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無限深度の刀剣使い  作者: 堀田シヲン
一節
6/14

第一話 旅の始まり

「ここ、どこ?」


 気づいたら、僕は朝方の澄んだ空気の中、知らない森の中にいた。

 孤児院の近くの、薪をよく拾いに行く森ではない。

 また、なにかやったのかな? ミヅハ。


 ポケットに違和感を感じたから、中身を確認したら、だいぶ厚い羊皮紙の束が出てきた。

 何か書かれていると思って、中身を確認してみたら、ミヅハからの伝言が書いてあった。

 そこには、孤児院の中での出来事、院長の目的、魔法とかいう技術の概要が書かれてあった。


「みんなと別れちゃったのか……大丈夫かな。院長悪者っぽいし、まあ、天使との繋がりはミヅハが切ってくれたらしいけど、心配だ」


 結構長く書かれていたいたから、読むのに時間がかかっている。

 読み進めていくと、最後の方にミヅハから僕への伝言があった。


『まあ色々書いたけど、私たちは最終的に未開の森に居を構えるよ! んでアル君にも剣術思いっきり仕込むからよろしく!』


 ……なんだとう?


 剣を使ったことも無いっていうのに、剣術……?

 未開の森?

 それって、人類が今まで危険すぎて足を踏み入れられなかった、超ド級の危険地帯じゃなかったっけ。

 そこに居を構える?

 おかしい。

 ミヅハおかしい。


 それに刀だろ? 刀って使いにくいやつじゃなかったっけ?

 後はどうやって仕込むんだ? 体は一つなのに意識が違う……どうすんの?

 とりあえず色々な疑問を、反対側のポケットに入っていた羽ペンで羊皮紙に書き込み、ミヅハに変わるために刀を抜いた。







「……さすがにあれだけじゃあわかんないかあ。しょうがない。書き足そうかな」


 アル君の考えていることは私には筒抜けなんだけど、アル君の方は朧げにしか覚えていないから、手間だけど紙に書き記して私の意志を伝えるしかない。

 手間だけど、体を借りさせてくれている以上文句は言えない。


 私は、所謂精神生命体に似たような存在だ。

 幽霊とか、そういうスピリチュアルな存在と言っていい。

 向こうの世界で存在を消されて、世界中の人から記憶を無くされ、元々居なかった存在にされ、精神だけこっちに送られた。


 よく聞くじゃないか。

 日本とか世界での突然死とか、神隠しとか。

 あれはもちろん他殺とか、いろんな思惑が絡んだりして公表できないものもあるけど、実は世界に拒絶され、肉体を壊され、記憶を保ったまま、その真価を発揮できる世界に生まれ変わらせる、みたいなこともあるって聞いた。

 病気とか、自死とか、色々聞くけど、結局は私たちが存在していた宇宙の天体の一つである世界には危険すぎる思想、特技、異能を持っていたりすると、それを消すために世界が動く。

 まあ、まだ『死』という形を残したまま異世界に移動させられた人間は幸運なほうだ。

 だって、世界の人には記憶が残るから。


 でも、私は最も重い、『全てからの消失』という罰を受けた。

 

 戦時中とかは結構あったみたいなんだけど、現代日本でそれがあるとは、なんて弥都波能売神(みづはのめのかみ)が言っていた。

 弥都波能売神(みづはのめのかみ)からの温情を受けなければ、精神ごと消失させられていたらしい。

 いやはや、怖い怖い。


 それで、異世界に飛ばされたはいいんだけど、私を受け入れられる器を見つけられなければ、長い時間をかけて、お香が燃え尽きていくかのように、じわじわと精神が無くなっていくそうだ。

 それも怖いけど、私の深すぎる深度では、受け入れられる人なんて早々いないっていうことはわかっていた。


 でも、普通の深度の人間では壊れてしまうような深度を持つ私を受け入れてくれたのが、アル君だ。

 

