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無限深度の刀剣使い  作者: 堀田シヲン
一節
7/14

第二話 獣人

「いやあ、食った食った! 小僧、お前料理とかいうものの才能でもあるんじゃないのか?」


 ルプスが豪快に笑いながら、僕の背中をバンバンと叩いてくる。

 その体のどこにそんな量が入るのかわからない。

 確実に胃の限界量を超えてたぞ?


「ん? おそらくだがな、これは元の体の容量なのだと思うぞ。大森狼にとってはあれくらいの量が無いと満足せん」


 疑問に思って聞いてみると、そう言った答えが返ってきた。

 大森狼、聞いたことはあった。

 一部の地域では土地神として祀られているところもあるほど強大で、畏敬の念を表さなくては街の一つを滅ぼされると言われている、とてつもなく強い存在だと。


 狼、大神。

 なるほどねえ。

 上手く言ったものだ。

 

 んで、その大森狼の元の体かあ、そっかあ。


 ……ん?


「ちょっと待って、ルプスは人間になったんじゃないの?」

「んー、どうであろうな。体感で言うと感覚は前と変わらん。匂いや気配も敏感に感じられる。小僧が今、俺に怯えていると感じている事もわかる」


 ……なんだろう。

 今すごくクラオカミを抜かなくてはいけない気がしてきた。


「待て待て、小僧ならともかく、ミヅハ殿に変わられると勝ち目が無くなる。どうだ? アルメリアとか言ったか。小僧、お前の強さを測りたい。仮にもミヅハ殿に体を貸しているんだろう? それなりにやれると見た」


 それなりにどころか、包丁くらいしか刃物を自由に扱えないのですが。


 僕の不安をよそに、ルプスは4つ足になって、獣じみた構えを取る。

 あれは何かの型なのだろうか? いや、元々野生の魔物だったからか。

 拳法とか、そういう感じのものはわからないんだろう。

 獣特有の戦い方だと思う。


 いやちょっと待って! 僕無手なんだけど!


「待って! 武器! 武器創らせて! 何も持ってない!」

「小僧、お前無手も出来んのか。情けない。それでもミヅハ殿の器か?」

「いやだって、喧嘩すらもしたことないし!」

「それでもオスか! オスならば縄張りの1つくらい守ることがどれだけ重要かわかっているのか!」


 人間ですからね!


 そんなやりとりをしてると、ルプスがわなわなと震え出した。

 これは、そう、怒りだ。


「……見損なったぞ、小僧。できるのはメスや子でもできる食の番のみか。今すぐに体をミヅハ殿に明け渡せ。もう二度と出てくるな」

「なんで!」

「喋るな。不快だ」


 そう言ってルプスは、手に純白の体毛を纏わせた。

 髪の毛の間からも大森狼の耳も生えてきて、人間と獣の間の様な外見になる。


 なんだ、この生物!?

 見たことも聞いたことも無い!


 あまりの衝撃に動けないでいると、ルプスが凄い速度で飛び掛かってきた。


 反応できないっ……!


 死の覚悟をしていたら、左手が勝手に動き出し、鞘から刀を抜き去った。




「ほーら、おいたしちゃだめでしょ? ルプスー?」


 私はクラオカミの峰で、ルプスの鋭い爪を受け流した。

 突っ込んできたスピードのまま受け流された腕は、見事に地面に突き刺さってる。


「ミヅハ殿! アルメリアとかいう小僧、あいつはいりません! ミヅハ殿だけで十分です!」

「まーまー。それより、いまのルプスの外見、どうなってるかわかる?」


 そう言われてようやく気付いたのか、ルプスは腕や頭に変化が起こっていることに気が付いた。


 この世界、名前は付けられてはいないようだけれども、というか、天体という概念がまだこの世界には無いから、星の名前を付けられないでいるみたい。

 誰かこの世界に地動説を唱えて、地球みたいに名前付けないのかな。


 まあ、それは置いといて。


 この世界には、ファンタジー小説とかアニメで出てくるような、獣人や亜人、魔人なんかもいないようだ。

 そうなると当然、魔王とかそういう悪の巨頭なんかもいないわけで、比較的平和な世界っぽいんだけど、アル君、やらかしちゃったねえ……。


「こっ……この姿は……? 俺は人になったはずでは……?」

「いんや、君はね、ルプス。私が知っている知識では、獣人っていう種なんだ。獣と人との混血。人の知能に獣の柔軟性と筋力を併せ持った、とても強力な種。この世界に初めて生まれた、新しい種」


