表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/42

第19話 そして梢の花と共に海を渡る

 二人きりになった部屋で、由華里は茫然とアーネストを見上げた。


「こ…こんにちは…」


 まだ事態が飲み込めていない由華里は、茫然とアーネストを見上げる。

 彼も唖然と由華里を見下ろす。

 不意に由華里が嬉しそうに少しはにかんだ様に笑った。


「あの…忘れ物って…木暮の忘れ物だったの?」


 由華里が差し出すラリックのクリスタルの花瓶を見て、由華里を見て、そして突然アーネストは腹を抱えて爆笑しだした。

 笑って笑いすぎて涙が出るまで笑い続けるアーネストの姿に、由華里は憤慨しはじめた。


「花瓶を置いたら如何ですか?」


 と、アーネストは優しく言う。

 言われたままに由華里は1万ドルの花瓶をテーブルにそっと置いた。

 そして大丈夫かな?と何度も確認する姿に、全然今の事態を理解していないな?と更に愛おしさと苦笑が沸き上がる。


 抑えきれないほどに。


「ああ!もう!!!貴女と言う方は!折角、自由にしてさしあげたのに、こんな所まで来てしまうとは!」


 可笑しそうに言うアーネストの言葉に、由華里はブチ切れ真っすぐに顔を上げて噛みついてきた。


「来たんじゃないわ!連れてこられたのよ!!いきなり!誘拐みたいに!!今朝起きたらアニカが当たり前の様にあのマンションのリビングにいたのよ!合鍵持っていたなんてしらなかったわ!!

 大体!私が知らない内に、医者を呼んで私を診察したなんてどーー言う事!?私!そんな事OKしていないわよ!!

 おまけに時間がないからと!いきなりこんな服に着替えさせられて!しかもこんな花瓶を持たされて!車に叩き込まれて!

 気づいたら成田よ!?

 私、恵比寿のマンションにいたのよ!!!

 訳が分からないのはこっちの方よ!どうなってるの!?」


 キーキー怒り出す由華里を、アーネストが抱きしめると、いきなり優しく唇を重ねた。


 そうだ、彼女には色々と策略を重ねるよりも、こうした単純明快な行動の方が手っとり早い。


 それでよかったんだ。


 今まで側にいたことのないタイプだったので、色々考えすぎてしまったが為に余計な遠回りをしてしまった。なんだかバタバタもがいているが構うものか!


 急に由華里が大人しくなったのに気付き、彼は顔を離すと、茫然としている由華里を優しい目で見おろして苦笑した。


「今日はグーで殴らないんですね?」


 耳まで真っ赤になって、由華里はふて腐れた顔をした。

 おや?とアーネストは由華里の変化に気づいた。昨日と随分と態度が違う。


「殴るも何も…訳が分かんない…」


 そういう言葉にアーネストは確信した。


 なんだ、彼女もやっと自分の気持ちに気づいたという事かと、おかしくて嬉しくて笑いだしそうなのを抑え込んで、彼は強く由華里を抱きしめた。


 もう離すまいと。


「アニカが私の大切な忘れ物を届けてくれ、私は受け取りました。もう離しません」


 由華里はきょとんとして小首を傾げた。


「ラリックの花瓶の事?」


 やっぱりアホだ。アーネストは幸せに笑う。


「貴女です。由華里さん」


 呆れたように言うアーネストを、由華里はまじまじと見上げた。


「私?」

「そうです」

「なぜ?」


 アーネストは困った様に笑う。

 そしてヤレヤレとぼやくと、いきなり彼はひざまつき、由華里の手を取り、真っ直ぐに由華里の目を見上げた。真剣な瞳で。



「由華里さん。世界中で貴女だけを愛している。

 初めて出会った瞬間から貴女だけを愛し、貴女だけが欲しかった。

 だから貴女をずっと掴まえ離さずにいた。

 私達の生きてきた世界は全く違う。

 貴女が私の側にいるだけで…貴女は無数の者から命を狙われる事になるでしょう。

 

 ですが私が守ります!

