隣の幼馴染み婚約者に溺愛されているっぽい。
婚約破棄の波に乗ってみたかったし、短編にしたかったけど、乗れず、できず。
古来より、「日出ル国」と民は呼び、その国は社会の発展の中でも揺らぐことなくその地位を高めてきた。
街には自動車が走り、滅多に馬車を見かけなくなった昨今、この街に二人の子どもが誕生した。そのうちの一人が、私、「桐生アイラ」だ。
貴族の系譜である桐生家の二人目として生を受けてから16年が経った。今日はめでたく私の誕生日である。とはいっても、我が家は裕福な方ではないので盛大なパーティーはない。せいぜい最近流行りの洋菓子と、私の好きな料理が食卓に並ぶくらいだ。
「16歳ですって」
やや肌寒い午前中、自室の窓際に寄りかかってそう一人ごちる。
休日故に、友人などから直接お祝いを言われることはないだろう。この世には電話という連絡手段があれど、まだ全家庭には普及していない。
手を握ったり、開いたりして、自分の魔力を練りながら時間をつぶしていた。もうすぐ、彼が来るはずだったから。
「お嬢様、榊様がいらっしゃいましたよ」
「はぁい、今行くわ」
手のひらに出しかけた火を握りつぶして、私は応接室へと向かった。
「やあ、アイラ。おはよう」
「おはよう」
「はいこれ。今年の誕生日プレゼント。16歳の誕生日、おめでとう」
「ありがとう」
応接室に入ると、彼は庭に面したガラス戸の近くに立っていた。いつもより少しフォーマルな服を着て、私ににっこり笑いかけた。そのまま私に近づくと、抱えていたプレゼントを手渡す。
私たちが知り合ってから、彼はかかさず誕生日にプレゼントをくれる。はじめは子どもらしく小さなプレゼントだったのに、今では宝石やとても上等な質の洋服だったりとお返しに困るものになった。
「アイラ、開けてみて」
「え?もう?」
「うん。今日はこれを着てほしくて」
ということは、中身は洋服なのだろう。
普段は、学校に行く以外は着物を着ているから、洋服は彼が贈ってくれたものだけしか所持していない。
丁寧に包まれた包装を開けると、クリーム色のワンピースが詰められていて、それに合わせたネックレスとイヤリングが添えられていた。
「アイラに似合うと思ったんだ。気に入ってくれた?」
「……なんだかもったいないわ」
「そんなことないよ!この色はアイラに絶対似合うし、何より僕が見たい」
「そっちが本音かしら?」
そうからかいながら、きれいに畳まれて詰められていた洋服を取り出して、自分の体にあてる。きっとうちの女中に聞いてオーダーメイドしてくれたのだ。
彼は特別美しいとは言えない私を着飾るのが好きだ。
両親から受け継いだ焦げ茶色の髪の毛と、名前の由来でもある藍色の瞳は人混みに紛れると溶け込んでしまうほど普通で、化粧で誤魔化しているけれど目立つそばかすもあまり好きではない。
だというのに、彼は私の容姿に不釣り合いなぐらい高価なものを贈っては「可愛い」とほめてくる。
それもこれも、私と彼が、たまたま生まれた年が同じで、たまたま家が隣で、たまたま魔力の相性がいいからと、両家の総意で婚約者となったからだ。
そうじゃなきゃ、この不似合いな私たちが一緒にいる理由がない。
「まあ、でも、素敵な洋服ね。着替えてくるからちょっと待ってて。お茶の用意をお願いね」
廊下に控えていた女中に声をかけて、自室へ戻る。
お腹回りの圧迫感がないだけで、大分動きも軽やかになる。女学校の制服も洋装だが、淑女たれ、とスカートの丈も長いため、今日のようなワンピースの膝丈はどこか落ち着かない。
タンスからストールと靴下を引っ張り出してなるべく露出しないように対策を練る。彼には文句でも言われそうなものだが、寒いからとでも言って誤魔化してしまおう。
「うん、大丈夫」
鏡の前で笑みを浮かべて最終チェックを済ませて、応接室へ戻る。
「アイラ」
「お待たせ。……変じゃない?」
「変どころか、とても素敵だよ。やっぱり似合うね。可愛い」
「ありがとう」
「よし、じゃあ行こうか。久しぶりのデートだから楽しみにしてたんだ」
少し恥ずかしそうに、にっこり笑って手を差し出されたので、少しばかり熱が移ってしまったかもしれない。頬が赤くなるのが分かった。
玄関先では、既にブーツが用意されていて、うちの女中は仕事が早いなと近くに控えていた女中にお礼を言う。身分が上とはいえ、大して偉くもないので、こうしてお礼を言うのが私の中で普通になっていた。
「あ、僕が」
靴くらい自分で履けるけれど、断るよりも早く、頭上にあった目線が下に向く。今日ばかりは甘えてもいいかもしれない。
「ありがとう」
「きつくない?大丈夫?」
「大丈夫」
いつもは頭上にある彼の頭のてっぺんが見える。なんだか面白くて、その柔らかな髪に手を通した。
私よりも淡くて透明感のある飴色の髪の毛。子どもの頃から私は彼の持つ色が大好きだった。数秒ほど、頭を撫でることに集中していたら、後ろから声をかけられた。
「あれ、アイラ、これから出るのか?」
「兄さま」
「もう出掛けたかと思っていたけど、そうか。気をつけて行っておいで。楽しんで」
「ありがとう」
「アイラを頼んだよ」
「はい」
「じゃ、俺は準備があるから、また後でな」
簡単な挨拶をして、兄は台所へと向かっていった。朝食の席でもうお祝いの言葉をもらっていたから、たまたま見かけて声をかけただけのようだ。
兄は私の誕生日には自分で料理をして、振る舞ってくれる。そのために仕事も休んでいるらしい。今日の夕食を期待しつつ、立ち上がった彼の手を握って、家を出た。
私と彼が初めて会ったのは、多分、生まれたばかりの赤ん坊の時だ。記憶にはないけれど、写真という記録に残されている。
この世界には魔力持ちが存在していて、昔から、魔力のある者が世界を支配している。そのほとんどが、古来から続く皇族や貴族階級の者たちであり、その地位が揺らぐことはない。我が桐生家も、その一端を担っている。
ただ、我が家の人間は出世欲が特にないらしく、先祖の代から細々と身の丈に合う職と生活を続けており、貴族という感覚はこの家に住む者にはない。
そんな桐生家のお隣に住んでいるのが、榊家である。榊家は家系図を辿ると、皇族の血筋を引いており、魔力も多い、まさに生粋の貴族だ。皇居から少し離れたまあまあ不便なこの土地になぜ住んでいるのかは謎だけれど、ご縁があってお隣さんである。
そして、たまたま榊家と桐生家に同じ年に子どもが生まれたのだ。
お食い初めも、七五三も毎回二人仲良く並んで写真に写っている。
気づけば親が私たちを婚約させていた。
生まれたときから隣に100人いれば100人が美形だと言う幼馴染みが常にいたおかげで、幼いときから自分の容姿の平凡さを認識し、変な驕りを持たなかったことは救いである。この婚約は彼の意思でどうとでもなるのだ。
だから私は、期待しないように、意識されないように、幼馴染みという枠からはみ出さないように振る舞う。
