話が通じないッ!
今日は少し早く起きて朝食を作っている。人数は三人前。簡単に調理できて美味しいホットケーキだ。三段重ねに、はちみつとバターを乗せて完成だ。
「どうぞ、ニック、クティ」
「おお、ありがたい! 頂きますぞ」
「主様の作られた食事……味わって頂きます」
「どうぞ、これからもちょくちょく作るかもしれないからそこまで大事に考えなくてもいいよ? たまにはみんなで食べたいじゃん?」
すっかり口調が若くなってしまったな。判断力も低下しなければいいが。
食卓ひとりだと寂しいからな。最近荒れぎみなのが自覚しており、短絡的な行動が目立っている。気にしないでいい事に、いちいち腹を立てても疲れるだけだしな。
クティは来たばかりだから新鮮だけど、ニックはそこそこの付き合いになる。地下の拠点を案内された事が切っ掛けだったな。
今はただニックとクティで癒されよう。
◇
癒されてたのに……。なんで玄関先で壬生が土下座してるの?
バカなの? 周囲の視線が痛い……ニックが恋しい。
「とりあえず上がれよ」
「――わかった」
家に上げることにした。学校いけないじゃん、遅刻だよ……。
一応客なので紅茶をのんびりと淹れる。この行為だけは何者にも邪魔をされくない。壬生の目の前に淹れたての紅茶と、ミルクポット、砂糖を用意する。朝早くなので好物のカステラで脳味噌を動かそう。――あーなんで情緒不安定なのか分かってしまった。肉の身体だから不安定なんだ。感情がモロに前面に出てる。
取り敢えず話を聞くことにしようか。
「――――申し訳ありませんでした」
取り合えず、謝罪ね。なら裁判官に同じこと言えよ。
何も答えない。謝罪ではなく話を聞く予定だからな。
「あの日父上に相談したんだ。心太を救う手立てはないのかと――だが帰って来た答えは一度憑かれたものが生還した試しは無い……と。私は、絶望した。それでも何か手立てはないかと考えた。だが父上に説得されたんだ、殺してあげることが彼への手向けだと。そう言われ黙り込んで引きこもってしまった。卑怯にもその間に全てが終わっていればな、と」
ああ、はいはい。素敵な感想ですね。なんで話をしようとはならなかったのか、無性にツッコミたいが話が進まないからな。
「だが、目が覚めても、父上は帰ってこなかった、暫くして知らせを受けた時は、驚いたよ、知ってる部下が数十名も殺害されたと。心太が殺したなんて思いたくなかった。あの、怠惰で、やる気のない心太がだ」
いや、失礼だよね。
「だが、死体袋の知り合いを見て現実に引き戻されたよ、心太はもういないんだって、そして、報復に対する念書と、慰謝料の支払いで全て終わったと思った。忘れればいいんだと思ったんだ」
忘れていいですよ。とくに何も言いません。心残りは時と共に風化しますって。
「だが、あの心太が忘れられない。帰ってこないって分かってるんだ。呼んでいる気がするんだ。心太が助けてって」
おや、不穏な空気が漂い出したぞ。
「だから、せめて私が仇を討とうって決めたんだ。許せ」
瞬間、家が爆破される。壬生は結界に囲まれ、グレネード弾か何かを撃ち込んだんだろう。これ、私いじめられてる?
ガトリングのような音が断続的に鳴り響く。即座に壬生の当主に連絡を入れた。
「あのーお宅の娘さんにグレネード弾をウチにぶち込まれたんですけど、どうしたらいいですか?」
「!! 待て! 待ってくれ! 殺さないでくれ!」
「ねえ、これ私悪くないよね?」
「もちろんだ!」
「腕ぶった切らないとまたくるよね?」
「――……」
「それ答えだよね、了解」
通話が終わる、未だに何かしら撃ち込まれ続けている。障壁を突破できないのにね。いやになるわ。
土御門さんに連絡を入れる。銃声を聞いて慌てて心配する土御門さん大好き。
「どうやら壬生家の襲撃なんですけど、どうしたらいいですかね? もう家無くなっちゃいます」
「なんとも、まぁ……思い込みの激しいご令嬢なのだな。だが銃撃を受けているのに凄まじい胆力だな、我が娘に相応しい」
「まぁ、嬉しいですけどね。でも、これで私悪くない事が分かりますよね? 謝罪するって言われて家に上げたら幼馴染からグレネード弾撃ち込まれたんですよ。ちょっとこれ鉄板のネタになりそうですね。――ああやはり、土御門さんに連絡をしてよかった。冷静に半殺しで済ませておきますね。ちょっと疲れちゃいました」
健闘を祈られちゃったよ。
指パッチンで周囲全てを消失させ、拘束。はい、磔の完成。
もう、スタイリッシュに戦闘するのが馬鹿らしくて……。
宙に浮かぶ五十人を越える壬生関係者。取り敢えず全員の手足いらないよね?
