第23話 女神対策を話し合う
「さて、私が目を離した数分間に何が起こったのか説明していただきましょうか?」
VIPフロアに戻り、共有スペースのリビングフロアで、ドレスから普段着に着替えさせられた由華里が、しゅんとしたようにアーネストの前に項垂れていた。
パーティー会場を後にし、部屋に戻ると待ち構えていたマギーとクラリサがリスト化し廃棄した下心満載の贈り物一覧をアーネストに渡した。それを一瞥し、不愉快そうにテーブルに叩きつけた30分後の事だった。
「なんで怒るのよ」
「怒っていません」
「仁王立ちしている」
アーネストは由華里の横に座り直した。キャスーンが「まあまあ」と驚き、アニカ達が笑いを堪えているのをの端で睨む。
「で?何があったのですか?今後もあのような事が起きては困ります。原因を突き止めない限り、明日以降のパーティー等の出席も同じことが起こり得る。しかも私が会場から席を離したのは10分も無いと思いますが?」
由華里は甘い香りのハイビスカスティーを口にしながら、はて?と首をかしげる。
「私もわからないわ。木暮がいなくなり、周囲の人達が次第に傍にきて話しかけてきたので、普通に会話をしていたら、急に男性達に囲まれたのよ…。南国だからみなさん情熱的なのかしら?」
違います!と、由華里以外の全員が否定した。
「アーネスト、由華里の言うとおりに、本当にあっという間の事で、傍にいた私もアニカも気づいた時には囲まれて大変な事になっていたのよ。確かに、婚約済みや結婚済みの女性がパーティー会場等で、男性に囲まれることはたまにありますけど、それは大概なんて言うのかしら…こう…男性を引き寄せるタイプの女性でしょう?故意に媚びてとか意図的に誘うような…
でも、由華里に関してはそれはあり得ません。私が証言します。本当に由華里はにこやかにお話をしていたのよ」
「話題はなんですか?」
話題…と、女性3人はうーんと顔を見あわせた。
「確か…Mrsマダが婚約発表の時の衣装の話しを振って来て…」
「そうそう。着物の話しから民族衣装の話しになり、各国の皆さんが自国の民族衣装の話しになって…」
「誰かが私達、アニカと私のドレスをインドネシアの有名デザイナーのドレスだという話から、由華里のはデザインが違う話になったのよ。
アニカが5日前にオーダーして、デザイナーが超特急でデザインして作った話から…」
「そうですそうです。そうしましたら、誰かが自国のデザイナーにも頼んだドレスを着て欲しいとかからの話しから、我も我もとなっているうちに、Mrスタンレーが由華里様の手を取り甲にキスをして…
あれはなんでキスをしたのでしたっけ?」
怪訝な顔をするアニカに、キャスーンが嘆息した。
「由華里がにっこり笑ったら、とたんに膝まついて手を取りキスをしたのよ。わたくしも驚きました」
キャスーンの言葉に、アーネストとブレーンは、ああ!と呟いた。
「何?どういうこと?私が笑ったのがいけなかったの?」
「「「「違います」」」」
5人が同時に言い、そして心配そうな顔の由華里をアーネストが抱き寄せた。
「由華里様マジックですね」
「女神の微笑みでは魔王がそばにいなければ抑止力がないので不可抗力でしたね」
「ここまでの威力とは驚きました」
「くそ、私も傍で効力を観たかった!今後の検証にしたかったのに!」
銘々勝手な事を言って納得しあっている中で、由華里は何か失態したのかとおろおろする。
「大丈夫です。由華里さんの笑顔が魅力的過ぎたという話ですから」
「え?私笑い方が下手なのかしら??」
顔に手を当てて驚愕する由華里に、全員が再び「違う」とおかしそうに笑いながら否定する。
「由華里様は認識されていませんが、由華里様の笑顔、オーラははかなり人を引き付ける威力があるのですよ。東京のパーティーでも同じような事がありましたでしょう?」
由華里は怪訝な顔で首をかしげる。
「景色のいいバーへのお誘いですよ」
「ああ!!木暮が怒ったやつね」
ぽん!と手を打って納得する由華里に、「まあまあ」とキャスーンが、ジロリを睨むアーネストの目線も気にせず、楽しそうに顔を綻ばせた。
「特に今日はアーネスト様への愛の為にかなり頑張っておられたので、余計オーラ―の放出量が多かったのでしょう」
「確かに、アーネスト様への愛の為に失敗してはいけないとかなり気を張られていたし」
「そうそうアーネスト様への愛の為に」
「もう!!!みんなで愛愛言わないでしょ!!恥ずかしいでしょう!!」
あはははと一同は笑い、由華里ははたと真顔になりアニカを見た。
「そういえば、あの時いただいた沢山の名刺はどうしたの?アニカ?後で返してくれると言っていたけど?」
