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猿 前編

その部屋は不衛生極まりなく、蟲が飛び交い、様々な動物達の内、力の残った物は暴れ喚き続け、力無い者やそもそも知性の低い者はただ静かに衰えていった。

皆、不潔な檻の中にいた。

その者は、人どもの、暮らしの思念のさざ波のようなモノから掬い取り、知性に目覚めた時、地獄の概念も、知った。

が、その悪は罰せられるという幼稚な信仰はここのそれに及ばないと嘲笑せざるを得なかった。

何より、この地獄は無知と無関心と、貧乏から来るモノであり、言わば人どもの営みの吹き溜まりの一例に過ぎない。

つまりこの怒りも、より良い場所が他にあった、というただの郷愁に過ぎなかった。

その者は身体の役割の終了を待った。その先があるからだ。

これは、突破である。例え郷愁に過ぎなくても。

産まれた時から繁殖用の檻にいたその者は空虚な知識から、想像した。

例えば東北の森を。雪深さ、春のほころび、仲間達。

それは美しく、しかしその認識も、人どもの知識からの借り物に過ぎず、結局その者は生涯、ただの偽物であった。

多くの突破者はそうして産まれるモノである。



高校の調理実習は不毛だ。『玉子焼きを焼いてみよう』この不毛な課題設定。小学校の頃から何度も理由無くリピートされるブッ壊れたこの国の学習要項。

玉子をボールに2つ割り、出汁、みりん、醤油少々、入れたい者は砂糖やおろし生姜を加える。

村坂代々喜(むらさかよよぎ)のような剛の者は持参した明太子まで投入する。鶏卵に魚卵を加えて纏めて喰おうとしている。魔界の魔物の思考だ。

田島香南(たじまかな)は出汁やみりんや醤油は入れず、代わりに砂糖とバニラエッセンスと練乳を入れている。プリンか? 焼きプリンだなそれ。

あたしは普通の関東風の物にした。午前中の授業なのでこの後、昼も村坂と田島のに合わせてパンか、おにぎり1つ程度は食べてみせねばならない。憂鬱だ。

あたしは日渡り・極東3種A型の吸血鬼、草ヶ部万亀子(くさかべまきこ)。日中活動はできるが、人間の食べ物を消化するのはあまり得意じゃない・・


「なんだ草ヶ部ぇ、プレーンかよ? 慈悲深いこの村坂様がよ、明太子少し恵んでやるぜ」


村坂があたしのボールに明太子を投入しやがった?!


「じゃあ、私、練乳ね」


田島が練乳入れやがった?!


「お前達っっ」


この後の試食は恐ろしいことになったさ・・



あたしは調理実習後、1人、トイレに向かっていた。


「うっぷっ」


吐き癖が付くとやってけなくなるから、人間の食べ物が口に合わなくてもなるべく吐かないことにしてるんだが、練乳明太子コンボは効いたぜ。

あと少しで女子トイレというところで、


「草ヶ部」


いきなり右側面に学校保健師の菱沼(ひしぬま)がいた。コイツも魔物。


「うぉっ? いきなり出てくんなよっ、菱沼!」


「お前は体調不良で早退しろ」


「? そこまで悪くない。過保護か」


「街にマシラの類いが10体前後出てる。隠れ方が下手なヤツらで、雑だ。私の手下どもは昼間は力が出ない。日渡りのお前が対処しろ」


藪から棒だ。


「あ~ん? あたし、今月もう3回も『狩り』で早退してんだよっ」


「草ヶ部万亀子、お前はむしろ登校し過ぎだ。気恥ずかしいヤツ」


「・・・」


言うよな、コイツ。



40分後、あたしは駅近くのビルの屋上の貯水タンクの上にいた。

殺りに来たからスカートの中にスパッツを穿いて、家に伝わってる裏地が赤の黒いケープも羽織ってる。


「菱沼の手下が手こずるマシラが10体か・・ダルい。チッ」


あたしは舌打ちして、増血剤を1錠、指で弾いて口に入れ、噛み砕いた。美味い。血の、香り。

ドクンッ! 目が紅くなり力が漲り、五感が鋭くなる。

聴覚で卑しい鳴き声と息遣いを、嗅覚で深いな獣の体臭と、運の悪い犠牲者の血と肉と髄液の臭いを、感じ取る。

ついでに、生臭い菱沼の手下どもの位置も把握する。


「14体いるぞっ。ザルい情報っ!」


イライラしながら、貯水タンクを飛び降りてそのまま駆け、ビルの側面の壁を途中まで走り降りてから、向かいのビルの側面と交互に跳んで勢いを殺し、路地裏に着地して、さらに駆ける。