 必ず貴女の事を全身全霊、私の全てを掛けて貴女を必ず守る!


 だから…私の生きる世界で、私と同じウイルバートンの名を名乗り、共に人生を歩んでほしい。


 永遠に。

 ずっと一緒に。


 由華里さん、私の妻になってください」


 由華里はぽかんとアーネストを見下ろした。


「は?」


「は?じゃありません。こういう時の返事は一つでしょう?」


「は?」


 アーネストは溜息を着いて立ち上がると、さっきアニカが投げた箱からビロードの箱を取り出し、そこから大粒のダイヤの着いた輝くプラチナの指輪を取り出し、由華里の左の薬指に填めた。


「凄い!あつらえたみたいにぴったりですね」


 由華里は指を広げて不思議そうに指輪を見る。

 顔を顰めたり、眉間に皺を寄せたり、変な顔の連続をして何か物凄く混乱しながら考えているようだがそんなのを待ってなどいられない!


 ぽかんとしだした由華里を抱きしめ、もう一度優しい長いキスをする。

 そして、まだポカンとしている顔の由華里の頬をパンパンと軽く叩いてアーネストは言う。


「私達の婚約成立です。振袖は着ていないけど、十分でしょう。由華里さん?聞いていますか?」


 しばし軽く叩かれた両頬を手で押さえながら、由華里は唖然とアーネストを見上げた。


「婚約?」

「そうです」

「誰と誰の?」


 アーネストは肩を竦め、確認させるように指をさして言う。


「私と、貴女のです。指輪、填めましたよ?」


 コツコツと指輪を叩くアーネストの行為で、由華里はやっと事態に気付いたようだ。

 いきなり由華里は、がっ!と左薬指の指輪を外そうとした。が!がっちりはまり込んで梃子でも外れない。


「外れないわ!!」

「当たり前です」


 見た瞬間に梃子でも外れそうになサイズだと直感した。だから気合を込めて嵌めたのだから。


「うそっ!冗談でしょ!?」


「冗談じゃないです。私はきちんとプロポーズをし、貴女はちゃんと指輪を受け取ったのですから、婚約成立です」


「木暮が勝手に填めたんじゃない!!」


 アーネストが呆れたように由華里を見ながら、必死で指輪を外そうとする由華里の手を止めさけた。


「何を子供みたいな事を言うんですか?私はちゃんと貴女にプロポーズをし、貴女はその了承で指輪を受け取った(問答無用で嵌めたともいうが)のです。まさかこんな所で婚約破棄しようなんて、バカな事考えていないでしょうね?」


 由華里は踵を返して、痛い足を引きずりながらドアに走りだした。


「ええっと!!ごめんなさい!!私…一端、帰るわ!それであのこの話は落ち着いてからまた!と、言う事で…」


「由華里さん!!」


 この状況でも逃げるのか!?貴女は!?

