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第28話 平野華代のアーネストへの復讐<手始め> 


 翌日、一行はその日の内に買収が済んだロンボク島にある会員制ホテルを貸し切り状態にして移動した。


 深い森と青い海を縁取る白い砂浜が目の前に広がるコテージタイプの真新しいホテルの出迎えに、アーネスト達はやっと煩わしい喧騒から離れられたと安堵しデニス達は大きく伸びをして喜んだ。

 由華里は無邪気に南国ムード満点のコテージを大喜びで見て回っている。完全貸し切りのコテージが点在するホテルの中で、由華里とアーネストは3部屋ある一番見晴らしのいい、豪華なコテージに通された。

 

 そこはハネムーン仕様に花々で飾り立てられていて由華里を真っ赤にさせた。恐らく純粋な意味合いを由華里は理解はしていないで、単に「綺麗」で喜んでいるなとアーネストは踏んでいた。

 飾られている花の一つ一つに、窓からの景色に一つ一つに喜びを見つけて感嘆する由華里を優しく見守り、海が一望できるリビングで二人でお茶をして和んだあと、由華里は着替えると言って部屋に戻った。


 が、いくら待っても戻らないので心配して部屋を見に行くと、由華里はベットに突っ伏して寝入っていた。

 ベットのカバーの上で、プルメリアの花を押しのけて(ホテル側がデコレーションしていた)その間に寝る由華里は、洗いざらしの髪もそのままに、まるで何かの童話の中の姫君の様に寝そべっている。


 バスローブのままで。


 気持ち良さそうに。素足もむき出しで、胸元も少しずれたローブの間から見えそうになっている。


 ふむ?と彼はしげしげと由華里の寝姿を見ながらベットの縁に腰かけ、由華里をもう一度揺さぶる。幸せそうに由華里はふふふと笑う。


 肩を竦めて由華里の頬に耳に唇にキスをし、もう一度見下ろし、抱き寄せ抱きしめた。甘い花の香りが既に彼女の体臭であることは解っていたが、それでも彼は甘い香りがするなと思いながらキスをした。

 眠れる森の美女を起こすかのように。それでも起きない。

 

 ふむと彼は今までになく殊勝に考える。

 彼女に手を出せばどうなるかは解っているが、もう婚約しているので構わないだろう。


 …。


 何故自分がそんな陳腐ないい訳を考えないといけないんだ!!と、彼は肩を竦めた。我慢もいい加減飽き飽きしていたし、彼女が誘っている(無意識に)のだから何の問題も無い。

 

 なので、ローブに手を掛けた瞬間に、

 彼の携帯電話が震動しコールした。


 無粋な。


 アーネストは無視して由華里の首にキスしたが、今度は由華里の携帯電話がけたたましくモーツアルトを鳴らす。

 頭に来てベットサイドテーブルの上の携帯電話を掴んで送信者の名前を見て、げっとした。


 由華里の母親の華代だ。


 くそっ!またか!


 渋々彼は電話に出た。


―アロー?由華里かしら?


 かしら?電話に出るのが娘でないと踏んで掛けているじゃないか!!全く!喰わせ者だとは思っていたが!とんでもない策士家だ!


「お義母様ですか?いいえ、私はアーネストです。由華里さんはお疲れが出て寝ていらっしゃいます」


―まあ!アーネストさん?これは失礼しましたわ。


 何を言っているんだ。私が出ると解って最初から英語で話しているじゃないか!


「構いませんよ。それで?御用件はなんでしょうか?由華里さんは梃子でも起きそうにないので代わりに私がお聞きします。」


―ええ解っていますよ。あの子もこの1週間、どこかの殿方に捕まり散々振りまわされて遠い異国にまで連れて行かれて疲れが出たのでしょう。そのまま寝かせておいてくださいな。


「ハ…ハハハハ」

(嫌味か?嫌味だな。嫌味だ!この私に!嫌味かこの母親は!!)