「必要なデーターだけ取り、全部捨てました」
まあ!と憤慨する由華里に、アニカは涼やかな顔で言う。
「今の由華里様には必要ございませんよね?」
ぐうの音も出ない由華里に一同がくすくす笑う。
「原因は把握しが、対処はどうすべきか?だな。由華里さんに笑顔を振りまくなとは言えないだろうが」
「それはもうアーネスト様に常についていただければいいかと」
「そうね、アーネストがケルベロスのように由華里を守ればいいのよ」
「叔母様…そこはせめて騎士のようにと言っていただきたいですね」
「まあ!」
あはははとおかしそうにキャスーンは笑い、一同も笑う。
「由華里、今日は慣れな事続きで疲れたでしょうから、もうお休みなさいな。目の下にクマができていますよ」
キャスーンの指摘に由華里は素直に言葉に甘えることにした。確かに疲れがピークだ。
「明日の予定は?」
「これから皆で話し合い、明日の朝にお知らせします。大丈夫、大使公邸でのガーデンパーティー以外は予定にいれていませんので」
由華里は頷き、休みなさいと皆に挨拶し、少し考え照れくさそうにアーネストにキスをして部屋に下がった。
由華里が部屋に行くと、その場の空気ががらりと変わる。
「では今後の対策を立てましょう」
アニカが一同を見回し、一同も頷く。
「急務なのは今夜の由華里様パニックの対処ですね。由華里様はアーネスト様への愛で全力で対応されている為、由華里様の疲弊が目に見えていますわ。早々に倒れられます」
アニカの指摘にアーネストも同意する。
「…ここの国の社交界で地ならしをしていこうかと思ったが性急すぎたか?」
いいえとウィルが首を振る。
「それは問題はないかと思いますが、周囲の対応が追いつきません。反応が広範囲過ぎて対処不能です」
「明日のパーティーで結論を出そう。このままで行くか、それとも…不本意だが隔離するか」
「それは由華里様が嫌がりますでしょう。元々父親の泰蔵氏の隔離が嫌で家出したのですから」
「確かにあの父親と同じことをするのは不本意だが、由華里さんが疲弊して倒れるよりましだ。
デニス、例の件を急げ。ウィルもだ。ニック、ステイツの方はどうなっている?
アニカ、オ―ソンとマキ―ソン夫人は?」
「例の件は既に90%まで進んでいます。明日のパーティーが終了するまでには結果を出せます」
「OK」
「書類の方はお二人が帰国する時には既に本社の方に準備が整う方向で進んでいます。現在75%」
「OK」
「同じく平行進行していますので、こちらは少し遅れて60%ですが問題ありません」
「OK」
「オ―ソンは問題ありません。由華里様との婚約をかなり喜んでいて既に勇み足的に…その…子供部屋までリフォーム手配をしたので止めておきました」
一同は爆笑した。
「ですが、マキ―ソン夫人サイドには少し抵抗が出ているようです。が、問題はないとのオーソンの見解です。既にお屋敷のリフォームはスタッフの整理を含めて動き出しています。」
「OK。ほかには?」
「日本支社から華代様から由華里様宛に多数の着物と小物類が届けられたそうです。明日の朝にはこのホテルに到着する予定です。日本支社のMissカンナギが持参します。彼女は1級着付け資格も保持しているそうなので、明日から由華里様の着物等に関するサポートに入ります」
「着物?お義母様からか?」
「はい」
ウィルはリストのデーターを渡した。かなりの数の着物と小物類が、婚約発表の時刻とほぼ同時に日本支社に配送手配がなされている。理由はパーティー等で着物を着る事も必要であろうからと言うことが添えられた手紙に記されていた。
「流石だな。あの時既にお義母様はこうなる事を見越して動いていたという事か」
「存外、泰蔵氏より華代様の方が食わせ物かもしれませんね」
「世の中意外とそういうものじゃない?なんでしたっけ?日本の言葉で」
「内助の功か?少し違う気がするがそんなところだろう。泰蔵氏の出世もあのお義母様あってのあの地位だろう。問題は、それに泰蔵氏が気付いているかどうかだな?」
「気づいていないのでは?あの楽園の住人の男性達は未だに化石時代の思考者が多いですからね」
「化石でも世界経済に安定して喰らいつているのだから馬鹿にはできないんじゃないか?」
「バカにはしていないけど、好きではないわ。由華里様には申し訳ないけど」
「「「それには同意だ」」」
同時に言う3人にアーネストは声を挙げて笑った。
「ではありがたく明日、使わせていただきましょう」
「明日のパーティーは振袖ね!知ってる?振袖は未婚の女性しか着れないのよ?派手で素敵だけど」
「「「「知ってるよ」」」」
一同はどっと笑い、そして解散となった。




