姑獲鳥
「オンギャーーーっっっ!!!!」
爆泣きっ! 抱いてるあたしはもう卒倒しそうだっ。
顔や身体の所々にうっすら鱗のあるこの赤ん坊!
ワコが持ってきたイタチの着ぐるみ風のベビーウェアを着せられたこの赤ん坊!
神社奥の湖の異界にある平安貴族っぽい館の主の間を改造して造られたベビールームに君臨するこの赤ん坊!!
「菱沼っ、もう勘弁してくれっ!!」
そう、孵り直しの結果、菱沼は赤ん坊になってしまった。
市の護りなんかはすっかり元通りになったが、とにかく赤ん坊になってんだよっ!
密かに同じ高校生くらい、いや中学生でも大学生くらいでも、ギリ20代後半から小学校高学年くらいでもっ、前より近しく話せるかもしれない、と期待していたりもしたんだが・・ズラし過ぎだろっ?!
なんだ? 距離を取られのか? 逆に甘えられたのか? くっそ~~っ。こういうことじゃないんだよ?!
「姐さん、仕事がない限りは1日2時間はあやしてあげてもらわないと手が付けられなくなるんで。昨日も御学友とお出掛けになれてこちらに来なかったでしょう? いけませんよ? お務め、果たしてもらわないとっ」
近くに設置されたアジア風の丸テーブル席で茶を飲みながら言ってくる上役の蛇人間の1人。3人座ってるが、未だにどいつがどいつだか区別はつかない。
「これ、あたしのお務めか?? うう~っ」
昨日は田島香南がどうしてもアニメ映画の解禁された新入場特典をコンプしたいと騒ぐので村坂代々喜と付き合っていた。
菱沼が、この有り様、になってから10日あまり! あたしは連日、菱沼の眷属の蛇達から呼び出しをくらってベビーシッターの真似事をさせられてノイローゼになりそうだったので、息抜きが必要だった。
「マキコはマザコンのクセに母性に欠けるというポンコツでござるからな」
いつの間にかベビールームに設置したテレビに繋いだ据え置きゲーム機でコウタと対戦しているアゲハ丸。
「マザコンじゃねーわぁっ?!!」
「オンギャーーーっっ!!!」
あたしが怒鳴るとまたベビー菱沼が爆泣してしまった。
泣き声でベビールームのあちこちにヒビが入り始める。外の湖の異界の天候も荒れ出してるだろう。
「姐さん、もう一段行くと外の世界にも被害が及ぶんで、ちゃんとして下さい」
「愛情ですよ?」
「無くても母性をかき集めて下さいね」
平然としている上役蛇トリオっ!
「くぅ~~~っっ、・・ひ、菱沼ちゃーん、あばばーっ、万亀子お姉さんだよぉ」
あたしが必死でスマイルを造ってみせていると、
「マキコ、これ。仕事じゃないかな?」
ベビールームに持ち込まれたソファに座ってタブレット端末をイジっていたシキオが言ってきた。
ソファの離れた席にだらしなく座ってるワコは雑誌を手に興味無さそうだが・・
「ああんっ? 市の守りは回復したんだよな?」
「ばぶぅっ!」
「痛たたたっ?」
垂れてた前髪をベビー菱沼に思い切り掴まれてしまった。手に負えんっ!
月夜の空は気持ちがいい。秋になれば風の手触りも変わってよりいいのだろうが、さすがにそろそろ潮時だ。
クロブチタユウは自己更新に失敗したらしい。それでも眷属達は尋常ではない。足が付く前にこの街を去るべきだろう。
今となっては守りが固く入り難いが、出る分にはなんとでもなる。
「ふふふっ、お前達! 最後のお迎えだよっ!!」
私は呼び掛け、翼をはためかせた。眷属達はギャオギャオとけたたましく喚きながら不器用に羽ばたいて続いてくる。私の可愛い妹達・・
目指す産院はもう眼下に見えている。下調べは済んでいる。今夜は赤子は4人、妊婦は3人入院している。
物足りない気もするが、少し臆病なくらいが長生きする秘訣だ。
産院が近付く、この距離ならもうわかる。感じ取れる。赤子の柔らかい肌、温かさ、乳臭い匂い。妊婦達もだ。希望や不安や幸福を抱えているんだろう。腹に宿る確かな命。
「ふふふふふふっっ」
飛びながら涎が溢れてしまう。
私は眷属を引き連れ、降下を、
「っ!」
力を感じたっ、その次の瞬間!
「名誉町民パンチっ!!!」
2つの火球が近くの建物の屋上から放たれ、私の眷属達の4割は吹き飛ばされた!
