第16話 ジュゴンと由華里とブランデー
「大体ね!!木暮は最初から私を騙していたから話しがややこしくなったの!!」
田口崇史を叩きだした後、きちんと別れを告げて握手をしたはずなのに、全ての計画がおじゃんになったと愕然としたアニカ達が、マンションに戻ろうとした由華里も巻きこんで突然酒盛り大会をはじめてしまった。
なんだか自分以上に自暴自棄になった彼等は、まるでHotel中の酒を飲み尽くすかのようにボーイ達に酒を持って来させ浴びるように飲み続けた。
「あんなに準備を進めていたのに!」
「全部パーだ!」
「ウィルバートン始まって以来の大損失だ!!!」
アニカ達は嘆き喚きやけになりながら、亜然とする由華里に無理やりグラスを押しつける。
最初は抵抗していた由華里だが、なんだか彼女もヤケな感じになって苦手だと言うブランデーを一気にあおってしまった。
「ダメだ!!」
と、叫んだときには遅く、ぼひゃ~とした顔で由華里は口を尖らせて、いきなり指を突き付けてきて叫ぶ。
「何がサヨナラよ!!」
アニカ達はその由華里の酩酊ぶりに驚き顔を見合わせた。
「もしかして由華里様はブランデーに弱いのですか?」
アーネストの胸に指を突き立てながらふらふらする由華里を胸に抱き寄せ、頭を押しつけさせてアーネストは嘆息した。
「そうだ!一回グラスに少しでんぐでんに酔わせてしまったことがある。その後が大変だったんだ!なのにこんなに飲ませるなど!あとが大変だぞ!」
まあ!とアニカが目を丸くして非難の声を挙げる。
「まああああ!アーネスト様!見損ないましたわ!紳士だと思っていましたのに!何時の間に由華里様を酔わせて襲うなどしたんですか!」
じろりとアーネストはアニカを睨む。
「失言でした」
と、アニカはにやにや笑いながら肩を竦めてバーボンを飲みほした。アーネストは気まずく咳払いした。
「確かに偶然酔わせてしまった。偶然だ!彼女がこんなにブランデーに弱い等知らなかった」
確かにそんな情報は無かったと一同は頷く。
「だが由華里さんだぞ?酩酊させたくらいでそんな隙など造るほどのシーラカンスじゃないだろうが。大体迂闊にも「そんな事を」してみたまえ。彼女は恐らく一生私を許しはしないぞ」
さもあらんと一同は頷く。
「そうですわねえ。シーラカンスもシーラカンスですから、事実に気付いたら大激怒どころではないでしょうねえ?」
「下手するとウィルバートンを破壊しかねない程に暴れるかもしれませんよ」
「最終兵器か?」
「冗談じゃないですよアーネスト様!」
「そうです。古代生物や古代兵器を手に入れるのでしたら、ちゃんと古式ゆかしくセオリーを踏んで下さいアーネスト様!」
こいつら珍しく酔っ払っているなとアーネストは苦笑しグラスの酒を飲みほした。直ぐにデニスが新しいグラスを渡してくる。
やれやれ。
「古式ゆかしきセオリーと言うと…えーと…」
ごそごそとニックはパッドを取り出しデーターを出した。やはり珍しく全員酔っ払っているな?
