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無限深度の刀剣使い  作者: 堀田シヲン
一節
8/14

第三話 濡れ烏

 初めて見たミヅハは、この国では見たことが無い髪色だった。

 大体の人は茶色い髪か金髪なんだけど、たまに見るのは原色の色。

 色付きの髪というのは、その人の本質の色と捉えられる。

 例えば、ミッシェル。

 ミッシェルは青色の髪をしているから、きっと澄んでいるとか、誠実とか、そういう本質を持っているのだろう。

 嫌いになれるわけがない。


 でも、今目の前に居るミヅハは、吸い込まれそうな黒だ。

 綺麗な色だけど、暗闇や孤独、恐怖。

 そう言った下向きな色だったはず。


 でも、目を離すことができない。

 とても綺麗で、麗しい。

 そういう表現がよく似合う。


「やー、アル君、君そんな外見してたんだねえ。曇りのない茶色。結構長い髪してるんだね。後ろで縛ってるの、私が居た世界ではポニーテールって言われてるやつでさあ、ちっちゃい馬でポニーっていう種類がいるんだけどね、それのしっぽみたいな髪って意味」


 茶髪。

 この世界ではありふれた色の髪。

 だけど、ここま純粋な茶色はなかなか見ないって言われて、若干嬉しかったりした記憶がある。


「ミヅハの髪も綺麗だよ。すっごい見てて吸い込まれそうになるくらい見入っちゃう」

「ありがと! でも、この髪は私の世界では一般的でね。人種ってわかるかな? 人にもいろんな特徴があって、肌が私みたいに黄色がかってたり、アル君みたいに白かったり、黒い人もいる。人も魔物も、種別って言ったらおんなじだよ」


 今まで見た人間は、みんな僕と同じような肌の色をしていたから、きっとこの世界の人間は同じような外見の人ばかりだと思っていたけど、そうではないんだと知らされて、かなり驚いた。

 きっと僕の知っている世界は狭い。

 もっと世界を見て回りたい気持ちはある。

 でもきっと。


「それはできないよ、アル君。君は天使たちから敵対視されてる。多分だけど、あの天使どもを滅ぼさない限り、一生。だから、私たちは未開の森でひっそりと暮らしていくのが一番安全」


 そうなんだよなあ。

 それがあるから、僕らは身動きがあまりとれない。


 でも、未開の森はかなり広いと聞いてる。

 そこでは、僕の見たことのない人たちや魔獣、いろんな生き物に出会えるだろう。

 なんでか知らないけど、大森狼であるルプスとも普通に話できたしね。


「多分それはね、私の力のせい」

「ミヅハの力? そういえば聞いたことないなあ、ミヅハの力って」

「世界の理、記憶に直接つながることができるの。だから何でも知ってるし、対応も楽。言葉も何もかもを理解できちゃう。このクラオカミを使えるのもそう。刀ってね、素人が気軽に使える物じゃないんだ。刀を持ってから何十年と修行して、煩悩を捨てて、刀のみに集中して、それでようやく極致に至る。ただ振るだけだったら誰でもできるけど、斬るとなったら難しい」


 その、何でも知ることができる力が、僕に少し流れてきたのか。

 納得だ。

 ルプスの言葉が分かったのもそれでか。


 んで、刀ってそんなに難しいのか……。

 僕は刃物は本当に包丁くらいしか使ったことないからわからない。


「でもね、コツは包丁と一緒。引く。引いて切る。胴体に刀の(かしら)を引き寄せながら、切る。それが基礎。包丁もそうでしょ? 引いて、押しての繰り返し。ただ力を籠めるだけじゃあつぶれるし、刃が痛むだけ」


