第12話 進められる計画
ウィルから連絡を受けたアニカは、部屋中に広げられた着物の中で熱心に選んでいる由華里の背中をみてほくそ笑んだ。
そして心の中で任せて頂戴!とガッツポーズを取る。
2時間後、U市の由華里の実家、平野家の純和風邸宅の前にアーネスト達が乗ロールスロイスは停車した。
その美しいたたずまいにウィル達は観光客気分ですっかり舞い上がり写メを取りまくた。
そんな彼等を無視して、さっさか門柱のベルを押すアーネストに、慌ててブレーン達がインターホンに出た女性に由華里への取り次ぎを申し出た。
エントランスに出迎えにでた老女は戸惑った顔で、つたない英語で奥へどうぞと誘った。
なかなか躾のいい使用人じゃないですかとウィルが囁く。アーネストは興味なさげに肩を竦めた。
平野邸は贅を尽くした感じではないが、随所にきめ細やかな細工等が施され、建材も最上級の耐久年数の高い質の良い物を使用している。日本建築には詳しくはないが、かなりの物であるとは判断できる。
ところどころに飾られる花瓶や絵皿に日本画。
それと各国の名品等が品よく混じり合い居心地のいい空間を醸し出している。
ウィル達は興奮して写真を取りまくっている。
全く…。
「観光客気分を装って資料を撮るのはいい加減にしたまえ。どうせ既にアニカが撮り終えている。」
それもそうかと3人は顔を見合わせ笑うと、居心地のいい室内を見回し座るとお茶を飲んだ。
ちょうどいい塩梅のお茶加減だと、世界全般のお茶に通じているウイルは感心したように言う。
「この家の感じでは、家を管理されている由華里様のお母様の華代様のセンスがいいようですね。」
そう囁くニックに、確かになとアーネストは頷く。
品のいい和風家具の並ぶ洋風客間に通され、微かに香るお香の香りにゆったりとしながら、アーネストは3人を見まわした。
「ところで?君達はすっかり由華里さんが私の花嫁候補であると確信してここまで乗り込んだらしいが、肝心な事を失念している。
言っておくが、
由華里さんは私の花嫁になる気はさらさらない。」
ハハハハと3人は「また御冗談を」と笑い飛ばし、一口お茶を飲むと、ガバッ!!と慌てて真面目な顔でテーブル越しに身を乗りだした。
「「「本気ですか!?アーネスト様!!」」」
「事実だ。彼女は私の臨時秘書の立場で満足している。」
3人のブレーン達は愕然とした顔をした。
「「「プロポーズをまだしていないのですか?!」」」
アーネストは肩を竦めた。
「彼女は臨時秘書だ。」
「「「冗談はよしてください!」」」
三人が同時に叫び、静かにと彼は不快な顔をした。3人は同時にソファーに座りなおした。
「大体、私は結婚するなど一言も言っていないが?」
「ですが!アニカはウィルバートン家にアーネスト様が花嫁を連れて帰国するので至急準備をしろと!」
「そうです!毎日矢のような注文をしています!」
「我々にも口煩く言ってきているのですよ!?」
「アニカの先走りだろう。」
そうおかしそうに言うアーネストに、それはあり得ないとブレーン達は頭を振る。
「アニカの判断に間違いはありません」
「自身のパートナー選びは下手だがな」
「それを言うか?ニック。」
デニスのちゃちゃにニックはむっつり顔を顰めた。
「なんだ?また振られたのか?ニック?マギー・ラスレートンはなかなか君にお似合いだと思っていたが。」
「お言葉ですがアーネスト様。それこそプライベートです。」
「私の結婚もプライベートだ。」
