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孵り直し

学校帰り、数日ぶりに村坂代木喜と田島香南と予定が合ったので一緒に帰ることになったのだが、当然の如く人間体のアゲハ丸が付いてくる。

あたしの『武器』になったんだから従ってくるのは当然だが、なぜ人間体? 変化を解いて大人しくあたしの黒のケープの中に入ってればいいのに。


「いやでも揚羽氏ぃ、その容姿! その浮世離れ具合! 是非、演劇部に来られよぉ」


「ふむ、いかにした物でござろうか?」


「漫サーと美術部と光画部もモデルやってほしいって盛り上がってるよ! できれば北森君もっ」


「俺も?」


普段は校外でまで付きまとってこないシキオだが、アゲハ丸のトンチキぶりを懸念して付いてきていた。


「どうしよっか? 草ヶ部さん」


「・・好きにすれば良いのでは? ルッキズムにまみれた下々の者どもから、お捻りでももらえるのではなかろうか?」


2人とも、人間体の整いぶりは至近距離で見ると軽く脳がバグるくらいの美麗ではある。


「もう、草ヶ部ひねくれてるっ」


「草ヶ部ぇ、我ら演劇部は決して迎合しているワケではないのだぞぉ? しかし部員がっ、部員が慢性的に足らんのだ!」


「弱小文化部やサークルの定めよ」


「貧窮してるでござるか?」


「ちょっとっ? 漫サーは同人の売り上げだけで活動費捻出できてるよ? 弱小じゃないもんっ」


ムキになる田島。


「凄いね」


「・・学校への活動報告では無難な仕様の余所行きニチアサ変身少女同人で済ませているが、実態は資金回収を兼ねた野性の本能のままに描いたイケメンやおい本で暴れているんだろ? 田島よ」


「ぐっ!」


「むむ? この時代にも御禁制春画の伝統が生きてござったか」


江戸?


「ああ、田島さん達はポルノコミックを創作してるんだね。男性同士を含む、生殖行為描写に強い関心を持つアマチュアコミック創作集団なんだね」


シカオよ・・


「違うよ北森くーんっ!! 漫サーはっ、私はっ、違うよーっ!! 私っ、スヌーピーとサンリオしか描かないよっ?! 今日もう帰るからーーっ!!!」


田島は真っ赤になって叫んでダッシュで駅の方に走って行ってしまった。


「田島ぁ、オレ達はぁ、哀しき女ヲタの星の下に産まれし小型縁眼鏡を忘れねぇ・・」


「ふむ? おっ、あれなるは学校でおなご達が言ってござったスタバではないか?」


「スタバだね。俺、学校の女子とか若い女の先生とか街で知り合った女の子達にデジタルドリンクチケットももらってるの、8万円くらい溜まってるんだ。奢るよ?」


「でじたるどりんくちけっと、とは?」


「8万っ?! 御大尽か? 北森ぃ」


「あんた、ホストみたいなことしてんの?」


「してないよ。ただ生きてるだけ」


「うわ~っ」


「ふむ?」


あたしと村坂がドン引き、アゲハ丸が戸惑いつつ、取り敢えずあたし達は某カフェで様々なペチーノをオーダーした。



軽く冷たい霞の掛かった中、竹林の脇の湿った土の上をあたしとシキオとアゲハ丸は歩いていた。

あたしは駄菓子の沢山入った、田島と村坂に以前買ってもらった『亀』のキャラクターのエコバッグを提げてもいた。


「うっぷ・・ドリンクに固形物が多かった」


あたしは胸が悪くなっている。


「浮かれて2つも頼むからだよ、マキコ」


「相変わらず『血吸い鬼』の者は飲み食いが不自由でござるな」


睡蓮等が浮かぶ果てが見えない湖に点在する島の1つを進む。あちこちに鳥居等の神社の一部のような物もあり、灯籠に点く火は暗い。

あたし達は市の菱沼を祀る神社の奥と繋がった異界に来ていた。

菱沼はここ数日学校を休んでいる。シカオの話ではあたしに話があるそうだ。


「・・とにかく、今日こそ『庇護対象』云々ってのを取り消して、詳しく話してもらわないとなっ」


そもそも普段から大体体調は悪いのであたしは動じない。勢い込んで湿った土と竹の小島を進み、その端に掛かった橋を渡っていった。


「遅い」


湖に臨む御神酒らしい物と酒盃の供えられた祭壇の前に菱沼はいた。祭壇の向こうの水面には渦が逆巻いていて、そこには巨大な卵が妖しい光をはらんで浮いていた。

菱沼はいつもの御愛想で着ているだけのような保健師の白衣姿ではなく、巫女のような神主のような、鱗の装飾のある奇妙な和装をしていた。眷属の蛇人間達の格好とよく似ている。