 へえ、聞くと簡単そうだけど、きっと聞いただけだからだろうなあ。

 クラオカミの刀身は、包丁と比べるとかなり長さがあるし、同じように扱うのはダメなんだろう。


「……あれ? そういえば、世界の知識を知ってるって、かなりすごいことなんじゃないの? なんで元の世界から重宝されなかったの?」

「それはね、行き過ぎた知識は、危険だからだよ。やりはしないけど、たった1滴で地上の全ての植物を枯らすことができる薬の作り方も知ってるし、もっと言えば、風に1掴みの薬を混ぜるだけで、全人類の命を奪うこともできる。そういう知識は危険すぎる。だから、世界から拒絶されて、こっちの世界に温情で飛ばされた。いやあ、向こうの神様はいい神だよ」


 こっわ。

 ミヅハ怖い。

 やらないと言ってるけど、多分しなきゃいけない時が来たら絶対やる。

 そういう仄暗い怖さを感じる。


「……こっちの神は、向こうの神様とは違うの?」

「いんや、全部の世界の管理は、神界って呼ばれてる場所で神に全部管理されてるよ。神は全部一緒。いる場所が違うだけ。この世界の神の名前は聞かないとわからないけどね」


 はあ、知らないことが無いミヅハでも知らないことってあるんだなあ。

 でもあれか、知っててもわからないものはあるのかな。

 わからないけど。


「まあ私のことはいいんだー。今はアル君の武器のことさ。何がいいかな。刃物がいいよね? 刀? 太刀? 直刀? どれがいい?」

「さっき難しいって言ったのになんで刀ばっかりなんだよう……でも刃物がいいかなやっぱり。刀みたいに難しいものじゃなくて、もっと簡単に使える刃物がいいかなあ」

「んー、じゃあ何がいいだろう? 斬る事よりも……突く? 刺突剣? レイピア? んー……合わないなあ……イメージと違う……」


 いめー……? なにそれ。

 いめーじってなに?


「ああ、ごめんごめん。イメージってね、まあ簡単に言えば心象って感じ。心に思い浮かべる姿のことかな? 英語はわからないもんね、この世界」


 えいごって……またわからないこと言ってる。

 まあ、こういうのがミヅハか。

 別の世界から来たんだもんな。

 仕方ないか。


 それよりも、突くか……。

 確かに切るよりも簡単そうだし、力を籠めればいけそうだもんな。

 ……命を奪うってのは、まだ難しそうだけど。


「なにか、こう、刀よりも短くて、突けるやつない? そういうのわからなくて」

「んー、やっぱりそういうので言うと、ナイフかな? わかる? ナイフ」


 短剣のことかな?

