第29話 平野華代のアーネストへの復讐<追加>
あのババア!!!!
この私に取引だと!?
この娘にして母親ありだ!いや、あの母親の娘だからこれか!?
まあいいだろう…どうせ結婚式を挙げるまでの間の事だ。
それくらいゲームと思えばいいだけの事!!
それだけのことだと怒りを抑えながら部屋に戻ると、ベットの上の由華里は殆ど半裸状態にはだけながら(ガウンを羽織る程度だったらしい)寝ているのに気付いて、ブちぎれそうになった。
あの母親の話しの後にその娘がこれか!アーネストは大きめの声で起こした。
「由華里さん!起きてください!」
由華里はアーネストの怒声に起きあがり、ぼひゃっとした顔でアーネストを見た。
「木暮?」
そしてにっこり笑う。
「寝てた?私?」
「ええ!そして前がはだけています!!」
ぐいっ!とローブの前を閉じると、苛立たしげにアーネストは立ちあがろうとしたが、ぎゅっと由華里を抱きしめキスをした。これくらいならいいだろう!
「く…苦しい…こ…木暮…」
顔を離すと由華里はくらくらとした顔でアーネストに凭れた。やりすぎたか?
「大丈夫ですか?」
「大丈夫…でも少し疲れたみたい」
「確かにここ数日(アーネストは華代の言葉を思いだしむっとした)まあ…色々と忙しかったから仕方ないですね。何か軽く召し上がりますか?先程のパーティーでも殆ど召し上がらなかったでしょう?」
うーん?と由華里は小首を傾げたが、ついでにっこり微笑む。
「素敵ね!そう言えば木暮と2人で食事なんてしたことないわね?」
「そうですね。プールサイドにテーブルを設えさえせて2人でのんびりと海を見ながら食事しましょう」
嬉しそうに由華里はにっこり笑う。
いい笑顔ではないか。いい感じではないか。アーネストもにっこり微笑むと由華里に手を伸ばし手抱き寄せた。
途端に無粋に由華里の携帯電話が鳴る。
とらなくていいと言う前に着信相手の名前を見て由華里は目を丸くした。
「まあ!お母さんだわ!」
苦み潰したアーネストの事など気付きもしないで、由華里は電話に出ると何か話し始め、そしてむっつりと電話を切った。
「如何しましたか?」
「…なんでもない」
「なんでもない顔じゃないですが?」
由華里はむっつりした。
「良く解らないけど毎晩電話するから電話に出なさいって」
「は!?」
「ごめんね、木暮。昔からお母さんってこうなの。スイスに留学していた時も、毎晩電話を掛けてきて安否確認みたいな事をしていたのよ?あれは多分お父さんがさせていたのだと思うけど…。まさかもう結婚する娘にまでするなんてバカみたい。小学生の子供じゃあるまいし。
まだ私はウィルバートンの人間じゃなくて平野家の人間なのだから平野家の娘らしく自重なさいとか…。」
「は?ハ?…ハハハハ!!!!」
「おまけに、国際結婚は籍を入れるまでが結構大変なんだからとか、もしもの場合も考えなさいとかなんとかかんとか…」
あんのくそ婆!この私に!!!真正面から全面戦争か!!
アーネストは怒りにこめかみをひきつかせた。
それに父親の指示ではない!母親だ!!!絶対にこれは嫌がらせだ!
何故由華里さんは気づかないんだ!?一番の食わせ物は母親の華代だ!!!
アーネストはイライラしながらも怒りをねじ込み、由華里を抱き寄せた。
「まあ…それはおいといてとにかく由華里さん、テラスにテーブルの用意ができたようなので行きませんか?」
そうねと由華里は笑い、そして自分の姿をまじまじと見ると真っ赤になり「着替えてくる」と言うとバスルームに行ってしまった。
別にそのままでも構わないのになとアーネストは苦笑した。まあいい。急いてはしそんじる。ここに来るまでが大変だったのだ。あの母親のペースに乗り、元の木阿弥になっては洒落にならない。どうせ結婚するまでの暫くの間のゲームだ。
そう!これはゲームだ!
だが…それが悪夢の始まりだった。
プールサイドにムード満点に演出されたテーブルで、二人は沈む夕日を眺めながら穏やかなひと時を過ごし海鮮をメインにした料理を堪能した。
食後のリキュールを嗜んでいると、不意にキャスーンが部屋に来た事をクラリサが告げて来た。二人は何の疑問を持たず、アニカ達とダイニングルームで賑やかに食事を済ませたというキャスーンと出迎えた。
キャスーンはにこにこしながら、リビングの大きな花柄の籐椅子に座りながら唐突に話し出した。
「先ほどね、華代からお電話がありましたのよ」
まあと驚く由華里と、嫌な予感に眉間に皺を寄せたアーネスト。キャスーンに動揺を悟られまいと上手く感情をコントロールしながら、アーネストは怪訝気にいう。
「お義母様が?叔母様になんと?」
「嫁ぐ前に一人娘を持つ母として華代の意見に心情に大変共感しましたのよ」
アーネストはコーヒーを吹き出しそうになった。
「は!?」
「日本はね、まだまだ男女間の事に関してかなり頑な古い固定観念がまかり通るそうなのよ。」
「はあ?」
「華代は母親として、娘である由華里が、日本社会から誹りを受けないか心配していましたの」
「誹り??」
「あなたの今までの女性関係を考えますとね?私も華代の懸念に同意せざるを得ませんでした。同じ娘の母親としてね」
あの婆は何を叔母に吹き込んだのだ?!