「何か考え事?」
「ううん、ちょっと昔のこと思い出してただけ」
「そっか。じゃああれは覚えてる?」
彼の問いかけに、あながち間違いではない返答をする。そうすれば、彼は子どもの時の思い出話を引っ張り出してきた。
「覚えてるわ、全部」
「アイラは記憶力がいいよね」
忘れるはずがない。だって、貴方と過ごした時間は何よりも大切なのだから。
彼がいつか、他の女性を運命だと呼んで私と婚約を破棄しようとも、私はちっとも悲しくなんかならないと思う。「ああ、そっか」できっと終わる。
だって今のこの状態が既に異常だというのが分かっているから。
「あ、着いたみたいだ」
私たちが乗った車が止まり、ドアが開けられる。
だから、今日だけは。
私たちは良好な関係の婚約者だと、想い合う婚約者だと、思わせてほしい。
一人になっても寂しくならないように、思い出を一つでも増やしておけば、いつか来る別れに堪えられるだろうから。
「足元気をつけてね」
「ええ」
目が合って、彼が笑う。
それだけで私の胸はいっぱいになる。
彼の人生のほんの少しの時間だけでも、独り占めできるのが、たまらなく嬉しかった。
それから、私たちはデートという名の二人だけで外出をした。時折飛んでくる女子の視線が若干痛かったけれど、当の本人は全く気にならないようで感心してしまった。日常的に受けている視線なのだろう。
お昼を過ぎて、人の出も増えてきた頃、手を繋ぎながら歩いていると、あるお店の前で彼は止まった。
「最後はここ」
「何だか、高そうなお店ね」
「アイラに選んでほしくて、絶対行こうって思ってたんだ。値段なんか気にしないで。今日はアイラの誕生日なんだから」
洋風なデザインの外観は、新しすぎるでもなく、かといって古すぎるわけでもない、柔らかな印象を持たせており、どんな人でも入りやすいように造られていた。
扉を開けて、中に入る。外から見るより店内は明るくて、ラジオがBGMとして流れていた。
「わあ……きれい」
「いらっしゃい。そこは西洋から仕入れた商品が並んでるよ」
「どうりで初めて見るものばかりだ。アイラ、気に入ったのがあったら教えて」
「うん、でも、正直……どれも素敵だわ」
「嬉しいこと言ってくれるね。手にとっても構わないから、いろいろ見るといいよ。私は奥にいるから何かあったら声かけてくれ」
「はい、ありがとうございます」
わずかな時間の会話だったけれど、おおらかな店主らしい店だと思った。
しばらくの間、店内を回りながら様々な装飾品を眺めて回る。ふと、緑色が目に入った。
「スイの色」
そっと手を伸ばして中央に小さな石が嵌め込まれたブローチをじっと見つめる。繊細な金細工と合わさって、高級感を出しているブローチに、心引かれる。
「いいの見つけた?」
「あ、その……。あなたの、色が見えたから」
「僕の?」
「そう。きれいだなって思って」
「本当だ。見つけてくれたんだ」
「た、またま目に入っただけよ」
嬉しそうに笑う彼に、今さらながら気恥ずかしくなって歯切れが悪くなった。私のこの気持ちが漏れてしまうのではないかと変な汗が出る。
「じゃー、これ、買おう」
「えっ、いい、いらない!」
「駄目。プレゼントだからもらって」
ちらりと見えた値札に気づいていないのか、彼はそのブローチを持って店の主人に声をかけた。
「す、スイっ……!」
「んー?」
「買わなくていいよ、だって、もうたくさんもらったっ!これ以上もらっても、わたし、返せないわ」
「アイラ」
「スイ……」
「もう僕はアイラにたくさんもらってるよ。どんな高価なものをあげたって足りないくらいのね。これでも僕、お給金もらってるんだよ。家の金じゃない。僕が、君にあげたいんだ」
私が彼にしてあげたことなんて何一つないというのに、私はもう次の言葉を出せなかった。店主がカウンターにやってきて、彼が支払いを済ませてしまったから。
「アイラ、こっち見て」
買い上げたばかりのブローチが、私の着ているワンピースにつけられた。
「よく似合っているね。まるでお嬢さんを待っていたみたいだ」
「そう思います?ですよね。アイラ、こっち」
「あっ、スイ?」
手を引かれて、店内に置かれた鏡の前へと立たされる。
「見て。僕の色、君にとてもよく似合ってる」
「あ……」
鏡越しに目が合って、声が上擦った。彼の色だと意識してしまえば、心臓が早鐘を打つ。
そっと、彼の掌がブローチに翳された。
「この石が、僕がいないときにもアイラを守ってくれるようにまじないをかけたから、絶対身につけてね」
「……失くしたら困るわ」
「あはは、可愛いこと言うね。大丈夫、アイラは大切に使ってくれるでしょ?」
「それは、そうだけど」
「ん。じゃあ帰ろっか。ありがとうございました」
「はい、またおいで」
「あ、ありがとうございました!」
再び手を引かれて、店を出ると、今朝私たちが乗ってきた車が停まっていた。いつの間に連絡をしたのだろうか。いつも事が滞りなく進むように、完璧に仕事をこなす榊家の使用人たちには毎回驚かされる。
エスコートされて、車に乗り込むと、静かに車は走り出す。人の流れを眺めていると、不意に彼が口を開いた。
「アイラ」
「どうかした?」
「僕はね、今日が一番好きなんだ」
「……そう?」
やや返事に困る言葉を渡されて、当たり障りない返答をしてしまう。けれど、それを気にする素振りもなく、彼は言葉を続けた。
「そう。新年でも、クリスマスでもない。今日が一番好き」
「変わってるわね」
「だから、アイラ、僕は君の隣にいられるように努力したいんだ。約束して。僕から離れていかないって」
真剣な瞳が私を見つめてくる。その瞳が揺れ動いているのが分かる。
約束なんてしなくても、私はあなたから離れていかないのに。むしろ私がお願いしたいくらいだ。そう叫びたかったけれど、できなかった。
「約束するわ」
そう言って、見えない涙を拭うように、彼の顔に触れた。
ほっとしたのか、強張った顔が和らいで、冷えた指が私の手に重なった。お互いの魔力が絡み合って、馴染んでいく。
あなたが必要としなくなるまで、私は側にいる。彼の手が温まるのを感じながら、心の中で、そう呟いた。
帰宅後には兄の手料理が並べられた食卓を囲んで、家族で小さな誕生日パーティーが開かれた。ケーキは父が毎年同じところで買ってきた馴染みのある味で、これまでの誕生日を思い出す。
母は必ず、私に小さなぬいぐるみを贈ってくれる。幼い頃に兄が持っていたぬいぐるみを欲しがって大泣きしたことがあってから、私のためだけに作ってくれた世界でたったひとつのぬいぐるみが毎年贈られるようになった。受け取るたびに、その話が出るので少し恥ずかしくなる。
それから今日だけ母と一緒に寝られるのだ。私はそのことを毎年楽しみにしていた。
お風呂から上がって、和室に敷かれた布団に潜り込む。普段はベッドを使っているから、い草の匂いが新鮮だ。母には、今日あったことをたくさん話したい。