「なんだ? 卵を産んだのか? だから弱っていた、ということか?」


「菓子は持ってきたね。シカオや眷属どもはまったくセンスがない」


話が噛み合わないっ。あたしは仕方無くエコバッグを拡げてみせた。


「甘いのしょっぱいの、洋菓子和菓子とうるさいから揃えるのが面倒だったぞ?」


菱沼は片腕を蛇に変えるとそれを伸ばし、バクりと一口でエコバッグの中身をまるごと食べてしまった。


「菱沼、包装くらい解け。腹を壊すぞ?」


「後でなんなりとする・・代金は眷属どもに言え」


ベロリと満足げに本体の方で舌舐りする菱沼だったが、アゲハ丸を見ると眉をひそめた。


「アゲハ丸。その姿はなんのつもりだ?」


満菜(みつな)以外の人の姿ははっきり覚えていないでござる」


菱沼は溜め息をついた。


「まぁいい。よくはないが・・シカオ。学校等では様子を見てやれ」


「いいよ」


菱沼は蛇の腕を元に戻すとあたしに向き直った。


「マキコ、この卵は私の子供ではない。条件が整えば、私はこの中に入り、『孵り直す(かえりなおす)』ことになる」


「かえりなおす?」


なんだ??


「古く傷んだ身体を新しくするのだ。土地の活力と護りも回復する。私は定期的に孵り直している」


脱皮、のようなモノか?


「本来ならばあと100年は猶予があるが、昭和の頃、私も人どもの争いに巻き込まれ、この身体は傷んでいる」


「お前の血の匂いはお前の匂いだと思っていたが、傷だったのか」


「嗅ぎ回っていたのか? ふふっ」


嗤う菱沼。あたしはやや赤面させられたっ。


「吸血鬼が血に敏感なのは普通だろうっ?!」


「マキコ、落ち着いて」


「腹が減ってるでござるか?」


「くっ」


面倒だなっ、菱沼!


「・・孵り直しの準備に2週間。孵り直すのには2ヶ月は掛かる。その後、私は今の姿には戻らない。学校には既に退職を伝えた。数日中に代わりの保健師が来るが協力者だ」


「待て! 元の姿に戻らないのかっ?」


あたしは酷く動揺した。


「なんだ? 孵り直す前に額にお休みのママのキスでもしてやろうか?」


「喧騒売ってるよなっ?!!」


増血剤も飲んでないのに両目を力が灯って紅くなってるに違いないあたしはリストバンドにしていた黒のケープを展開させ、毛皮を纏ったシカオに抑えられた!


「マキコっ! ってばっっ」


「日渡りの血吸い鬼にしては、まことに血の気が多いでござるな??」


「ふふふっ。マキコ、アゲハ丸を手にしたお前が庇護対象ではなくなったと認めてやろう」


「当たり前だ!」


「周辺の貸しのある土地神達とは話をつけてある。お前は協力者達と共に私の孵り直しを護れ。3体、厄介な魔物がいる。気を付けるといい」


「・・報酬は? あたしはシカオやアゲハ丸のような暇人じゃない。ただで命は懸けないぞ? いつまで抑えてるっ、離せ! 撃ち殺すぞっ?」


「あーはいはい。降参降参」


シカオはあたしを離した。


「デタラメなお前の戸籍をもう少し整理して・・それから、そうだな。私の力にも余裕ができる。お前の両親についてもう少し本腰を入れて調べてやろう」


「戸籍は頼むが、親はもういい。それより」


それなりの物でなければ釣り合いが取れないな。


「お前の血を1リットル寄越せ」


血を吸ってみたい序列1位だ。当然の権利主張っ。

菱沼は耳まで裂けるのか? という程、ニッと嗤った。


「マキコ、しょうのないヤツ」


契約成立だ!