「違います。アーネスト様の結婚は、全ウィルバートングループの問題です。ウィルバートン夫人はそれこそウィルバートングループの顔にもなる方です。」
「私は彼女をそういう広告塔に利用するつもりなどない。そんな女性ではないから彼女なのだ。彼女は私のパートナーであり、私だけの者だ。君達のおもちゃでもウィルバートンの私物でもない。」
しんとその場は静まり返った。
ニヤリとデニスはほくそ笑み、上機嫌にウイルは「そうです」と肯定に何度も頷き、「何をいまさら」とニックは肩を竦める。アーネストは咳払いした。
「彼女の望みはこの家からと言うか、あの父親の束縛から逃げて自由になることだ。そのことだけで頭がいっぱいの様だな。君達の言う(おやおや~?と3人は笑う)結婚だのなんだのは露とも考えていない。」
「ああ!それで家出をして、更に質の悪いにアーネスト様に直ぐに捕まったのですね?運がないなあ、由華里様!」
おいっ!とニックがデニスを小突き、あわわとデニスは口を封じた。
やれやれと嘆息したウィルは、真面目な顔でアーネストに言う。
「アーネスト様、冗談ごとではなく、既にお二人の結婚準備は着々と進んおります。このまま周囲を放置しておいても宜しいのですか?オーソン達は本気で進めております。」
そうだそうだと二人もアーネストを見る。彼は困ったなあという顔で笑う。
「アーネスト様?いつものお遊びでは済まされない事態になっております。」
「そうです。アーネスト様ご自身のお考えはどうなのですか?もしもお言葉通りにアーネスト様にもその意思がなく、いつものお遊びであるというのでしたら、すぐにでも事態の撤収はさせます。」
「ええ。我々直ぐにここから戻ります。」
ニックは心底がっかりとした顔で落胆した。
「お気持ちをご確認させてください。」
ウィルは眉根一つ動かさずにアーネストを真っすぐに見て詰問するかのように問う。
だが、言葉とは真逆に冗談じゃないぞと切羽詰まった顔でいるブレーン達を見回し、彼はおかしそうに笑うと真面目な顔をして一同を見回した。
「構わん。そのまま進めさせろ。」
ブレーン達は一斉に安堵の顔をし声を漏らし、ガッツポーズをした。
「では!アーネスト様ご自身ではご結婚の御意思がおありだと我々も承知置きしてよろしいのですね?」
構わないとアーネストは頷き、一同は安堵の顔を見合わせた。
そして一気に真面目な顔で資料やモバイルをテーブルの上に広げだした。その性急さにアーネストはやれやれと呆れた。
「アニカにしても君達にしても何か焦っていないか?」
「焦りますよ!!やっとアーネスト様ご自身でご結婚してもいいと認めた女性が現れたのですよ!」
「そうです!由華里様に逃げられる前に…いえ…お気が変わらないうちにとっとと話を進めてしまわないと!何が起こるかわかりませんし!」
「逃げられるってなんだ?それは?」
「アニカから聞いています。アーネスト様を手玉に取りかなり苦戦させていると。由華里様もその周囲も。このウィルバートン相手に!」
息まく3人にアーネストはやれやれと苦笑してさらりと言う。
「何もそんなに急ぐこともあるまい。いざとなればアメリカに連れて行き既成事実を造ればいいだけだ。」
3人が驚いた顔を露骨に向けるので、アーネストは肩を竦めた。
「婚姻届の事だよ。」
3人は同時に顔を見合わせ、そしてアハハハハハハ!と盛大に笑い出した。
本当に何か焦っているなとアーネストは彼らを見まわし嘆息した。
そんなに私を結婚させたいのか?
それとも出来ないとでも思っているのか?