「お嬢様、奥様がいらっしゃいますよ」
「分かった」
ふすまの向こうで、女中から声がかかる。それに返事をしてパッと起き上がり、布団をならしていると、ふすまが開いて、母が入ってきた。
「お母さま!」
「アイラ、あまり興奮すると眠れなくなるわよ」
「でも夜は短いのよ。話したいことも相談したいこともあるの」
「はいはい、聞いてあげるから落ち着きなさい」
並べられた布団にもう一度潜り込んで、母と並んで横になる。
母は良妻賢母を体現したような人で、家の中の一切を取り仕切って、父の仕事を陰ながら支えている。料理も裁縫もそれを仕事にできるほどの腕がある。料理の腕は兄が受け継いだけれど、私はどうにも家事の類いは苦手だった。
常に隣に優秀な彼がいると、ある意味平凡な自分に安心さえしてしまう。過度に期待されることなく、人並みの生活が送れれば、現状は及第点だと思うことにしている。
「今日は、スイ君と出掛けたんでしょう?」
「うん、今年のプレゼントもすごかったわ」
「アイラのこと、よく見てるのね。似合いすぎて、私たちよりアイラのことを分かってると思ったもの」
「スイみたいな人のことを非の打ち所がないって言うのよね」
「アイラがいるからこそよ」
「えぇ?変なこと言わないでよ。でも、そうだったらいいな」
母の前だと自分の感情を素直に吐露できる。いつだって、母は私の強い味方だった。私を撫でるその手は暖かい。
「あのね、お母さま」
「なーに」
「中ノ宮家のお嬢様が、スイのこと、気に入って、結婚を申し込んでるって、言われたの」
「誰に言われたの?」
「本人に」
伝えた声は震えていなかっただろうか。ここしばらく胸の内にわだかまって居座っていた気持ちが急速に膨らんで、爆発しそうだった。
堪えきれなくて布団をはいで、体を起こす。自分でも驚くくらい饒舌に言葉を紡ぐ。
「今日は、すごく楽しかったのよ。手を繋いで、街中を歩いて、いろんなお店に行ったの。お昼はスイが仕事の昼休みによく食べに行くレストランに行って、ナポリタンとクリームソーダを頼んだの。とてもおいしかった。お店の人が汚れないようにって紙エプロンをつけてくれたのよ。私、感動しちゃった。その後も、スイが私のために、好きそうなお店を選んでくれていて、最後に行ったお店で、素敵なブローチを見つけて、スイの瞳の色の綺麗なブローチで、私、思わず手に取ってしまって、スイが、……僕の色だって、私……わたし、……悲しくなんてないのよ。だって、スイのお家は魔力も強くて、私が婚約したのだって、たまたま近くにいたからで、だから、だからずっと、スイが好きだって言わなかったっ……!」
零れ落ちた感情は嗚咽と涙で溢れ出す。母はただ静かに私を見て、私の声を聞いていた。
「帰りに、スイに今日が一番好きだって、僕から離れていかないでって、そう言われたの。わたし、意味が分からない振りをしたけど、舞い上がりそうだった。だけど、だけどっ……私が離れたくなくても、スイはきっと離れていってしまうわ。それがとても苦しいの。こんな気持ち、わたし、スイに恋なんか、しなきゃ、よかったっ……ッう゛~……」
「アイラ」
「おか、さまっ……!」
それまで静かに聞いていた母が私を抱き寄せて背中をさすってくれる。ぴりぴりとした自分の魔力が輪郭からぼやけていく。母の持つ魔力が心地よかった。
「私ね、この家も、自分のことも、好き。自分を卑下したいわけじゃないの。だけど、変えられないものもある」
「……そうね」
「お母さま」
「んー?」
「もし、ね、婚約が破棄されたら、おじいちゃんとおばあちゃんのいるとこで、しばらく生活してもいい?学校も、休みたい」
「もちろんよ。可愛い娘のお願いなら、お父さんもお兄ちゃんもうなづいてくれるわ」
「ありがとう」
「でも、あまり心配しなくても大丈夫よ。スイ君は優しい子だもの」
「……うん」
彼の優しさが、鋭利な刃とならないことを祈るしかなかった。
次第に涙も引っ込んで、うとうとと眠気が襲ってくる。
まだまだ話したいことはあったけれど、意識はもう半分くらい夢の中で、ぬるいお湯に浸かっているような、そんな感覚を感じながら、眠りに落ちた。
翌日が休日でよかった。泣いたせいで顔がむくんでいるのを誰にも見られなくて済む。なるべくすっきりさせたくて、いつもより念入りに顔のマッサージをしながら鏡とにらめっこする。
「16歳かあ」
16歳になれば、友人たちの中にも結婚する人が出てくる。結婚すれば、学校を辞めることになる。友人と過ごせる楽しい時間はあと僅かだ。
「頼子ちゃんは年が明けたら結婚するって言ってたな」
18歳以上の男性と婚約していれば、16歳を迎えてすぐに祝言をあげる家もある。この国において結婚は、強固な契約だった。
スイはお給金をもらっていると言っていた。同じ16歳なのに、こうも違うものか。その強い魔力と家柄が彼の地位を確固たるものにしているのを実感する。
私にできることは、せいぜい、彼に「頑張れ」と言うことくらいだ。
「しょうもないなあ」
マッサージを終えて、自分の無力さに呆れてしまう。勉強はまあまあ、運動もそこそこ、顔は、まあ、人並み。何かこれといった目立つ武器もない。魔力の扱いも平均くらいだ。
「……スイに、会いたいな」
昨日会ったばかりだというのにもう会いたい。昨日の夜は散々苦しいと言ったけれど、恋とは非常に厄介だ。
スイは貴族の務めを果たすために軍部に入るための学校に通っている。学校とは言っても、見習いの形で仕事をこなしており、昨日は与えられた数少ない休暇を取って、会いに来てくれたのだ。会いたいと我儘を言って会えるほど、彼は暇ではない。
「外で待つくらいなら、いいかな」
ぽつり、小さな勇気が湧いた。夕方ごろに家の外で待っていたら、もしかしたら帰ってくるスイに会えるかもしれない。
今まで彼にもらった洋服を身につけて迎えたら、彼は喜んでくれるだろうか。
「いいえ、浮かれすぎね」
普段はあまりこんな気持ちになることはないのに、よほど昨日のことが存外嬉しかったのだと気づく。
結局、いつも通りの着物に袖を通していつも通りの休日を過ごした。
外がオレンジ色に変わり、濃い紫がじわじわとオレンジを染めていく頃、私は自宅の門前に立っていた。今はまだ明かりを灯さなくても物の形が分かる。10分ほど待っていたら、先に父と兄が帰ってきた。
「珍しいな、お出迎えか?」
「おかえりなさい。そんなとこ」
「さては、スイだな」
「兄さまには関係ないでしょ」
「冷たい妹だな~。父さん、俺らは前座ですよ」
「じゃあ悲しいが先に入ろう。母さんに出迎えてもらうとするか。アイラ、車には気をつけるんだよ」
「はい」
「また夕飯でな」
外は闇を写し取ったようにあっという間に暗くなり、視界を狭めてきた。諦めて家に入ろうと向きを変えたとき、遠くから二つの光が差し込んできた。
「帰ってきた」
家が隣でも、榊家も我が家も歴史があるから敷地が広くて入り口がそこそこ遠い。彼の姿を認めてから声をかけようと思って、私はその場に留まった。