 アル君の深度は異常だ。

 『全ての世界の記憶と繋がれる』私の異能をもってしても、アル君の深度はわからなかった。

 どれだけ深いのか。

 そもそも底があるのかすらわからない。


 初めてアル君を呼んだとき、アル君の深度の潜れるところまで潜ってみたんだけど、地球で言うマリアナ海溝よりも断然深い。

 いや、それに例えるのもおこがましい。

 深さではなく、広さで例えると、まるで宇宙みたいだ。

 すごい速さで広がっている宇宙だけど、多分アル君の深度は、広がりきった宇宙の更に上、広すぎて人間の物差しでは測れない深度をしている。

 私も深度で言えばかなり深いほうだけど、アル君は異常だ。

 普通の人間では壊れてしまう深度でも、アル君はすんなり受け入れてしまった。

 普通なら、自分以外の人間の精神を受け入れるのは拒絶するものだ。

 だって、普通は体には1つの精神しか入れられない用量だから。

 神と会った時に言った、解離性人格障害。

 多重人格とか、二重人格とか言われるの人たちとは違うけど、それと似たようになるのは、なかなか難しい。

 演じることは簡単だけど、結局演じてるだけだし、私とアル君のように、人格を、精神を、後から受け入れることはなかなか難しいんではないだろうか。


「……まあ、書きますか。それにしても、話には聞いたことあったけど、羊皮紙に羽ペン、以外と書きやすいなあ」


 クラオカミでそこらに生えてる木をいい感じの高さに切って、それをテーブル代わりにして独り言ちる。

 インクだと染みなさそうだけど、水性のペンでは滲んでしまいそうな気がする。

 なんだろう、プラスチックを少し混ぜた厚めの画用紙っていう感じだろうか。

 まあ感覚で言えばそんな感じ。

 丸めたら跡がついて元に戻すのが難しそうだから、紙束として持ち歩くのが正解なんだろうなっていう感想を抱いた。


「んー、こんなもんかな? 剣術の教え方は書いたし、未開の森に住むのも理由があるし、これでいいでしょう! ……ん?」


 何かがこっちに近寄ってくる気配がした。

 たいていの敵対生物だったら、軽く撫でる程度で倒せるだろうけど、ここはもう未開の森の近くだ。

 話で聞く限り、この世界の人間では手も足も出ないような怪物がうじゃうじゃいるらしいから、少しは警戒しておかないとねえ。


 少し先に見える大きめの茂みから、かなり大きめの魔物が出てきた。

 私のいた世界、日本では、今はもう見なくなってしまった生物に、それはよく似ていた。


「……おお。狼だ」


 そう、狼。

 基本的に孤独を好むが、群れを作り、頭の狼はすごいリーダーシップを発揮するという、あの狼。

 人間のエゴによってニホンオオカミは絶滅してしまったから、まあ、エゴというか、狂犬病を振りまいたり、ジステンバーっていうウィルス病で死んじゃったりしたから、完全に人間のせいってわけでもないと思うんだけど、まあ、それでも日本人に生まれたからには、やっぱり申し訳なさというか、一度は目にしたいという気持ちがあったりしたから、少し感動。


 目の前に現れた大きな狼は、だいぶやつれていた。

 群れから追い出されたか、それとも他の魔物に襲われて住処を追われたのか。

 とにかく、あの狼は大層おなかを減らしているみたいだ。

 目の前に居る人間、私を見て、だらだらとよだれを垂らしながら、今にも飛び掛からんとしている。


 でもなあ、狼だしなあ。

 できるだけ殺したくないし、でも何もしないと食べられちゃうのはこっちだし。


 ……仕方ない、クラオカミの真価を少しお見せしましょうか。


 ものすごい速さで狼が私に向かって走り出さんとしようとしている時に、クラオカミに私の、というかアル君の底無しの穴から魔力を掬い出して、クラオカミに注ぎ込む。


 途端に広がる闇。


 闇と聞いて何をイメージするか。

 まず思い浮かぶのは、恐怖。

 人間にとっての根源的な恐怖で思い浮かぶのは、まず闇だろう。

 なにが先にあるのかわからない。

 なにが先にいるのかわからない。

 そういう怖さ。


 次に何を思い浮かべるか。

 それは、死。

 よく死は闇に例えられる。

 輪廻転生とは結構聞く言葉だけど、実際は死んだらそこで終わり。

 先なんてない。

 だた何もない無に落ちる。


 ……まあ、私たちのように世界から拒絶され、異世界に飛ばされた人もいるけど。


 とにかく、闇とは恐怖の象徴だ。

 動物は夜行性もいるから、そこまで怖くないかもしれないけど、この産み出した闇は、私のとっておきの恐怖のイメージを盛り込んだ特別製だ。

 相手が夜行性だろうが、怖さに耐性を持っていようが関係ない。

 そう言うものをすべて貫通して、相手の心を恐怖で埋め尽くす闇を、クラオカミから作りだして、狼に纏わりつかせた。


 イメージ通り、狼は恐怖で動けなくなっているようだ。

 美しい灰色の毛皮でおおわれている体からは、見えないけれど、きっと冷や汗が滝のように流れ出ているんだろう。

 震えが止まらず、次第に足に力が入らなくなったのか、地面に寝そべって荒い呼吸になってしまった。


 ……やり過ぎたかな?


