第22話 由華里の幸運の女神の微笑みの威力
インドネシアの民族衣装を元にデザインされた華やかなドレスを身にまとった女性3人を真ん中に、総勢1000名を集めた(結果的に人数が増えたらしい)壮麗で巨大なバンケットホールに足を踏み入れたアーネスト達を、主催のマティ夫妻をはじめとする一族が賑々しく出迎えた。
壮麗な音楽が鳴り響き、花びらが舞いふり、まるで王族か何かの婚約祝いのように盛大に二人の婚約を祝した。
由華里は想像だにしていなかった演出にぽかんとし、大きな目をさらに見開いてぽかんとしている。
「由華里さん」
囁くアーネストの声に、由華里はしゃんと背を伸ばしてニコリと笑う。いい笑顔だ。アーネストは満足げに頷く。
「あの…気のせいかしら?なんだか凄いことになっているみたいだけど?レセプションパーティーじゃないの?」
「レセプションパーティーだったはずなのですがね。どうも我々を祝福してくれる気持ちの方が、勝ってしまったようですね」
「なんだかお花まで舞っているけど…大丈夫?結婚式みたい」
「予行演習と思えばいいのですよ。ご厚意はありがたく受けましょう」
緊張を笑顔の下に押し隠して、由華里は最大限の笑みをアーネストに向け、二人は盛大な拍手の中を会場にゆっくりと入る。
主催者夫妻はふくよかな笑みを浮かべるながら、二人に祝福の言葉を述べつつ、笑みの向こうで眼光鋭く由華里を値踏みしている。
それはよくある事であり当たり前の事であるが、アーネストは不愉快だという気持ちを一瞬の一瞥に含ませると、主催者夫妻は慌ててありとあらゆる賛辞と祝いの言葉を述べだした。
続いてインドネシア在住の各国上流階級の華やかな人々が笑みを称え、続々と二人に祝辞を述べていく。我々が主役ではないという暗黙の態度を示していたので、簡単に彼らから解放されにやにや笑っているアメリカ大使夫妻の方に向かった。
「今朝の報道に仰天したよ。おめでとうアーネスト。Missユカリ・ヒラノ」
「私たち自身も驚いているよ。久しぶり、チャールズ、マリアンヌ。元気そうでなによりだ」
アメリカ大使夫妻と軽く抱擁を交わし、由華里を紹介する。マリアンヌの目が興味津々で由華里を見降ろし、さりげなく腕をとって傍に引き寄せた。
「うふふふ。私達が一番最初に、アーネストを撃ち落とした美しい狙撃手に会えるというので、エレノア達に羨ましがられているのよ。ポール、写真を撮って。直ぐにエレノア達に拡散するから」
秘書のポールがモバイルで写真を撮っていく。それを次々に送信していくと、その反応に嬉々とした顔でおかしそうに笑いだす。
「エレノア…エレノア・ラスマス夫人の事ですか?」
「そうよ。由華里‥でいいわよね?アーネストの妻なら私達とも友達ですもの」
「まだ妻ではありません。今朝婚約したばかりです、マリアンヌ」
「あら、まあ。ホホホホ。そんなの時間の問題だから問題ないわ」
意味深な笑みを浮かべてマリアンヌはほくそ笑んだ。穏やかなチャールズよりもマリアンヌの方が昔からしたたかで、目端が利くどころか感も良くしかも情報通であるのは否めない。どうやら秘密裏に動いていることがバレているようだ。
アーネストは内緒ですというように軽く唇に指をあてると、ちらりと由華里を見たマリアンヌはもちろんよと頷く。楽しそうに。やれやれ、娯楽に飢えているマダム達は由華里にターゲットを絞ったようだ。
「お手柔かに」
そういうアーネストに、マリアンヌとチャールズは目を見張り、そして楽しそうに笑いだした。
華やかに飾り立てられた壇上で本来の企業創設レセプションーの挨拶が繰り広げられていく。主賓達が次々に壇上に上がり喝采を浴びながら挨拶をしていく。たが、その都度こちらにマリアンヌが由華里に囁くように言う。
「由華里、簡単に教えておくわ。マティ夫妻はインドネシアの重鎮一族に連なる財閥夫妻なの。今回、そのグループの一部が、今回アメリカ資本と技術をバックに事業を押し立てることになったのよ。その資本がウィルバートン・グループの子会社。
アーネストからはかなり離れた位置での事業だけど、今回はたまたまアーネストが、バカンスでインドネシアに来るというので、招待され参加することにはなっていたの。ここまでは聞いているかしら?」
「アニカ達から、簡単には聞いています」
「OK。ただ、制約でアーネストが出席することは表立たせないという事にはなっていたのよ」
「バカンスにきたのであり、仕事できたのではないのでね」
そういうアーネストに、チャールズがおかしそうに笑う。