車が止まり、ライトが消えて、後部座席から人が降りた。暗くてはっきりとは見えなかったけれど、それは確かに会いたいと思っていた彼だ。
「ス、」
名前を呼びかけて、止まる。
高揚した心が一気に冷えるのが分かった。その場から一歩も動けないし、一言も発せない。
固まる私を置いて、二つの影はそのまま屋敷の中へと消えていった。
「……は、っ……」
再び静寂が訪れた時、自分が呼吸を忘れていたことに気づく。側の壁に手をついて、しゃがみこむ。
見間違えるはずがない。
遠くからでも分かる華やかな出で立ちと声は、確かに彼女だ。
まさか、そんな。
心臓が不自然なほど早く脈を打つ。
「お嬢様、お夕飯の支度ができたのでお呼びに……お嬢様!?どうなさいました?」
「しっ。大丈夫よ、ずっと立っていて疲れただけなの。もう戻るわ」
「そうでしたか。まぁ、体が冷たい!早く中に入って暖まりましょう」
「ありがとう」
一度深呼吸をして、ゆっくり立ち上がる。深く息を吸いながら、これからのことを回らない頭で思考する。早いうちに荷物をまとめておいたほうがいいかもしれない。それよりも明日のことを考えるべきか。
ぐらぐらと足元が揺れている。
いけないと分かっていても、止められない。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫よ。少し離れてくれる?」
「え、えぇ。旦那様を呼んできます!」
一人になって、暴走してしまいそうな力を必死に抑え込む。
こんな風に魔力を暴発させてしまうのは、子どもみたいで恥ずかしかった。学校に入る前、一度だけ大泣きをして、庭の木を燃やしてしまったことを思い出す。あれは、どうして暴発したのだったか。悲しかった、ということだけは覚えている。
「大丈夫……大丈夫、まだ決まったわけじゃないわ、大丈夫よ、しっかりして、わたし」
「アイラ!」
兄の声がした。そう言えば、あの時も兄が真っ先に駆け寄ってくれた気がする。
「熱いな……病院に電話してくれ!」
「はい!」
「父さん、もしかしたら火事になるかもしれない」
「ああ。アイラ、聞こえるか」
「お父さま、止まらないの、どうしようっ……!」
「大丈夫だ。集中して、ここに力を集めるんだ。ソウも手伝ってくれ」
「分かった」
半泣きで、父にすがる。父に言われたとおりに、不安定ながらも何とか力を集めた。掌が燃えるように熱くなった。
「少しずつ発火させるんだ。無理ならそのまま放出しなさい。父さんたちが受け止める」
「だめっ……こわい!」
このまま火を放って、怪我をさせたらどうしよう。そんな不安から上手く魔力をコントロールできない。
「アイラ、大丈夫だよ。俺たちは仕事でも力を扱っているんだから、怪我なんて絶対しない。信じて」
「にい、さま」
「いいかい、3、2、1で一気に出しなさい。風で上に逃がすからね」
二人の言葉にコクリとうなづいて、目を閉じる。
「いくよ……さん、に、いち!」
炎が、上がる音がした。
それは目を閉じていても分かるほど周囲を明るく照らした。
だけど、もし失敗していたら。怖くて目が開けられない。
「アイラ、よく頑張ったな」
「ほら、言っただろ。怪我なんてしないって」
「あ……」
優しい声に、安堵の涙が零れ落ちる。
「旦那様、お医者さまがすぐこちらに来るそうです」
「来てくれるのか。ソウ、アイラを部屋へ」
力を目一杯出したせいで体に力が入らない。兄が私を抱きかかえて運んでくれた。
部屋では、母が待っていた。
「兄さま、ありがとう。大好きよ」
「俺も大好き」
ベッドに下ろしてもらって、私がそう言うと、兄はニッと笑って頭を撫でてくれた。
「妹を可愛がるのはいいけれど、貴方もそろそろ身を固めなさい?」
「おっ、と?それには応えられないなー、母さん、後はよろしく!」
「ソウ!」
母と兄のお馴染みのやり取りにくすくす笑う。二人とも、場を和ませようとしてくれたのが嬉しかった。
兄が部屋を出てすぐにドアがノックされる。
「奥様、お医者様がいらっしゃいました」
「お通ししてちょうだい」
診療外の時間に駆けつけてくれた医者は、私が幼い頃からお世話になっている井村先生だった。
「こんばんは。アイラさんが魔力暴走したって聞いてすっ飛んできたよ」
「お騒がせしました……」
「見たところ、落ち着いているようだね」
「お父さまと、兄さまが助けてくれました」
「あの二人なら適切な対応を取ってくれたんだろう。じゃ、念のため診察するね。起きられるかい」
上半身を起こして、先生に状態を確認してもらう。発熱はしていたけれど、それ以外に問題はないということだった。
「ここ数年は魔力暴走自体が珍しくてね。まあ何と言うか、自然の流れなんだろうけど、文明が発達するにつれて、魔力なんてものは必要ないものになってきたせいか、生まれた時からもともとの魔力量が少なくなってきているようなんだ」
「そうなんですか」
初耳だった。でも、思い返せば、友人たちも近所の子も、魔力のコントロールを上手くやっていた。出せる量が少ないから、失敗することも少ないのかもしれない。
「いやあ、しかし、珍しいこともあるもんだね。子どもの時以来かな」
「ああ、あったわね、そんなこと」
「木が真っ黒焦げになっててびっくりした記憶があるよ」
「そうそう。何だったかしら、アイラが大泣きしたのよね」
「ソウくんも半泣きで、二人とも可愛かったなあ」
「たしか、スイ君と離れたくない~、って泣いたんだったかしらね」
「そうだそうだ、そうだった」
「も、もう恥ずかしいので、言わなくていいです」
「あっはっは、これは失礼。じゃあ、私はこれで。解熱剤を出すから飲んで寝なさい。明日には元気になっているよ」
「ありがとうございました、先生」
「ありがとうございました」
本当なら、きっと魔力暴走の原因を聞くのだろうけれど、先生は聞かなかった。家族も触れずに、ただ寄り添ってくれた。今はそれが嬉しかった。
着替えを済ませて、簡単な夕食を用意してもらい、薬を飲んで横になる。
「明日は休んでもいいからね」
「うん、おやすみなさい」
明かりが消えて、部屋の中に僅かに月光が差し込む。部屋には私の息づかいだけが聞こえていた。
上手く寝付けなくて、頭の中でいろいろなことを考えていると、ふと、巷で話題になった恋の歌が脳内に流れた。その歌は新人の女性歌手がデビュー曲で歌っていて、ラジオでもしょっちゅう流れていた。曲調は明るいのに、歌詞は悲しい、受け手によって意見が分かれる歌だった。
その曲がどこか、今の自分のようで口角があがる。歌詞を思い出しながら、メロディーを頭の中で流しているうちに、気づけば眠りに入っていた。
***
日付を越えるにはまだ早い時間に、アイラの部屋に入る一人の人物がいた。
隣家で炎があがったのは、瞬く間に近所に知れわたり、それは榊家でも同じだった。
