国連本部襲撃
激しく建物が破壊される音が聞こえて来る。砲弾が発射される轟音と、人々の怒号が心地よく感じる。
何をしているかと言われれば世界の軍事基地を順番に襲撃している所だ。
なるべく死者が出ないように気を付けてはいるが、出てしまったからにはブランクとして役に立ってもらう。
使い捨て用の戦力をして低級のモンスターを数百体出現させると。雑に攻撃を仕掛けている。戦車砲や、銃弾の雨に晒されていき、倒されていく。
今回、顕現させていたモンスターの死体は、特殊な鉱石を持つ種類であったために研究素材として認識されだろう。
こうして現世に存在が認識され、素材が残ることで仮想世界の存在値が上昇していく。アラメスを通してステータスを可視化してもらってはいるが、コンマ何パーセントの上昇だが馬鹿にはできない。広大な世界の少々なのだから辺境の街程の大きさでもある。
いつかの日か、現実世界へのゲートが開く時が来るかもしれないな。
シィーンとして現世に顕現していた事が観測されると共に、モンスターの出現に世界に驚愕が走った。ついに恐れていたことが起きてしまったと。つい先日に経済界に激震が走ったかと思えば物理的な侵略行動が始まったのだ。
被害人数は少ないが経済的にも戦力的にも損耗が激しく。兵器類が破壊されていった。海上にある空母や、陸軍施設、兵器格納庫などが狙われた。特に戦略核を強奪された事が判明した。
即座に世間へと戦略核が邪神に奪われた事が知れ渡ると。世界の危機を認識できていなかった層でもさすがにマズイと分かる。
数日後に海上で大規模な戦略核の大爆発が観測されると世界恐慌に陥った。
周辺国に数日間の間、濁った雨が降り注ぎ、緊急避難せざる得なくなる。調べたところ放射能に汚染はされていなかったが、恐怖のどん底へと落とされていった。
国連でも軍事力の増強は急務であり、平和の為にと特例で防衛行動における、諸国の軍事同盟が全会一致で可決された。
いつ我が国へと核が撃ち込まれるのかと、正気でいられないからだ。
◇
いつも賑わっているとある諸外国の闘技場は、観光客が少なくのんびりできそうだ。出店で買ったジェラートを味わいながら、私の腕に抱き付いているムジュルの体温をしっかりと感じている。
彼女の頬についていたクリームをペロリと舐めとると、テヘヘと、恥ずかしそうに微笑んだ。
「のう。ウチの上司様よ。我が邪神をするより、そなたの邪神っぷりは、こう……堂に入っているというか。なんというか――我、必要か?」
何をいまさら。
「愛しい現地妻だ。私の行動は全て、君をこの世界の神にでもしようと企んでいてな。認識を広げ、仮想世界の存在フレームを強化してるんだよ。おかげで現世にモンスターも顕現させやすくなっている。君も、絶望と恐怖の化身となった今なら、現世が心地よい空間と感じているハズだ。すでに下地はできているのだよ」
ううむ、と考え込んでいるムジュル。現世の信仰、いいや、絶望を収集し、効率的に運用しているのはアラメスなんだけどな。
そのために数柱の神には犠牲になってもらった。必要な権能をアラメスに行使してもらい、世界の調整を行っている。すでに仮想世界の理を掌握しつつある。有能すぎて困るなウチの相棒は。
「それは、嬉しい限りなんじゃが、こう……もっと役に立ちたいというか、なんというか……旦那様に頼り切りもなんかのう。女神であった我には座りが悪いんじゃ」
「こうして絶世の美女に腕を組んでいるだけで、私は支払いをしてもらっているのだがな――ならば、対連合軍の戦いの際に頑張ってくれればいいさ」
「それはそうなんじゃが――何かあれば言うんじゃぞ? それとさっき見ていたオススメの美味しいパスタの店に行こうぞ? 腹が減ってのう」
「そうだな。こうして観光もいいが美味い飯も最高だな。ああ、酒も飲んでいこうか」
こうして数か国ほどの観光をしている間にも着々と仮想世界では軍備が整えられている。いわゆる魔王城、いや邪神の居城か。ムジュルの反応が特定されている為に数キロ離れたところから偵察部隊がちらほら出現している。
切羽詰まった神が神託で、羅針盤のようなアイテムを提供したからだ。世界に元々存在しているアイテムだったようで、ズルかどうかの判定はセーフだ。
レガシー級のレアアイテムで、連合軍に一つしかないが、そう頻繁に使うアイテムでもない。だが、邪神が逃走した場合に必要なので厳重に管理されている。
邪神本人は私の隣で酒を飲んで酔っ払い、裸でスヤスヤとベットに寝ている。いわゆる、お前の嫁《仇敵》、俺の隣で寝てるよ。だろうか? 人類からはちっとも羨ましくも無いだろうがな。美女なのだがね。
闇の勢力も数柱ほど頂いているが、何割かの勢力とは話が付いている。むしろ邪神はお前だろと、恐れ慄かれ配下にして下さいと、お願いすらされている。
悪魔の王となった私の契約や約束事に拘束力が発生するようになった。配下にした際にある程度の契約をさせた。おかげで権能の解析が進み、本格的に私の使用できる権能が悪寄りだらけになってしまったのだが。
性欲、食欲、睡眠欲、など誘発させたり強制できたり、七大罪でもコンプリートできそうだ。
仮初のアバターを被った悪魔種族であったが、世界に認知され存在が確立されていく。
いるかどうかも分からない現世の神より、力を持っている私は荒神のような存在なのかもしれない。
実際、現世を見て回ったが、いわくつきの場所や霊的スポットには、エネルギーが集まった、塊のようなものが存在していた。
ブランクが存在していた為、所謂そういう力の化身なのだろう。
それが意識を持った時に、神と呼ばれるのか悪魔と呼ばれるかは、善悪のベクトル次第なのだろう。
力というモノは方向性だけで分別される。大本の力の源は一緒なんだろうなと、益もなく考えていた。
最初はVR世界で冒険ができるのかと、ギルドに入ったりダンジョンへチームを組んで攻略すると心が躍り楽しみにしていた。いたんだがどうして世界征服を企んでいるのだろう?