嫌な予感にアーネストはクラリサ達を呼び、由華里を着替えさせるようにいいつけた。何で着替えるの?と不思議そうに言う由華里に、この後浜辺を歩き町中に出ようと思うからですよとウインクした。由華里は嬉しそうに笑うとクラリサとマギーと共に奥の部屋に消えた。こういう事には単純で扱いやすくて助かると思いながら。
さてと?と、アーネストは立ち上がりプライベートプールサイドに出ると、一番部屋から離れた場所の椅子をキャスーンに勧めた。由華里が戻る前にとっと嫌な話しは済ませてしまいたかったからだ。
「叔母様、はっきり申してください。お義母様は何を叔母様に吹き込んだのですか?」
「吹き込んだのではありません。同じ娘を持つ母として話しただけの事。唯一の貴方の一番近い親族であるのですし、セレスティーンお姉様とアーサーお兄様の代わりにはいつでもなるつもりです」
「ありがとうございます。そのお心遣いは感謝いたします。ですが…おそらくお義母様と叔母様がご懸念されている心配は稀有であると申し上げたい。私個人のプライベートな事で大変不愉快ですが…敢えて由華里さんの名誉の為に申します。
「あの彼女達」と、由華里さんを、同等、もしくは比較する事等はあり得ない話しです。彼女達と由華里さんは全く違います」
「まあ!誤解しないでアーネスト?貴方の由華里に対する気持ちを疑って等はいません。ですけどね?今いっているのは世間体の事なのです」
「馬鹿馬鹿しい!そのようなことは当然妨害工作の一つとして既に対処していますので心配には及びません」
「ええ貴方のブレーンも部下達も素晴らしいのは知っています。ですけどね?女の世界と言うのはとかく口差が無い物なのです。一度立てられた噂やイメージは一生由華里を悩ませます。特に由華里は殆ど無防備で後ろ盾も何も無い状態でNYの社交界に単身飛び込まないといけません。遠い異国にいる母親がそれを心配するのは必然です」
「私の後ろ盾では不服ですか?」
「不服ではないし、これ以上の後ろ盾はないでしょう。でもね?アーネスト、貴方は男で女の世界をこれっぽっちも理解していません。それに事、結婚と言う事に対しては、馬鹿馬鹿しいかもしれないけど古いセオリーをを遵守して行うのも、それが引いては由華里を護る結果になるのだと私も思います。
綿々と受け告げられた伝統的な物にはいろんな意味合いが深くあるものです。
言わば先人の知恵ね?
結婚に関しては貴方も初めての事なのだから、多少は由華里の為にセオリーに乗るのも一興と思えば如何かしらと思うのよ?」
アーネストは深く嘆息した。
「…で?要は何を仰りたいのですか?叔母様?」
キャスーンはにっこりと微笑んだ。
「由華里が、神の前と法律的にも、正式に貴方の妻になるまでは、彼女の純潔を護ることです」
頭が真っ白になりそうなほどの怒りが突き抜けた。
またか!!!!!
うんざりとしたが、アーネストはこの人生で一番幸せな時期である今をぶち壊す気も無い。だから叔母と義母の遊びに不承不承承諾することにした。別に一生の話しでは無い。由華里が平野由華里でいるまでの間の話しの事!彼女が盟約共に由華里・ウィルバートンになればだれも文句は言えまい。
それだけの話しの事だ。
「わかりました。お二人の御懸念は理解できなくもあり得ませんがあまりに馬鹿馬鹿しくて反論する気も置きませんが、まあ…あの由華里さんですからね…なんとなく想像はつきます。
で!?私にどうしろとおっしゃるのです?コテージを分けますか?おば様がこちらに移られますか?」
「まあ!私はそんなに無粋ではありませんよ」
言っていることが一貫して居なくて無茶苦茶だが?と、アーネストは眉根を潜めた。
「お言葉を返しますが、先ほどの叔母様達のご懸念と反することになりますが?それですと由華里さんの名誉は守れないのではないのですか?」
「守れます」
「はあ?同衾している(陳腐な言い回しだ!)のに由華里さんの純潔が守れると世間にアピールできるのですか?」
キャスーンはにっこりと微笑んだ。
「ええ!由華里を見れば誰もが疑いしません。貴方と何かあれば由華里はもろに態度にも顔にもでましょうからね。天下のアーネスト・ウィルバートンが同じコテージに宿泊しながらも由華里を大事に思い手も出さなかったという事は相当なインパクトになります」
アーネストは頭が真っ白になった。
「…あの…それは…あの…」
「そうですよ。幸い、このコテージにはあと二つ部屋がありますものね。1部屋にクラリサ達、もう一部屋にはリリが泊ることになりました」
なりました!?
本人達の確認も無しにか!?しかもこの私の許可なくして決定事項か!?
愕然とするアーネストの顔も気にせず、キャスーンはうきうきと続ける。
「常に身の回りを世話する者がいる環境、同じくボディーガードのいる環境。由華里にはウィルバートン夫人としての生活に慣れて貰う為には必要かと思うわ。部屋は3つしかないので、まあ…貴方達二人が同じ部屋に寝るのは仕方ないでしょうね」
「よくリリがそこを納得しましたね?」
アーネストの嫌味に、キャスーンはニコリと微笑んだ。
「リリには現状を説明しておきましたから。リリは不承不承納得しました。なぜなら、華代が老婆心と謗られも構わないからと、定期的に確認の電話をするそうです」
「は!!?」
「もしも携帯に出無い場合は私が確認に参ります」
「は!!!!?」
キャスーンは悲しげに首を傾げる。
「アーネスト?この老女に気恥しい思いはさせないでくださいね?」
そしてキャスーンは丁度着替えて来た由華里に明日の予定の事を話し、きゃあきゃあと盛り上がっていた。あまりの展開にアーネストは言葉を失い、茫然とはしゃぐ女性達を見回した。
そして華代の恐ろしい復讐が始まった。




