第1話 花に呼ばれて来日する
交わされる高級クリスタルの杯には、慣れ親しんでいる1本1万ドルはするシャンパンが惜しげもなく注がれ、口に運びばれる。
その殆どが途中で温くなると交換され、また新しい杯に注がれ手渡される。
その杯を受け取る手には指はやはり何万ドルもする宝飾品に時計等がクリスタルのシャンデリアの光りに照らされ輝き、昼間よりも眩しい輝きを放ちながら大広間に満ち溢れている。
隣に座る持って生まれた美貌にさらに大金を惜しげもなく掛けて維持している美女が微笑み、何かを囁く。
大概は下らないゴシップか何かだ。ここではそういう非生産的な会話が似つかわしく、
怠惰で
愚劣で
それでいて派手な会話が繰り広げられ、
様々な香水や
酒や食べ物の匂いで…
気分が悪くなりそうだ…
それが最初だった。
そうなると全ての事が怠惰で愚劣で陳腐になり辟易としてきた。
彼は自宅に戻ると直ぐ様、その不愉快な感情を一掃するかのごとく秘書と執事に命じて、彼の「身辺整理」を始めさせた。
それは彼の複数の婚姻を前提としない女性交友関係や、仕事などには直接関係のない影響の無い範囲の交友関係の処理だった。
これは特段特異な行動ではなく、時々身辺の大掃除をするかのごとく、同じような事を命ずることがある。なので誰も彼の内に起こった変化には気付く者はいなかった。
それはいつものことであり、当たり前のことであるのだが、その事実が妙に彼の神経を逆撫でた。
遠い昔に、他人に自分を理解してもらおうだの察して労って貰おうだのという甘えなどはとうに捨て去り忘却の彼方に置き捨てている。
なのに今更それを望むかのような自分の感情心理に苛立ち、その感情整理をするかのごとくに更に人間関係の身辺整理を続けた。
気付けば公私共にかなり身軽になりさっぱりした感じになった。
流石にまるで彼が自殺か自暴自棄になったのではないかと、側近中の側近の者達が心配するほどにまでだった。
だが彼は始終イライラとする心中をおくびにも出さず、何時も通りの態度で生活を続けた。
それが「疲れた」と、感じたのは何時からなのだろうか?
ある日突然、クリアで前途洋洋としていた日常が酷くつまらなく色彩の無い下らない日常に思えて来た。
これはまずい。メンタル的に何か来ているのか?
彼は主治医にさり気なく聞くが、彼の健康は申し分のない物であり変化は全く無かった。
今まで余程の身体的病変出ない限りは医師など不要としていたのに、ここでもまるで医師に何かを補って貰おうかと言う行動に出た自分に驚き、心中更に苛立っていた。
だがその彼の変化に気付く者達がいた。
彼の側近中の側近、4人の忠実なるガーディアンと呼ばれるブレーン達(秘書とは全く違う地位関係)は彼の微かな変化に気付いていた。
彼の変化は些細な事でもこのグループ全体の変事に関わることでもある。
尤も彼が事業に私事で何か不利益を起こさせるようなことは今まで皆無であるため、その彼の変化が直ぐにグループ全体に何か影響を起こすとは考えてはいないが…
まあ…少し休息と言うか、気分転換が必要だろう。
彼等は意見が一致し、そのバカンス案を彼に提案した。
彼もその提案を面白く思い、直ぐに受理した。
ブレーン達は時々結託して大事なお祭りごとをするのが好きだからだ。
今回もその一環だと彼は許可した。
ブレーン等はイソイソと自分達の好きなように、建前はビジネス的行動でありながらも本質は自分達の息抜きの為の計画を立てはじめた。
だが、どうやっても4人全員のスケジュールが彼のスケジュールが重ならない。
尤もそれは何時もの事ではあるのだし、何も5人全員が同じ時期に同じ場所で休暇を撮ることなど不必要で非現実的であるのに、何故かこの時ばかりは、4人がそれぞれのスケジュールを優先し、押し問答し、なかなか決定しない事態に陥った。
彼はその混沌とした彼等の諍いを横目で見る感じで少し気が紛れる感じになり、「好きにしたまえ」と、後のスケジュールは彼等に一任して最初の目的地である日本に飛んだ。
それに特に理由はなかった。
たまたまその日に日本の何かの記事が目についたからだった。
空港に着くなり、彼は思いも掛けない人物から自宅への招待を受けた。
木暮雅人氏。
余り表立った所には現れない人物だが、彼の影響力は日本だけに留まらない全世界的な政治経済に関わる重鎮中の重鎮。
だが特異な彼の行動形態により、本人その者に会えた者は数少なく、ましてや彼本人からコンタクトを取ってくることなどまずあり得ない。
木暮雅人は建前的には一線から退き後進に後を任せている形にはなっているが、その実、本質的な部分では未だにあらゆるところに権力実権が集約されているのは周知の事実だった。
その木暮雅人氏本人直属の秘書が空港まで直接出向き出迎え、木暮雅人氏のプライベートな自宅に食事に来ないかと招待に来たのだった。
同行していた彼のブレーンの一人アニカ・オーウエン(彼女だけがスケジュールを上手く合わせて彼に同行することができ、他の3人を悔しがらせた)は、滅多に驚愕するタイプではないが、手にしていたバックなどを取り落としそうになりそうなほどに驚愕した。
それくらい、青天の霹靂の様な出来事だったのだ。
だが、反対に彼は少し興醒めしていた気分でいた。
そういうイレギュラー的な出来事ですら、なんだか煩わしいと感じる程にしか興味を引かれなかった。
木暮雅人の秘書はそれをみ越していたかのように、木暮雅人からの淡い色彩の短冊に書き記された伝言を彼に渡した。
流暢な日本語で書かれたそれは彼には難解で、少し眉根を顰めると、木暮雅人の秘書が耳打ちした。
「移り気な花の梢が咲き誇ろうとしているおります。その花のありかを貴方にお教えしたいと主人は申しております」
謎かけの様な言葉に少しだけ興味を引かれ、木暮雅人氏の申し出を承諾した。
直ぐ様木暮雅人氏の秘書とアニカ・オーウエンが調整に入り(共に気まぐれなトップをなので気が変わらないうちに)、ホテルに到着する時には、翌々日に朝食から一緒にすることに決定した。