 アーネストは驚きよりも怒りよりも、爆笑したいのを押えて急いで由華里の腕を掴み、そしてその勢いで自分に引き寄せるとしっかりと抱きしめた。


 甘い花の香り。優しい香り。

 そうだこの香りは早咲きの優しい薔薇の香りだ。

 私の家の温室に咲くあの花の香りに似ている。

 私の大好きなあの花の香りだ。


 満開に咲き誇る…自分の腕の中で香る優しい花の香り。


 アーネストは幸せに強く抱きしめる。もう絶対に離さない。


 最初から離すつもりなど無かった。

 最初からずっと…貴女だけを愛していた。

 貴女だけを見ていた。

 貴女だけの事しか考えていなかった。


 貴女だけがいればいい。


 貴女だけが与えてくれる。

 遠い過去に置き去りにし、不要と切り捨てて来た暖かい感情。


 無条件に人を愛する愛おしむ気持ち。

 自分の命よりも愛する大切な者の存在のあることの喜び。


 側にいてくれるだけでいい。

 そばで笑っていて欲しい。


 怒って、喧嘩して、仲直りして、共に泣いて苦しんで…そして沢山の幸せの未来を2人で切り開いていく。


 そんなささやかな幸せの大切さを貴女だけが教えてくれる。

 貴女がけが無償で私に与えてくれる。教えてくれる。


 ここよと。

 大きく腕を広げて。

 その腕の先には満開の暖かな優しい光と花びらを宿して辺り一面に自分の心の中にまき散らす。


 黒い深淵の中に蹲っていた私を見つけて…明るい光の中に引っ張り上げてくれる。


 貴女だけが私の全てを愛してくれる。許してくれる。認めてくれる。受け入れてくれる。

 貴女だけを愛している。愛している。愛している。


 だから…もう逃げないで…離れないで。

 側にいて。

 ずっと永遠に…私が必ず護るから。


 必ずこの命に換えても貴女をどんな過酷な運命からも護るから…

 だから…ここにいて。


 由華里は笑う。

 そんな私の子供じみた願いをおかしそうに聞きながらも優しく笑う。

 そして誓う。


 死なないよ?と。


 ウィルバートンの呪いにもどんな運命にも負けない。

 死なない。

 貴方の側にずっといるからだから…


 離さないで。


 もう悲しい言葉でサヨナラを言わないで。

 行かないで。

 置いていかないで。

 一人にしないで…。

 ここに一人ぼっちにしないで。

 側にいて。


 この手を 離さないで。


 アーネストは溢れる感情を抑えきれずに由華里を抱きしめ誓う。


 離さない。もう二度と。逃げることも許さない。

 貴方は…私だけのものだから。


 やっと捕まえた、見つけた私の永遠の愛。


 壺を抱えた由華里をVIPルームに押しこんでから、結果はどうかと気を揉みながら待った1時間後、キャスーンとブレーン達は自分達の努力が報われたことを知り狂喜乱舞する。


 そして、ブレーン達はその仕事の成果を新しい婚約者達に披露する。


 既に出国手続きがなされている由華里のパスポートは、いつの間にかデニスが確保していて、ウィルバートン専用飛行機には既に由華里が搭乗することが登録されていて、2人の行く先はNYではなく南国の南の島で。


 そして


 ウィルが誇らしげにつけたモニターには、全世界のニュース機関が全世界同時速報で2人の電撃婚約を興奮して発表する。


 その見覚えのある満開の花びら舞う梅の木の前で笑い合う自分達の写真に由華里は大口開けて愕然とする。


「どういう事!?私はさっきプロポーズを受けたばかりなのに!こんな早い展開はあり得ない!!」

 と、今回は珍しく冴えた頭で由華里は激怒するが、既に全て時遅しだ。


 アーネストにブレーン達は今までの遠慮をあっさり脱ぎ捨て、何時ものビジネスライクで由華里を叩き込むように説き伏せる。


 もう逃がすものか!と。


 由華里はぐうの音も言えずに、もう逃げも隠れもできない事態に不安そうにアーネストを見上げてくる。


 大丈夫と微笑む彼に、やっと笑みを返す由華里。


 これで一件落着かと思った瞬間に、大切な娘が既に奪われていたことを知った華代が激怒して電話を掛けてくる。


 だが、難攻不落のトラップを乗り越えて娘を奪われた華代は既に潔く負けを認め、まだ足踏みしようとする娘の背中を押した。


 「2人でとっととどこにでも行ってしまいなさい」と。


 2人は手を携え満面の笑みを交わして出あった地から、次なる地へとステージへと向かう。


 たやすい道ではないと解っている。喜びよりも苦しみ悲しみが多い事も知っている。


 だけど大丈夫。

 2人の気持ちが今のままで有る限り。

 この愛が終わらない限り大丈夫。


 2人なら大丈夫。


 そう笑う由華里を抱きしめ抱き寄せ、アーネストは彼女を花嫁のように抱き上げて飛行機に乗る。その後をブレーン達とキャスーンが誇らしげに幸せに続く。


 そして2人は次の戦いの場へと赴いた。


 そこで

 運命の出会いを果たす為に…。

空港プロポーズから搭乗までの間のアーネスト視点です。

次は南の島で騒動を起こします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