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第36話 第一の決戦の前に


 NYに着く2時間前にエレノアに起こされ、由華里はぼひゃーとした顔でいた。

 ここはどこだ?と見回す。少手狭な寝室のようだが違う。


「あー木暮の飛行機の中だ」


 インドネシアでの休暇が終了し、全員でプライベートジャンボでNYに行く途中の機内だと思い出した。

 固定されているベットから降りると、エレノアに急かされシャワーを浴び、着替えてダイニングルームに向かった。ごうんごうんと言う音や、微妙な揺れで廊下を歩く足下がおぼつかない感じになる以外は、飛行機の中にいる気がしない。

 少し疲れた顔の由華里がダイニングルームに現れ、みんないおはようと顔を見回す。


「おはようございます、由華里さん。お疲れのようですが、よく眠れませんでしたか?」


 そう問いかけるアーネストに、由華里は頷く。


「緊張しているみたい」

「緊張?」


 由華里の前にトマトとチーズのスクランブルエッグをメインとした朝食が並べられていく。


「何か心配事でも?」

「心配事だらけです」

「全て準備は整っていますので心配はありませんよ」


 そうにこやかに言うアーネストに由華里とキャスーンが同時に嘆息し、顔を見合わせ苦笑した。


「アーネスト?少しは由華里の気持ちを配慮なさいな。誰もが貴方みたいな石みたいな感情の持ち主ではないのですよ?

 由華里は言わば敵陣に乗り込む様な物です。

 他家に嫁ぐのはそう言う緊張感があります。

 貴方も平野家に伺った時は緊張したのではなくて?」


 はて?とアーネストは考え込んだ。


「策は練りましたが特段緊張等はしませんでしたが?」


 キャスーンは嘆息し、「もういいわ」と大袈裟に手を振った。


「貴方にそう言う人間的な機微を求めた私が馬鹿でしたわ」


 そして由華里に向き直り、優しく微笑む。


「大丈夫ですよ、由華里。

 確かにNY社交界は魑魅魍魎の世界ですけど、アーネストはきちんと貴女の為に色々と配慮をしている筈です。そういう策謀はこの子は得意だから安心してちょうだい。だから少しでも食事をしないと本当にもたないわよ?」


「策謀が得意とは…叔母様…私の事をどういう人間だとお思いなのですが?」


「そういう人間です!アーネスト!貴方は少し女性に対しての言葉づかいを考え配慮をしないと。花嫁はただでさえマリッジブルーになりやすいのよ?でないと、由華里に愛想をつかれて逃げられてしまいますよ」


 アハハハハとデニスが豪快に笑う。


「キャスーン様!それは言いっこなしですよ。実際もう既に一度由華里様に逃げられて…」

 がすっ!と複数テーブルの下で音がして、デニスがテーブ悶絶した。

「由華里様!こちらのハーブティーは気分が落ち着きます。いかがですか?」

「いやいや、メンタルにいいサプリが」

「漢方のほうが体にはいいですよ。こちらのお茶は癖がありますが・・・」


 急に周囲がは慌てだし、やれ気分が落ち着くハーブティーだ、サプリメントだと並べ立て始め、由華里はげっそりとした顔をしだした。

 流石に見かねて止めようと立ち上がったアーネストに、ニックが立ちあがり耳打ちした。


  アーネストは眉根を寄せ、ちらりと由華里達を見ると、その横にいるアニカが察知し頷く。気取られないように更に由華里の気を引くお茶を勧めている。なんだか凄い香りのするハーブティーを。

 アーネストは由華里に同情しながら立ち上がり、別室に行くと直ぐにビジネスの顔に変わった。


「予測はしていたが腹立たしいな」

「同感です」


「ヘリの準備は?」

「空港内に待機中です。到着後直ぐに本社に迎えます」


「弁護士と書類の方は完璧にしてあるな」

「もちろんです!既に全弁護士達、大使館関係者、役所関係者の全てが本社ビルに集結しています。」


「結構。それでいい」


 アーネストは満足げに頷き、ドアを開けて席でぼーっとオレンジジュースの入ったバカラのグラスを握り締めている由華里を見ると嘆息し、そしてそばに行きグラスを取ると軽く頬に触れた。由華里は焦点のない顔でアーネストを見上げて来た。


「もうNY?」


「ええ。着きます。空港からは真っ直ぐヘリで本社に向かいます。そこで待機させている弁護団と立会人の元、諸手続きを終わらせてから屋敷に向かいます。

 …由華里さん?

