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第24話 インドネシアのガーディアン リリ・ムスファ

 アーネストは打ち合わせの後、VIPスイートルームに行くと既に由華里は就寝しているとクラリサ達が耳打ちする。


 相当疲れがでたのか、入浴後の着替えの最中からうとうとしていたという。ベットのそばに座り様子をみていたマギーが立ち上がり、腕を組むアーネストが何もしないよと両手を挙げるのを見て、2人は渋々一礼して下がった。


 大きな南国風のベットの端に眠る由華里は肩を少しだけ出して、横向きにすやすやと寝息を立てている。その寝姿に安堵しそっとキスをするが、くすぐったそうに笑うだけで起きもしない。


「由華里さん」


 そっと耳元に囁くがふふっと笑うだけで直ぐに寝息を立てる。


 まあ仕方ないか。今日は自分でも衝撃的で怒涛の一日だった。だが、朝起きたときのあの酷い不快が、今はこうして最高に幸福な気分で終われるとは…。


 本当にこの人とかかわった途端に自分の人生がこんな予測もつかない未知な世界へと大きくシフトしようとは思いもしなかった。

 だがそれは不快ではない。


 アーネストは微笑み由華里の肩にキスをする。くすぐったそうに由華里の口元が歪み、それに口づけしようとした


 瞬間。


 窓際に置かれたコーヒーテーブルの上の由華里の携帯電話がモーツアルトを奏でる。

 軽くキスをして身体を離すとその無粋ないつまでも振動する淡いピンクの携帯を取り上げた。

 同時に振動は止まる。

「お母さん」そう日本語で画面に文字が緑色に浮かぶ。不意にあの華代が浅葱色の着物の袖で口元を隠しながら笑っている姿が浮かんだ。


 成程。まだゲームは終わっていないという事か。

 やはりあの母親が最大の敵になるというわけだな。


 アーネストは携帯の振動を切るとドアを開けて隣室に待機していたクラリサに手渡した。


「由華里さんの安眠に差し障る。明日の朝、元に戻しておくように。それと医者を。少し発熱している」


 クラリサは一礼し携帯電話を受けとり、急いで携帯電話を取り出しコンシェルジュに医者を要請した。すぐさまアニカがガウンを羽織ったまま走ってきた。


「アーネスト様、由華里様の具合が悪いと聞きましたが?」

「ああ、疲れが出たのだろう。それと足の腫れがぶり返している」


 アニカは手早く由華里のそばによりざっと容体を見た。


「確かに。医者は?」

「すぐに参ります」


 氷枕と着替えの寝間着やタオル等を持ったクラリサがてきぱきと準備をしながら言う。医者はその言葉通りに直ぐにくると診察をして、疲れと足の腫れによる発熱であると診断した。

 数本のアンプルを打ち、足首の捻挫等に対処をして下がった。寝汗をクラリサがこまめに拭いていく。


「クラリサ、貴女も今日は1日大変だったから、明日の為に休みなさい。明日は到着した着物の選別から着付け等忙しいから。今夜は私がつきます。アーネスト様もお休みください」


「君もそうだろうが?由華里さんには先ほどの看護師がつく」

「ですが、身元の知れない者など由華里様につけられません」


 きっぱりと言うアニカにアーネストは苦笑した。


「では私がつく」

「ですが」

「目の下にクマがついている」


 アーネストの指摘にアニカは「まあ!」と慌てて瞼を覆い苦笑した。


「今日は激動の一日でしたから。どんなプロジェクトよりも」

「ハハハハ。そうだな。明日から更に忙しくなる。君はそちらを優先したまえ。彼女には私が一緒に横につく」


「ですがそれではアーネスト様がお休みになれません」

「看護師、それとジャカルタ支店のリリが来る。」


 ドアが軽くノックされ、緑のフードを巻き付けた浅黒い肌の初老の女性が現れ一礼した。アニカは顔をほころばせ、彼女と抱擁の挨拶を交わした。


「まあ!まあ!リリ!お久しぶり!引退してインドネシアに居たの?そういえば貴女はインドネシア出身だったわね?」


「お久しぶりです、アニカ。貴方のボディーガード引退後、国に戻りウィルバートンイン・ドネシア支店で事務員として働いています。

 表向きには」


 まあ!とアニカはおかしそうに笑い、その優秀なボディーガードを抱きしめた。


「リリがついてくれるなら安心だわ」

「もちろんです。アーネスト様の花嫁を全身全霊でお守りいたします。私があと20歳若ければ、どこぞの馬の骨の若造等にアーネスト様の花嫁を委ねるど屈辱はおいませんでしたが…寄る年波には勝てません。

 このインドネシア内でありましたら、私の力の及ぶ限り由華里様の安全は確証させていただきます」

「ええ、ええ、リリなら安心だわ」


 ほっとした途端に気が緩んだのか、アニカは涙をこぼして嫌だわと苦笑した。リリはアニカを抱きしめ返した。


「大丈夫。トウキョウでの事は報告を受けております。タカダみたいなヘマは私は致しません」

「まあ!タカダもボディーガードは一級なのよ?」

「存じてますよ。ですが、彼は所詮男ですからね。それよりアーネスト様」

 くるりとリリは再会を喜ぶ二人を傍観しているアームチェアーに座るアーネストに振り返ってきっぱりと言う。


「由華里様専属ボディーガード候補者に関しまして諌言を」

 アーネストは苦笑した。

「聞こう」


「恐れ入ります。私は「彼」は反対です」

「ストレートだな。「男」だからか?」

「違います。「直観」です。彼はアーネスト様と真逆。水と油。太陽と月。交わることの無い光と闇。不吉のベビーフェイスの死神は春の女神には不要です」


 アーネストは静かに微笑んだ。


「だが「彼」しかいない」

「ですが」

「リリ、この件は…既にガハが請け負った」


 リリの黒い瞳が大きく見開いた。


「ガハが?」

「そうだ」


「…わかりました。でしたら何も申しません。ありがとうございますアーネスト様。それで合点がいきました。何故あんな男と花嫁のボディーガードにするなど。ガハが動いたのなら…私は先程の進言を取り下げさせていただきます。

 私…リリ・ムスファは命の限りに全力でこのインドネシア内では由華里様に誰も触れさすことは致しません」

 そしてくすっと笑う。


「ですので、アーネスト様にまではお力及びませんがよろしいですか?」

「無論。リリ、」

「はい」

「トウキョウの二の舞はするな」


 リリは恭しく膝をつくと頭を垂れた。

「御意」

 そして顔を上げるときっぱりと言い放った。

「では、アーネスト様はご退出を」

 ぽかんとするアーネストにリリは立ち上がり、指を鳴らして残忍な笑みを浮かべる。


「お二人はまだ婚約の段階と聞き及んでいます。ここはインドネシア。この国の流儀に従っていただきます。由華里様の名誉のためにも…婚姻が済むまでは由華里様には何人たりとも指一本触れさせません!」


 リリの剣幕に、あらあらとアニカ達は苦笑を見かわした。

 アーネストは大笑いし、今夜は退散しようを言い残してアニカ達と共に部屋を出た。

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