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妖刀

拙者が最初に我が身たる小太刀に気を宿したのは戦国の頃だったと思うでござる。

まだ意思もはっきりとはしない、せいぜい『まこと、妖しげなる業物』に過ぎなかった頃。

戦の後、侍どもの死体から身ぐるみを剥ぐ者どもの中に、一際小汚ない身なり小僧がいて、


「こりゃあ大した物に違いないよ!」


死んだ馬の首から小僧は拙者を苦労して引き抜くと、首からは馬の血でできたアゲハ蝶が舞い出るわ出るわ! 馬はみるみる干からびるっ。


「ひゃああっ?!! (あや)かしだぁーーっ!!!」


小僧は無礼にも拙者を放り棄て、血のアゲハ蝶に追われるように同じ輩どもと共に慌てて逃げていったでござる。

拙者がぼんやり(抜かれた)(血が蝶に)(棄てられた)そんなようなことを考えていると、5日も経つ頃に旅の坊主に拾われ、どこぞの堂に封じられたでござる。

幾年月の後、何故かその堂が焼かれ拙者は持ち出され、それからは幾人も幾人も・・人や人ならざる者達が拙者の使い手となったでござる。

そして昭和の大戦中に焼け落ちる街の中で、最後の使い手を失った拙者は、クロブチタユウの手下の蛇どもに「侍の時代はとっくに終わっている」等と言われて回収されてしまい、ある社に固く封じられ、以後、永く眠ってござった・・。


「はぁはぁっ、ほんとにあった!」


ん? 何者か? 社の奥の間の霊木の小箱から拙者を出したでござるな。札を剥がし・・ふむ。


「アイツっ、アイツら! 殺してやるっ」


ほほう、随分恨んでござる。こうして封印を解いてくれた借りもある故、力を貸さんでもないでござる。暇でござったし。

この者、社の血縁のような? しかし霊器(れいき)を扱う技量は無さそう故、寿命はいくらか頂戴致すがそれは仕方のないことでござる。何しろ、


「恨みを晴らすっ! この『アゲハ丸』で!!」


拙者、妖刀でござるので。



放課後、今日は田島香南と村坂代々喜が部活で忙しいので、あたしは駅裏の漢方薬局に偽装してる『増血剤屋』に寄ろうと思っていたんだが、菱沼に保健室に呼ばれた。

白衣の菱沼は今日はイモリの黒焼きではなくアポロチョコをちまちま眠そうに摘まんでいた。雑食。


「菱沼、最近、あたしを使い過ぎだ。あたしはあんたの眷属じゃない」


「そうだよ菱沼さん、マキコは体力無いんだから。俺も人間の『部活やらない男子達』とカラオケ行くつもりだったし!」


学生服のシキオも来ていて、保健室に来る生徒によく渡してる瓶に入ったのど飴の袋を1つ開けて口に含んで、噛み砕いた。

見た目がイケメンで文武両道でフレンドリーだから、所々様子が変でも見逃されてるとこがある。


「わかってるだろう? トラブルが多いんだ、最近はな」


菱沼は煩わしそうにアポロチョコを口に運び、長い舌をペロリとした。


「あんた、弱ってるよな?」


「準備が必要なのだ」


「準備? なぜあたしに事情を話さない」


「お前は」


菱沼はあたしの目を見た。菱沼の瞳が爬虫類のそれになっている。


「日渡りのマキコよ、お前は弱過ぎる。もう暫く見て『庇護対象』として安全圏に移すか否か判断する。必要ならば記憶も改竄する。無駄にお前が情報を知っていると、処理が疲れる」


「・・っ!」


増血剤を使ってもいないのに血が騒いで少し瞳が紅くなるのがわかる!


「マキコ、煽ってるだけだよ。落ち着いて」


シキオが言ってくるが、血は頭に昇ってる!


