合わなかった。なので強行突破をすることになったのだ。


 大丈夫。これだけ疲労困憊していれば気づくまい。

 そうアーネスト達は踏んでいた。


 だが。

 シーラカンスはその古代的直観力に冴え、由華里はそのメインの書類を前に不思議そうな顔をした。


「これは全部婚姻関連の書類なの?」


 アーネストは顔色も変えずにさらりと言う。


「そうです。前にも説明しましたよね?アメリカは契約社会ですので結婚に関しても細かい事も含めて契約書化して双方納得しておくのです。最大の目的は離婚時等に揉めないように、事前に双方の財産所有権を確認するのです」


 由華里は仰天した顔をした。


「結婚前に離婚準備をするの?」


「離婚の準備というか、事前に双方の資産管理所有権をはっきりさせておくのです。特に我々の資産は膨大ですので、確認の意味合いも含まれますね。一般的な話しでし、まあ…一種の保険です」


 由華里はむっとした。


「まあ!木ぐ…アーネストは離婚前提で私と結婚する気なの?」


 あはははとアーネストはおかしそうに笑う。


 結婚前に離婚!?冗談じゃない!!!


「もちろん、離婚などする気などありませんよ」

「じゃあ、私達は離婚しないからこんなのは要らないでしょ?それに…」


 由華里は1冊の辞書並みの厚さのファイルを恐る恐るペラリとめくった。


「物凄い数があるわ」


 なんだ、単に膨大なサインするのが嫌なんだなと、アーネストは苦笑した。


「それだけ双方が所有する資産が膨大だと言う事です」


 由華里は深い溜息を着いて右手を挙げて宣誓のポーズをとる。


「私、ユカリ・ヒラノは、それらの共有資産の権利を放棄します。例え離婚になっても所有権を言い出さないし、文句言わないとサインするから。それではだめ?」


 相当疲れたか面倒くさくなってきたな…。


 アーネストははらはらとしながらこちらを伺う弁護士団をちらりと見て、おかしそうに笑いながら困った様に言う。


「そうしますと、また一から全ての書類を作成し直してサインをし直すことになりますが?それでもよろしいのですか?」


「ええええ!?そんな面倒な事になるの!?」


「そうですよ。今までの書類はこの書類に続く為のものですからね。ここの趣旨を変えるのならば、1からやり直しです」


「ええええええ!?」


 嫌な顔をして由華里は既にサインし終わった書類の山を見た。それを護るかのように弁護士達が青い顔で慌てて抱え込む。由華里は深く嘆息した。


 由嘉里はやっと納得したらしく、膨大なファイル1枚1枚に弁護士に言われながらサインを続けて行った。だが、最後の本物の婚姻届には手が停まった。


「これは?私達の婚姻届よね?そう書いてある。どうして今サインをするの?正式な婚姻届は結婚式の時にすると言っていたわよね?」


「そうです。教会でサインするものと、政府機関に出す物は別物なのですよ」


 嘘は言っていない。教会でサインするのは、教会で管理する婚姻届である。これとは別物だ。


「我々は国際結婚になりますので各方面に早めに提出し受理して貰わないと、進まない手続が山のようにあるのです。ですから先に行政系への婚姻届を出しておきます」


「…それって、私は今日、戸籍上は由華里・ウィルバートンになると言う事?結婚式すら挙げていないのに?」


「今日直ぐになるわけではありませんよ。二国間に渡る手続きですので、受理されるまでに時間がかかるのです。事前に出してチェックを受け完了していなければ、結婚式の時にミスがあり、由華里・ウィルバートンになれませんでした?では、洒落になりませんでしょう?」


 嘘は言っていない。普通は時間がかかる。だが、このアーネスト・ウィルバートンの婚姻に関わる事だ。だから今日ではなく、明日には貴女は由華里・ウィルバートンになっているだけの話し。


 気づくな、余計なことを考えるなとアーネスト達は眉間に皺を寄せる。


 長時間のフライトから、巨大なマンハッタンの本社ビルへ飛来、錚々たるメンバーが集まる会議室につれてこさせ、一気に膨大な数の契約書のサインをさせていたのは、余計な思考能力を無くして、この婚姻届けに有無を言わさずサインをさせる為だ。