「ハハハハ。本来ならそうもいかんだろうが…
まあ…
(と、ちらりと由華里に同意を求める視線を向け笑わせた)
我が国の魔王は傲慢だから致し方が無い。致し方ないが、今朝の二人の婚約発表で事態は一変したというわけだ。
マティ・グループとしては一国の財閥の企業立ち上げより大きな話題の二人の婚約祝いの席としたかったようだが、魔王が却下した。
本来はあの壇上に二人で上がる予定だったが、最後に簡単に二人の婚約を祝う祝辞が述べられるだけになったので安心していい。それさえ済めば、あとはパーティーを楽しむといいよ、由華里」
「チャールズ、魔王、魔王と、由華里さんが聞かれたら誤解をされますからやめて欲しいわ」
あら?と由華里はおかしそうに笑った。
「木暮が魔王なのは先刻承知だから問題ないわよ?」
「誰が魔王ですか?でしたら、貴女は魔王の妻の魔女ですか?」
「「「魔女?」」」
由華里とチャールズとマリアンヌが同時に声をあげ、そして同時にげらげら笑いだした。
「ああおかしい。こんなに楽しいのは久しぶりだわ。アーネスト、私達を笑わすのはもうやめて。ホラ、みんながこちらを見ているから。そろそろ貴方達の話題にいくみたいよ」
壇上の司会者はウィルと何か話していて、何度かもめた様子があったが、最後には司会者が折れたようで一瞬肩を落としてから顔をあげた。
途端に、会場中のモニターに、広報で流した婚約発表用の梅の前で撮影された写真がでかでかと映し出され、スポットライトがアーネスト達のところに充てられた。
マリアンヌは由華里をさりげなくアーネストに渡し、少しだけ後ろに下がる。アーネストは盛大な拍手と祝辞を受けながら、由華里を傍に抱き寄せて、由華里と一緒に軽く会釈をする。そして余興は終わりだというように手を軽く掲げると、スポットライトは消された。
「貴方のブレーンは相変わらず仕事が早い事」
そうつぶやくマリアンヌにアーネストは当然と笑みを浮かべる。
「でも…これから…どうかしら?」
「何のことです?」
「あらまあ。怖い事、貴方に企みなど全部その掌で握りつぶされてしまいますからね。私はそんな暇じゃないわ。ああ…明日のティーパーティーだけど、人数が増えたのでガーデンパーティーに切り替えましたから。そのつもりでいらして」
ガーデンパーティーと目を見開く由華里に、マリアンヌは頷く。
「正式な婚約披露はNYに戻ってからと聞いていたから、小さくしたかったのですけどね…。今夜のパーティーも500人が700人になって、来てみたらどうも1,000人は超えているみたいだから…明日も同じような事が起こることはあり得るわね。この国では、招待客が招待されていない同伴者を伴うのは良くある話だから…」
少しも困っていない様子でマリアンヌは楽しそうに言う。
「明日のティーパーティーの話しですか?」
早速周囲に群がりだした人々が話に加わりだした。由華里はにこやかに微笑み、そうですとマリアンヌと共に頷いた。二人は次々と祝辞を受けながら和やかにパーティーは進んでいった。
だが、デニスが会場外から戻って来てから様子が変化した。アニカ達と何か話した彼らは、男性と女性に分かれて話しているアーネストの元に集まった。
「アーネスト様、部屋に…その…由華里様宛のプレゼントが届きだしたそうなのですが…」
「婚約祝いのではないのか?ならば問題はないだろう?」
「いや…その…確かにお二人の婚約祝いもかなり届いておりますが…その…マギー達が激怒してダスターを用意しているとの事で」
「はっきり言え」
デニス達は少し深呼吸し、アーネストをさりげなくテラスに出て欲しいとデニス、ニック、ウィルと共に移動した。嫌な予感に仁王立ちに腕を組むアーネストに、デニスが心底言いにくそうに報告する。
「写真で見ていただいた方が早いかと」
デニスの差し出す写真には、憤怒のマギーとクラリサが今にも引きちぎらんばかりの箱を抱え、夥しい数の、宝石、ドレス、そして色とりどりの花々が由華里の部屋中にひしめいていた。
引き裂こうとしたのを止めた気配のある、くしゃくしゃのカードには、甘い愛の言葉や賛辞の言葉が書き記されていた。
アーネストは目を細め冷ややかに言う。
「破棄しろ。由華里さんの目に触れさすな」
南国の空気が一気に北極圏の気温まで下がる冷ややかなアーネストの声に、デニスは即座にマギー達に破棄の指示を出す。電話の向こうで「yes!」と叫んでいる二人の嬉々とした声が聞こえてきた。
「これはどういうことだ?誰が送っている?嫌がらせか?」
この私にか!!