「過保護なこと言うじゃないかっ、菱沼! あたしが子供の時と違うって、見せてやるよっ! 次は何退治だ? 河童かっ? 鬼か? なんでも来なっ?!」


「単純なヤツ」


菱沼はニッと笑ってデスク引き出しから新聞とクリップで止めたプリントしたらしい紙の資料の束を取り出し、妖力で操って、あたしが座るカーテンを開けたベッドの前の小さく低い机の上に置いた。


「・・マルチ商法?」


若者を狙ったねずみ講の事件が新聞の見出しになっていた。



あたしとシキオは繁華街とビジネス街が混ざったような? 駅近くの雑多なエリアに来ていた。

そこのビルの4階にあるカフェの窓際の席だ。シキオはチョコレートパフェをパクつき、あたしはハーブティだけ頼んでいた。

場所が一等地の4階だから銀座でもないのにお茶一杯で800円だ。制服で来てるあたし達は浮いてる。

向かいのビルを見てる。血相変えた人々で人集りができて、マスコミや動画投稿者、野次馬も来ていた。

入り口では警備員の他にビルの中から従業員らしいのが3人出てきていた。1人が管理職、か?


「『ゴッド湿布クラブ』若い非正規労働者を狙ったマルチ商法で、鎮痛剤と脱法幻覚剤の成分を含む湿布をバンバン売っちゃってる」


湿布。錠剤より広め易そうではある。


「徒労感の強いターゲットにはソフトドラッグとしての需要もあったっぽいね。よく考えてるよ。まぁ手口がバレちゃったみたいだけど」


「あの管理職っぽいリーマン風の男、『キュウソ』だな。人間も使ってるのが面倒だ」


キュウソは鼠の魔物。ズル賢い傾向がある。

が、あたし達は『人間を騙す悪いキュウソ』を退治しにきたワケじゃない。


「ここ一週間の間にゴッド湿布クラブのキュウソ9体と、その場に居合わせた人間23名が殺られちゃってる。人間の死因は全員失血。斬られた傷口から血が噴き出して、『それが窓やドアを突き破ってどこかへ消えている』」


シキオはモノクロの古びた写真を取り出してテーブルに置いた。腰に古風な小太刀を差した旧日本軍風の軍服を着た女が写っている。私と同じくらいの年頃だ。


「この子、日渡りだよな」


「うん。極東3種C型。君の種族より短命だけど、デイウォーカーで尚且つ強壮な種みたいだね。この子が差してる小太刀が今回のターゲットだから。『アゲハ丸』、吸血鬼の為に打たれた妖刀だってさ」


シキオは面白がってる顔であたしを見てきた。


「今の使用者は騙したキュウソへの恨みで凝り固まってるようだけど、上手くアゲハ丸を奪って従わせることができたら、菱沼さんも『庇護対象』からマキコを外すんじゃないかな?」


「上等だよ」


あたしは増血剤を取り出し、指で弾いて口に入れ噛み砕いて飲み込んだ。ドクンッ、血がたぎり、瞳が紅く変わるのがわかった。



強引だけど、菱沼の手下の蛇人間達が、全員一旦ビルの中に引っ込むを見計らって、ビルの外壁と地下の床に沿う形で、隠しと閉じ込めの結界を張った。


「あたし達が入ったら天井も閉じて」


「心得ました」


天井に構える蛇人間数十人に言って、シキオが毛皮操って鍵穴に入れた毛で塔屋のドアの鍵を開けると、黒のケープを纏ったあたしと毛皮を被ったシキオはビルの中に突入した。


「相手はもうビルに入ったんだよな?」


「間違いない。動きが派手になってからは蛇達が監視してたから」


あたしは黒のケープの力で、シキオも纏った毛皮に妖力を込めて姿を消し、ビル内の普通の人間達はやり過ごし、ゴッド湿布クラブのオフィスの入ったフロアに入る。

一気に半グレだかヤクザだかその類いの人間達が増えたが、無視する。

急に開くドアにギョッとさせたりするがどうでもいい。さっさと逮捕されろ。どうせ反省はしないだろうが。


「臭う、この先、ねず公の巣だよ!」


「派手に行くっ!」


いっちょ前に設置されていたカードキーの扉をシキオの拳で粉砕させる。

中に先に飛び込んだあたしは、とんずらする準備をしたり、腹ごしらえに適当に間引きしたらしい人間の従業員を喰っていた、変化が雑になったキュウソ達を片っ端からサイレンサー付きの拳銃で撃つ!