 思い浮かぶのはそれしかない。


「まあ、ちょっとこっち来てみ? んで、手を繋いで。イメージ伝えるから」


 いめーじ……心象のことか。

 うん、わかってきた。


「んー? もしかしたら女の子と手を繋ぐのは初めて? 緊張してる? かわいー!」

「うっさいなー! あるよそのくらい! 手繋げばいいんでしょ!」


 まあ、繋いだことがあるのは孤児院のちっちゃい女の子なんだけども。

 悲しい現実。


 まあそれはいいとして、ミヅハから差し出された手を握る。

 ……おお、柔らかくてしっとりしてる。


「うっし、じゃあ流すよ」


 そうミヅハが言った途端に、頭の中にナイフと言うものの形や造り、長さや強度など、いろんな情報が流れ込んできた。

 ああ、これが、僕の武器。

 ナイフ。


「さて、イメージは伝わったかな? それになんの付与をするのか。それはアル君が決めることだよ」


 例えば、クラオカミは深い水。

 暗く、恐怖を与え、冷気を振りまき、呼吸を制御する。


 と、ミヅハは言う。


 そうなんだ。

 クラオカミはそんな効果が。

 そういうのを、僕のナイフにも付けられるのか。


 でもなあ、いかんせん想像力が足りない。

 なにを付けるのかなんて、僕の想像力ではなんにも思いつかない。


「ねえ、なにも思いつかないんだけど」

「うん、それでいいんだよアル君は。想像力なんていらない。アル君の強みは瞬発力。発想力。それが強み。思い浮かんだものをそのまま付けたら、きっと凄いものができる」


 瞬発力ねえ。

 そんなものはあるとは思わないけど。

 でもやってみるしかないか。


 とりあえず、ナイフの創造から始める。

 ミヅハから伝えられた通り、そのまま。

 形から何から何まで、全部伝えられた通り創る。

 刀身がねじれた、刺突に優れるらしい、歪な形をしたナイフを。


「……よし、できた」


 できた、けど。

 思ってたのと違う。

 伝えられたのは、ツイストダガーナイフとかいう種類の、刀身が銀色のナイフだったんだけど、僕が創り出したのは、真っ黒だった。

 何もかもが真っ黒。

 柄も、刀身も、真っ黒。

 光も反射しない、そこに凹凸があるかもわからない、見た目だけじゃあ何もわからないナイフができた。


「おお、すごい! ペンタブラックよりも黒い! なにこれ、見たことない!」


 僕の創ったナイフを見てはしゃぐミヅハ。

 なに? ぺんた? またわからない言葉が。


「で、何の効果を付けたの? 黒いから、やっぱり闇系? 怖い系?」

「いや、実は自分でもよくわからないんだよね。何となく思い浮かんだやつはあるけど」

「何を思い浮かべた?」


 深度。


 みんなが深い深いって言っている、僕の深度のこと。

 自分でもよくわかっていない、神さえも超える深度のこと。

 それを思い浮かべた。


「おー……とりあえず、今は夢の中だから危険はないと思うし、ここで試してみようよ」

「わかったけど……何が起きるかわからないから、一応気を付けとこう」


 そう言って、僕はナイフにマギを通そうとしたら、ミヅハにちょっと待ってと止められた。


「ねえ、アル君。魔法って知ってる?」

「え? 知らないけど」


 まほう、ねえ。

 マギアと似たようなものだとは思うけど、あんまり、というか全く知識が無い。


「とりあえずね、アル君には底なしの魔力があるの。魔力っていうのは、深度の穴から生まれ出る物なの。大概の人は底があるから、魔力っていうのは尽きちゃうものなんだけど、アル君の場合、底が無い。いくらでも生み出せちゃうの。私もこの世界の人よりかはかなり深度があるほうなんだけど、それをゆうに超えちゃう。だから、体から生成させるマギよりも、魔力を使った方が、アル君には適してると思う」


 へええ……そんなにすごいの僕……。


 それから、僕はミヅハから魔力の取り出し方を教えてもらった。

 体じゃなくて、精神の奥にある穴。

 そこが魔力の生み出される場所、深度がある場所らしい。

 その深度から力を引っ張り出す感覚。


 びっくりするくらい簡単に魔力という新しい概念が僕の中に生まれた。


「それが魔力感知。生物無機物関係なく、みんな魔力を持ってるから、その感知を使えば目を開けてなくても、どこに何があるのかわかるようになるよ。んで、今取り出したその魔力。それをナイフに注いでみて。それでナイフは真価を発揮できるから」