 すぐに闇を解除して、でも恐怖心はそのまま纏わりつかせて、狼に近づいて、話しかけてみた。


「やあやあ、どうだい? 私たちの闇の味は。満足したかい?」

『……お前、いや、あなた様、いや、私たち……? あなた様方……?』

「そこは今は気にしなくていいよ。すぐにわかることだから。それより、まだ襲う気はあるかい? 私としては、狼に刃を向けたくないんだよ。結構好きなんだよね、狼さん」

『なぜ言葉が……!? いや、これだけの力をお持ちのお方だ。これくらい容易いか。襲う気は、もう無い。これほどの恐怖、この世に生を受けてから初めて味わった。常に森の強者としていたが、最近、森の恵みや他の魔物をめっきり見なくなって、食い物が無い。だから襲った。申し訳ない。この通りだ。だから、この纏わりつく恐怖心をなくしていただけないだろうか』


 まだ小刻みに震えている体を必死で押さえつけ、私にそう言った。


「わかった。ごめんねー、私、こう見えて容赦ないからね。自分でも気を付けないと」


 私はそう言って、クラオカミの能力を解除した。


『……感謝する。そして、申し訳ない』

「いいよー、実害は無かったしね」

『あとは、不躾で申し訳ないのだが、何か食料は持っていないだろうか? この通り、幾日も何も口にしていない』

「んー……あ、食料は二人分しか持ってないんだけど、解決の手段はあるよ」

『本当か!?』

「うん。でも、きっと驚くし、私の許可なく人を襲わなかったら、の話ね」

『……約束しよう』

「じゃ、ちょっと待っててね!」


 私は切り株に羊皮紙を広げ、そこにアル君への追加の要望と、とある呪文を書き記しておいた。


『ところで、あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいか?』

「んー? 私はミヅハだけども。どしたの?」

『ミヅハ殿、ですな。承知。助けていただくのに、礼の一つもできなんでは、狼の名が廃る。何かできることは無いか、ミヅハ殿』

「じゃあ、従者になってよ! ここの森の案内とか、色々してもらいたいし」

『……群れも追い出された身であるし、構わないが……その程度でいいのか?』

「いいよいいよ! じゃあ、今から君はルプスだ! ルプスと名乗れ!」


 途端に、灰色だった体毛が、純白になった。

 ……これはもう狼とかじゃなく、フェンリルと言ってもいいんじゃないかなあ?


『……おお、名付けまで。感謝する、ミヅハ殿』

「いやいや、いいんだいいんだ。それじゃ、変わるけど、襲わないこと。守ってね? 襲おうとした瞬間に、殺す」

『……肝に銘じる』


 そう言って、私はクラオカミを鞘にしまう。







「……ええ……」


 僕は目も前に広がる光景が信じられなかった。

 大きな木が切り倒され、切り株になっている。

 大きな白い狼が目を見開いてこちらを見ている。


 なにこれ、僕食べられるの?