「これだこれ、日本には結婚までのセオリーで「結納」と言うのがありますね」
「結納?」
一同は画面を覗きこんだ。途端にアニカは顔をしかめた。
「は?何これ?女性は持参金を相手に渡し、その領収に男性側は海産物を渡すの??海産物貰っても由華里様は喜ばないわよ?確か寿司でも貝系は苦手だと仰っていましたもの!」
さらに読み込んでニックは顔を顰めた。
「そういう海鮮ではなく、なんか呪術的な意味合いがあるらしいぞ、この海鮮は」
「呪術はなおさらお嫌いよ!」
ウィルがしたり顔で言う。
「呪術じゃないよ、よくある縁起物に言葉遊びで代替えした物だ」
「私は海鮮貰って結婚するのは嫌だわ!」
「アニカは嫌でも、日本の女性は好きなのかもしれない」
「まさか!!!だから由華里様は貝類は苦手なのよ!オイスターも苦手だと言っていたわ!」
「海鮮はどうでもいいよ。どのみち海鮮貰っても由華里様は首を立てにふらんだろ?」
「海鮮と言えば思いだしました」
今度はデニスがごそごぞパッドを操作する。
アーネストは酔っ払いずれる由華里を抱き寄せ直した。
グラスを抱えながら、ふにょふにょ何か訳のわからない言葉をつぶやいている。
由華里を抱き寄せたままデニスが差し出した画面を見た。
「平野邸で由華里様に初めてお会いした時、どこかでお会いした記憶があったので調べていましたらわかりました。昨年のB王国でのレセプションを覚えていますか?」
「ああ、海底ガス田開発等の件のか?」
「そうです。ドスディン社等が出し抜こうとしましたがアーネスト様に出ていただきうちの系列グループが入札しました」
「綺麗な島だったわね」
「ジュゴンだろ?」
「だから!ジュゴンはベトナムでしょうが!B国にはいないわよ!」
「だからその「ジュゴン」だよ?覚えているか?私がエレベーターホールで女性とぶつかりそうになって抱きとめたら、香水の匂いがどうのこうのみんなでぎゃーぎゃー言ったじゃないか」
一同はああと頷いた。
「マレーシアの恋人ね」
「違うよアニカ。東洋の真珠だ。その時、アーネスト様が趣味のいい香りだと褒めていらした」
よく覚えているなとアーネスト達はおかしそうに笑う。だが、ふと由華里の香りを嗅いでそうかと苦笑した。
「確かに似ているかもしれないな」
「似ているかもではなくて、由華里様でした」
「「「は!?」」」
全員が仰天してデニスの差し出した写真に身を乗りだし食い入るように見た。複数の会合写真の中に確かに数枚由華里が写っている。
「まああああ!なんて事!」
「M商事に勤務していたのですからあり得る話しです」
「こうなると意外と他でもすれ違っていたかもしれませんよ?アーネスト様」
「で?それがなんだと言うの?デニス?」
「実はこの時少し伝説的な女性の話しを聞いていたのです。B国は未だに呪術師とかをお告げとかが幅をきかせている国でしてね、その予言師だか誰かだかが
「彼女を妻に迎え得れば島の発展はますます望みのまま」
と、予言した女性がいたらしいのです。
王族関連の者達が彼女を獲得しようと画策したらしいのですが、同行していた父親が逃がしたとかなんとかかんとか」
まさか?とアニカ達は顔を見合す。
「それが由華里様?」
ビンゴ!とデニスは親指を立てた。
「まあああ!流石由華里様だわ!デニス!他でも伝説造っているかもしれないから調べてみてよ!」
「調べているさ」
「だからそれがなんだと言うのだ?つまり私より先に見染めた王族がいると言うことか?だから彼女は私を袖にすると言うことか?」
「違いますよアーネスト様。王族にも見染められる方だからアーネスト様の目に停まったのです。それだけ由華里様には魅力も才覚もおありだと言う事です。王族を袖にしたのはアーネスト様と出会う為だったのですよ」
馬鹿馬鹿しいとアーネストは日本産の50年物のウィスキーを煽った。
「だから何故それを海鮮で思いだすのだ?」
「あの国の海鮮料理は美味しかったので」
あはははと一同は笑う。
「確かに美味しかったわ。団扇エビが美味しかったわ。由華里様はエビ料理はお好きよ!」
「エビ料理でも首を立てには降らないだろうが?」
「そうだなあ…ダイヤでもドレスでも喜ばない由華里様なんだから、何がいいんだ?」
はて?と、4人は顔を顰める。
「地位も名誉も財産もいらない手合いだしな―」
「ウィルバートンと名前を聞いた時のあの物凄い嫌な顔みたか?」
「ええ…あそこまで露骨に嫌がらなくても…」
しゅんとブレーン達はうなだれる。
アーネストはおかしそうに笑いだした。腕の中で由華里がぐらぐら揺れるので、更に強く抱き寄せる。
「ハハハハハ。君達、なんだ?どんな手合いにも闘志を燃やし冷静沈着に全てを手中に収めた君達が、由華里さんの嫌な顔一つで意気消沈かね?彼女は私の顔を見るたびに嫌な顔だぞ?
ねえ?由華里さん?」
由華里は名前を呼ばれてアーネストを見上げ、にこりと笑う。まあいい笑顔だことと言いながら、アニカは嘆息した。
「ホント面倒くさい方ですわよねえ?少しでも欲があればそれを餌にできるのに」
「餌?餌にひっか掛るようなら苦労はしていない」
「ホントにどの餌もダメだったよな―」
「彼女は何が欲しいのだろうか?」
一同はアーネストを見る。彼は肩を竦めた。
「彼女に直接聞きたまえ」
田口襲撃事件の後の、田口を追い出した(成田空港に追いやり中東の飛行機に乗せたころ)後の酒盛りの様子①です。




