苦悩と決断
――パッパッパッパッ。退路確保。
現在陸上自衛隊は大規模救出作戦を行っており、私はその作戦に従軍している。
その際に自衛隊の標準装備の自動小銃を渡されたが弾薬が限られている為、コック部の切り替えを“タ”に設定し。射程ギリギリのゾンビをワンショットで仕留めて行く。
自衛隊の自動小銃を装備している部隊員からは化け物を見るような目で見られている、この救出部隊の指揮を取っているのは准尉である女性、佐藤祥子ちゃんが取っている。
「……ダンタリオンさん。異常……いえ、凄いですね。おかげさまで救助を待つ民間人の救助率が段違いです」
そう話掛かられている最中、車の影から出て来るゾンビを彼女の肩越しに拳銃で仕留める、もちろんこの拳銃も支給品だ。
キャッ、と可愛い声を出しながら背後を確認すると、改めてお礼を言って来た。
「索敵は常に行わないとネ? せっかくプリティなショーコちゃんがゾンビになってしまうのは世界の損失ネ?」
「……ありがとうございます。あとちゃん付けを辞めて下さい」
OH……そんな冷たい目で見ないでくれ。癖になる。
そんなツン成分百パーセントの彼女と任務を遂行していく。大型のマンションが立ち並ぶ住宅地には、立て籠もる為の施設が揃っていることにより生存者が多い。
最近のマンションの屋上にはソーラーパネルの設置が義務化され備蓄食料もタンマリとあるようだ、なんでも防災法の改悪がおこり、癒着が確認され逮捕劇などが起こったそうだが皮肉にも悪法が功を奏した結果だね。
ソーラーパネルの設置は悪い事ではないけれど法律化されちゃうと、ねぇ?
住宅地周辺のゾンビを射殺して住宅地に繋がる退路を確保したところで、マンションの住人が気づき始めた。
集団で自衛隊の装備を目撃されれば救助が来たと気付くだろう。
子連れの家族が総出で脱出してきてしまう。
計画では学校などの避難所へ空路を使いヘリで脱出するか、撤退路である高速道路を確保して、ピストン輸送する予定であったが予想以上に要救助者が多いらしい。
助けれる人間が多い故に救助に困るとはなんともまあ。
今回は避難所である学校までの徒歩にトラック輸送を行う為に救出できる人数が多いわけではない。各家庭の車を使っても数台ほどしか護衛できないだろう。
少し離れた場所でトラックが待機しているが、三台しかないので救助できるのは三十人程だ。
頑丈なマンションに避難している周囲に住んでいる人間が予想以上に多く、騒ぎになり始めている。
「このマンションに救助に来たんだ! 周りに住んでいるお前たちは後だろう! 我々が優先されるべきだ!」
「何を言っている! 未来ある子供達を優先的に避難させるべきだろう! 大人は後でいいじゃないか!」
「あんたたち男は後でいいじゃない! 私達女性が優先されるべきよ! ――どきなさい!
身体の幅がでかい女性が子供を押しのけ我々の元へやってこようとする。
――パンッ。
その女性の足元に発砲する。
「ごちゃごちゃうるせーんだよデブが、殺すぞ? 命令に従え。子供からだ、早くしろ――定員は三十人だ。従わなければうるさい奴から殺すゾ? 私は自衛隊じゃないからネ、“ゾンビに感染した民間人”を射殺する事になんの罪にも問われないんだヨ?」
――パンッ。
「早くしロ」
百名以上いる救助者は怯えながら子供を連れて来る、三十名に満たなかったので老人や病人を優先して連れて行く。
「ガタガタ言わずに待ってろ。救助される立場なのに偉そうにすんな、次文句が出たら頭ぶち抜いてやる――大人しく待ってろ」
空に一発発砲し、移動を開始する。
すると祥子ちゃんが何とも言えない顔をして寄って来る。
「……今回もありがとうございます。泥を被ってもらい」
そう、今回だけではないのだ。我先に避難しようと従わない人間はおおい。若いゴロツキ見たな連中など殴り倒して制圧した事もある。
私は公式に自衛隊に所属していないために威圧的に対応できるし、その方が自衛隊側の生存率も高まる事から非公式に認められている。
責任はどことも知れない私に批評が行くが外様の私に責任を問うことはできない。私もストレスが溜まらないし一石二鳥なのでこの茶番にも付き合ってくれているし。隊員達にも内心ありがたがられている。
