7日以内に見ないと( )死ぬ呪い
男はイライラしていた。
残業続きの日々だったし、上司はうるさいし、いつものストレス解消も出来なかったからだ。
久しぶりに早めの時間に帰宅すると、郵便受けには大量のチラシやら手紙やらが詰まっていた。男はああ面倒臭い、と心の中で呟く。
それらの中には宅配の不在票も入っている。今から再配達を頼んでも多分今日中には来てくれないだろうなと考え、男はまた面倒臭いと思った。
ピーンポーン。
「お届け物でーす」
「え?」
「え?」
宅配の配達員は男の反応に不思議そうな顔をしたが、彼も忙しいのだろう。瞬時に切り替え、赤い段ボール箱を手渡した。
差出人は覚えのない会社名。品名は「DVD」。
(あれ、なんか注文したっけ。面倒臭いからまあいいか)
男は受取り箱を開けた。何の飾りもない透明のケースにDVDが一枚。そして紙が入っていた。紙にはこんな文字が印刷されている―――――
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
これは呪いです(笑)。
この紙を見たあなたは( )死にます(笑)。
それが嫌なら宅配便を受け取ってから7日以内にこのDVDを見なさい(笑)。
呪い(笑)を信じるかどうかはあなた次第です(笑)。
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
―――――男は思った。
ずいぶんと手の込んだイタズラだな。合間合間に挟まれている(笑)が苛立ちを煽ってくる。それに、こんな面倒臭い事に付き合う程俺は暇じゃない。明日も仕事なんだ、と。
彼は段ボールをそのまま放置して発泡酒を飲んで寝た。
◆◇◆
翌日。
朝、男の機嫌は良かった。ストレス解消も出来て気持ち良く出社したからだ。が、それもすぐ上司に台無しにされた。
上司は四角四面のクソ真面目で、重箱の隅をつつく様に細かい事をグチグチと指摘するタイプだと彼は思っている。
(クソ上司、死ね! ホントに面倒臭い奴め!)
イライラがおさまらないので帰りにもストレス解消をした。スッキリした気持ちで家に帰る。
カタン。
彼の耳に乾いた音が届く。ドアポストが動いたような気がした。耳をそばだてたがそれ以降は何の音もしない。
確認するのも面倒臭い。多分気のせいだろう。彼はそう思い、発泡酒を飲んで寝た。
◆◇◆
それから数日、男はなんだか嫌な気持ちで過ごした。
仕事が忙しいのと上司がクソなのが原因だろうと最初は思っていたが、どうも気分が悪い。誰かがこちらを見ているような―――――
カタン。
やはりドアポストが音を立てた。
「!」
男は覗かれていたと思い、急いでドアに近寄り開けた。だが見回しても誰もいない。
「ちくしょう。逃げ足の早い奴め」
男は独り言ちたあと、ふと頭の中に呪いが書かれた紙の存在がちらついた。
(……逃げ足の早い、人間だよな?)
◆◇◆
翌日、男が家を出るとドアの前で隣人にかちあった。お喋り好きの老女である。
「あら、おはよう」
「ああ……ども」
「あんた、何か悪いことでもしたの?」
「えっ……いや、特になにも」
「そう?」
老女はニヤついた顔で更に何か言いたそうだったが、男は仕事があると言い、振り切って駅に向かった。
(もしかして、最近の監視されているような感覚は……隣のババアの仕業か?)
それならば昨日ドアを開けても誰も居なかったのも説明がつく。素早く自分の部屋に戻るだけなら、誰にも見られないことは可能だからだ。
だが、だとすると行き帰りの通勤まで見られているような気がするのは……そこまで尾行しているということだろうか?
