藤老仙
申し訳程度にオートロックのある古い4階建てマンションの3階の端があたしの部屋だ。
「あ~~・・」
ソファベッドで無意味に呻く。
紫雲城を始末してから5日経った。
学校を休むとややこしいので、帰宅すると風呂に入って着替え、押し入れの奥の隠し氷温庫から屠殺施設からブローカーに仕入れさせたブランド和牛の血とプルーンジュースを割ってジョッキ一杯飲み、小一時間程学校の勉強をして、あとは村坂と田島にSNSで書き込んだりしてから歯を磨いて朝まで延々と眠りに就く。
という暮らしを繰り返していた。
最初の頃は泥のように眠っていたが、回復が進んで段々眠りが浅くなり、とうとう午前2時に目が覚めてしまった。
「・・あたしも最後は惨めったらしく殺されて終わるんだろな」
自分が『敵』にそうしてきたから当然か。だが、あたしはハッとしてソファベッドの隣のカーペットで毛布にくるまっているあられもない格好の人間体のアゲハ丸を見た。
・・よし、寝てるな。起きてると、ござるござる、うるせーからな。
狭いリビングにはレストモードのいつか村坂と田島が戸籍上の誕生日に買ってくれた亀モチーフのファンシーな電灯が点いている。
アゲハ丸は寝る直前まで菓子等を飲み食いしながらヘッドフォンを付けてゲームしていたらしい。
設定ではコイツは駅近くで1人暮らししていることになっているが、時々勝手に出掛けるので油断できない。
あたしはアゲハ丸以外の人気の無い部屋の天井を見上げた。
もう見慣れた天井だ。死にもせず、何度も見れた。顔馴染みくらいだ。明日もわからないならせめて見知った場所から、ついに死ぬ新しい今日を始めたいな。
あたしはいつかまたトロトロと眠りに落ちていた。
顔も思い出せない両親の後ろ姿と、路地裏で苦労して捕まえたドブ鼠に必死で噛み付いて血を吸う幼く不潔なあたしを見下ろし、「踊り喰いとは、贅沢なヤツ」と言ってきた当時は市の歓楽街でクラブのオーナーをしていた菱沼の姿が、交互に見えた、気が、した・・・
15日経った。梅雨は明けた。
「どいつもこいつもっ! 大味なんだよっ?!」
街と住人達は藤老仙の藤の触手によって相当な勢いで侵食されだしていた!
増血剤の飲み、黒のケープも纏ったあたしは、人間体のアゲハ丸と共に家の近所の屋根から屋根へと走って移動していた。
こうなると姿を隠す意味はほぼ無い。あたし達は余計なことに力を使わず走った。
「藤老仙めっ、好きにしてくれるでござるっ!」
街はめちゃくちゃだ! くそっ、結局倒した後の改竄前提でしか対処できないっ!
あたしはウエストバッグからスマホを取り出して電話を掛けた。
「・・シキオっ! だいぶ駅の方まで来たぞっ? 早く回収しろっ」
「もう駅まで来たよっ」
前方の藤の触手に覆われた駅舎の前方の中空に忽然と蛇達の舟が出現した。舳先の辺りにシキオとワコとコウタが見えた。術で隠れてたか。
姿を現した途端、駅舎やロータリー辺りに蔓延っていた藤の触手に襲われていたが、球形の舟の守りで防いでいた。
「すぐ行く! アゲハ丸っ」
「御意!」
小太刀の姿に戻ったアゲハ丸を手にあたしは走る。駅に近付くと攻撃で活性化した藤の触手に襲われだしたが、大した精度じゃないっ。
あたしは時折アゲハ丸で触手を斬り払いながら、逆に舟を攻撃する藤の触手の上を走って蛇の舟の球形の守りの中に飛び込んだ。
「マキコ乗ったね! とっとと出してーっ! 墜とされちゃうよっ☆」
「コウタ艦隊っっ、出向だぁーーっ!!!」
「マキコ、今回もっ」
シキオはまた自分の血を詰めたペットボトルを2本投げ渡してきた。
あたしは受け取ると、藤の触手を避けて上昇しだした舟の上で、大きく呼吸整えた。あたしは学習している。
「マキコ?」
「・・いつも悪いな。縁斬りの時も助かった」
言えた!