>>炎
四肢を焼き尽くせ、存在そのものを焼き尽くす、移植されようが義足を嵌めようが概念を焼き尽くした今、歩行すら敵わない。
>>奇跡の甘露
四肢の欠損した箇所の出血を止める、殺さない事を約束したしね。
周囲全てのゴミや残骸を全て焼き尽くし掃除が終わる、私に家もなくなってしまったようだ。
壬生が憎々し気にこちらを見て来る。何かまだあるのかな?
「何か言いたいの壬生さん?」
「貴様を絶対許さぬ! 家族を! 仲間を! 奪った貴様は!」
「あー仲間? 指パッチンでボンした奴かな? 覚えてないや。――それとさ、まあ、信じないけど、心太のままなんだけどね。過去の記憶が蘇っただけで別に憑いたりしてないからね? 壬生さんの周りのそいつらも信じなくてもいいけどさ」
「嘘を付け!」
駄目だ、私は諦めた。あの良妻賢母と私が言っていたあの子がこんな頭がおかしいなんて……女の子怖いな。
「花蓮!! 峯山ああああぁぁぁぁ!!」
パチンッ。
私の時間を奪わないでくれ。約束通り殺させてもらったよ。
学校の担任に連絡を入れる。
「あー先生、壬生さんがトチ狂ってウチにガソリン撒かれて今火事が起こってるんですよね――ええ、ガチです。仙崎も壬生さんに巻き込まれで意識不明なんですよ。ええ、冗談ではないです、壬生さんの叫び声聞こえるでしょう? 今説得して投降を呼びかけてるんですよ。ん、相変わらず冷静だなって? 一周回って怖いくらい冷静ですね。今親御さんが駆け付けに来てくれている所です。はい、住む家がなくなっちゃたんでしばらく休みになりますね……公休扱いは、ああ、相談してくれると、ありがとうございます。心が折れそうです。ああ、来ました。また連絡入れますね、では――」
警察は、無理だな。四肢欠損の説明できないや。
「峯山くん……」
「あんたさ、あれどう思う?」
「……もう、だめかもしれん。終わりだ」
「いやいや、カモじゃなくてもう駄目ですよ。取り敢えず財産全部持ってきたら解放しますね。殺してないだけ温情ですよ? 一時間待ちますね。十億くらいあるでしょう? ――遅れたら端から殺します」
そう言うと慌てて走り出した。取り敢えず腹いせに衣服を全部燃やして晒し者にしておこう。
◇
当主が戻って来てアタッシュケースを十数個が付き人と共に持ってきた。それに触れずに開けさせ、中身を全部出させた。その中身はプラスチック爆薬で――自爆しやがった。
周囲一帯巻き込んで数件家が爆発に巻き込まれた。
もちろん、磔にしていた奴らも、壬生さんも死んでしまった。
「土御門さん、後処理できます? 壬生の財産差し押さえと慰謝料で土地の売買など、ええ、自爆しました。慰謝料請求したらアタッシュケース全部プラスチック爆薬ですもん。もう壬生は断絶ですね。手数料お渡ししますので、陰陽寮に頑張ってもらわないと。この経緯の動画データありますんで送っておきますね。最初から最後まで愚かでしたよ、壬生家は」
先生に再び電話すると。
「先生、壬生も壬生の家族も爆薬を持ってきて自爆しました。全員死んでいそうです。ええ、最悪です。父親が娘と無理心中何て。え、聞こえてました。そりゃあ周囲何件かの家を巻き込んで大爆発ですもん、私は隠れていましたけど。いやな予感したもので。仙崎と壬生は死んでますね、ええ、首が転がってましたから。これから付き合う人は選んだ方がいいですね。先生、ちょっと私疲れました、ビールでも奢ってください。――いいんですか、ありがとうございます」
ニック、クティ出ておいで。
「旦那ァ、こりゃねえですな」
「主殿お労しや……」
テーブルを出して取り合えず珈琲が飲みたい。熱めに入れた珈琲を甘いカステラと共に流し込む。
アラメス、この身体、私に合わないみたいだ。お願いするよ。
[――お疲れ様です。さすがに私も無いと思いました。人間は愚かですね]
身体が私に変化していく銀で満たされ肉の身体が存在置換されていく。背が高くなり、幼い雰囲気が抜けて行く。悪魔の象徴である二本角が生え絞られた筋肉が主張を始めた。そこにいるだけで周囲数キロもの範囲に威圧感をまき散らした。
「うむ、気分がスッキリするな。やはりこの身体が、最適かもしれん――ニック、クティ、心配かけたな」
「良いって事よ旦那ァ! いつでも呼んでくださいね!」
「主殿の真の姿……お美しい」
私に人付き合いは無理かもしれんな。特に若い子の考えることはわからぬよ。