路地裏を抜けて明るい表通りが近付くと、黒いケープに力を込めて自分を迷彩化する。

普通のヤツにはまず見えない。せいぜい違和感を感じる程度。感じてももう、あたしは走り去ってる。

あたしは表通りも疾走し、信号で止まってる車の上も駆け抜け、また別の路地裏へと飛び込んでゆく。

人間と違い疲れた側から回復するのと、呼吸もそこまで必要無い。何より五感が違う。あたしだけ『ゆっくりな世界』で速く動いてるようなもんだ。



いくつかの路地裏を越えた先に、その先に何も変わった景色が無いはずが、忌避感の強い『透明の壁』を見付けた。

既に腰のホルスターから抜いてるサイレンサー付き拳銃の安全装置を外す。腰裏のウェストバックも触って確認する。

透明の壁に迫り、あたしは砂のような感触のそれを蹴破って中に突入した。

毛むくじゃらのマシラの類いが4体いた。目元と鼻だけ隠す、妙な面を被ってる。

対応しているのは神主みたいな格好をした蛇人間達、5体。狭い路地だってのに、手には一様に長巻(ながまき)を持ってる。苦戦してるらしい。せめてポン刀持ってこいよ。

犠牲者は年寄りが1人。胸と腹に穴が空いていた。


「草ヶ部姐さんっ!」


嬉しそうな蛇人間達。


「姐さん呼びやめろ。相手、グルメか?」


と言いつつ、味方もいるから1体に集中して銃撃。素早い反応でそこそこ頑丈だけど、銀の弾丸を1発外し、3発命中で消滅できた。

他の3体もウキャウキャ喚いて反応するが、蛇人間達が威嚇牽制してこっちまでは手出しできない。


「いえ、おそらく首魁(しゅかい)への貢ぎ物かと。1体逃げられました」


逃げられたんかい。


「2体殺るから1体くらいは倒せる?」


「っ! 勿論ですっ。我々だけでもこの場は問題ありませんでしたよ?」


顔色変える蛇人間達。面子ぅ。


「へぇ。じゃ、よろしく」


私は低い姿勢で蛇人間達の間を抜け、牙を剥き出しているマシラ2体に迫る。

まず手近な1体にウェストバックから左手で抜いた銀のスローイングナイフ1本を投げ付けて牽制する。

振り返り様に鉤爪振り下ろしに掛かってきていたもう1体に4発撃ち込む。1発は硬そうな仮面に撃ってみた。やはり硬く、殆んど通らなかったが、銀弾3発命中で消滅はさせられた。


「ウキャーッッ!!!」


スローイングナイフ投げたヤツが飛び付いて来たから転がって下を潜って避け、しゃがんだ姿勢で2発、下腹部と鳩尾に撃って両膝をつかせ、敢えて仮面部位に2発撃って仮面を砕いた。と、


「んん?」


仮面の下は、猿のそれではなく、様々な獣や爬虫類の混ざった不可解な顔だった。ストレートなマシラの魔物じゃないのか? あたしは一応、日光を受けて目があるらしい仮面で隠した部位を庇って苦しむマシラの左膝も、撃ち抜いておいた。


「・・捕縛して、尋問しときな。あと5体は雑魚狩りに付き合ってやる。それまでに首魁の情報を掴んどけよ?」


あたしは弾倉を替えながら、わーわー大騒ぎして1体仕止めていた蛇人間達に言った。


「ハァハァっ・・かしこまりました、草ヶ部姐さん。オイっ、捕らえるぞっ?」


「大人しくしろっ! コイツっ」


蛇人間達は今度は捕縛に大騒ぎしだした。

あたしはそれ以上構わず、探知済みの次のマシラの出現場所に駆けていった。



跳び越えながら、5体目のマシラの頭頂部を撃ち抜いて仕止めた。高架下だ。犠牲者はホームレスが1人、だが、もう1人ホームレスが生存していたが左腕を喰われていて、錯乱していた。