「アニカから報告を受けているとは思うが彼女は今までの様な女性達とは真逆だ。
例えるならばシーラカンスの様な古風な考えの持ち方の女性だ。
固定観念の父親を嫌ってはいるが思考は殆ど同じと考えていい。
ああいう手合いは強引な手に出ると手ひどい反撃をしてくるものだ。
慎重にいかないといけない」。
確かにとブレーン達は頷く。
「ですが、木暮雅人氏は来週にでもインドネシアに由華里様を連れてくるように言っていますが?間に合いますか?」
「あのクソ爺の事はほっておけ。」
ハハハハと3人は笑う。
「それで?君たちはどこまで勝手に話しを進めている?」
「ウエディングドレス等のデザイナー選出までです。」
ニックは資料を渡す。なんだかんだと相当勝手に進めているじゃないかとアーネストは苦笑した。
「本来ならば由華里様に選んでいただきたいのですが、今回はそんな悠長な事言ってられませんので、こちらでデザイナーを選びだしました。が、アニカがスウ―デンの知り合いデザイナーを考慮してほしいと言いましてね。」
「そういうのを取りいれていたら切りがないのではない。花嫁側の準備はマキーソン夫人にあらかた一任したほうがいいだろう。伝統とか五月蠅く言いだしそうだ。」
「伝統と言えば、教会は自分の所でしてもらうと聞かないそうですよ。」
「教会まで話しをしているのか…」
アーネストは呆れたように一同を見回した。
「当然です。既に各方面の役所関連等にも手配済みです」
「私がNOと言ったらどうするつもりだっんだ?」
「NOの訳ないじゃないですか?アニカの話ではアーネスト様が、ぞっこんなのだと聞いていますからね」
「そうですよ。欲しいものは手に入れるアーネスト様じゃないですか。間違いなく手に入れるでしょう」
「由華里さんはモノではない。そんなこと言ったら彼女は激怒するぞ」
ハハハとブレーン達は楽し気に笑う。
「ほら、既にアーネスト様が由華里様のお気持ちを尊重なされている」
「そうそう。こんなことは今まではない。由華里様は間違いなくアーネスト様のパートナーです。ですから我々はどんどん話を進めています」
「そう仕組んだのじゃないのか?」
3人は顔を上げ、まじまじとアーネストを見ると、アハハハとまさかと笑いだし笑いを堪えた。全く…とアーネストは苦笑した。
「では…私からの優先事項の提案だ。」
アーネストは手元のモバイルを操作して一つのデーターを開く。同時に3人のパッドにもデーターが展開された。その人物のデーターを冷ややかに見ながら話しを続けた。
「彼にcontactを絞れ。由華里さん専属の護衛だ」
「マーク…スタンナー?腕は超S級ですね。かなりのクラスの要人警護をしていますが…単発ですね。しかも傭兵上がりだ。こんな人物を由華里様のガードに?何故彼を名指しで?誰かからの推薦ですか?」
「私の判断だ。彼は…あー…まて…グレゴリーだ。」
グレゴリー?と3人は怪訝な顔を見合わせた。
携帯に出たアーネストは二言三言話し、眉間に皺を寄せると更に何かきつい言葉を言った後に嘆息してOKを言いきった。
「グレゴリー?ガハが何ですか?」
「マーク・スタンナーの件は彼が独自で交渉を進めるそうだ。」
3人は驚いた顔を挙げた。
「ガハが?彼はまた病院を抜け出したのですか?!」
「抜け出したらしい。今、マイアミ空港だそうだ。」
3人は更に驚愕の顔を見合わす。
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃないだろう。だが…言い出したら聞かないからな…。グレゴリーは今回の件ばかりは誰にも譲らないと息巻いている。まあ…彼の好きにさせればいい。」
3人は頷いた。
「そうですか…グレゴリーが、ガハが出てきたならボディーガードの件は決まりですね。」
「そうだな」
「ではセレスティーン様の死後凍結になっていました資産ですが、そちらの名義変更手続きも始めさせておきます。」
「そうなると他の届けは早めた方がいいですね。」
3人はさっさか次の議題に移った。
「デニス、NYに着いたら直ぐにしろよ。いいですよね?アーネスト様。本社ビルに各方面の弁護士を全員終結させておきます。役所の人間も。」
「構わない。」
「それと新居の方ですが、アニカが言うにはあんな陰鬱な屋敷には由華里様は迎えられないというので、彼女の独断で内装を変えさせています。正式には新居に相応しくお二人の意見を取り入れて改装に入りますが、」
パタパタと軽い足音が聞こえてきた、アーネストは一同を黙らせた。
「まて、彼女が来た。まだ聞かれるのはまずい」
一同は口を閉じ居住まいを正してさもリラックスしていました、と、言う顔でソファーや椅子に散らばり、テーブルに広げていた資料を手早く綺麗に片づけた。
そしてお茶を一服している間に、カラリと軽い音を立てて引き戸のドアが開けられた。
由華里が来客を聞き、リビングに行くまでの間にアーネスト達はここまで話を進めていました。何も知らないのは渦中の由華里のみ。