その夜、菱沼がいよいよ本格的に孵り直しの準備を始めこの市の護りが弱まったが、周辺の土地神達の協力で、侵入してくる魔物達は人払いをした菱沼の息の掛かった廃車処理工場上のルートに集約される手筈になった。

予定の時刻の少し前にあたし達が無人の廃車処理工場にゆくと、協力者の1人が廃車の山の上で待ち構えていた。

ソイツは見た目は髪を半端に染めた生意気そうな、やや小柄な男子中学生で、片手の指先に小さな火を灯していた。

あたし達の気配を察すると、


「へへっ、来たか。クロブチタユウの眷属どもっ! この俺様はノビのハーフだ!! 混血だからって舐めるなよっ?! 昭和の頃からアズマホウノヌシ様の元で修行を重ねっ! ノビ業界じゃ『ベスト燃え盛ってる男子賞』を20年連続受賞の圧倒的カリスマっ!! 世を忍ぶっ、人としての名は愛子緋煌太(あやしびこうた)っ!! 近隣中学8校のっ! 総番長として人間どもを日々支配しっ、日夜ボランティア活動に勤しみっ! その貢献から町長から名誉町民として表彰・・」


「なんだ、半ノビのコウタでござるか」


「半ノビだとぉっ?! 略して呼びやがっ」


前置きの長いノビハーフらしいコウタとかいうヤツはまだ人間体のままのアゲハ丸に両手に炎を燃え上がらせて食って掛かろうとしたけど、その姿を見て仰天した。


「みぃっ?! 満菜様ぁーーっ??!! 御無事で???」


コウタは驚いてから泣きそうになっていたが、アゲハ丸がドロンっ! と煙と共に小太刀の姿に戻り、浮いたまま刀身にギョロっと瞳を出した。


「いや、拙者でござる」


「アゲハ丸かよぉおおおーーーっっ!!!! まぁーーぎぃらわしーーんだよぉおおーーっっ?!!!」


半泣きで怒って小さな火球をアゲハ丸に投げ付けて追い掛け回し始めるコウタ。


「なんでござるか?! 何を怒ってござる?!」


「うるせぇっ! コイツっっ」


「・・知り合いみたいだね」


「どうでもいい。オイっ、助っ人! アゲハ丸もっ。そろそろ仕事みたいだぞっ?!」


市内の侵攻ルートは菱沼の蛇人間達によって人払いされ、結界で念入りに隔離されている。

そのルートの沿って、月明かりの下、無数の下等な魔物の群れがイナゴの大群のように夜空を飛び迫ってきていた。

あたしは増血剤を指で弾いて口に入れ噛み砕いて飲んだ。ドクンっ、血がたぎる! シキオはこの間のキュウソが落とした蛮刀を毛皮の中から取り出した。


「アゲハ丸っ!」


「お? 御意!」


アゲハ丸はあたしの手の中に回転して飛び込んできた。


「鉄砲や曲芸ナイフと同じようにはいかないでござるぞ?」


「上等」


廃車の上のあたしは夜風に黒のケープをはためかせ、アゲハ丸に力を込めた。


「言っとくけど、アゲハ丸以外は俺様の方が年上のパイセンだからなっ?」


コウタとかいうノビハーフは両手を激しく燃やして構えながら言った。


「ああ、そう」


「よろしくパイセン」


「拙者のこともアゲハパイセンと呼ぶでござるぞ? コウタ」


「うっせっ」


下等な魔物な群れはいよいよ迫り、その毒気で、火炎で、針で、鳴き声の衝撃で、呪詛の言葉で、災いの視線で! あたし達に間接攻撃を始めた。


「名誉町民パンチっ!!」


コウタは両拳から特大の火炎弾を放ってそれらの攻撃を纏めて消し飛ばしっ、


「火力あるねっ!」


その爆炎が収まらぬ内に巨獣に変化したシカオが飛び上がって火炎ごと魔物の群れの前衛を蛮刀の一閃で滅ぼした!

あたしも制服の上に羽織った黒のケープを蝙蝠の翼の様に拡げて羽ばたいて飛び上がり、シキオ達の迎撃に怯んだ肥った身体に瓢箪みたいな小さな頭をした魔物をアゲハ丸で切り裂いた。

傷口から血の蝶が噴き出す! 蝶の支配権はあたしにあるっ。あたしはその蝶を操って次々魔物の群れを切り刻んでいったっ。


「ハハッ、血の渦より効率いいぞっ?」


「ふむ。覚えてござらんが、拙者は血吸い鬼の為に打たれたそうでござるからな」


あたしの血の蝶の渦で、シカオは剛力の蛮刀で、助っ人のコウタは火炎で、あっという間に魔物の群れを滅ぼしてゆく。


「あたしが片付けてやる! 菱沼の血ももらったっ」


あたしは人間のような暮らしが好きなはずだが、魔物同士の殺し合いに身震いするくらいかつてなく高まっていた。

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