 言われた通りに、ナイフに魔力を注ぐ。


 途端に広がる闇。

 ナイフを持つ手が、腕が、次々と見えなくなっていく。

 それどころか、感覚まで無い。

 まるで、元々そこに何も無かったかのように、自然に感覚が無くなっていく。


 ものすごく動揺した様子のミヅハが、すぐに魔力を注ぐのを辞めるように言ってきた。


「こっわ! なにそれこっわ! なんにも知覚できなかった! それは危険すぎる! でも強力! うわー! 使わせるかどうか迷うやつだこれ! どうしよう!」


 綺麗な長い黒髪を押さえつけながら、わあわあと騒ぎ立てるミヅハを見ていた。


 そんなに驚くことかな? これ。


 人は死んだら無になるらしい。

 それをこの世界の人は理解している。

 神がいる世界では、神のもとでなんちゃらとかいうけど、そういう宗教は信じていない。

 ただいなくなるだけ。


 それを怖がる人もいるけど、僕は、別に恐れない。

 自然なんて、そんなものだと思う。

 他人にさえ干渉されなければ、自ずと無に還るだけ。


 そう、他人に、干渉されなければ。


 殺されるとか、襲われるとか、そういう命を奪う行為は、とても怖い。


 でも、僕はこれから、そういう世界に足を踏み入れなくちゃいけなくなるんだ。

 一番の敵は天使だけど、院長も危ないし、未開の森に住むであろう魔獣と戦わなくちゃいけなくなるんだから。


 ……怖いなあ。

 最近、手が震えてばっかりな気がする。


「うおー、怖い怖い。そのナイフ怖い。でも、名前付けてあげなくちゃね。アル君専用の武器にして、アル君にしか使えないように。そして、私の力も上乗せして。私が名付けをしましょう!」


 お、それはありがたい。

 僕は洒落っ気のある名前を付ける自信が無いから、嬉しい。


「ありがたいよ、ミヅハ。お願いするね」

「任せといて! 思い浮かんだのはいろいろあるけど、とりあえずその能力は危険すぎる。その漆黒と、能力は微睡むようにしていただければと思いまして……」


 濡れ烏(ぬれがらす)


 なぜか最後の方がお上品な言い方になっていたけど、そこは放っておいて。

 ぬれがらす?


「がらすってなに? 濡れてるのはわかるけど、がらすがわからないんだけども」

「私のいた世界の鳥でね、真っ黒な外見をしてるんだよ。がらすじゃなくて、カラスなんだけどね。まあ、私の髪、黒いでしょ? この黒い髪の理想形って言うのかなあ? 烏羽色(からすばいろ)って言ってね、女性の髪の理想の色のことを、濡れ烏ともいうのだよ」


 うっへえ……女の子って大変だあ……。


「とりあえずは、そのナイフ、濡れ烏(ぬれがらす)って名前で! 私が名付けたから、私の異能の一部をアル君も使えると思うよ」


 ミヅハの異能。

 世界の全知識を知ってしまう異能。

 それの、一部?


「まあ、知りたいと思ったことだけだと思うけどね。詳しくは夢から覚めた後で!」


 そして、この空間の時間の流れは止まってるって話をしてから、ミヅハは寝ると言って暗闇に消えていった。

 よかった。

 ずいぶん時間使ってたから、ちゃんと寝られてるのかどうか不安だったんだよね。


 ミヅハが消えてから、それに合わせて僕も意識を手放した。






 ……体、いったい。

 硬い板の上で寝てたことを思い出して、バキバキになった体をほぐすために起き上がって、伸びをした。


「……おう、起きたか、小僧」


 ……なんでルプスはボロボロになってるんだろう?


「ミヅハ殿が先に起きられたようでな、小僧が寝てる間にその腰にぶら下げている剣を抜いて、小僧からミヅハ殿に変わったのだ」


 それで、なんでそんな姿に。


「ミヅハ殿曰く、小僧に稽古をつけると言った以上、俺もそれなりの力を持っていないとな、と言われて、散々しごかれた……」


 ……お疲れ様です……。


「で、お前のその剣と逆の方にぶら下がっている、その真っ黒い鞘に入った短い剣が、お前の武器か?」

「うん。濡れ烏(ぬれがらす)って付けてもらった。長いから寝烏でいいっぽいけど。あと、剣じゃなくて、ナイフって言うものらしいよ」

「ないふ? それはまた珍妙な……どれ、抜てみろ」


 じゃあ、遠慮なく。


 鞘からナイフを抜くと同時に、溢れ出てくる闇。

 うたた寝しててもこれかよ……と思いつつ、ルプスに見てもらおうと思い、ナイフを見せようとした。


 けど、ルプスはナイフの届かない木の上にいつの間にか移動していて、こっちをものすごく警戒していた。


「……小僧、それは、なんだ」

「え、ナイフ……」


「違う! その闇だ! その闇は危険だ! 危険すぎる! かつて存在した最悪の悪魔の瘴気そのものではないか!」

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