本当は、すぐにでも駆けつけたかったが、生憎と来客もあり、こんな時間になってしまったのだ。
いつも落ち着いていて、朗らかな少女が魔力を暴走させたのはどうしてなのか。問いかけても誰も答えを教えてはくれなかった。
「アイラ」
呟くように声をかける。当然返事は返ってこないが、ここにいると実感できるだけで安心した。
彼女の手入れの行き届いた髪に触れる。
彼女は自分の容姿を地味だと言うが、彼女の持つ暖かな日だまりのような空気が大好きだ。透き通るような藍の瞳も、幼さの残る面立ちも、すべてが魅力的に見える。
生まれたときから隣にいる半身のような存在を失うなど考えられない。だから、強請ったのだ。そばに居てほしいと。
「この世の誰よりも君が好きだよ」
どうしたらこの想いが誤解なく、余すところなく全て伝えられるのだろうか。
彼女は変なところで深読みをするところがある。真っ直ぐに言葉をぶつけても、そのまま受け取ってくれないこともある。それが、今回の魔力暴走の一端を担っていたのだとしたら、これ以上ないくらいの不甲斐なさだ。
「今度は起きているときにちゃんと言うから。おやすみ、アイラ」
本当は目が覚めるまで側にいたいが、そうも言っていられない。
そっと立ち上がり、ふと目に留まった机の上に置かれた、買ったばかりのブローチに再度まじないをかけて、部屋を出た。
「夜分にお邪魔しました」
「スイ君も疲れているところ、ありがとう」
「いえ、こちらこそ連絡せず、押しかけてすみません」
「いいのよ。隣同士なんだから、気軽にいらっしゃい。あの子も喜ぶわ」
「はい。失礼します」
挨拶をして、桐生家を出る。玄関の門を出たところで、不機嫌な声に呼び止められた。
「おい」
「ソウくん」
「みんな優しいからお前に何も言わないけどな、今回の一番の原因はお前だからな」
「僕が?」
「今日はアイラが門のとこに立って、お前を待ってたんだ。その後すぐにあんなことが起きた。スイ、お前、何したんだよ」
「アイラが僕を待ってたんですか?気づかなかった。……じゃあ……」
車から降りるところは確実に見られていただろう。
「心当たりあるって顔だな」
「……誤解を招いてしまったみたいです」
「早めに弁解しろよ」
「教えてくれてありがとう、ソウくん」
「可愛い妹のためだからな。妹が泣くだろうから殴るのはやめておく」
「はは、同意します」
「おま、……はぁ、じゃあな」
アイラの兄であるソウくんが手を振りながら背を向けた。それに返しながら、自宅へと戻る。
明日にでも誤解だと伝えたいが、明日からしばらく泊まりこみの演習が始まってしまう。
「久しぶりに、書いてみようかな」
引き出しに便箋は残っていただろうか。寝る前に書き上げて、朝一で届けに行こう。普段は気恥ずかしくて言えないことも、文字でなら伝えられるような気がした。
***
「今日ぐらいは休んでもいいのよ」
「大丈夫。もう元気よ」
「具合が悪くなったら、すぐに先生に言いなさいね」
「はいはい。行ってきます」
翌日、多少の重だるさはあるものの、熱も下がり食欲もある私は、学校へ向かうために玄関を出た。
家族から心配されたため、普段は父が使う送迎を今日は私が借りることになった。
「おはようございます。よろしくお願いします」
「おはようございます、お嬢様」
車に乗り込み、走り出した車内で、今朝家を出る直前に受け取った手紙を鞄から取り出す。丁寧な文字で私の名前が書かれている。
昨晩、私が寝ている間にスイがやってきたのだという。翌朝早く自宅に手紙を届けて家を発ったそうだ。手紙なんて久方ぶりで開けるのがもったいない。
しばらく手紙を弄んでから、意を決して封を切ったところで車が止まり、体が揺れた。
「……やっぱり車は大袈裟ね」
歩いたって10分ほどの距離なのだ。車なら尚更早い。私は手紙を読むのを諦めて、鞄にしまう。
「行ってきます」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
車から降りて、校門をくぐる。下駄箱が置かれた昇降口前では委員会の人たちが挨拶運動を行っている。その挨拶に返しながら、今日の授業の時間割を頭に並べていると、声をかけられた。
「桐生さん」
「おはようございま、あの……?」
そこに立っていたのは友だちではなかった。
顔は見たことがあるから同じ学年の子たちだ。
「今日の放課後、お時間あるかしら」
「今日ですか?まあ、はい、ありますけど……」
「まあ、よかった。じゃ、教室にいてくださいな」
「ちづるさんが桐生さんにお話があるそうですよ」
「それじゃあ」
彼女たちは用件だけを伝えると、すぐにその場を去った。その様子から察するに、他意はなさそうだった。
「……時間ないって言えばよかったかな」
思ったところで遅いのだが、私はため息を一つ吐いて、靴を履き替えた。
落ち着かない一日を過ごし、学校が終わる。クラスメイトの誘いに乗りたかったけれど、今日はもう先約がある。また今度誘ってとお願いすれば、クラスメイトはまたねと手を振って帰っていった。
「あ、手紙」
鞄に仕舞いっぱなしの手紙があったことを思い出す。
男の人らしい、けれど綺麗な文字で綴られた文は、私を心配する言葉から始まっていた。
「スイってこんなに心配性だったかな」
それから、普段は聞けないスイの学校のことや、この前のデートのことも書かれていた。
スイは基本的に言葉にしてくれることが多いけれど、こうやって丁寧に書かれていると何だか恥ずかしくなる。
「信じて、なんて難しいこと言ってくるのね」
手紙の末尾にはそう書いてあった。
「信じる」
これがどんなに難しいことか、彼は知らないのだろうか。否、知っているからこそ、求めたのだろう。
「ずっと信じているわ」
これまでだって、彼を疑ったことはない。私に対して常に誠実でいてくれる彼のことを、私は信頼している。だから、これから訪れるかもしれない別れも甘んじて受け入れるつもりだ。
ガラガラと、教室の扉が開く音がした。
「ごめんなさい、待たせたかしら」
「いいえ大丈夫です」
鈴を転がすような高めの透き通る声は、可愛らしくて、とても人を攻撃するような感じがしない。
「最近は暗くなるのが早いから、あまり長く話していてもよくないし、手短に済ませるわね」
「あの、西ノ宮さん」
「あら?もう決めたの?」
「私、西ノ宮さんの提案は受けられません」
「……そう……」
「仮に私が承諾しても、私には決定権がありません。貴女が私を脅しても意味がないのです」
表情を無くした彼女は、まるで西洋人形のようで、どこか恐ろしささえ感じさせる。
「もし……もし、スイが私との婚約を破棄すると決めたのなら、受け入れます。でも、まだスイの口からそのようなことは何も聞いていません。西ノ宮さんは、スイと話をしたんですよね?」
「殿方を呼び捨てなんてはしたなくってよ」
「話をそらさないで」
「そらしてなどいないわ。じきに分かることだもの。この婚約は間違いだったと」