「コラっ、落ち着け! 手当てして、記憶も消してやるっ。暴れるでない!」


ここを担当していた蛇人間達が対処に四苦八苦していた。


「草ヶ部様」


蛇人間の上役らしいのが近くに来て、膝をついて畏まった。『ほぼJK』相手に、江戸時代くらいの感覚だよ。


「首魁の居場所、わかった?」


「ハッ、廃工場です。しかし手強い様子。夜まで引き付けて頂ければ我々で始末致しますので」


「夜まで? 今、昼過ぎ。やってらんないんだけど?」


あたしは髪を掻き上げて言った。



一定間隔で散って配置した蛇人間達が人避(ひとよ)けと、閉じ込めの術を掛けている廃工場近くまで来たところで、酷い目眩がした。

増血剤の効果がそろそろ切れる。


「ヤッバ。早退したし、まず、下校時間までに片付けないとな」


村坂は既にSNSとメールでガンガン早退後の体調確認してきてるし、演劇部のスケジュール次第だが、下校となると電話も掛けてくるだろう。

田島は『家が比較的近い』から見舞いに来る可能性がある。厄介だ。

猶予は2時間、ってとこか。

あたしは増血剤をもう1錠、親指で弾いて口に入れた。噛み砕いて、飲む。


「・・・っ! つぅっっ!!」


目眩は飛ぶ! が、鼻血も出た。


「今日中に3錠目は無いね」


あたしは笑って、鼻血を手の甲で拭った。



蛇人間の1人からブン盗った長巻を一振り担いで、廃工場の屋根から中へ飛び降りた。薄暗い。


「・・?」


檻が奥に積んである。1つ1つはそう大きな物では無い。と隙間だらけで窓も割れた廃工場に吹き込む風の向きが変わり、風下になった。


「臭っ」


紅い目を暗さに慣らす、その積まれた檻には1つ1つ、複数名の人間達が詰め込まれていた。意識は失っているようだが、死体ではなかった。蟲は無数に(たか)っていた。

檻を重ねた段の一角にボロボロのソファとテーブルが置かれていて、ソファには書籍が積まれ、テーブルには人の心臓と肝臓が溢れる程入れられあクーラーBOXが置かれている。

ソファの端では『フード付きの毛皮のコート』を着た長身の男が、新鮮そうな人の心臓にかぶり付き、鮮血で本が汚れるのも構わず読書していた。


「知識は不思議だよなぁ」


男はこちらを見ずに話し掛けてきた。


「化け物は発生すれば自動的にある程度は物事を知れるけどさ、それって人間達のおこぼれみたいなモンだろ? 真実でない気がすんだよ」


「・・ダルいこと言ってんね。喰い意地張ってるヤツは、高校通えないよ?」


男は血塗れの本を閉じ、食べかけの人の心臓を放り捨てた。


「『高校に通う』?」


次の瞬間、男はあたしの猛烈な速さで突進してきた。あたしは長巻で払ったけど、持ってた血塗れの本を切断しただけで、身軽に躱された。


「ウキキッ! お前、『新しい発想』だっ! だがっ」


着地し、あたしが片手で銃撃しようとすると、男は鼓膜が破れそうな雄叫びを上げた! これに檻に詰め込まれた人間達が呼応して目覚め、吠え、泣いて、次々と内から怪異が溢れるようにして仮面のマシラの変化して檻を破って外に出てきた!! 200体以上はいるっ。


「最悪っ!」


「俺はっ『怒り』を優先するぜっ!!! 動物を痛め付けるヤツは閉じ込めて狂わせて俺の眷属にするっ!! あと、腹が減ったらなんもしてないヤツも喰うっ!! 俺はもうっ、自由だぁーーーっっ!!!」


毛皮の男が絶叫すると、仮面のマシラ達も益々吠えだした。うるせぇっ。


「なんだコイツっ?! 頭悪いヤツっ!!」


あたしは長巻と拳銃を構え、全方位警戒した。

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