銀の弾丸で撃たれたキュウソ達は為す術無く消滅してゆく!!


「なんだテメェらっ?!」


(かしら)を呼べ!」


混乱するキュウソ達。シキオが切り離した毛皮で出入口を塞いでから参戦し、今更だがあたしがサイレンサーを外すと一方的な虐殺になった。と、


「テメェらかっ?! 最近子分どもを殺して回ってるのはっ!」


突入した大部屋と繋がった社長室から左手に持った重い機銃を乱射して、仲間のキュウソを平気で巻き込みながら巨漢のキュウソが現れた。右手に霊器らしき蛮刀を持っている。

オフィスデスクくらいで防げる弾じゃない。あたし達は身軽に回避した。


「このホネハミジサブロウ様をっ、おっ? ぺぐぅっ?!」


言い終わらぬ内に、床から噴出した血のアゲハ蝶に呑まれ、同時に蝶に乗って跳び上がった者に両断され、傷口から血を蝶に変えられて干からび、ホネハミジサブロウとかいうキュウソの首魁は死んで消滅した。


「っ?!」


唖然とする生き残りのキュウソ達。


「思ったよりヤバいね。観戦しようかと思ったけど、手伝うよ」


迷わず完全に毛皮を被って巨獣の姿に変化するシキオ。

そのアゲハ丸の使い手は、包帯を解いたミイラ男のように痩せ干そっていたが、目は爛々と紅く輝いていた。


三原卓巳(みはらたくみ)、アゲハ丸が納められた神社の傍系の家の男。2代前の内輪揉めで本家からの支援を失い家は没落」


間合いを取る、そうしている間に血のアゲハ蝶に襲われ、残りのキュウソ達も血を吸いだされて殺されてゆく。


「それでもあんたは地道に暮らしていたけど、長男がキュウソの詐欺に引っ掛かって破産し自殺。抗議に行った妻と長女は失踪」


キュウソ達は・・壊滅した。


「後に、詐欺グループから半死半生で逃げた者から妻子が面白半分にキュウソ達に惨殺されて喰われる映像を手に入れ、あんたは正気を捨て、人間も辞めたようだな。言葉はまだわかるか?」


「・・まだ、終わってない。キュウソ以外の、人間の社員達も、全員殺す!!」


「そっちは警察の仕事だよ、三原さん!」


シキオが突進した!! 人を超えた動きと、剣の達人の技でアゲハ丸を振るいシキオの迎撃に掛かる三原!

一瞬で、腕に出した亀の甲羅でも避けきれない程の斬撃を受け、全身に浅い傷を受けるシキオっ。


「っ!」


傷口から血が血のアゲハ蝶に変わって噴出する! シキオは飛び退いたが消耗し、身動き取れなくなった。


「シキオ、太刀筋はわかった。ありがとう」


「どう、致しまして・・」


「わかるぞ? お前も血の魔物だな。化け物には、無力で! ささやかな暮らしを守る運さえ持たぬ者の痛みが!! わからないだろうっ?!! 私達家族がっ、何をしたと言うのだ?!」


「三原、化け物のことは化け物の内で止めとかないとさ、またあんたみたいなのが増えちまうんだよ」


あたしは既に、キュウソが喰っていた人間の死体から流れた血を床を這わせて集め、両足で踏んでいた。


「知った風なことをっ!!」


三原は部屋中を逆巻いていた血のアゲハ蝶をあたしにけし掛けてきた! あたしはそれを人の血液で作った血の渦で受け、削ってゆく!!

蝶と渦は相殺し合い、濃厚な血液の煙と香りを撒き散らし、全て霧散し、あたしと三原は互いに突進した。交錯するっ!!!