「別に頼んだワケではないがな」
補足もしたら「アハハ」とやたら明るく笑われてしまったが・・
藤老仙。古戦場に生えた藤が魔物に転じ、さらにその魔物が仙術を身に付けて始末に負えなくなったモノ。
この地の支配権を一番古くから菱沼と争っていたらしい。
上空で姿を消していた他の蛇の船団と合流し、市の中心辺りに出現した触手の源の藤の巨木の森を目指す。あれその物が藤老仙だ。
「今回は操られるリスクが高いから、マズそうな人達は昨夜の内に蛇達にちゃんと回収して避難してもらってるから」
「ああ」
あたしは触手に覆われてゆく街を見下ろしていた。
選民してしまった。
「土地神候補がブッパしてくるのは毎度じゃない?」
「開幕ブッパなら負けないぜっ」
「・・コイツで最後だ。とっとと片そう」
あたし達の船団は巨木の森の藤老仙へと直進していった。
藤の巨木の森に接近し、蛇達が銀の矢尻の矢を上空の舟から一斉に森に撃ち込みだすと、藤の森と大地が鳴動しだした!
「来るでござる! デンジャーでござるっ!!」
アゲハ丸の警告した直後、藤の森から体育館くらいの大きさの藤の樹でできた巨人の頭部が迫り出し、咆哮とともに円形の術の陣から火炎、水の激流、土砂の塊、藤の樹の槍、旋回する金属の刃を放ってきた!
蛇の船団の球形の守りは簡単に破られ、次々と舟は墜とされたっ。
あたし達の舟も損傷させられた。想定と形態が違う上に火力が高い! 向こうも寝起きに袋叩きにされるのに備えてたんだろう。
「蛇達は遠距離から支援っ! 俺達は接近しよう!」
「それしかないっ」
あたしは血のペットボトル1つで獣の血の渦を起こし、シキオは纏った毛皮の背から鳥の翼を生やし、ワコは風を、コウタは炎で身を包み、浮き上がった。
あたし達は蛇の舟から飛び出し、頭部だけの巨人の藤老仙へ突進を始めたっ。
藤老仙は5つ属性の遠距離攻撃で離れた蛇の船団よりあたし達の迎撃を優先しだした。避ける為に低く飛ぶと下の藤の森から樹の触手が無数に飛び出し、絡め取りにくるっ。
「おのれっ! 小癪なヤツでござるっ。幕末、明治と毎回形を変えてチクチク離れて攻撃っ!! 2度も使い手を殺された恨みっ、晴らさでおくべきかっ、でござるっ!!!」
「アゲハ丸、落ち着きな。使い難いっ」
手の中で力が荒ぶって小太刀を取り落としそうだ。満菜って人以外は顔も覚えてない、みたいなこと言ってたけど、トンチキなアゲハ丸の思考はいまいちわからない。
とにかくあたし達が上手く接近できずに藤の森の上でまごついていると、あたし達が引き受ける形になってほぼフリーになっていた蛇の船団がやや離れた上空から、力を練りに練った銀矢尻の矢を一斉に頭部の藤老仙に撃ち込みだしたっ!
怯み、激昂して蛇の船団に大しても5属性弾を撃ち返しだす藤老仙っ。隙ができた!
「行くよっ!」
あたし達は一気に距離を詰めた。
「人は増え過ぎたと言うより他無しっ!」
寄ると、ふざけた音量で話しだすと共に、いずれも『犬』の姿をした炎、水、土、毒の藤、刃物の塊の化身を大量に発生させてあたし達の迎撃にけしかけ始める藤老仙っ。
「この地は全て森に返し、私は自然の理の中でさらなる叡智の高みに至るのだ!!」
蛇の船団の矢も藤の触手を束ねた壁で防ぎ始めた。これに、
「・・はぁ~っ、死ぬのは初めてだねっ☆」
ワコは迷わず自分の全てを風の刃に変えて大旋風を起こし、全ての5属性の犬の眷属と、藤老仙の周囲の藤の巨木の森と樹の壁を全て斬り刻んで吹き飛ばした!