彼はゾクリと身震いをした。
(まさかあの呪いの紙とDVDもババアの嫌がらせじゃないだろうな)
◆◇◆
男が家に帰ると、老女の部屋は電気が消えて物音ひとつしない様子だった。既に寝ているか、留守か。
彼は安心し、ドアに鍵を差し込む。
が、やはり視線を後ろから感じ、振り返った。
……誰もいない。いない筈だ。だが、向かいのマンションの窓のひとつが、カーテンが揺れた、ような気がした。
気のせいか。気のせいだろう。そうに違いない。きっと。さっさと酒を飲んで寝よう……と部屋に入りながら男は自分に言い聞かせる。
カタン。
冷蔵庫を開けていると、ドアポストが音を立てた。
男は一瞬絶句し、次いでこれ以上無いスピードでドアに近づき開けた。
が、やはりそこには誰も見当たらず、切れかけた蛍光灯が明滅して寒いコンクリートの廊下を照らしているだけだった。
隣の老女の部屋は相変わらず真っ暗で静かなままだ。
(……ああああ! 面倒臭えええ!!)
彼は部屋に戻り、腹立ち紛れにそこにあった赤い段ボールを蹴り飛ばす。かしゃん、とDVDのケースが小さな音を立てた。
それで彼は思い出した。
(コレが呪いだってのか?)
死ぬと書いてあるわりには随分と地味な嫌がらせだが……。
「……わかったよ! 見れば良いんだろ!」
あの紙には宅配便が届いて7日以内にDVDを見ろと書いてあった。今日でちょうど7日目だ。
男は紙の指示に従うのはシャクだがこの面倒臭い嫌がらせが終わるのならやむを得ないと考え、パソコンにDVDをセットした。
読み込ませると自動的に動画ファイルが再生される。
テロップと人工のものらしき音声が流れた―――――
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
これは呪いです(笑)。
これを見たあなたは(社会的に)死にます(笑)。
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
―――――「は? 社会的に死ぬって、どういうことだ?」
テロップと音声は続く―――――
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
あなたが宅配便を受け取ってから7日間、私達はあなたを見張っています(笑)。近所の人に聞き込みもしています(笑)。
あなたが少しでも犯罪や条例違反や迷惑行為をしていれば、その証拠の動画を取っています(笑)。
社会的な死とは、証拠動画をインターネットに公開する事です(笑)。
これを信じるかどうかはあなた次第です(笑)し、あなたが何もしない清廉潔白な人間(笑)なら何の問題もありません(笑)。
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
―――――男の心臓がどくどくと鼓動を打つ。それなのに手足の指先が急速に冷たくなっていく感覚を覚えた。
「……う、嘘だろ? だって俺のはストレス解消だ。ちょっとイライラしたから、ちょっとだけ、ちょっとした出来心じゃないか!」
テロップと音声は続く。男はすがるようにモニタに顔を寄せた―――――
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
社会的な死から逃れるなら方法はひとつだけ(笑)。
この呪い(笑)を誰かになすりつければいいのです(笑)。
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
―――――動画には細かい指示があった。誰か個人宛に宅配便で呪いの紙とDVDを送れ。差出人は彼に届いた時と同じ会社名。伝票の番号と宛先がわかる画像を指定されたメールアドレスに送信するように。ただし―――――
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
あなたがこの宅配便を受け取ってから8日以内に、新たな誰かに確実に荷物を受け取らせること(笑)。
時間切れ、または相手が転居などで受け取れない場合はゲームオーバー(笑)となり、あなたは社会的に死にます(笑)。
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
―――――(誰だ。誰になすりつければいい!?)
