内部のあれこれ
薄暗い部屋のモニターに表示されている老人達、口から泡を飛ばして喧々諤々と論争を展開している。
その様を眺めている白髪交じりの男がこめかみに手を当てている。
『こんなことは原典に記されておらぬッ! どういうことだ!』
先程から、話が違う、契約に無い、聞いていないとまるで自身の都合の悪い事には耳を傾けもしない老人の戯言が繰り返されている。
モニターから目を背けていた男は、視線を画面に戻し額を二本の指でトントンと叩きながら発言する。
「奴の似姿はまさしく、記されているダンタリオンの悪魔。数多の姿を持つという――無貌の性質も有しており、多少変質はしていようとも本質は変わりません。あれも本性の“ひとつ”ということでしょう。悪魔は契約を重んじると原典にも記されております。契約を結ぶのは自由だと彼は言ってた。
むしろ、契約に縛られている存在とも言えます。現在どのように契約を結べばいいか対策を立てている最中でのでしばらく時間を頂けませんか? 攻撃的ではない為、こちらに都合がいい――まさに天啓なのですよ」
モニター内の老人達もその言に一考の価値ありと判断したのか静まり返る。
「我々の計画に変更はありません。原典の通り高次存在との対話が成ったも同然なのです。複数の計画を推進していく切っ掛けにもなりましょう」
そして、数分程の相談が終わると男に老人の代表格が告げる。
『うむ、貴様の言い分を認めよう。存分に励むがいい』
言いたいことを言って満足したのか全ての通信が終了する。
暗くなったモニターを睨みながら、男は拳を机に叩きつけた。
「一体何なんだ奴は、パイロットまで惑わしている。危険だ。私の計画にはないイレギュラーだ――だが、軽々に始末する事も出来ん……どうにかして契約を結ばねばなるまい」
その時、司令官直通回線の通信装置が、着信を知らせるコールが鳴り響く。
「私だ――ああ、そうか……承認する。君の思うとおりにしてくれ、ああ、計画の変更はない。うまくやってくれ――失敗は許されない、その事を念頭に置いておけ、以上だ」
ガチャリと、強めに受話器を叩きつける。
「本当にイライラさせてくれる。まぁいい、予備のパイロットがそろそろ着く頃だ、何事にも保険というモノは大事なのだよ。月島ケイ、君の偽善が自身の首を絞めることを知るといい」
部屋を退出し、暗闇に包まれた。蠢く銀に誰も気づいてなどいなかったのだ。
◇
博士の名は香月アカネ、生物学に優れた権威であり、あのロボットのような存在の基礎研究を行ってきた実績がある。なんでも悪魔の体細胞を培養し、増殖することに成功させた。だが、その手法は公式には認められておらず、こういった組織の内部で好きに研究させてもらっている、との事だ。
その研究内容や、秘匿情報をほいほい教えてもらえるわけもなく。私の細胞と血液を採取されてしまう。クローンの生成は不可能だと、すでに結論は出ているのだがそれは秘密にしてある。今回悪魔の身体を奪うことに成功してあるので、高スペックな巨大化の際に如何に利用するか再設計がアラメスの手でなされている最中だ。
あの、ロボットは培養された悪魔の細胞を部分的に培養、パーツとして継ぎ接ぎ悪魔そのものであり、増殖し再生する細胞を抑制させ運用している。リミットを解除すれば、再生力も戦闘能力も上がりはするがパイロットに対する浸食が始まり命を落としてしまう欠陥兵器でもあった。
あのロボット。いや、名称があったみたいで、TYPE-00/バエルには、悪魔の本体であるコアが存在せずに、神経系統に這わせた電子回路制御によるシステムが組み込まれている。
悪魔の細胞に適合する、被験者を各国で探し出しほんの数名しか適合者が現れなかった。それが、月島ケイ君だ。
初期の頃、細胞の調整がうまく行かずに悪魔化、肉体が肥大化しモンスターのようなものに変貌する事も少なくなかったとか。その、非道な研究者が香月アカネだ。司法取引か知らないが、十分悪のマッドサイエンティストだな。
