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狗賓

「男なんてバカヤローっ! 全体的にっ、バッカヤローっっ!!!」


キャンプ場近くの高台で向かいに見える低い山々に叫ぶ田島香南。声が多少はこだまする。


「寿司ぃーーーっっっ!!!」


この後バーベキューだってのに、移動のバスの中で寿司特集の動画を見て『寿司』で思考が埋まったらしい村坂代々喜。


「バスの本数少な過ぎだぁーーーっっ!!!」


帰りの時間調整のめんどくささに既にウンザリしてる、あたし。

あたし達は一応住んでる市内ではある、外れの方の山地に来ていた。

傷心の田島が山に向かってバカヤローとか叫びたい、村坂は山に行くなら野外調理がしたい、あたしは増血剤無しだと体力脆弱・・。

と、諸々の兼ね合いで大口客の無い土曜の昼間の3名以上のグループ客に限り、1人2300円でノンアルコールのバーベキュープランのあったここのキャンプ場に来たワケ。

固形物食べまくりになりそうで今からあたしは覚悟決めてるさ・・


「じゃあ私、ここでお昼までスケッチしてるから。帰ったら『水彩』描いてやる!」


闘志をたぎらせて、高台で絵を描く準備を始める荷物の多かった田島。


「わたしは夏の演劇大会の脚本の追い込みで寝不足だから、ここで寝てるわぁ」


UVカットの虫除けスプレーを振って、レジャーシートを敷いて持参したクッションを置き寝転がる村坂。

スプレーは田島にも投げてやっていた。


「・・あたしはキャンプ場の段取りとか、近くの温泉とか、確認してくるわ」


「よろしく草ヶ部ぇ。虫除け使うか?」


「ごめんね。ほんといいの?」


「スプレーは持ってる。あたしは昼まですることないし、体力無いから山歩きとかしないし・・じゃ」


あたしはあやふやなに言って、そそくさと高台の坂を下り、辺りを確認してから増血剤を1錠、指で弾いて口に入れ噛み砕いた。

ドクンッ、瞳が紅くなり、力が高まる。あたしは山道の脇の茂みの向こうに飛び込み、合流を予定していた大岩の所まで駆けてきた。

岩の上に適当な私服の上からフード付きの毛皮を被ったシキオがいて、岩の周りには長巻を抱えた菱沼の蛇人間数名が控えていた。


「よっ、山は空気が綺麗だね」


あたしは気楽なシキオにため息をついて、蛇人間の1人に向き直った。


「キャンプ場とか、頼んだよ?」


「問題はありません。(よもぎ)の蒸し風呂と鱒の鮨も用意させましょう」


「そりゃどうも! というかこんな山里まで人間達と余暇で来たのにっ。菱沼、やっぱり弱ってるんじゃないか? 魔物が騒ぎ過ぎだ」


「まだノーコメント、マキコ」


「いずれお話することになるかと」


「あーはいはい、今、あたしにしらばっくれても、プラスになる気はしないけどなっ!」


あたしは右の手首のリストバンドとして巻いていた黒のケープを展開して、カジュアルアウトドアウェアからスパッツ穿きの学生服に服装を変え、黒のケープを纏い、ウェストバックとサイレンサー付きの拳銃も右の腰のホルスターに身に付けた。


「制服なんだ。ふふっ」


「これが一番慣れてるんだよっ、で? その『犬っころ』は?」


「この地の狗賓(ぐひん)は少々厄介です。マキコ様」


蛇人間はことさら苦々しい顔をした。



狗賓、最下位の天狗(てんぐ)とされたりもするが、大体は土着色の強い地霊(ちりょう)山神(さんじん)の類いの配下につくことが多いが、狗賓自体が山神となることも珍しくはない。

ただし神になり損ない堕ちれば、それはただの犬のような魔物だ。



「愚か者がっ!!」


象並みの巨体の犬のような狼のような岩のような魔物が口大きく開けて喰らいついてきた! 実際噛った以上に山肌と木々が抉り取られる!!

距離を取って、念入りに隠しの結界を張っている蛇人間達も大慌てだった。


「狗賓『スサダケサイノヌシ』っ! 菱沼さんと手打ちにしてくれないかなぁっ?!」


言いつつ杉を1本引っこ抜いて投げ付けるが大蛇のようにうねったスサダケサイノヌシの尾によって簡単に砕かれた。


「ヒシヌマ? マシラよっ、狒々(ひひ)よっ! それはクラブチタユウのことだな?!」


「その名前、嫌いみたいだけどっ!」


(あざな)や社に祀られた名等小賢しいっ!!」


両腕に甲羅を出してスサダケサイノヌシの尾の連撃をいなすシキオ。

あたしは中間距離でコソコソと拳銃で銀の弾丸を撃ってたんだけど、まるで効かない。

隠しの結界もいつもより強固だし山を崩しながら暴れる相手に無意味と判断し、あたしはサイレンサーを外してウェストバックにしまった。これでダンチだ!

あたし銃撃がちょっとは通りだすと、スサダケサイノヌシは苛立つ様子をみせだした。


「なんださっきからっ! この小虫っ!!」


スサダケサイノヌシは毛針(けばり)を猛烈に放ってきた!