 そう。

 アル君は新しい種を創り出してしまった。


 私が書いたのは、九字を解呪する呪文。

 臨兵闘者皆陣裂在前というあれだ。

 一切の災厄と魔物から身を守る呪文。

 それを解呪する。


 獣という楔から、魔物という邪気を払い、人間という別種の生物に生まれ変わらせる。

 そう言った呪文のはずなのに、アル君は多分、魔物としてのルプスを見て、どこかしらその特徴を残したかったんだろうと思う。

 だからこそ、獣人という新しい種が生まれてしまった。


 いやあ、これは神の目、いや、ここは天使の目の方が危険か。

 その天使の目に確実に引っかかる。


 人と魔獣。

 その二つの区分で上手く回っていた世界なのに、新しい種なんて、確実に天使の怒りを買うに違いない。


「獣人……ですか」

「そう、獣人。これはあれだね、さらに未開の森に住む理由が増えたね」


 未開の森に住む理由。

 色々な理由はあるけれど、一番の理由は、天使の目から逃れること。

 あの面倒な奴らは、きっとしつこい。

 自分たちの障害になりそうだったら、躊躇なく殺しにかかってくるだろう。

 なにせ、自分の仕えている神の座を奪おうとしている連中だ。

 多分神も簡単には奪わせないと思うけど、なんせあの深度に、信仰している連中の力があれば、時間の問題だろうなあ。


「まあ、私から言えるのは獣人になったってことと、アル君には手出しをしないこと。それだけ」

「なぜですか! あの小僧はあまりにも弱い! ミヅハ殿の器としては貧弱……!?」


 私はクラオカミの切っ先をルプスの喉元に突きつける。

 今の発言はダメだ。

 私の器としてアル君を見ているのでは、もうここでルプスを見捨てる可能性も視野に入れるしかない。

 私とアル君は一心同体だ。

 アル君が居なければ、私はこの世界に姿を見せることができなかったし、アル君が作る異世界の料理も味わうことができなかった。

 感謝しても感謝しきれないくらい。


「それ以上言ったら、君を見捨てる。ここで切る。アル君には悪いけど、いなかったことにする」


 だらだらと冷や汗をかきながら、ルプスはコクリと頷いた。

 未だ納得していないようだけど、でも、納得はしなくても理解はしてほしい。

 アル君は、私自身だから。

 アル君を害そうとするなら、私を害そうとしているということ。

 そういうことだから、ね。


「……わかりました。あの小僧、アルメリアのことは傷つけません。しかし、鍛えはします。俺の魔物、いえ、獣人としての技術を叩きこみます。許可を戴けますか?」

「それでいいよー。私も剣術をアル君に教え込むつもりだからね」

「剣術……? ああ、だからあの小僧が無手だったのはミヅハ殿が剣を教えるからだったんですね。理解しました。そういえば、その剣は……なんですか? 見たことがありませんが……」

「ああ、これは刀。日本刀ともいうやつでね。ちょっと剣の中じゃ特殊な部類でね。まあ、あんまり気にしないで。アル君の剣は今夜創らせるから、待っててね。それから戦いを教えてあげて」

「了解いたしました。ミヅハ殿」


 クラオカミを喉元から離して、少し話した。

 これなら、もう大丈夫かな?


「じゃあ、アル君に戻るから、よろしくね。くれぐれもアル君を傷つけないようにね!」


 しぶしぶといった様子で、ルプスは頷いた。

 で、ちょっとした伝言をルプスに頼んで、私はクラオカミを鞘にしまう。




「……うおっ! ルプス待って!」


 とにかく頭だけでも守ろうと思って、腕を顔の前で交差させる。

 でも、ルプスからの攻撃は僕に飛んでこなかった。

 恐る恐るルプスを見てみると、呆れた様子でこっちを見ているルプスがいた。


「……小僧。ミヅハ殿からの伝言だ。鞘と、鞘を2本腰にぶら下げられる物を創ってくれとの事。早急に頼む」

「鞘? ……ああ、そういう」


 確か、クラオカミは決まった鞘に入れないと僕に変わらないんだっけ。

 別の鞘に入れると、ミヅハのままでいられるのか。

 そりゃあったほうがいいなあ。

 それに、クラオカミはずっと腰紐に刺したままだったし、専用の挿すもの創った方がいいか。


 それにしても、ルプスの変わりようが怖い。

 まだ獣の面影が残っているし、確実に人じゃないのはわかる。


「あの……ルプス、君さ、人……じゃないよね?」

「ああ、ミヅハ殿が言うには、獣人という新しい種に変化したらしい。天使とかいうやつらに目を付けられるぞとか何とか。小僧、お前が、俺を、生み出した」


 少しクラっと来た。

 なにそれ? 獣人? 初めて聞く。

 この世界に居る生物って、人と、虫と、獣、獣の中には魔獣も含まれるけど、それだけだったはずなのに、僕が、新しい種を、創った?