『……ミヅハ殿との約束がある故、襲わないが、お前は、なんだ?』

「えっと……僕はアルメリアです……ミヅハと体を共有してて、まあ一心同体と言いますか……」

『とりあえず、その紙を読め。ミヅハ殿が何かお前に伝えたいことがあるらしいぞ』


 でっかい狼が僕にそう言う。

 手には、この狼を従者にしたこと、ルプスと名付けたこと、食料を創り出してほしいこと、剣術のこと、未開の森に住む利点、あと、なんかの呪文が書かれていた。

 曰く、


『アル君が読んだらきっと面白いことになるよ! ルプスに唱えてね!』


 と。

 ……はあ。


「とりあえず、食料、出しますね」

『感謝する』


 深く、深く想像する。

 目の前に山盛りの食料を。

 創造に大事なのはイメージだ。

 明確にイメージしないと曖昧な物しかできない。

 ちゃんとしたものなら、きちんと、明確にイメージしなくてないけない。


「……よし、出ろ」


 そういうと、目の前に、生肉多めの食べ物が出てきた。

 山盛りにすると食べにくいかなって思って、板の上に種類ごとに大量に並べてみた。


 神は、創造で作るのは何か一つと言っていたが、僕の深度は神以上らしい。

 一つだけという縛りは無く、イメージさえ明確にできていれば、何でもいくつでも創造できる。


『……なんだ? これは』

「え? 食べ物ですけど……嫌いな物とかありました?」

『違う! このふざけた力のことだ! 人は何か一つしか創造できないはずだろう! なのにこんなに多量に、しかも種類も豊富に……!』

「いやあ、ははは……従者になるんですから、そこは追々……」

『俺が従者になるのはミヅハ殿だ! お前ではない!』

「えー……そっかあ……」


 気難しい狼のようだ。

 僕は傍観者に徹しよう。


「まあ、ミヅハの手紙に書いてありましたけど、なんか呪文? 唱えてから食べさせろとのことだったので、それ終わってからでいいですか?」

『ミヅハ殿が言うなら仕方ない。しかし、早くしろ。我慢できん』

「では……行きます……」


【オン キリキャラ ハラハラ フタラン パソツソワカ】


 聞いたことが無い言葉。

 いや、何を言っているかはわかる。でも意味が分からない。

 でも、きっと悪いことは起こらないはず。

 だって、ミヅハはいい加減だけど、とっても優しいから。


 呪文を唱え終えた途端、変化は急激に訪れる。


 ルプスの体が、人間のそれに変わっていく。

 よく物語で見るような、光に覆われて変わるのではなくて、より生々しく、狼から人間に変わっていく様は、とてもじゃないが見られたものではなかった。

 骨格がゴキゴキと形を変え、筋肉が縮み、太くなり、狼から人間の顔に変わった。


 変化が終わった時には、そこに純白の毛皮を羽織った、20代後半くらいの白髪のお兄さんが立っていた。


「……!! おお!! 俺もミヅハ殿と同じような姿になったぞ! 素晴らしい! あれほどまでに強いお力を持つミヅハ殿と番になれたら、きっと強い子が生まれるに違いない!」


 嬉々としてはしゃぐルプスさんですが、僕と同じ体なの忘れてませんかね?

 大丈夫ですかね?


「っと、まずは食事だ。食べなくては何もできん。おい、小僧。お前が創ったものだ、共に食おうではないか」

「いや、僕はミヅハの分を作ってからで……」

「なんだ? 作る? 食材はそのまま頂くのが自然の摂理であろうに」

「人間の体になったんですから、そのままだとお腹壊しちゃうかもですし、とりあえず、こっちの果物を食べててください。ミヅハの分と一緒にルプスさんの分も作っちゃいますので」


 鞄から鉄鍋を取り出して、【アナーヴォ】とマギアを唱える。

 火が空中に浮かんで、鉄鍋を温める。


「ほう、マギアか。もう成人なのだな」

「ええ、つい最近なりまして」

「めでたいな」

「まあ……はい」


 バナナを頬張りながらルプスさんが言う。

 あんまりいい思い出は無いけどね、成人の議。


 肉と野菜をラードで炒め、簡単に塩と香り付けのニンニクをみじん切りにして入れただけのものができて、ルプスさんは料理を初めて味わい、森中に響き渡りそうな声で、美味い! と叫んだ。


 自分の作ったものを他の人がおいしそうに食べる姿は、いつ見てもいいなあと思って、僕はクラオカミを抜き、ミヅハに変わった。


「お、できてる! たーべる! おー! おいしい! アル君最高!」

「ミヅハ殿! ミヅハ殿だ! 入れ替わるのには何かきっかけが!? すごいですな!」

「ルプスー、ご飯はね、ご飯に集中して食べるものだよ。おいしい、おいしいって、作った人に感謝してね」

「アルメリアとかいう小僧にですか? 嫌いではないですが、仕えるのであれば、やはりミヅハ殿のほうが……」

「んー、私たちは2人で1人だからなあ。二人に仕えるのは?」

「主君は1人です、ミヅハ殿」

「だめかあ。まあいずれね」


 それから、アル君と私は入れ替わりを続け、あれもおいしい、これもおいしい食べるルプスを見て微笑むのであった。

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