 聞いていますか?」


 うんと頷く由華里は窓から下を見下ろした。


「アメリカ?」

「ええ。とっくにアメリカ領空内ですよ。本当に大丈夫ですか?」


 うんと由華里は頷き、きゅっと目を閉じるとアーネストの手を握り締めた。なんだか冷たい。相当緊張しているのか?とアーネストは思い、抱き寄せキスをすると少しだけ由華里は笑った。


「大丈夫。私がいます」


 由華里は優しく目を笑わせた。一同はおやおやと顔を見合わせ、早々に席を立つと身支度をしにそれぞれレストルームに向かった。由華里はアーネストの胸に頭を押しつけ、少しだけ息を吐いた。それで呼吸ができたみたいに。その由華里をアーネストはしっかりと抱きしめた。


「何が不安ですか?」

「色々…急に少し怖くなったの」

「私も皆もいます。大丈夫です」


「…お屋敷の人達は私を受け入れてくれるかしら?」

「もちろんです。あそこは私の家であり、貴方の家にもなるのです。なのに何をそんなに怯える必要があるのですが?」


「…40人ものスタッフが木暮の40人の家族の様な気がしてプレッシャーなのかも」


 アハハハハとアーネストはおかしそうに笑いだした。スタッフ達が家族?面白い事を言うと思いながら。


「彼等は単なる使用人です。由華里さんが思い悩む事も気を使う事も必要ありません。もしも由華里さんに憂いを感じさせるのであれば即刻解雇通告しますので大丈夫ですよ」


「そう言うことじゃないんだけど…」


「当家には姑も小姑も舅もいませんよ?」


「もう…木暮ったら…。だからそう言うことじゃなくて…。私自身が上手く立ち振る舞えるか心配なの」


「そんな心配は不必要です。誰もが最初からウィルバートン夫人になるのではない。私の母もそうです。徐々に学び擬態しそして習得していけばいいだけの話しです。最初から完璧なウィルバートン夫人など気持ち悪いでは無いですか?ロボットじゃあるまいし。

 私は由華里さんにそんなのは望んでいません。由華里さんは由華里さんらしくしていればいいのです」


「私らしく?」

「そうです。いつもと変わらず笑っていて下さい。由華里さんなら大丈夫ですよ」

「随分と私を買いかぶってくれているのね?」

「だから貴女をパートナーに選んだのですよ。」


「わかったわ。私は私で変わらないように努力をするわ。それとウィルバートン夫人としてなるべく頑張る」

「早急にウィルバートン夫人になる必要はないと何度も言っていますよ?」


「でも周りは期待しているでしょう?」

「有象無象のいう事など気にしなくていい。言ってください。他に心配事がありますね?」


 由華里は少し言いよどみ、思い切ったように口にした。


「そうね…マーグリット家での特訓も少し怖くなってきたの」


 それは真実最大の試練になるかもしれないとアーネストは不憫に思う。


「アンナの件ですか?」


 由華里にはインドネシア滞在中に、アンナの事も含めて複雑な一族の事は説明してある。説明の時、由華里が微妙な顔で不安そうに視線をそらしたのが、今でも気になる。


「まあ、多少は・・・彼女から口撃はあるでしょうが、それは上流社交界でもある話なので、キャスーン叔母様の言うとおり、アンナにはその練習となって貰えばいいのですよ。

 もしかして彼女との関係を心配しているのかもしれませんが、何度も言いますがそれは天地がひっくり返ってもあり得ません。私もマーグリット夫妻も、アンナとの婚姻はあり得ないという認識で一致しています。

 何故なら私達は似過ぎているのです。

 ビジネスパートナーとしてはいいでしょうが、夫婦としては最悪のパターンです」


「でも・・・彼女はどうかしら?」


「アンナが貴女に危害を加えるのであれば、私も容赦はしません」


 厳として言うと由華里は心配そうに見上げてきた。それを払拭するように明るく言う。


「ウイルバートン邸が大がかりな回収工事に入るので、暫く窮屈な思いをさせますが、私もマンハッタンの別宅に居を移しますので、いつでも会えるようにしますよ。  

 別宅はマーグリット家のすぐ近くです」


「毎日会える?」


 アーネストはにっこりと微笑んだ。


「お望みなら。努力しましょう」


 やっと由華里は少し笑顔を浮かべ、そして2人は軽くキスを交わしてシートに着くべく部屋を出た。


 飛行機は順調にフライトを続け、そして定刻に空港に降り立った。


 飛行機から降り立ちゲートを出た途端に現れた物凄い数の報道陣に、由華里は驚愕し目が覚めた顔をした。

 一斉に焚かれるフラッシュと向けられるカメラとモバイルの数の多さにぽかんとしそうになった瞬間、大きな声でアニカ達が前に出て一斉に彼等をシャットダウンする。

 即座にアーネストが由華里の肩を抱いて廊下を物凄い数の警備の者達に囲まれ突き進んで行く。

 再び空港の外に出て、爆音を響かせる青い機体のヘリに一同は乗り込む。ヘリは直ぐに舞い上がり、凄まじい数のビルが林立するマンハッタンに向かった。


 機内でインコム越しに観光気分の様に皆が由華里に眼下の風景を説明するが、由華里の表情は固い。

 手を握りしめるとあまりのその冷たさに、アーネストは抱き寄せて微笑んでいう。


 大丈夫だと。


 蒼白の顔の由華里がなんだか痛々しい気がした。彼女にとっては確かに未知の過酷な人生の始まりなのだ。


 そう。ここからスタートなのだ。

 私達全員の戦いが。


 ヘリは真っ直ぐにマンハッタンの一等地に聳え立つ青いガラスが全面に輝くウィルバートン本社ビル屋上に向かい、大勢が出迎える中に舞い降りた。

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