「なっ?」
屋上に両手を燃やす男子中学生・・いや、クロブチタユウの眷属! 半ノビのガキっ。
「小僧がっっ」
私は血の毒を染ませた羽根の刃の雨を放ってやったが、鋭い旋風が巻き起こった!
風は私の羽根を全て巻き取るっ。私は回避したが、残りの眷属達は全て旋風に取り込まれ、中空に1ヵ所に集められたっ。
「ウブメ、詰んだねー☆」
別の建物の屋上に鎌のような尾をを生やした着崩した白衣の女がいる! コイツも眷属のカマイタチっ。
「お前達っ、逃げ」
警告する間も無くっ、旋風の真上に鉞を振り上げた毛皮を羽織った男が魔物の力を解放をして現れ、旋風に集められた私の眷属を旋風ごと纏めて両断して消滅させた! マシラかっ。
「くそっ、失敗だ!」
「わかってんな」
唐突に背後で声がして、左の肩口に鋭利な物を突き立てられた! 傷から鮮血が蝶の形で大量に噴き出てゆくっ。
私は迷わず最速で羽ばたいて弾丸飛行を始めた! 産院からは離れてゆくっ。
「ちょっ?! コイツっ!」
「まぁ袋叩きにされるよりかはマシでござるからな」
私の肩口に妖刀を突き刺したこの学生服の小娘は背にしがみ付いたまはま、すぐに体勢を 立て直して片手で私の首根っこを掴み、心臓まで妖刀で抉る構えをみせた。
血の支配権を全て奪われたワケではないっ。私は傷口から、血と肉のみでできた赤子達を発生させたっ。
「オギャーっ! オギャーっ!」
「まんまーっ、まんまーっ」
「んばぶぅーっ!!」
小娘を抑え込ませる!
「クロブチタユウの眷属っ、日渡りの者だな! 人に近い身体をしているんだったな? このままっ!」
他の眷属から距離は取れたっ、私は飛行を真上に切り替え、急上昇を始める!
「凍り付く、呼吸もできない空の層まで飛んでやろうっ! 止血のついでだっ。お前が人と魔物の狭間で卑屈に生きてきた中で見たこともない、美しい本当の星空を見せてやろう!」
「・・うるせ」
女の魔物の力が一気に増大したっ?! なんだ手と頭を抑え、増血剤とやら飲ませず、私の血も吸わせていないはずっ??
これに呼応し、小娘の黒いケープが刃物のように鋭く、爆発的に閃いて泣き叫ぶ血と肉の赤子達を消し飛ばした。
「タイムリーにイラつく攻撃した挙げ句ロマンチックなこと言ってんじゃねーよっ?!!」
小娘は紅い目で激昂し、小太刀の妖刀で私の心臓を抉った!!
血の蝶が膨大に湧き出す。蝶が、月に照らされていた。また、月。
・・・着物を捲って、冷たい川の中にしゃがんでいた。冬ではなかったが、長く浸かっていると、あまりの冷たさに痺れたようになってくる。
月が照っていた。
下りる、のを待っている。早く下ろせと殴られて、屋敷から追い立てられていた。
これで何人目だろうか? 私の子供達。
13で廓よりマシだと、地主に売られて、飽きると結局別宅で客を取ることになった。
マシな場所等どこにも無い。どこかで気味の悪い鳥の声もした。
「ねね子に粥を、ねね子に粥を、芋粉の粥を、たんとやれば、今宵は泣かぬ、泣かぬねね子は離れに置きや」
私はずっと歌っていた。そして、また、下りた・・
「あっ」
力が抜けた。上下が返った。私は浅い川の中に倒れ込んだ。月灯りの中、私の川下は血の川だ。
浅くとも倒れていれば流される、ああ・・
(ねね子が欲しいか?)
耳障りな声がした。
(いらない)
(おっかあになりたいか?)
(ならない)
(ねね子が憎いか?)
(憎い)
(おっかあになれる者が憎いか?)
(憎い)
(・・この身体はもう古い、私は恨みを忘れそうだ。お前が、次のウブメになれ)
それが、私に入り、私がそれになった。
「ゲェエエエーーーーンッッ!!!!!」
ウブメのヤツが急に絶叫し、傷口から血と肉の赤子の手を爆発的に噴出させて蝶の血もアゲハ丸もあたしも弾いたっ!!
「うっっ、ヤッベっ!!」
アゲハ丸を見失い、いい加減凍てついてきたロクに呼吸もキツい空に放り出されたっ。風も殴られてるみたいだ! 散々生成した血の蝶達も遠過ぎるっ!