「では…このまま寝かせておきます。…それで?私に、御用件はなんでしょうか?」


―まあ!流石はウィルバートン・グループのCEO。お話しが早くて助かりますわ。

 昨日の突然の婚約発表からインドネシアへの海外逃亡、

 しかも宿泊先も解らず連絡の取りようもなく困っていましたけど、

 Missオーウエンからの連絡をいただいて、

 新しい携帯電話の番号も教えていただき助かりました。

 緊急時に娘に連絡が取れないなど…

 今時、あり得ませんでしょう?


 ホホホホホと声高に笑う華代に嘆息してアーネストは静かに言う。


「では、これは緊急電話なのですか?」


―ええそうですわ。私達にとっては緊急連絡事項です。


「わかりました。お聞きしましょう。」


 アーネストは部屋から出ると、部屋の前のこじんまりとした専用プールサイドのそばに置かれたガーデンチェアーに座った。どこからか祈りの声が聞が、穏やかな風と共にプールの上を渡り、そよそよと彼の脇をすり抜けていく。


―ありがとうございます。お手数は取らせませんわ。

 こちらも晴天の霹靂のような婚約発表で、

 ほんとに大変な目に遭いまして

 バタバタしておりましたけど。


「婚約発表による平野家への御迷惑等の対処は、日本支社の者達が万全を尽くして対処した筈ですが?」


―ええ。とても素早くしていただきましたわ。ありがとうございます。


「御懸念無く。」


―でもね?マスコミが我が家に駆け付ける前に、

 何重にもガードを施して下さった御蔭で、

 家政婦の正子さんが買い物にも行けない程

 がっちりガードされましてねえ、

 ホホホホホ。

 夫の泰蔵もどこかの大統領並みに警護で囲まれ仕

 事に支障が出るほどで。

 ねえ?

 オホホホホホ…


「それは申し訳御座いません。恐らくNY基準でガードを施したのだと思います。私程の立場の者となると国家元首と同等それ以上の警護が必須であり、私の妻となる由華里さんも同様。そして御実家の御家族ともなれば同じくらいの警護をが必要になるかと思います。この件に関しましても当方の弁護士等からご説明があったと思いますが?」


―聞いておりますし

 承諾いたしましたと言うか…

 承諾せざるを得ない状況でしたけどね。


「ご理解感謝します。セキュリティレベルに関しては問題はないと思います。できましたら今後の為にも慣れていただきたいと存じます。」


―これに?


「はい。」


―まあ…由華里があなたと結婚できるかどうか

 解るまでの間の、

 我慢と致しましょうか。


「結婚した後も、宜しくお願い致します。まあ、世間的な威嚇効果は十分出たと思いますので、表面的なアピールは差し控えるように申し渡しておきましょう。」


―ありがとうございます。で?要件ですけど。


「はい。」


 来たな。これが本題だなと彼は腹の中で苦笑した。そして泰然した態度で華代の言葉を受ける刀で返す余裕でいた。


―貴女が誘拐同然に浚った娘は

 私達にとっては宝物の様な娘です。


「世間一般的に娘と言うのは親御さんにとってそのような物かと存じます。」


―ええ。あなたも、もしも、

 お嬢様ができたら私の言う事、

 あなたがしでかした事の大きさが

 痛感されると思いますわ。


「肝に銘じておきます。それに、私の娘ならば、お義母様の孫になりますね。」


 朗らかな気分で言ったつもりだが、返ってきたのは不愉快な沈黙だった。アーネストは咳払いをした。


「で?御用件は?」


―短的です。

 平野家には平野家の

 伝統的やり方と言う物が御座います。

 ウィルバートン家同様、

 平野家も古い由緒正しい家系ですし、

 戦前は伯爵をたまわっておりました。

 ご存知ですよね?


「ええ。」


―ウィルバートン家にも当然

 伝統と言う物が御座いますでしょう?