ヒュッと顔の横を一筋の風が抜けた。
「話はそれだけですか」
「ええ。……まあ、いいわ。来月、私の家でパーティーが行われるのよ。桐生さんにも招待状を送るわ。是非いらしてね」
「予定がなければお伺いします」
「そうして。それじゃあね」
先ほどまでの無表情を一変させて、朗らかな表情を浮かべた西ノ宮さんは、教室を出ていった。
「し、ぬかと思ったぁ……」
風が触れた頬に触れると、ぴりっとした痛みを感じる。指先が赤く染まっていた。
鞄から鏡を取り出して確認すると、うっすらと一筋の赤が頬に走っていた。
「うわ……」
魔力を自在にコントロールすることだけでもすごいのに、それをしっかり狙いに当ててくる能力の高さに感心するとともに、恐ろしさを感じた。優秀な力を持っているからこそ、彼へ固執するのもうなづける。
ため息をひとつ零して、鏡を仕舞って鞄を持ち直し教室を出る。
廊下から差し込む太陽の光は赤く色づいていた。
***
管弦楽の楽団がホールの中を賑わせている。ゆったりと流れる曲に合わせて踊る大人たちを、壁際に立って眺めていた。
悲しいことに用事など存在せず、断る口実も見つからないまま西ノ宮家のパーティーに引っ張り出された。
「アイラ」
「蘭!」
「よかった、お友だちがいなくて居心地が悪かったの」
「実は私も。島崎さんは?」
「なんか上司と会っちゃったからお話し中よ」
鳳家の末娘で、クラスメイトの蘭が私を見つけて駆け寄ってきた。婚約者の島崎さんは上司に捕まったらしい。蘭の口調が少し拗ねたもので、私はその可愛さに笑みが零れる。
「アイラこそ、榊くんは一緒じゃないの?」
「今、遠征中なの。手紙には、今日帰ってくるって書いてあったけど」
「そっか。拝みたかったなぁ、榊くん」
「拝むって、神様じゃないんだから」
「いやいやご利益ある顔よあれは」
「もう、蘭ったら」
軽口を叩きながら、給仕から手渡されたグラスを受け取り乾杯をした。
「傷も薄くなってきたわね」
「あ、うん。痕にならなくてよかった」
蘭が指摘したのは数日前に西ノ宮さんにつけられた傷のことだ。血は出たけれど、紙で指を切った程度の切り傷で済んでよかった。
蘭には詳しい事情を話してはいないけれど、多分、うっすら察していると思う。スイや西ノ宮さんの家と同じくらい力がある家の娘が、知らないはずがない。
「今日は榊くんがいないから、気をつけてね」
「そうだね。もう少ししたら帰る予定だから、大丈夫だと思うけど……」
「用心するに越したことはないわ。私が側にいてあげたいけど、勇次さんがそろそろ戻ってくるから……」
「心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから、気にしないで」
「何かあったらすぐに呼んでね」
こちらに向かってくる島崎さんに挨拶をして、蘭と別れる。グラスを持ちながら目の前で仲睦まじい男女を眺めると、彼が恋しくなってくる。スイは怪我なく帰ってきただろうか。きっと彼のことだから、成果も上げて帰ってくるだろう。
グラスを返却して、賑やかな室内を後にする。
西ノ宮家の庭には、モダンな雰囲気を漂わせる庭園が広がっていた。
「スイも、見たのかな」
胸の奥が少しだけ悲鳴を上げた。スイの家に西ノ宮さんが行ったのならば、その逆もあり得る。想像したくないのに、あの二人が並んで歩く姿はお似合い以外の言葉が当てはまらない。
ジャリ。
後ろで砂利を踏む音がした。
「……西ノ宮さん」
「ご挨拶が遅くなってごめんなさいね」
「いえ、私も伺えなくて、すみません」
彼女の華やかな雰囲気に合わせて誂えられたパーティードレスは、主催らしくどこにいても目立っていた。今日一番会いたくなくて、二人きりになりたくなかった人物だ。
「今日、スイ様がこちらに来るのよ」
「スイが?」
知らなかった。そのことにショックを受けている自分がいる。感情が表に出たのを、彼女は見逃さなかった。
「貴女には知らされてなかったのね。当然と言えば当然かしら」
「まだ、私とスイの婚約は続いています」
「あら、怖いわ。先のことなんて誰にも分かりはしないわよ」
遠くで楽しそうな笑い声がする。これ以上二人きりで居ても、いいことなどない。
「挨拶も済みましたから私はこれで失礼します」
「スイ様に会わなくてもよろしいの?」
「西ノ宮さんは……今日何をするつもりなんですか」
「いやだわ、何も、するつもりなんてないわよ?」
私をまっすぐ見据える彼女からは真意が汲み取れない。ただそこにあるのは、純粋な悪意だけだ。
「余計なことを聞きました。少し前に体調を崩してしまったので、まだ万全ではないのです。ですから、退出させていただきます」
「お待ちになって」
さわさわと木が揺れた。
「何でしょうか」
「婚約を破棄する理由には、何があるかお分かりかしら」
「それは当人たちにしか分からないことではないでしょうか」
「そうね。でも例えば、家の没落や凋落、どちらかの不貞、それから、重大な欠陥がある……とか。あとはそうね、主上の命令。あら、そんなに怖い顔なさらないで」
「……そんなに、彼が欲しいのですか」
「貴女はいらないの?」
「彼は物じゃありません」
そう返せば、理解できないといった顔をする。
彼女は、幼子のように欲しいものをただ欲しいと言っているだけなのだと、それが受け入れられて当然なのだと思っているようだった。良家の子女らしい、可愛い我儘だとでも言うのだろうか。
「でも、家と家の結びつきが大切なのはご存知よね?貴女の家と私の家と、どちらの繋がりを周りは望むかしら」
「そんなこと、私が一番分かっています。だけど、私から手放すことは……できません。私もスイのことを、好いています」
「聞いていないわ、そんなこと。興味ないもの」
また、彼女の顔から表情が消える。先日よりももっと冷たくて、温度のない顔だ。思わず、一歩後ずさった。けれど、距離をとることは許さないとばかりに、間髪いれずに一歩詰められる。
「桐生さんが手放せないなら、私が協力してあげるわ。そうね、こういうのはどう?私とスイ様の婚約話を聞きつけた貴女は、嫉妬に狂って私に危害を加えようとした。私は必死に抵抗して、貴女に消えない傷をつけてしまった。でもそれは正当防衛で、非難は全て貴女に向かうの。貴女も、貴女の家も、貴族ではいられなくなるわね。家格が釣り合わなければ婚約は破棄される。傷物になった貴女には価値など存在しなくなるわ。どう?いいシナリオじゃない?」
「本気で、言っているの?」
敬語など忘れてしまうくらいに、彼女の描いた物語に言葉を失う。
彼女が、怖い。
ざわざわと木が揺れる。
私の持つ火の魔力は、彼女の魔力と相性が悪い。ここで仮に魔力を出しても、逆風で自分に返ってくる。
心臓が痛いほど脈打っていた。きっと彼女は手加減などしない。どうすべきか必死に頭を回転させる。しかし、恐怖と混乱で、最善を導けない。