孵り直しの攻防の時、菱沼からもらった予備の命をあたしは1個ストックしてるけど、こんな半端なヤツに使いたくないっ。
あたしはどうにかホルスターから拳銃を抜いた。この状況じゃ、増血剤もシキオの血のボトルも使い難い。
クセになりそうな予感があったから控えているが、しょうがないな! あたしは袖を左手で破って、自分で自分の右手に噛み付いた。
「っ!」
ほらやっぱりさっ、めちゃ美味いんだよ自分の血っ!!
「ゲェエーーンッッ!!!」
怒り狂い、自分が散々喰ってきた血と肉の赤子の死霊達と融合したような姿になった手負いのウブメが急降下してきた!
自分の血を操り、銃を固定し、強化する。暴発は注意だ。目が潰れると再生が厄介だ。
あたしは、鉄も引き裂きそうな鉤爪を立てて襲い掛かってきたウブメの眉間を撃ち抜き、頭部ごと吹き飛ばした。
「・・・」
コイツも、大体のウブメ達の発生経緯からすると、
「姐さん、お疲れ様ですっ!!」
「ああん?」
アゲハ丸も回収したシキオ達を乗せた飛行する舟で近くに来た眷属蛇達の上役だ。
あたしも速攻でシキオが伸ばしたモフモフ毛皮で舟に回収された。
犠牲者の被害を少しでもリカバーする為に、対価の術を消滅しようとしていたウブメの遺骸に掛けだす蛇達。
「・・赤子の死霊達は対価の素材にせずに成仏させてやれよ」
あたしが思わず言うと、
「? 同じことではないですか??」
「違うだろ?」
「一応、仏の一門なんで赤子の成仏に一票するよー☆」
「効率悪いですねぇ・・」
蛇達は困惑しながらも赤子達は見逃し、天に還してやっていた。
自宅に帰り、アゲハ丸より先にシャワーに入り、いつの間にか溜まっていた、田島と村坂からのSNSやメールにバーっとリアクションを返し一息つくと、押し入れの奥の隠し氷温庫から菱沼の血の瓶を取り出した。
「ふっふっふっ」
あたしはほくそ笑んで、ミニグラスにちょこっとだけ注ぎ、念入りに瓶は封をし直して氷温庫にしまい、
「頂きます!」
ミニグラスを一息に空けた。
「くぅーーーーっっっっ!!!!!!」
軽く地団駄踏んじまう美味さ! 疲労もブッ飛んだ!!
「昼間あやして、夜は生き血を啜って身悶えする。変態が極まってるでござるな」
「んだよっ?!」
もうシャワーから上がってきたアゲハ丸。張った胸しやがってっ!
一応下着とTシャツとハーフパンツくらいは着て上がるようにはなったが、最初の頃は身体が乾くまで裸でウロついてたからなっ。江戸時代でもオカシイだろ!
「これは正当な報酬だ! あたしは吸血鬼だぞっ? 今日もタダ働きさせやがってっ」
「シキオは怪しげなニュースチェックに余念が無いでござるからな」
「アイツは結局好戦的なんだよ、大体」
あたしが文句を続けようとすると、食卓に置いてたノートパソコンに着信が入った。連動させてるスマホにもお知らせ着信! 見れば蛇の上役共通のヤツだ。
「出ないでござるか?」
「チッ」
あたしは舌打ちしてパソコンを開いた。アプリを起動した。途端、
「オンギャーーーーっっっ!!!!!」
爆泣き音声っ!! 鼓膜破れるわっ。御近所トラブル発生するわ!
「姐さん、主がちょっと早めの夜泣きが炸裂してしまいまして、暫く通信越しにあやしてもらえませんか? あ、動画にしますね」
「何っ? おまっ」
画面に号泣ベビー菱沼が大写しになった! くそっ、
「ど、どうちまちたぁ~?? 万亀子お姉さんでちゅよぉー??」
取り敢えず全力スマイルでパソコンのカメラを調整するっ。
「さっきまで生き血を啜ってたのに、どういう情緒でござるか?」
「うるさいっ、うるさい! 黙れっ」
「オンギャーっっ!!!」
「違う違う違うっ! 菱沼ちゃんのことじゃないでちゅよぉ~っ?!」
「ちょっと、田島と村坂にこの件の動画を送りたいでござる」
「や~め~ろぉーっ!!」
「オンギャーーーっっ!!!」
ぐぉおおおっ??!!! 気が狂いそうだっ!! 早く大人になれっ、超スクスク育てっ、菱沼ぁっ!!