 それと同じ物が平野家にも御座います。

 由華里はまだ平野家の籍の者で、

 まだ日本人です。

 なので、

 こちらのしきたりに従って

 結婚式までは自重して頂きたいと

 申したいのです。


「済みません…私はそういう日本的な遠回しな言い方がよく理解できないのです。はっきりと仰っていただけませんか?」


―失礼。簡単な話です。

 正式な婚姻が済むまで、

 結婚式まで、

 由華里の純潔を護ってほしいと申しています。


 嫌な沈黙が互いの間に流れた。


「ハ?ハハハハハ。」


 アーネストはどう返答していいのか一瞬混乱した自分に苦笑し思わず笑い出した。なんなんだこの展開は!?こんな話しは!?あり得ないだろう?一体何時の時代の!?どういう家の話しだ!?

 だが華代は淡々と続ける。


―アメリカ人のあなたには理解できないかもしれませんけど?

 世界に冠たるウィルバートン・グループの総裁であるならば

 御理解できると思いますわ。

 そういう醜聞は娘の体面に深く関わります。

 傷つくのは由華里なんです。

 日本はまだまだそういうことに

 寛容な社会ではございません。

 時代錯誤だのなんだの仰られても構いませんわ。

 ですが、これは親として譲ることはできません。

 とにかく。

 こちらの流儀を無視して、

 散々な事をして娘を浚っていかれたのですから、

 少しはこちらの気持、

 立場、

 体面などにも配慮をしていただきたいと思います。

 私、間違った事は申していない筈ですが?


「仰りたいことはわかります。アメリカでも同じ、階級が上がれば上がるほど個人同士の意志よりも家のつり合いなどが前面に出る事は良くある話です。ですが、些か…無粋ではありませんか?私達は保護の必要な未成年ではありません。」


 ―そうですわね。もちろん承知しています。

 私達も娘が好きになった相手と一緒になりたいと言う気持ちを、

 幾ら親の権限で無下に反対などできませんし、

 ましてや成人した娘の結婚をどうこうしようと

 言う気も座いません。


「安堵しました」


―でもまあ…そうは申しましても…例外もございますわね。

 …Mr田口の件は、

 主人の独断で由華里の意思は無視されましたけどね。


 凄まじい嫌な沈黙が互いの間に流れた。


―由華里は私の娘です。私が育てました。

 そしてまだ平野家の人間です。


 アーネストは華代が何度も「まだ、平野家の人間であり、由華里はウィルバートンの人間ではない」という言葉を使うのににブチ切れそうになったのをかろうじて抑え込み、穏やかな声で返す。


「つまり…何を仰りたいのですか?」


―娘に直接聞けば宜しいですわ。

 私はきっちり娘に淑女としての心得嗜みを

 叩き込んでありますので。

 大和撫子を甘く見ないでくださいまし。


 嫌な沈黙がまた流れた。


「わかりました。大体の…想像は着きます。いいでしょう。お義母様とのお約束…護りましょう。」


 大げさな安堵の声が受話器の向こうから聞こえてくる。


―男に二言はございませんわね?


「ウィルバートンの名に掛けて」


―信用致しますわ。


「ありがとうございます。」


―それでは…失礼いたします。

 ああ!そうそう!

 大和撫子の嗜みとして、

 パーティー等に出るのならばと

 由華里の持つ着物類をそちらに送りましたけど、

 足りておりますでしょうか?

 申していただけましたら、

 呉服屋に頼んで

 「ウィルバートン」の名前に恥じない物を

 幾らでも送ります。


「ありがとうございます。もう十分です。お義母様の御蔭で本日も助かりました。」

(大騒動になったが)


―ホホホホ。そうですか?では…またあとで。


 そう言うと華代は突然携帯電話を切った。

 瞬間、携帯電話を壁に叩きつけたい衝動を押え、深い一呼吸をしてアーネストは怒りを押えこんだ。

お母さんは実は激おこでした。

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