第21話 新しいスタート
飛行機は定刻に国際空港にオンタイムで着き、ひしめくマスコミを避けて一行はVIP専用出入口から横づけされたロールスロイスに乗り込んでホテルに向かった。
市内で最上級ホテルの最上階に位置するスイートとそのフロアにある全室が貸し切りとなり、銘々が部屋に向かい軽く身支度を整えてくると、一番景色のいいメインリビングに全員集合し、のんびりとお茶をしながら予定の最終打ち合わせをする。
それが終わると、アニカとキャスーンと共に既に大量のドレスや靴や宝飾品が並べ立てられている部屋に、へとへとの顔の由華里を引きづっていった。
由華里はそのままキャスーン達と共に、今夜のパーティーの為のエステから準備に入り、別行動になるとデニスが説明していく。
遠くの方から、意外と元気な声の由華里の抵抗しているらしい、ぎゃーぎゃーの声を聞こえていきたので心配はなさそうだとアーネストは自分達の準備に取り掛かった。
デニス達は次々と婚約に関して入ってくる連絡を仕分けていたが、一本のメールに顔をしかめた。
「アーネスト様、Mr平野から謝罪のメールとお電話で直接謝罪をしたいとの連絡が入っていますが」
謝罪?なんのことだとアーネストは訝しがりながらも、直ぐに受けると指示を出した。
由華里の父親なのだから自分には義父にあたる。
彼にはきちんと由華里の事は任せてもらうと言質をとっているが、今更なにかあるのだろうか?それともあの母親の華代が何か仕掛けてきたのだろうか?
色々逡巡しながら、デニスが継いだ電話を受け取り、アーネストはいつものビジネスライクの声に少しは機嫌の良さを上乗せして出た。
だが、開口一番、平野泰蔵は「この度は不束な娘が大変失礼な事をしでかして申し訳ない」と謝罪の一点張りを繰り返しだした。
意味が解らない。それとも何か?私達の婚約にこの男は異を唱えるつもりか?
急速に不機嫌になる気持ちを由華里の顔が不意によぎり、彼は嘆息すると抑えこんだ。由華里の為に。そして、突然の娘の婚約で混乱しているのだろうと判断し、ありきたりの回答を返して電話を切った。
「如何しましたか?」
考え込むアーネストを周囲が心配そうに見るが、なんでもないと彼は一同を下がらせた。
そうなんでもない。
単に娘の突然の婚約に狼狽えている父親なのだろう。
よくあることだと、アーネストは切り捨ててシャワールームへ向かった。
パーティー開始時刻の30分前に煌びやかでエキゾチックなインドネシアの民族衣装風ドレスを纏ったアニカとキャスーンに伴われ、同じくインドネシアの光沢と張りのあるシルクドレスを着た由華里が現れた。
キャスーン達の極彩色のドレスと真逆の淡い桜色に合わせたふんわりとしたデザインのドレスは由華里にとてもよく似合っていた。高く優雅に結い上げられた黒髪には、花を模した小さな真珠のピンはが花びらを散らしたように上品に輝いている。
アニカとキャスーンは満足気に由華里をアーネストの前に出し、得意げに胸を張った。
「どうかしら?アーネスト。このまま結婚式を挙げれそうなくらいに素敵に仕上げてみたわ」
少しはにかんだ様に見上げる由華里の姿に、アーネストはなんだか理性が切れそうな気がしたが、ぐっと抑え込んでにこやかに微笑み由華里を抱きしめた。
危ない危ない。
「本当ですね。素敵ですよ由華里さん。パーティーには出ずに式を挙げてしまいましょうか」
「まあ!ちゃんと婚約式も挙げていないのに。ダメよ。ちゃんと手順は踏まないと、お母さんにまたネチネチ怒られてしまうわ」
・・・やはりあの母親が障壁か。
アーネストは腹のうちで苦々しく華代に悪態をつきながらも、そんなことはおくびにも出さずにおかしそうに笑う。
「ですが…やはり少しお疲れのようですね?大丈夫ですか?」
旅の疲れに怒涛の展開についていけない顔で、ふうと疲れたため息をつく由華里を、心配そうにアーネストは見ると、由華里は「大丈夫」と微笑む。
二人は軽く笑いあう。
「時間です」
と、デニスが告げ、扉が開けられる。由華里はすうっと胸に手をあて深呼吸すると、きゅっ!と姿勢を正し、にこやかな笑みを浮かべてアーネストの差し出す腕に手を添えた。
その姿は先程まで疲弊していた姿は微塵もなく、アーネストの横に立つに相応しい品格のオーラを出していた。
「流石!由華里様」
「まあまあ!驚いたわ!」
キャスーンはいきなりのデビューともいえるパーティー出席に、由華里がどうこなせるのかどうか心配していたようだが、「心配は危惧だった」と嬉しそうに微笑んだ。
会場入りするまでの南国の庭園が見渡せる長い大理石の廊下を歩きながら、アーネストは由華里に囁くように言う。
「ご挨拶程度で下がる予定ですが、無理はなさならいでくださいね」
「ありがとう…このパーティーの格にもくらくらするけど、一番はみんなのスピードについていけないことなの。だって、夕べはみんな私の何倍も強いお酒を飲んでいて、長時間飛行機移動していて、しかも仮眠もそこそこに仕事もしていて…
なのに、何故みんなこんなに元気なの???」
アーネストはげっそりする由華里を抱き寄せ軽く背中を叩いた。
「我々はいつもこんな感じで時間配分して行動していますが…まあ…今回は事前に決まっていた事に私達の婚約事案を無理やり詰め込んだので忙しい感じではありますね。明日のパーティーの後はゆっくりと過ごせますから安心してください」
「パーティーはなんとかこなせるとは思うのだけど…それより…機内でニックとウィルが説明してくれた今後のスケジュールを考えると、私は本当に木暮の婚約者に相応しいレベルになれるかどうか不安なの」
「ハハハハ。私のほうこそ由華里さんの婚約者として相応しいかわかりませんよ」
由華里はおかしそうに笑いだした。
「もお!そこは逆でしょ?」
「私の婚約者の事を誰に文句を言われる筋合い等はありませんので、由華里さんが不安に思うことはありません」
「木暮はそうだろうけど…私的には…少し…自信が無いの」
「急にどうしました?今朝の威勢はどうしたんですか?」
茶かすアーネストに、もお!と、由華里は軽く肘でつつくと二人で笑いあう。重厚な赤いカーペットの上をすべるように歩き、ちらりと庭の南国の花々を見回し由華里は呟く。
「そうね…今朝まで冬にいたのに、夜の今は夏にいるのに…なれないのだと思うわ…」
「ここには2週間は滞在します。夏には直ぐに慣れます」
「そしてまた冬に戻るのよね。しかももっと寒い冬」
「ウィルバートン邸は全館セントラルヒーティングで暖かいですよ」
「そういうことじゃないんだけど」
会場の中の熱気が伝わる入口前で二人は立ち止まり、アーネストは由華里を抱き寄せ軽くキスをして笑う。
大丈夫と。
そう、大丈夫。最大の難関であった、由華里にプロポーズを承諾させることはクリアできたのだから。これから先の問題など些細な事だ。
そう。
アーネスト達は念願の高い梢の先の花を手に入れたことで油断をしていた。
この後、華やかなパーティーで待ち受ける混乱を
誰もが想像だにしていなかった。
婚約後の第一関門スタートです