私の細胞を誰に移植するかは分からないが、月島ケイ以外には適合しないだろ。だって私が認めているのだからね。彼女の善性は好ましい。だがその善性が世界で認められる程世の中は綺麗じゃないのだよ。
研究所である程度の知識を教わった後はケイ君とのお茶会を開いている、彼女の待機室のような場所で私が淹れた紅茶を飲みながら会話をしている。
「どうだい、私のお気に入りなのだがね。とてもレアな異世界産紅茶だよ。ああ、感染症を引き起こす菌類も、この世界と類似しているからね、病気になったりしないから安心してくれ給え、検疫は万全だ」
「――ッ! 危うく噴き出すところでした。どんな世界だったんですか?」
「そうだね、まだまだ数回しか次元転移をしていないから少ないけれど、異星体と言う金属生命体が地球のような惑星に侵略してくる世界だったよ。同化現象と言う身体が金属に蝕まれたり、男性の数が少なくて女性の戦闘員が多く存在していたね」
「そんなことが……侵略という意味ではこの世界でも同じことが起きていますね」
「その世界では偶発的だったけれど、この世界は自発的の可能性が高いね、悪魔は契約を重んじるんだ。どこかの誰かが悪魔と契約をして、その契約を履行しにやってきているんじゃないかな? 恐らく上層部の一部は真実を知っていて公表していないね」
「……それ、知ったら不味いんじゃないですか?」
「すでにパイロットと言う逃れられない運命に乗っているから大丈夫さ。精々君のクローンがどこか知れないところで数百人ほどいるぐらいじゃないかな? だって悪魔の機体に適合者は君しかいないのだろう? ならばどうするか――そう、予備を考えるはず。そうなるとクローンしかないだろう。バエルの培養に成功しているのならばクローン研究も行われているはずだね」
彼女は、思い当たる節が多いのか俯いて黙っている、聡明な彼女の事だろう、責任感を感じているんじゃないかね。
「けれど君になんの責任もない。ただ、運が悪かっただけさ、たまたま適合し、たまたま、選ばれただけさ。これからやって来る悪魔を殲滅するのが君の仕事なんだろう? 粛々と君がやるべきことをやればいいのさ。――だけど、引っ掻きまわしたいときは私に願うといい。協力しよう」
ここは、悪魔らしくニタリを笑顔を作る。こういう演出は大事。実際は面白くなりそうなチャンスを散りばめているだけなのだがね。
生成した銀を指輪のように作成し彼女に渡す。
「それを持っているといい、それで私の会話もできるし願えば何かいいことがあるかもしれない。まぁ、護身用に持っておいてくれ、君には嘘をつかないよ、約束だ」
「――嘘をつかない約束、ですか。人間関係に悩ましい人には甘い蜜のような言葉ですね――さすが、悪魔らしいや」
「そう、嘘をつかない、だけど本当のことを言わない、は。定番だ。だから、嘘をつかないし、本当の真意も君には条件付きで伝えよう」
「そう、甘くもなかったや……条件は?」
「私を楽しませる事だね。その都度聞くと言い。楽しいか――と。私が楽しければ聞いたことには答えよう」
「――以外と優しい条件のようで難しいですね……では、今は楽しいですか?」
「ああ、楽しいぞ? この、答えは後に取って置いてもいい、君が選択しなさい」
「大事に取って置きます。――紅茶ごちそうさまでした……本当に美味しかったです」
ことりとカップをテーブルに置くと私が渡したパーカーを羽織っていく。
「それ、気に入ってくれたようだね。また何かプレゼントするから受け取ってくれ。ケイ君が気に入るものを用意しておくよ」
「男性からのプレゼントをもらうのは初めてです。意外と――嬉しいものなのですね、では」
ギャリィ、と手の中にあった盗聴器の類がテーブルの上に粉々になって落ちていく。盗聴なんて無粋な事するもんじゃないよ? 次は無いからね。
カメラによる監視は継続されているが武力的な行動はとって来てはいない。警戒を怠るような事はしていないがこれからどうするんだろうな。入居できる部屋もないし……研究所に入り浸るしかないのか――何されるか分からないが、まぁクリス女史のようにはならない、といいいけどな。