「うふふ、可愛い顔が台無しよ?……まあ、その顔もすぐに見られなくして差し上げるわ」
突風が巻き起こる。その風は迷うことなく真っ直ぐ私のところへ向かってきた。
咄嗟に地面から上へ炎を上げて、脇へ避ける。
「痛っ……!」
避けきれなかった風が私の左腕を掠めていく。鋭利な刃物で切られたように、ざっくりと二の腕から血が流れ出る。
「残念。顔には当たらなかったのね」
彼女は既に魔力を手のひらに集めている。次にまたあの突風を起こされたら、避けられる自信がない。左腕がじんじんと痛みを訴えてくる。押さえた右手が生温い液体に染まっていた。
「早く防衛しないと次はないわよ?貴女の地位か、命か、早くお選びになって?」
最も、選べるのならね、と西ノ宮さんの口角が上がる。私が防衛のために攻撃すれば、彼女はきっと避けずに受ける。そうしてあのシナリオを完成させるつもりなのだ。
つまるところ、私は完全に手詰まりだった。
「10秒差し上げるわね。よく、お考えなさいな」
歌うように秒数を数え上げる彼女を前に、私は悔しさで一杯だった。
私の魔力は攻撃に向いていない。どちらかと言えば後方支援が得意なのだ。圧倒的な力と対峙して、自分の弱さを実感してしまう。
無意識に、胸元につけたブローチを握りしめる。
「スイ、ごめんね」
醜聞が世の中に広まるくらいなら、自ら彼を手放すくらいなら、逃げずに向き合った方がいい。結果、瑕疵がついたとしても、納得しようがある。
ブローチに込められた魔力を取り出して、自分の魔力と練り合わせる。自分とは正反対の力を扱うのは難しいけれど、その魔力は私に寄り添ってくれるようだった。
「……やっつ、ここのつ、とお。そう、桐生さんは地位を選ぶのね」
「いいえ。私は、私の誇りのために戦います。貴女にスイは、渡せない」
きっぱりと言い切れば、これまで穏やかだった西ノ宮さんの顔が憎悪に歪む。蓄えられていた彼女の魔力が、先ほどよりも大きく、早く放たれた。
ガラスが割れたような音が庭園に響く。
少しの間のあと、冷たい霧のように、きらきらと太陽に照らされた氷の破片が宙を舞っていた。
「どうして……」
私が負けることを確信していたであろう彼女から零れた、小さなつぶやき。
肩で呼吸をしながら、立ちあがって、彼女を見据える。
「なにを……したのよ……。答えなさい!」
「アイラ!」
彼女が叫ぶのと同時に、会場の方から私の名前を呼ぶ声がした。
氷が光に照らされて反射する中、会いたいと思っていた人物が駆けよってくるのが見えた。
「スイ、あのね」
「無事か?!血が出てるじゃないか!急いで病院に、」
「好きよ」
「え……」
翡翠色の柔らかな瞳が驚いている。怪我なんて、正直どうでもよかった。彼に会ったら、言いたいことがあったのだ。
「スイが好き。誰にも渡したくない。スイが、信じてって言ってくれたこと、嬉しかったの。わたし、小さい頃から、スイが好きよ」
「……死なないよね?」
「なに、変なこと言ってるの……だいじょうぶ、だいじょうぶ……よ」
「アイラ!」
心残りがなくなった私はそこで意識を手放した。
***
「どういうことなの……」
二人のやり取りなど視界に入っていないほど呆然としていた西ノ宮家の令嬢は、そう独りごちる。その疑問に答えたのは、他ならぬ自分が手に入れたいと思っていた人物だった。
「君には失望したよ。もっと物わかりのいい人だと思っていたのに」
意識のない少女を抱きかかえて、簡易的な治癒を施したその男は立ちあがって令嬢に告げる。
「彼女が火の魔力を扱うことを知っていたようだけど、他のことは知らなかったようだね」
「ほか、って……。まさか、複数持ちだとでも言うのですか」
「半分当たりで半分はずれ。君も聞いたことがあるだろう?増幅能力のこと」
「そんなっ……信じられないわ」
「信じなくてもいいさ。アイラを戦場になど送りたくないからね」
少女を優しい瞳で一瞥し、そのまま庭園を突っ切ってこの場を後にしようとする男を令嬢は必死に引き止める。自分がしでかしたことも、彼から意識を向けられなくなることも怖くなって半ば悲鳴に近い声をあげる。既に騒ぎを聞きつけた数人の招待客が集まってきていた。
「まって、お待ちくださいスイ様!」
「君に下の名前で呼ばれるほど関係が深いとは言えないんだけど」
「納得がいきませんわ!公に認められていない能力なんてないのと同じ。それなのに、その女と婚約を続けるというのですか!」
「アイラに利益なんか求めていないよ、最初から。これ以上力を持ったって意味がないしね。もういい?」
「だって、そんなの……」
「君は自分の価値と、僕の望みを繋げていたようだけど、端から間違っていただけだ。家の権力を振りかざすのは感心しないな。このことは正式に抗議させてもらうからね」
男はそう言うと、二度と振り返らずに歩いて行った。
残された少女はどうしようもなくなって、その場に泣き崩れる。主催の息女の様子に招待客は心配そうに様子を伺っていた。
***
右手に温もりを感じて目をあけると、陽に照らされた蜂蜜色の髪が視界に飛び込んできた。
「スイ……?」
はっきりと声に出したつもりだったけれど、それは掠れて半分も音にならずに空気に吸い込まれた。しかし、仮眠程度だったのか、声を聞いてガバリと体を起こした彼の翡翠色と視線がぶつかった。
「アイラ!よかった、目を覚ましてくれて……」
「ごめんね」
カサカサの声が喉から漏れる。
「痛いところはない、わけないか。動かないほうがいいよ。キレイに切れてたとはいえ、深かったから」
彼の指示にうなづいて返事をする。今は恐らく麻酔が効いているのだと思う。
「ご両親に連絡してくるね。待ってて」
彼が病室を出て行くと、静寂が訪れた。無音の中で、意識を飛ばす前のことをぼんやりと思い出す。あの時、何かとんでもないことを言った気もするけれど、あまり覚えていなかった。
スイが、私を守ってくれたのだ。
あのブローチがなければ、私は命を落としていたかもしれない。
彼にきちんとお礼を言いたかった。
「アイラ、これからご両親来るって」
「ありがとう」
「ん、別にいいよ、これくらい。アイラのためなら何でもするよ」
きっと、私がどれだけ感謝をしているか、彼は全然知らないだろう。それでもよかった。長い時間の中で、伝えていければいいのだ。
「でも、もっと早く駆けつけられればよかった。本当にごめんね」
心底申し訳なさそうに言う彼に、首を振って答える。
「スイが、守ってくれたよ」
「え?」
「ブローチ」
「……そっか。守れて、よかった」
「だから、ありがとう」
彼の綺麗な瞳から涙が零れ落ちた。
彼が泣くのを見たのは久しぶりで、それほどまでに心配をかけてしまっていたのだと、その時気づいた。死ななくて、本当によかった。
少し気まずいのか、鼻をすすって笑みを浮かべた彼は私の頭を撫でた。
「家族が来るまで一眠りするといいよ。ちょっとお手洗いに行ってくる」