 だか、華代のトラップは由華里に気づけと囁くようだ。

 一同ははらはらしながらアーネストを見る。由華里が気づき始めている


「何か不服な点でもありますか?もしも由華里さんが、「この婚姻に不服がある」のでしたら、この書類にはサインをしなくていいだけの話しです」


 由華里はびっくりした顔をした。


「私は木ぐ…アーネストとの結婚に不服などないじゃない!」

「そうですか?では何を迷われているのですか?もしも「不服がある」のでしたらいいんですよ?」


 アーネストは最大限の笑顔で言う。

(会議室内のブレーンを除く全員が、初めて見るアーネストの全開全力の笑顔に驚愕したじろいた)


「無いわ!」


「では?不服が無いならサインをしてください。まだ先が控えていますので。このままでは屋敷に到着するのが夜になりますよ?」


 由華里は慌てて孔雀石のパーカーのペンをまた取った。


「ここにサインすればいいのね?」

「そうです。不服や異議や何か契約上に問題が無ければ」

「無いわ」

「ではここに、サインを。私の名前の横に。ええ、それでOKです。あとはここに、そう、それとここ」


 アーネストの誘導で由華里はもくもくと正式な婚姻届にサインをし続けた。

 冷や汗をかいていた一同はほっと胸を撫でおろし、アーネストに称賛の目を向けた。


 全部にサインをしおえて、由華里ははーっと溜息を大きく着いた。


「これ…受理されるのにどのくらいかかるの?」


 役所の人間がニコニコしながら言う。


「書類確認に不備が無く、日本への手続が済めば直ぐにです」

「国際結婚だから大変なのね?これでいいですか?」

「はい、大丈夫です。あと、ここに今日の日付を」


 由華里は日付を書き込み、役人は満足げに頷き、書きあがった書類とアニカが差し出した書類を全て並べて確認し、そしてニコリと笑って由華里とアーネストに手を差し出した。


「おめでとうございます!これにより手続は全て完了致しました!」


 わああああっ!と会議場の全員が歓声を上げ、アニカ達がYES!と力強くガッツポーズをして高くハイタッチを交わしあった。ラスマス夫妻とマーグリット夫妻も立ち上がりアーネストと由華里に強く抱擁をしていく。おめでとう!と叫んで。そのあまりの凄い反応に由華里はびっくりする。


「終わったの?全部?まだあるとか言わなかった?」


 ほっとしたように由華里は華の様な笑顔で笑ってアーネストを見上げた。その由華里を思わず抱きしめキスをするとアーネストは幸せそうに微笑み返した。


「先程のは勘違いでした。これで手続きはすべて終了です」

「良かった~~~~!とりあえず第一関門突破ね!」


 一同は運ばれてきたシャンパンで賑やかに乾杯をし賑やかに祝い合った。

 弁護士や役人達はすっかりリラックスし、2人に祝辞を次々と述べて乾杯し運ばれてきた食事を堪能し出した。

 アニカ達が差し出すオードブルをホッとした顔で由華里は頬張ると、美味しい!と目を輝かせた。


「お口にあいましたか?」


 由華里は嬉しそうに頷く。


「ほっとしたら食欲が出てきたみたい。次に向けてここでエネルギー補給しないとね!このランチが終わったらいよいよウィルバートン家に行くのね!」


 は?とアーネスト達は怪訝な顔をした。


「これは契約成立の簡略的な乾杯の席ですが?」


 ぽかんとする由華里に、皆が大笑いして言う。


「ランチは隣のホテルでしますよ、由華里様」

「そうですよ。由華里様のを交えての初めてのランチがこんな味気ない会議室では興覚めです」

「レストランからの景色はきっとお気に召されますよ」

「由華里様の好きな子羊のソテーも用意させましたので、なのであまり食べないでくださいね」


 アニカ達は口々に嬉し気にいい、ぽかんとしている由華里の腕をキャスーンとエレノアが取った。


「さあさあ由華里はこっちよ。」

「内輪的な婚約報告の会食場に移動しますからね。着替えないと」


 エレノアの言葉に由華里は仰天した。


「私!数時間前に機内で着替えたばかりですが?!」

 二人は「まあ!」と大笑いする。


「機内から降りた時と同じ格好でランチ会場になんかいけるわけないじゃないの!」


 そして問答無用でクラリサとマギーが待つ別室に、由華里を引きづりこむようにして入った。同時に何か抵抗する声と楽しそうに笑うキャスーンとエレノアの声が響いてきた。

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