「押し切ろうっ!」
「行くぜぇっ!」
「マキコっ、突貫でござるっ!」
「わかったわかったっ」
再び蛇の船団の援護射撃と、コウタが火炎弾を撃ちながらいよいよ接近すると、藤老仙は巨人の頭部から何百という『人の形』をした触手を発生させてあたし達にけし掛けだした。
蛇の船団の矢も止まる。
「取り込んだ人達でござるっ」
「コウタ!」
コウタは迎撃の構えを見せていた。
「9割以上は蘇生できんだろっ? ぼやぼやしてっともっと持ってかれんぞっ?!」
「コウタっ!!」
「あーっ!! 俺が名誉町民スピリッツの持ち主じゃなかったらなぁっ!」
コウタは迎撃を取り止め、回避しながらやり難そうに狙い済ました火炎弾を頭部の藤老仙に撃って牽制しだした。
蛇の船団は藤老仙への直接攻撃を諦め、周囲で再生しようする消し飛ばされた藤の森への攻撃を始めて時間を稼ぎだした。
「マキコ! 時間無さそうだよっ」
「わかってるっ! アゲハ丸っ、覚悟ある?」
「拙者っ、闘争の化身でござる!」
あたしは血のボトルのもう1本を使い、二重の獣の血の渦を造り出し、加速して一気に間合いを詰めた。
ボトル1本分の獣の血の渦をアゲハ丸に纏わせ、獣の血の大太刀に変え、巨人の頭部の藤老仙の眉間に打ち込むっ。
根元から砕け散るアゲハ丸!
叩き割られた藤老仙の眉間から巨大な透明な血の蝶が大量に噴出する。
勢いにあたしまで吹っ飛ばされたっ。
「ガァアアァーーーーッッッ!!!!!」
絶叫する藤老仙!
「もう一押しだぜっ!」
「了解番長っ」
コウタはシキオの背の毛皮から火の力を送り込み、シキオは両腕を巨獣の腕に変えて炎の力を蓄え、吠える藤老仙の口の中に2発の大火球を撃ち込んだ!!
額からの巨大な血の蝶の噴出は止まり始めたが、口内から頭部全体を焼かれだす藤老仙っ。
藤の触手が焼ききられ、支配が弱まって半ば藤に寄生された程度の姿で人の触手にされた人々が地面に落下し始めてしまう!
そこに、
「ギリセーーフっっ☆☆☆」
服はボロボロになっていたけど復活したワコが旋風で全ての人々を巻き取り、蛇の船団の方に打ち上げて回収させたっ。
「あとはあたしか」
シキオは両腕が炭化し飛ぶのが精一杯。コウタも火力切れらしい。アゲハ丸はまだ再生まだ再生していないから発生させた血の蝶の支配権は取れない。
あたしは増血剤を1錠口に放り込んで噛み砕き、残るボトル1本分の獣の血渦を収束させて拳銃を構える。
焼かれたまま錯乱して闇雲に頭部から直に燃やされた藤の樹の触手の槍を、藤老仙は猛烈に撃ちだし始めていたが、あたしの方に来た分はワコが風の尻尾の刃で切り払って防いでいる。
「ワコ、助かる」
「ワコ先生、マジリスペクト! って言ってみてっ☆」
「うるさい」
あたしは獣の血の渦の弾丸を、藤老仙の眉間の傷に撃ち込んだ!!
銃がブッ壊れて両手と右肩と右の頬を右の耳を傷付けられたが、樹の芯まで大穴を空けてやった!