黒のケープで身を守りながら飛び退くっ。5~6発刺されたけど、すぐに黒のケープを操って抜いた。毒は無いようだけど、『出血』はする。

あたしに気を取られた隙にシキオが毛皮を纏って完全に獣の姿に変化しながら突進してスサダケサイノヌシを殴り付けたっ。

スサダケサイノヌシは激昂してシキオに飛び掛かって押し倒し、さっき山肌を『喰った』大口でシキオを喰い殺そうとした!

シキオはスサダケサイノヌシの鼻と下顎の辺りを掴んで耐える。

あたしが銃撃しようとすると尻尾を操って地面を削り、木々を薙ぎ倒しながら牽制してくるっ。


「クラブチタユウっ、弱っておるな?! 我の封印が解けた! 我こそが、この地の神に相応しい!!」


「今さらハイよろしくお願いします。って神社やお寺に祀ってもらえるかな?! 無理くないっ?!」


「人どもの記憶や時の痕跡等、改竄すればよいっ!! 我が支配権を得る! その事実で全ては置き換わるっ!!!」


「そんなザックリしたシステムなんだ・・というかマキコ! 両肩外れそうなんだけど?!」


「溜まった! 抑えてろっ!!」


「?!」


あたしは尾の牽制をいなしながら、自分の血を操って拳銃に集約させていたっ。

シキオが身体のあちこちから大蛇を放ってスサダケサイノヌシとその尾を抑える!!


「このっっ!!!」


「じゃあね」


あたしは『血の弾丸』をスサダケサイノヌシの頭部に放った! スサダケサイノヌシは驚愕の表情まま、口の辺りだけ残し頭部を吹き飛ばされた。


「・・眷属ごときにっ、おのれ! クラブチタユウっっ、おのれっ、おの、れ・・・」


スサダケサイノヌシは崩れ、消滅していった。

あたしも仰向けにぶっ倒れた。


「マキコ!」


シキオが変化を解いて身軽に跳んで側に着地した。蛇人間達も駆け寄ってくる。


「血が、足りない・・」


「よし、俺の血を」


「いらないっ」


「え~?」


「ウェスト、バックから、増血剤を」


「・・これ? 飲み難くない??」


シキオは1錠取り出し慎重にあたしの口に入れた。

あたしは噛み砕き飲み込み、咳き込んで、慌てたシキオに背中をさすられたが、すぐに『血』が全身を駆け巡った。ビクンッ! と身体を震わし、傷も塞がった。

けど、凄い衝撃っ。


「マジ、大丈夫? リスキーだよね、ほんと」


「うっ・・シキオ。あたしは、暫く気絶するが、40分以内に! キャンプ場の、近くで起こせ。バーベキューを! バーベキューをっ、決行しなければならないんだっ!!」


「バーベキューってそんな命懸けのイベントだっけ?」


「う、うるさ、うるさい、お前、なんかに、わかって、たまる、か・・」


田島と村坂以外にあたしに人間の友人はいない。日渡り・極東3種A型は昼の世界で生きなきゃならない。

長過ぎる、昼。この眩し過ぎる世界で、あたしは生きてる。魔物狩りなんてそのついでだ。神だとか祀るだとか知ったこっちゃない・・



肉、肉、野菜、魚介、マシュマロ、焼きそば、鱒鮨!!! めくるめく『固形物食』のラッシュに、あたしは一旦トイレ立った隙に増血剤を1錠摂って吸血鬼パワーで無理矢理消化して乗り切るより他なかった。

満腹美食にテンションの上がった田島と村坂とは裏腹に、あたしはぐったりと食休みをし、それからキャンプ場近くの安い温泉に入り、さらに蛇人間達が即席で設置したらしい蓬蒸し風呂にも義理で入った。

帰りのバスに乗る頃には固形物食べ過ぎに増血剤使い過ぎ、その上茹でられ過ぎになったあたしはぐでんぐでんになっていた。


「うっぷ・・」


座席で揺られてると吐きそうだなと思いつつもボソボソと、時折体調を心配してくる田島と村坂と話していたが、気が付くと2人とも眠ってしまった。


「・・・」


田島もストレス発散できたようだし、村坂も帰宅する頃には睡眠不足が解消できるだろう。安らかな寝顔だ。血を吸ってみたい序列8位と7位の並んだ寝顔は尊い。

あたしが微笑んでいると、気配は察していたが、外から開けられた窓から『毛皮の波』みたいな物が入ってきて、あたしを掴まえると窓の外へ連れ出し、そのまま夕陽の差すバスの屋根まで引っ張り上げた。

シキオの仕業だ。座って茎の大きな植物の皮を剥いたの齧っていた。

近くに座らされる。毛皮が座椅子兼シートベルトみたいに変形してモコモコだ。


「屋根の上の方が気持ちいいよ?」


「人間の客達を眠らせたろ?」


「俺じゃないよ。運転手が菱沼さんの蛇だろ? 気を利かせたんだよ。これ、イタドリ。山だと若いのがまだ生えてた。食べるとスッキリするよ?」


皮を剥いたイタドリを差し出してくるシキオ。


「青臭いんだが?」


受け取って齧ってみた。


「苦っ! 酸っぱっ!」


「アハハっ!!」


くっそ~っ。あたしはヤケクソでイタドリを齧り付き、益々シキオを笑わせた。

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