はにかんで、彼は病室を後にした。
穏やかな日差しが私を眠りに誘う。うとうとと微睡みの中へ引きずり込まれていった。
バタバタと騒がしい足音がして、ざわざわと話し声が近づいてくる。目を開ければ、心配そうな、安堵も交ざった3つの顔があった。
「よかった……」
「ええ、ようやく安心できたわ」
「痛みはないか?」
「だいじょうぶ」
さっき目を覚ましたときよりも、はっきりとした声が出る。家族は私の声を聞いて、ほっとした顔を浮かべていた。
「スイから連絡があったときマジで死ぬかと思ったわ、俺が」
「心配かけて、ごめんなさい」
「気にしなくていいわよ。誰も予測なんてできなかったもの」
「でも、スイ君が居てくれてよかったよ」
「いえ、僕も間に合ってはないので……」
「さすがに物語のようにはいかないよな~。颯爽とタイミングよく現れてヒロインを助ける、みたいなのは。スイはできそうな顔してるけど」
「嫌味かな?」
「ソウ」
「何だよ-、場を和ませようとしただけだろ-。ほら、アイラも笑ってるじゃん」
普段通りにしようと振る舞ってくれる兄に、場の全員に笑みが浮かぶ。
「アイラに免じて不問にしてあげますよ」
これじゃ、どっちが年上なのか分からない様子に、また笑ってしまう。兄は不満げな顔をしていたけれど、私を見ると優しい目を向けてくれた。
「あなた、仕事を抜け出してきたんでしょう?もう戻った方がよろしいんじゃないかしら。ソウも」
「急ぎの仕事がなければ長居できたんだがな。すまん、アイラ。また明日来るよ」
「うん。ありがとう」
「母さん、妹より大事なものがあるわけないだろ」
「そうね。じゃあ、もっと大切なものを見つけさせてもいいわよ」
「あ、いい、そういうのは、間に合ってるから。じゃあ、アイラまた明日な!」
父の後を追うようにそそくさと病室を出て行く。看護師さんに廊下で走らないでと注意されている声が聞こえた。慌ただしい雰囲気の中、母は兄に対して文句を連ねる。母の兄の伴侶探しはまだ難航しているようだった。少しの間の後、スイも上着を手に取る。
「おば様、僕も一旦戻って上官に報告してきます」
「ええ、分かったわ。アイラの側に居てくれてありがとう」
「いえ。アイラ、またね」
「うん」
スイの後ろ姿を見送って、一息吐く。母は近くにあった椅子を引き寄せて、私の側に腰を下ろした。
「心配しなくてもいいなんて、無責任なことを言ってごめんね」
「怒ってないよ」
「ううん、本当は、もっと早く解決するべきだったわ。今回は死人が出なかったからよかったものの、家としてきちんと対処できていなかったもの」
「お母さま……」
いつも朗らかで、凜としている母の姿は、今日はない。
「怖かったでしょう」
「少しだけ」
「貴女はよく頑張ったわ。私たちの誇りよ」
鼻声になりながら、私の頬を撫でる。母の手は、いつだって温かい。
「後のことは心配しないで、今は治すことに専念しなさいね」
柔らかな魔力が流れ込む。この家の娘でよかったと、心からそう思った。
***
あれから3週間ほど入院して、お医者さまから退院の許可をもらうことができた。この3週間、午前中は母が、午後はスイと父に、それから兄が、代わる代わるやって来た。一回だけ、スイのご両親がお見舞いに来てくれて、頭を下げられた時は大変だった。改めて、この婚約は両家の総意だと伝えられ、嫁入りを楽しみにしているとまで言われてしまった。スイはご両親の後ろで大きくうなづいていて、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
毎日のようにやって来る父たちに、仕事のことや学校のことをそれとなく聞いてみれば、全員が堂々と抜けてきたと言いきって、私は申し訳なくなってしまったのだが、母が一喝してから、短い時間の滞在に変わったのは記憶に新しい。それでもスイは、いつも面会時間ギリギリまで居たけれど。母は咎めはしなかった。
「ねえ、アイラ」
「うん?」
今日の退院に向けて荷物の整理をスイに手伝ってもらっていると、スイが徐に口を開く。
「もう少し暖かくなったらさ、アイラの祖父母の家に行かない?」
「え……」
「おば様に聞いたんだ、いろいろ。知らないうちに僕もアイラのこと、追いつめてしまってたんだって気づいてさ」
「……スイのせいじゃないよ」
「アイラはそう言うと思ってた。けどさ、僕が僕自身を許せない。贖罪、なんていうのは烏滸がましいけれど、療養も兼ねて、僕の時間をアイラのためだけに使いたいんだ。……どうかな?」
少し首を傾げて、私の反応を伺う彼に、きゅうっと胸が締まる。
「スイの時間を、私にくれるの?」
「可能ならこれからの時間全部をあげたいくらいだよ」
「スイ……ありがとう。学校が問題ないなら、行きたい」
「ほんと?アイラのためなら学校なんて大きな問題にならないよ」
私を見る翡翠色の優しい瞳が、愛しさで溢れていて、私はじっと見返すことができない。
二人だけで旅行に行ったら、自分の想いを、今度こそちゃんと言えるだろうか。スイと向き合って、彼の気持ちに真っ直ぐ応えたい。
「じゃあ、私からおじいちゃんたちに連絡しておくね」
「うん、ありがとう」
荷物の整理が終わってしまったけれど、新しい会話の話題を必死に探す。そわそわとどこか落ち着かない私に、スイはベッドに腰かけて、手で私を招いた。
「スイ?わっ……!」
どうしたのかと近寄れば、スイは私の手を引いて、抱き寄せる。
「どうしたの?」
「んー……。ちょっと触れたかっただけ」
彼との至近距離に、心臓の鼓動が早くなるのが分かった。きっと彼は、私の気持ちを分かっている。もう帰ってしまうのが惜しいと、それを察してくれているのだ。
「スイ」
「うん?」
「ありがと」
「どういたしまして?」
彼は何にお礼を言われたのか知らないふりをした。それが何だかおかしくて、笑ってしまった。
「僕はね、結構待つのが得意だと思うよ」
「そうね。子どものころから待つタイプだったわね」
「ソウくんがイライラするくらいには」
「確かに。でも、スイの長所よ」
「うん。だけど、10年は無理かもしれない」
私を見上げてにこっと笑うその顔は、とても爽やかで、なのに瞳の奥が獲物を捕らえたように私を惹きつけて離さない。
「だから、なるべく早めにね?」
手を掬われて、彼の唇が触れた。
「さて、待たせても悪いし行こっか」
ほんの数秒の出来事だと言うのに、まるで映画のワンシーンのような流れに、私はすぐに反応できなかった。
「スイ!」
少し怒ったように名前を呼べば、彼は楽しそうに笑いながら、私を置いて歩いていく。私は駆け足で、彼の後を追いかけた。
どこか開き直ったようなスイの真っ直ぐな想いが私に降り注いでいく。
彼に相応しいと思われる自分でありたいと思うほどに、私は惜しみない愛を受け取ることになった。
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