彼の両親は他界していて天涯孤独。地元の友人は最近連絡を取っていないから転居しているリスクがある。
会社の誰かに……しかし住所を知っている人など……。
「あっ」
彼はよろめきながら玄関へ走る。そこに設置し、雑多に手紙やチラシを放り込んでいる紙ゴミ入れを漁った。
「……あった!」
今年の始め、上司から年賀状が届いていた。男は面倒臭いと返信もせずにゴミ入れに突っ込んだ。
今時年賀状とかクソ真面目にも程があると思っていたが、逆に今回はありがたかった。
男はDVDをパソコンから取り出し、元の赤い段ボール箱に詰める。呪いとやらの紙も忘れない。箱の封をして抱えると、年賀状をポケットに突っ込んで近くのコンビニに走った。
◆◇◆
次の日、男は気が気ではなかった。
昨夜きちんと指示通りに荷物を発送し、伝票の画像も送信済みだ。あとは早く上司にあの荷物を受け取らせなければならない。その為に男は作戦を練ってきていた。
彼は全力で仕事を上げる。細かいミスがあれば上司は目ざとく見つける為そこにも注力した。
上司は「珍しくミスが無いじゃないか。いつもこの調子で頼むよ」と笑顔で言い、男は内心で(お前に呪いをなすりつけるためだよ)と嘲った。
彼はほぼ定時で退社した。そして上司の最寄駅で待ち伏せをする。待ちながら伝票の番号で荷物の追跡をすると、既に日中一度配達に行き、不在で持ち帰ったと結果が出た。
駅の改札から出てきた上司を見つけ、急いで宅配業者に電話をする。
「あの、すみません。荷物が来てたみたいなんですけど、もう15分くらいで家に着くので、どうしても今日中に再配達をお願いします!!」
彼は上司に成りすまして再配達を依頼した。宅配の配達人はそれはちょっと無理だと言っていたが、彼は何度も拝み倒し、演技ではなくガチで泣きそうな声を聞いた配達人は最後は「わかりました」と言ってくれた。
電話を切った男はほうと安堵の息をつく。そして次第にこみ上げてくる笑いを必死で堪えた。何も知らない上司を遠目から見ると、のんびりと家に向かっている。
上司がアパートに到着し、鍵を開けようとした瞬間に宅配便のトラックがやってきた。男は遠目でほくそえむ。
(ナイスタイミング! これで面倒臭い事は全部アイツに押し付けて終了!)
配達員が上司に声をかけるのを見届けた男は踵を返し駅に向かった。アパートの近くにうまく隠れるところが無かった為、ぐずぐずして上司に見つかるのもマズイと思ったのもある。
だからその後のやり取りを彼は知らない。
上司は荷物を見て不思議そうな表情になり、そして伝票を見ると眉間に皺が深く刻まれた。
その表情を男はようく知っていた筈だ。彼の仕事に対して細かいミスを指摘する時の顔である。
「いや、差出人にも品名にも心当たりがありませんね」
「えっ? でも再配達を依頼されましたよね?」
「してません。何かの間違いか、イタズラじゃないですかね」
「えっ、でも」
「とにかく、不審なので受け取り拒否をします」
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
呪呪呪呪呪呪呪呪(笑)呪呪呪呪呪呪呪呪
◆◇◆
翌週。隣の部屋の老女は電話をしていた。
「そうなのよ! 炎上っていうの? インターネットって便利だけどやっぱり怖いわねえ!」
言葉とは裏腹にその口角はつりあがり実に楽しそうである。
「お隣、ちょっと変わった男の人だと思ってたけどあんなに悪いことをしていたなんてゾッとしちゃうわ!」
男はストレス解消と称し、様々な犯罪を犯していた。
ごみのポイ捨て、酔っぱらっての立ちションなどの軽微なものから、酷いものになれば商品の万引きや公園でノラ猫やハトを虐める事もあり、更に電車内の痴漢、盗撮までも行っていた。
いずれも、現行犯でなくては逮捕が難しい犯罪である。
だが、証拠の画像や動画がインターネットにあげられると瞬く間にそれは拡散され、炎上し、犯人捜しが始まった。そしてすぐに男の名前と住所が匿名のアカウントによって晒された。
やがて面白半分に男の自宅を訪問、撮影する者や、会社にまで問い合わせの電話をする輩まで現れた。男はノイローゼになり、最終的に警察に自ら赴いた。
「でもさ~、多分相当恨みを買ってたんじゃない?」
老女はここだけの話よ、とニヤニヤしながら電話相手に言った。
「炎上する前にね、探偵があたしに聞き込みに来たのよ! あの男の事を聞かせてほしいって。でね、その探偵、反対隣の空き部屋まで借りてたみたいなの。調査料金どれだけかかったのかしら……」
お読み頂き、ありがとうございました!