月が綺麗ですね。物理
まだ自分の息が酒臭い、窓ガラス交換の業者さんが、作業終わって帰って行ったけどこいつ未成年なのに酒臭いって顔してたよ。
この息が飲んだ気がしていいんだけどな。学生の気分が性格に影響してるけどそれも楽しいし今回はこれで行こう。
酒の匂いを漂わせ、教室にコッソリ入室。一応匂い消しを制服に振りかけておいたから大丈夫――ではなかったようで、先生に怒られてしまった。飲むなとは言わんが飲み過ぎるなよ、と理解ある先生で私嬉しいよ。
もちろん壬生さんも登校してきており、酒臭い私に何も言ってこない、世話焼きの壬生さんは私の見ていた幻覚だったのかもしれないな。仙崎は入院、どうでもいいね。
なにか言い含められているのか本当に接触してこない壬生さん、周囲のクラスメイトも私が酒臭かったので振られて自棄酒でも飲んだのではないかと噂をしている。お腹が減って飲んだだけなのだがあながち振られたというのも間違いではないので曖昧に笑っておいた。
昼食は寂しく体育館の二階で空を眺めながら食事を取っている。食堂の食券で購入した手作り感満載のわかめおにぎりだ。相性最悪のココアでのどを潤わせながらとるミスマッチ感が癖になる。
おや、体育館裏でいじめの匂いがするぞ。
窓を開けて下を覗くと女子生徒数名がひとりの女の子をいじめている。水でも掛けたのか制服とカバンがグショグショだ。
ひょいと、地面に向かって飛び降り、声を掛けた。
「――君たちいじめかい? 先生に言った方がいいかね?」
「は? んなわけねーじゃん。こいつと、あそんでんだよッ!」
そういうとカバンを蹴って体育館の壁にぶつかった。そうかそうか。
「マジでッ! じゃあ私も遊ぶねッ! ――シッ」
ケタケタ笑っていた女子の足を蹴り転倒させたのち、顔面を踏みにじってやる。
痛い痛いと叫ぶも、踵で踏みにじる。その姿をスマホで撮影していると、残り数名が逃げようとした。
「――逃げちゃ駄目だ――よッ」
数人の足の指を踵で踏みつけ粉砕する。叫び声が響き渡るが、昨日、陰陽術士に習った結界を張っておりどこにも届かない。
「ねぇ、今どんな気持ち? 遊んでるんでしょ? 私も混ぜて欲しかったんだよね――遊びなんだよね? いじめ……じゃ、ないんだよね? なら、続けてもいいよね?」
そう言うと泣き叫びながらごめんなさいと土下座を始めてしまった。いじめを受けていた女子は仄暗い笑みを浮かべていた。
「そこな、いじめられていた女子さん、何か取られたり、損害を受けたり、している? 今なら仕返しのチャンスだけど――ああ、後が怖いのか。まぁ、代わりに私がもらっておこう」
そういうなり、女子生徒に財布を出させると有り金――全員で三万か、意外と持っていたな。スマホも出させて全て粉々に踏みつぶしておいた。身分証も貰って置く。
「コレ、身分証だよね? チクッ足りしたら報復に行くから、妹、弟、ああ、いるみたいだね。家族多くていいね。川に投げ込んであげる。大丈夫、きっと遊んでてたまたま落ちただけだから――分かった? 理解したならキチンと返事しろや」
「……は、はい」
足の指だけさりげなく治しておく、証拠を残しておくのもな。いじめを行っていた女子生徒は逃げ出していき、いじめられていた子が残っている。
「――ほら、三万円。慰謝料代わりに貰っときな。私が奪ったことになってるし言わないからね。まぁ、今日はたまたま、彼女らに天罰が落ちたってことで、そのお金で好きな物買って帰りなさい。ほら、タオルで顔拭きな」
明らかに持っていなかったタオルを渡すと、ぼんやりしていたので。タオルを受け取ると、髪の毛を丁寧に拭いてあげる。
「いじめなんて、何が楽しいんだろうね――いや、楽しいかも。私、彼女らを踏みにじって楽しかったわ。君も見ていて楽しかったよね? これじゃあ、いじめが無くならないわけだ」
髪の毛を拭き終わると次は制服だ。だが、これは……乾かないな。
「制服はどうしよう、しょうがないか。これを着るといい。どこから出したかはきっと魔法使いだからさ――ああ、紅茶飲む? 美味しいよ」
パパッと可愛い白いワンピースを出して渡してあげる。彼女が状況を理解する前に、彼女を物陰へ押し込み着替えさせる。
着替え終わって戻って来ると、暖かい紅茶が待っているというイリュージョン。別にばれても関係ないしね。
おずおずと理解が及ばないという顔をしながらも、暖かい紅茶をはふはふと、飲み始めている。
そして、指パッチンで、テーブルにクッキーが出現する。
「紅茶に合うと思うよ? それとも――ケーキがお好き?」
サイド指パッチンで、ケーキも出した。反応が楽しい。こういう事の為に使う能力が平和的で私好みなんだけどな。
もう、どうでもいいやと理解を放棄した彼女が美味しそうにケーキを食べている。話を聞いていると、どうやらラノベや絵を書くことが好きなようで、クラスの上位の彼女達に馬鹿にされていたそうだ。上位ねぇ。
白いワンピースで着飾った彼女は髪型は目を隠して見えないが、美少女……までは、行かないけれど、そこそこ可愛いと思うんだけどな。と、そのまんま言ってしまう。
「――もう言ってしまったから言うけど、君って大人になったら、意外と男を手玉に取る悪い女になりそうなんだよね。化粧映えしそうだし。逆にあの女どもはさ、低学歴のDV男に惚れて安月給の家庭で苦労しそうじゃない?