 僕なんかの凡人が?

 うおお……怖い……。


 ……とりあえず、先にミヅハの要望に応えよう。


 クラオカミを創った時と同じように、深く、深く想像する。

 悩みを捨て、想像だけを深く創りこみ、現実世界に落とし込む。

 結構疲れる。

 でも、やる。


「……できた」


 手のひらに現れたそれは、クラオカミの深い藍色の鞘に馴染むように、藍錆色に細い橙色の線が入った、できるだけ壊れないよう頑丈な革製の堤鞘を、そして新しい鞘は水色の物を作った。


「ほう、小僧にしては洒落てるな。ミヅハ殿もさぞお喜びになるだろう」

「あ……ありがとね……」

「だが、小僧。お前を認めているわけではない。これから鍛え上げ、ミヅハ殿の器としてふさわしいオスにしてやる」


 ええ……戦うのは確定なの……?


「ミヅハに頼んじゃダメかな……」

「オスがメスに頼るな」


 一刀両断。

 そりゃそうだ。


「はあ、わかったよ。で、僕は何をすればいいの?」

「とりあえず、今夜寝てみろとのことだ。そうすれば理解できるらしいぞ」


 寝ると……?

 んー、わからない。

 ミヅハは何を伝えようとしてるんだろう。


「ああ、そうだ。剣を使うんだろう? その時に剣を創るらしい。想像をしておけ。どんな剣を創るのか、どんな力を付与するのか。そこのところを散々想像しろ。剣を創ったら、未開の森に向かいつつ稽古をつける。いいな?」


 有無を言わさないなあ。

 もう従うしかないか。


「わかったよ、わかりました。ルプス師匠。これからお願いね?」

「うむ、師匠というのはわからないが、響きがいい。これからそう呼べ」


 ふふんと鼻を鳴らすルプスだったが、ちょっと単純すぎない?

 自分で言っててなんだけど、少し心配になる。




 まあ、それから数時間は経って、日も暮れてきたことだし、そろそろ寝る準備をしようということになった。

 孤児院から持ち出してきた荷物の中は、宿泊道具なんか入っているはずもなく、当然僕が創造することになるのだが、いかんせん想像力が足りなくて、外で寝るためにはどうすればいいかわからないわけで。

 ルプスに聞いてみたら、そのまま地面に寝るのでいいんじゃないか、とか返ってきたから、これはダメだと思って、とりあえず雨が降ってもいいように、木の枝を集めて柱にして、その上に布を創造して被せ、地面には厚めの板を置く。

 とりあえずはこんなもんでいいだろうと思う。

 ルプスが一緒に入ることができる空間もあったけど、ルプスは魔物の感覚のままなのか、草の茂みに丸くなって、すぐに寝てしまった。


 まあいいもんね……感謝の気持ちを押し付けるのはいけないことだもんね……。


 そう考えながらも、僕は厚い板の上に横になって、布を見上げる。


 色々考えることが増えたなあと僕は思う。

 孤児院に残してきた家族のこと、神のこと、天使のこと、ミヅハのこと、ルプスのこと。

 そして何より、僕のこの、何でもいくらでも創り出せてしまう、神を超えると言われた力のこと。

 深度のこともそうだけど、僕はそんなに深いのだろうか。

 考えることが多い。


 そうこう考えているうちに、あ、敷布団でも創っておけばよかったなんて思い出しながら、僕は眠りに落ちた。






 ……まーた、このパターンね。

 わかるわかる。

 精神世界とかそういうやつ。


 前にも見たことがある、真っ暗で何も見えない空間。

 でも、今度はしっかりと足が着くし、ちょっとした安心感はある。


「やほー、アル君。こうやって姿を直接見せるのは初めてかな?」


 聞き覚えのある声がする。

 声がした方向を見ると、女の子が立っていた。


 長い黒髪をそのまま背中に流して、僕の着ている服とまったく同じ服を着て。

 真っ黒な、吸い込まれそうな目をまっすぐに僕に向けて、僕を見ている。


「……ミヅハ? だよね?」

「はーい、正解! アル君、始めましてじゃないけど、始めまして!」


 そうして、僕とミヅハは、ようやく対面を果たしたのであった。


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