「・・・妻と、子供達の所にゆきたい」


「ダメだね。神や仏はそんなに優しくない。けど三原、よくやった方だよ」


「あああ・・・・」


あたしは黒のケープをざっくり斬られたが、痩せ細った全身に銀のスローイングナイフを十数本撃ち込まれた三原だった妖刀の眷属は、消滅していった。

それでもアゲハ丸だけは残り、床に落ちると切っ先が刺さって立った。


「・・むぅ~っ、無念でござる! 事前に見切られたとはいえ、拙者の剣技が外套1枚しか斬れぬとはっ! トホホでござるっ」


間の抜けたことを言い出すアゲハ丸。血のアゲハが収まり変化を解いたシカオとあたしは顔を見合わせた。


「あんた喋れんの? 回収して従わせることになってんだけど?」


「別に構わないでござるよ? 三原殿より日渡りの『血吸い鬼(ちすいおに)』の方が上手く拙者を扱えるでござろうからな」


「・・・」


あっけらかんとしたもんだね。


「俺が言うのもなんだけど、やらかした自覚、あんの?」


「一応、三原殿が斬った人間は相応の外道ばかりござったが、ちょっと久し振りではしゃいじゃった、という点に関しては反省しないではないでござる」


「・・ま、あたしの周りはこんなもんか」


あたしは諦め、床のアゲハ丸を引き抜いた。



昭和の大戦の頃、拙者の使い手の名は満菜(みつな)と言ったでござる。手練れながら短命の血吸い鬼の一族の娘でござった。

最後の出陣は独りでに操縦される飛行機の魔物『紫電改・七(しでんかいしち)』を相棒とし、その機体の背に、拙者達は悠々と座って飛行していたでござる。

満菜の腰のベルトには満菜の一族の者達の血がつまった容器をいくつも括り付けてござった。


「・・これで、最後かぁ」


「清々したでござる」


「不謹慎だよ?」


「拙者、闘争の権化。戦の勝敗等は二の次でござる」


「アゲハ丸、貴方って正気じゃないのね」


「どうでござろう? 人は馬鹿馬鹿しい争いに、何か重大な大義があると、言い訳や空想を働かせているように思うでござる」


「そうね・・バカみたい。私達まで駆り出して」


「・・・来たでござる」


雲の向こうに、百機を超える相手国の飛行機の魔物っ! そして、その背には我らと同じく『天使』なる魔物が一様に乗ってござった。

古風な角笛等を大層勇ましく吹いてござる。

満菜は拙者を抜き、紫電改・七の背に立ち上がったでござる。


「アゲハ丸」


「なんでござる?」


「もしも、未来に希望があって、貴方がそこにいたら。貴方は貴方の本当の使い手を見付けて、貴方の本当の旅の終わりにたどり着いたらいいよ。私もそこで待っててあげる」


「これは僥倖(ぎょうこう)なことを言うでござるな、満菜。しかし、拙者が見た限り、時を超えても、せいぜい国の名前が代わり、またいつものように悪が蔓延り、人の憤怒と慟哭ばかりが響く世であると思うでござる。満菜、拙者はもうここでお主と砕け散りたいでござる」


「ありがとう。でも」


満菜は拙者で血の容器の1つを斬り、青白く光る血のアゲハ蝶を纏いだしたでござる。


「それじゃ、私達が寂しいから」


そう笑って、拙者達は最後の戦いに挑んだのでござる。



朝のホームルーム。担任は唐突に言い出した。


「は~い、北森君に続けてまた転校生でーす。はい、入って」


艶かな黒髪ロングヘア! スラッとしたスタイルっ。白過ぎるくらいの肌っ。


「失礼するでござる! 拙者っ、揚羽満菜(あげはみつな)! 令和のJKでござる!! 特技は剣道っ! 段はたぶん20段くらいでござる、かな? 以後、お見知り置きをっ!」


深々と頭を下げてみせたそいつを見て、あたしとシキオは愕然とした。あたしは慌ててリストバンド形態にしてる黒のケープの中を机の下で探ったが・・無い?!


「まさかの武士キャラ美少女キタぁーっ!!」


「北森君の上があったよっ、草ヶ部!」


村坂と田島だけでなく、クラス全体騒然となったっ。

なぜだ?! 登校する必要無いだろっ??!! 女子?? せめてござるは自粛しろっ!


「・・最悪だ」


あたしは朝一で貧血を覚えた。

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