これも全て運命の女神が悪戯に、私の転移ポイントを弄ったからだ。まだ生きている様だからあとで念入りに虐めてやろう。
光陣営にも襲撃する際に運命の女神が原因だと。私はこの世界に冒険をしに来たのだと喧伝してやろう。その上で私が制御できる力を渡したら面白い事になるだろうか? 殺す気が無いのなら検討しないかムジュルに聞いてみようと思う。
ああ、良い事を思い付いた。
◇
永世中立国でもあり国連本部が存在する、場所へ対処はできているが次から次へと湧いて出て来ている。各国の重要人物を守るために護衛についていた軍の関係者が対応に追われている。
会議室に集まって、ギルドのトップ勢とログインしている際に緊急ログアウトさせられた現状がまさにそれだ。
俺達一般人は比較的防御力が高い部屋へ押し込められて怯えながら待機していた。
「まさか現実に低級とはいえモンスターが出て来るとは……アルスティアさん大丈夫ですか?」
全く怯える様子を見せない聖弓のアルスティアさんに念のため声を掛ける。
「ええ、もうここまでくれば祈るしかないですもの。遺書はもう送りました」
その言葉に、全く覚悟のできていない俺は動揺してしまう。せめて顔に出さないくらいの事はしないとな……。
恐らく青ざめているであろう顔を俯けると祈る事だけ祈ってみる。
誰か助けてくれないかなー。神様、仏様、セレスティア様。
スピリットファンタジアの邪神が現世に襲ってくるのならば、運命の女神でも出て来てほしい。つい最近、聖都が落ちたと聞いたときは、可哀想だとしか、思っていなかったのに。こういう時だけの神頼みをする。
轟音が部屋に鳴り響き、目の前には低級モンスターでも力の強い、鬼系モンスターであるオーガが壁をぶち破って表れた。
部屋にいるギルドのメンバーたちはテーブルを盾に慌てて防御行動に走る。逃げ場がないのだからせめてもの行動であろう。
人妻だろうが死んじゃあ子供と旦那が悲しむだろう。
誰も悲しまないでいる俺が最後ぐらい頑張んなきゃあな、と。椅子を持ち上げると叫びながらオーガへと殴りかかった。
「こんちきしょおおおおぉぉぉッ!! タマとったらぁ!!」
バギンッ! と胴体に椅子が当たるも椅子の足が折れるだけでビクともしていない。目の前には迫りくる大きな拳がやけに鮮明に見える――これが走馬灯なのだな。
――あれ? いつ死ぬんだ。
気が付けば俺の胴体には確かに拳が当たっており、追撃のパンチを繰り出してきている。何度も何度も。
うっとおしく思い、俺が殴り返すとオーガが壁にまで吹き飛んでいき倒れ伏す。
「閃光のキルトレインさん……あの――光っていますよ? それにその装備……スピリットファンタジアのレア装備ですよね?」
そう言われ。俺の姿をよく見るといつも装備していたお気に入りのレガシーウェポンだ。試しに剣を引き抜きいつもの癖で演武をしてみる。
――ヒュカッ!
空気を切り裂き衝撃が走るとそのまま壁に亀裂が入ってしまう。冷や汗をかきながらそっと剣を鞘に仕舞う。
周囲のギルドメンバー達も、ぼんやりと光り出すといつもの装備を纏った古参らしい年季の入ったレア装備が顕現した。
「アルスティアさんもその聖弓装備出てきましたね……どうやら身体能力も上昇していますね――皆さんも」
思い思いに体や装備を確認していると、部屋の中心部に眩い光が現れた。
スピリットファンタジアの世界でどこかでみた姿へと変わっていく。
『――勇気ある光の戦士達よ……闇を祓いなさい……私が顕現するには未だ力が足りません――どうか世界をお救い下さい……その装備と力は『顕現せよ』と私へ祈りを捧げてくれれば使うことが出来ます。制限は多少ありますが……どうか、どうか……世界を……』
みんな唖然としていた。
モンスターが現実化した今や、有りえた可能性がまさに現れたのだと。
俺は正義の味方なんざガラじゃねえ。だけどな古参プレイヤーからしたら外にひしめくモンスター何ぞ雑魚でしかねえ。
「――外のモンスターは今の私達なら雑魚だけれど。連携していくわ。包囲殲滅。遠隔から撃ち殺してやるわ。聖弓の名は伊達じゃないことを見せてあげる」
身の丈ほどある。白銀に輝く弓を構えると破られた外壁から見えるモンスターを瞬く間に仕留めて行く。それに続き、俺も閃光の名を欲しいままにした、速度を武器にモンスターの首を跳ね飛ばす。
噴き出す血液が不快だが今は人命がかかっている。
ギルドのトップ陣も同じ気持ちなのか冷静に対処していく。
地を蹴り、身体に染み込んだスキルアシストの動きを模倣し、切り殺していく。
驚くことにインベントリが開くと回復薬まで出すことが出来た。
さすがはトップ陣営。殲滅するまでに十数分もかからなかった。
だけど、不安に思うことがあるんだ。
みんな楽しさ半分憂い半分という所だな。
「これさ、人体実験したり、装備やアイテム徴発されるんじゃね?」
昔から、よく言われていることがある。
お前、空気読めないよな、と。