だけど、子供たちがトラウマになりそうで祥子ちゃんには受けが悪いけどね。
「いいってことヨ! ただ、祥子ちゃん受けが悪いネ! これじゃあしっぽりと“ネンゴロ”できなくて私悲しいヨ!?」
その発言に部隊員も拭く出して笑い始める。祥子ちゃんは顔を赤らめて可愛いのだが。
「――もうッ! 冗談でもやめてください!? ほら、往復しないといけないんですから早くいきましょう!!」
ケラケラ部隊員達も笑いながら任務を遂行していく。
こういう空気なら歓迎だね。
学校内の待機所で私が珈琲を嗜んでいると三等陸佐の山岸がやってくる。苦笑いをしながら近づいてくるあたり今回の救助者のクレーム処理に付き合ったのだろ。
機先を制する為に先に発言する。
「スムーズにいったでショ?」
何を差して言っているのか理解している為に頭をポリポリと掻いている。
「――ああ、助かっている。できればもう少し穏やかに行きたいのだが……数字で見ると馬鹿にならないほど君の貢献が……ね。他の部隊には死傷者も出ている、看過できない事だ。我々は国民の為に戦っているのだが愚か者の為に命を掛ける気持ちにはなれない」
「だろうネ、でもそれが人間だよ。馬鹿は撃ち殺せばいい、なに、戦争だと思えばいいのサ! 実際戦場ダ」
色々と葛藤しているのだろう。救助するべき市民がゾンビに変貌すれば射殺の特例も出ている、逃げることを優先させる為にナイフで脅してきたものを射殺したケースもあるそうだ。
「ま、折り合いはどこかで付けないと君が潰れてしまうヨ? ――でだ、実際空路の救助が滞っているみたいだけどダイジョブなの?」
武器弾薬の輸送がここ最近滞ってきている。首都を放棄して防衛範囲を狭める計画が経っているという情報を私独自に掴んでいる。
要は救助を打ち切り他県の防衛に回るという事だ。それすらも感染者が後を絶たず、混乱状態に陥っているのが現状だ。
この首都だけでも避難所は四百ヵ所を越えている。救助できるヘリはそんなに存在しないし。現実的に見て車両による輸送だろう。
五大都市を中心に感染は拡大しており、海路での救助に順次切り変えつつある。
首都内の道路は捨てられた車で走行しにくく、前回の救助者のトラック輸送も現地までいけない状態だった。弾薬もこのままでは持たない。
要するに今なお救助の連絡をしてくる要救助者を見捨てなければいけないのだ。
「あ、ああ、遅れてはいるが……」
何も言わない、言えないのだ。見捨てなければいけないことを、救えないことを――己の無力さを。
「――見捨てる。ダロウ? 君は決断しなければならない。今なお救助を待っている者達を切り捨て、避難所にいる人間達を救うか。救助を待っている人間を救って全員と心中するか――決断の時だ。日本中の状況は良くない、いずれ破綻する」
俯きながら手を組んで震えている。こんなご時世でなければ立派な上司なのだろう、平時では切り捨てる覚悟など抱かなくてもいい。だが――
「――いざという時に決断できない上司は無能だ。仲間を道連れにして死んでいく。私は経験してきている。人を切り捨て殺し、多くも救ってきた。君に私の教訓とも言える言葉を送ろう。――要は自分さえ良ければいいのだよ」
ピタリと手の震えが止まる、あまりにも自分勝手な物言いに疑問を抱いたのだろう。
「君程度の人間に数千人、数万人の人間が救える大英雄なのかね? 月々三十万そこらのお給料で其処まで命を掛けるのかね? バカバカしい。人間には“分”という物がある、決して超えてはならない領分だ。――英雄願望を夢想する愚者は結果的に多くに民衆を巻き添えにし世紀の大犯罪者として語られる。君はどちらかね? 手の中にいる罪なき民衆を守るのか分を超え全てを滅ぼす愚者となるのか」
彼の前にそっと暖かい珈琲のカップを置く、もちろん砂糖もミルクも置いてはいない。彼には苦い思いをしてもらわなければいけない。
ちょっと移動用に武器弾薬を山のように積んだトラックを調達しないといけない。自前で生成したものだがな。
こういう人間の葛藤を見るのもなかなか楽しいものがある、いつも殲滅ばかりで情緒もへったくれもない。
さて、君の答えが決まるまで目の前でカステラを食べてやろうと思う、うんと濃いエスプレッソでも飲んでいたまえ山岸くん。