力を使い切って血の渦も失い落下するあたしをワコが鎌の尾の峰の方で巻いて受け止めた。
「オオオォ・・・ッッッ、自然の理の、安らぎに、還してやったものを・・・ォオオ・・・」
藤老仙は燃えながら崩壊を始めた。
蛇の船団が慌てて対価の術を掛ける為に降下を始めた。
「はぁ、片付いた。自然とか言われてもさ・・」
「ね☆」
あたしとワコが一息ついていると、アゲハ丸の刀身が妖しい光が集まるようにして再生された。
「プハーっ?! 満菜に苦笑されてしまったでござるっ。というかっ、藤老仙! ハハハァっっ!! 愉快痛快っ!!! 特大キャンプファイアーでござるっ!!!」
こっちはズタボロなのに、手元でワーワー騒いで始末に負えないったらなかった。
件の3体の菱沼に匹敵する土地神足りうる魔物を仕止めたあたし達は、土曜の午後の市内のホテルの屋外プールに来ていた。
街はほぼ復元した、ほぼはな・・
別に菱沼関係の報酬ではなく、シキオが素で街の女の子からもらったタダ券で来ている。
人としてシキオは『ただ生きてるだけで生きてゆける』レベルだからさ。
もう苔餅を温存する必要もほぼ無いってことで、あたし達は苔餅をムシャムシャ食べて大体回復していたが、あたしの右手、右肩、右頬、右耳にはまだうっすら傷痕が残っていた。
学校では「近所の草刈りを手伝ったら漆にやられた」ということで厨二病みたいに包帯なんかでグルグル巻きになってる。
ワコが来てるってのもあるが、コレのせいで村坂と田島を誘えなかった。
「ふ~っ、バブリーだな」
プールサイドチェアでふんぞり返り、結局持参したパック入りプルーンジュースを飲んでいる。
あたしは自分でもマジか? と思う程貧相な体型でワコが買ってきた無難な水着を着てもいた。
最初は年々生地が増えてウェットスーツみたいになってきた(最終的には水中ドローンの映像を生徒が視聴覚室で鑑賞する授業になって、水泳という概念自体無くなるんだろう)学校の水着で来ようとしたが、「市民プールじゃないぞ☆」と阻止された。
当のワコは保健師という設定を放り出して上級者向けの水着を着て、ちやほやされていた。
アゲハ丸も同上だが、喋ると奇妙過ぎるので介助係に水着のシキオが同伴し、結果的に『完璧なプールサイドカップル』の図になってしまい、周囲の客を騒然とさせていた。
コウタは、
「水は敵だっ! 水に負けんっ! うぉおおおーーーっ!!」
と1人で派手にバシャバシャして、暫くしてホテルのスタッフの人に怒られていた。
「・・連絡するか」
あたしはSNSで村坂と田島に連絡を試みた。
草ヶ部 いかに?
村坂 その心は?
田島 何? わかんない
草ヶ部 何してる?
村坂 演劇部の福祉公演のゲネプロ 演出が変なスイッチ入っちゃって地獄 居合わせたOGがアイスクリームを買ってきて事なきを得た
田島 大変ね 私は次の同人の大事なとこ
草ヶ部 大事なとこを描いてるのか
村坂 ノリを貼ってるんだな
草ヶ部 同人だぞ? 田島はノリを剥がす係だ
村坂 豪気なっ!
田島 やめてっ!! ぶつよっ?!
バブリーなプールサイドで、1人ニヤニヤと陰気にSNSを続けた。
またあたしは、生き残ってやったぜ!
・・・菱沼が孵り直しを始めて2月が経った。傷痕もとっくに消えてる。
いくらか水が引いた菱沼の湖の異界にあたし達は来ていた。祭壇の前だ。渦に浮かぶ卵は強く光って胎動している。
「土地神の自己更新に立ち会うの始めてだよっ☆」
「何歳くらいの姿が賭けねーか? 俺、10歳くらいだと思うっ。大人はもう飽きてるとみた!」
「見た目は変わっても中身は変わらんでござる」
「あたしは、まぁ、血の報酬がもらえたらそれで」
大して間を置かず、卵にヒビが入って、そこから激しい光が・・
「っ!!」
あたしは目を見張った。