ああ、分かってくれる? 今はこうして君はいじめられていたけれど、ラノベや、アニメ趣味ってかなりポピュラーだからね? たまたま、目について、たまたま、いじめ易かっただけなんだよ。つまり、運が悪かった」
そう言うとどうしようもないじゃないかと、悲しそうな顔になった。
「そんな君は運がいい。薄いヘーゼルの瞳の君にはこのブルーサファイアの凍るような煌きがぴったりだ、ワンポイントに嫌味のない配置に作られているネックレスだ。ああ、偽物じゃないよ? 大人になりかけの未成熟さが逆にこのネックレスで際立ち、魅力を引き出してくれると思う。私からのプレゼントだ」
そう言うとネックレスのフックを外し彼女の正面から首に手を回してかけてあげる、まだ幼いながらも女性特有のフェロモンの香りが鼻腔を擽る。
白いワンピースの開けた胸元にブルーサファイアが引き締めてベストマッチだ。
指で鎖骨をなぞり、ネックレスをコンコンとつつく。
「とても似合っているよ。ほら、今日は運のいい日だろう? 運の良し悪しなんてそんなものなのだよ、君はこれから良い日々を送れるよ。何か困ったことが有ったら私に言うと良い。これ、スマホの番号ね」
ワンピースの胸元から見える意外とボリュームのある谷間に紙を挟んだ。
「今日はもう家に帰る? もしそうなら送って行くけれど……そっか、じゃあ一緒にこのまま帰ろうかね」
「うん――ありがとう」
ようやく、首振りマシーンから声が出てきた。コクコク首を振り続けていたから心配してたんだ。
「家は遠い? 電車に乗ったりするの?」
「電車で西上駅です。そこから十数分程歩いたら家です」
ああ、あそこ駅ね。記憶を参照して探し出す。最寄りの駅から三十分ほどだな。意外と遠いな。
「じゃあ、選択肢を上げる。ひとつ、飛んで帰る。ふたつ、転移で帰る。みっつ、遊びに行く。――どれがいい?」
彼女が目を見開いて驚いている、遊びに誘ってくれている事にだろうけど。
「じゃあ、欲張って。飛んで帰って、遊びに行って、転移で家に帰りたいです」
ほほう、なかなか良いチョイスだね。叶えて進ぜよう。
「分かった。じゃ飛ぶね」
「へっ――きゃあッ」
彼女をお暇様抱っこして空へ浮かび上がる。認識を阻害するフィールドを張っている為、地上から気づかれることは、まぁ無いだろう。
最初は恐怖から目を瞑っていたが、気温も調整し快適な温度とゆっくり眺めのいい場所をあえて飛んでいる為に、目を輝かせて楽しんでいる。
「ふわぁ。っ本当に叶えてくれたッ! すごいすごいすごい!」
遊びに行く場所はどこにしようかなと考えていると、胸元をくんくん嗅いできていた、いい香りでもしているのだろうか。
「ちょっと、お酒の匂いがします」
しまった、まだ残っていたのか。これは乙女的には減点だな。
「昨夜、酔っ払いに絡まれてね、川にチンピラを投げ捨てて憂さ晴らしにビールを飲んだのさ」
「うわ、誤魔化さずに言うわ、さらにクレイジーな事やっているし」
「正直は美徳、とも言うさ。さて、どこに遊びに行きたい? 何なら月に行くかい?」
「ふえ。――ほ、ほほ、ほんとですか? 月に行きたいです!」
にやりと笑いかけると次の瞬間には月面に到着しており、頭上には地球が見えている。酸素を囲って自前の障壁を張っている。結界じゃ持たなさそうだしね。
「――どうだい。ワンピースで月面に立ったのは人類で君が初めてなんじゃないかな? 旗でも建てる?」
「――――――しゅごい」
お気に召して頂けたようで。彼女が呆けている内にソファーを用意してさりげなく座らせておく、それから一時間程眺めていると、正気に戻ったらしく。こちらを見て恥ずかしがっている。
「お気に召して頂けたようで結構だ。そういえば君に聞いておかなければならない事があるんだ」
「な、なんですか!? こ、ここここ、ココから帰せないとか……」
なんでそこで頬を赤らめるんだ。
「いや、名前を聞いていなくてね、私は心太。渾名は、トコロテンともいう、ひどい名前だろ?」
そういえば姓名ってなんだっけ? 峯山君か、普通だな。
「有村霞です、えっと、その、不束者ですがよろしくお願いします!!」
おいおい、プロポーズされちまったよ。――よろしくお願いします。
いやあ、少年の性格楽しいね。