アーネストが凄まじい怒気で冷たく笑う。デニス達はぞっとして嫌な汗をぬぐった。
「いえ。嫌がらせではなく…その…単なる…ラ…ラブレターの類かと」
「ラブレター?この国では婚約者のいる女性に積極的にアプローチする習慣等ないはずだが?それとも、ウィルバートンの広報は、この国での仕事を、怠ったのか?」
「いいえ!間違いなくありとあらゆるメディアを使い、お二人の婚約報道は周知されています」
普段狼狽えた姿など滅多に見せないウィルが狼狽えて慌てて否定し、デニスも慌てて擁護する。
「アーネスト様、ウィルを庇うわけではありませんが、その広報の効果で本日のパーティーの出席者が上がっているのです。ですから、ウィルの手配に間違いはないかとおもいます」
「だが、先ほどのふざけた光景は一体何なのだ?」
それはその~~と、口ごもる3人のインカムにアニカの悲鳴が炸裂した。
-なにやっているのみんな!!どこにいるの!!早く来て!由華里様が大変な事に!!!
狼狽えた姿など見せたことのないアニカの悲鳴近い叫びに、4人は何事かとテラスから会場に戻った。そこには、大勢の男性達に囲まれて当惑している由華里と守るように立ちはだかるキャスーン。
彼らを捌くアニカと、それを遠巻きに驚きの顔で見ているリチャード達の姿があった。
「ウィル、デニス、ニック」
冷ややかなアーネストの声とほぼ同時に3人は動き、由華里の周りの男共を薙ぎ払うように突き進んだ。由華里がほっとしたように微笑み、次いでアーネストに気づいて満面の笑みでアーネストに手を挙げた。
「木暮!」
瞬間、その場から音が着せたように静寂が広がり、会場中の視線がアーネストに注がれる。彼は周囲をにこやかな笑みと共に一瞥し、一歩足を進めた。
一斉に蜘蛛の子を散らすように取り巻いていた男性達が逃げ出したが、数名がにこやかな笑みを称えながら、悠然とアーネストの前に進んできた。なんて無謀なと青ざめる人々を尻目に、さらにジロリとアーネストが不快な眼差しを向けても怯まない。つまり彼らははアーネストに対峙できるだけの財力、家柄や地位がある若造なのだろう。
ほほう。
由華里の手前、憤怒を抑え込んだアーネストに彼ら会釈し挨拶をする。某国の王族傍系の青年だの、某有名財閥系の子息だのなんだのかんだの。知り合いの息子もいる。
マティ夫妻の甥っ子もいる。青ざめた一団の中にいるマティ夫妻が慌てふためいて側近に甥っ子を引き戻せと指示をだしている。だが、甥っ子はそんな伯父夫妻の動向など位に買いなさないようだ。
よかろう。
アーネストは不敵な笑みを浮かべ、アニカ達はあちゃーと嘆息して後ろに下がった。生贄に自ら向かった青年達は、意気揚々正々堂々をした態度で、アーネストを握手を交わしてから婚約のお祝いを言い、そして予想通りに、遠巻きに今回の婚約の経緯が早すぎて唐突であるような事を言い出した。
「Miss平野はまだ我々の社会の事をよく理解ではないようです」
「もう少しお時間かけてもいいのでは?」
「Mrウィルバートンには彼女のようなタイプではなくお似合いの方が沢山いると思います」
何がいいたいんだこいつらは?という言葉をパーティー会場であるので飲み込みながら、アーネストはすっと息を吸い、にこりと笑みを浮かべた。
「君達は私達の婚約に異議を唱えたいというのかね?」
凄まじい怒気を一瞬った瞬間、彼らは畏怖に後ろににじり下がった。
「アーネスト様…」
まずいと予測したニックがアーネストを軽く諫めようとするが、アーネストは無視した。
冗談じゃない!
婚約したその日にこんな愚問を向けてくる者達など徹底的にたたき伏せなければならない。
アーネストの深まる怒気に気おされ、青年達は青ざめ震え助けを求めるように周囲を見回したが、周囲の者達は巻き込まれるのを恐れて視線を外した。彼らはそのまま更に震えながら後ろに下がる。
そうだ下がれ。これ以上私にその不快な顔を見せるな。
アーネストの怒気がさらに強まろうとした時に、ふわりと甘い花の香りが腕の当たりに絡みついた。
「木暮、凄い怖い顔よ。どうしたの?」
その気が抜ける能天気な声に、アーネストは気が削がれてしまった。彼の視線が逸れたことで、バカな青年達は這う這うの体で逃げて行った。
「何かあったかはこちらが聞きたいです!が…とりあえず…」
ふう!と、アーネストは軽く深呼吸するとニコリを微笑み、ギロリとマティ夫妻に目を向けた。二人は慌てて警護の者達に合図をして、逃げていく男性達をふん捕まえてどこかに連れて行く。
会場は何事もなかったかのように華やかな笑いに戻った。




